長崎セインツ

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長崎セインツ
創設年度 2008年
所属リーグ
四国・九州アイランドリーグ独立リーグ
歴代チーム名
長崎セインツ(2008年 - )
本拠地
佐世保野球場佐世保市 チーム方針として正式な本拠は設けておらず、事実上の本拠地としての位置づけ。本文参照)
収容人員 12000人
永久欠番
なし
獲得タイトル
リーグ優勝(1回)
2009年前
球団組織
オーナー 地頭薗哲郎
監督 長冨浩志

長崎セインツ(ながさき - 、Nagasaki Saints)は、プロ野球独立リーグ四国・九州アイランドリーグに所属する長崎県の野球チーム。2008年加盟。略称「長崎S」。

目次

[編集] 概要

  • 本部:長崎県
  • 設立:2008年(四国・九州アイランドリーグ球団としての設立)
  • オーナー兼球団社長:地頭薗哲郎

本拠地については公式に定められていないが、2008年は40試合中佐世保野球場で31試合、2009年は34試合が開催されており、事実上の本拠地球場といえる。このほか、長崎県営野球場(ビッグN)・平戸赤坂野球場でも開催される。初年度の2008年は長崎市総合運動公園かきどまり野球場島原市営球場熊本県藤崎台県営野球場でも試合が実施された。なお、2008年前期には雨による日程変更で対徳島インディゴソックス戦1試合を徳島県営蔵本球場で主催試合として開催した。

[編集] 沿革

前身は社会人野球のクラブチーム・佐世保ドリームスターズ。成績が振るわなかったために「クラブチームでは限界がある」として2006年10月に同チームを発展的に解消。選手全員の所属を解いて新たに選手を募集し直し、無所属のチームとして発足した。球団の社長である地頭薗哲郎が自ら新発足を計画していたプロ野球独立リーグ・九州リーグに、長崎県を拠点とするチームとして参加する予定だった。九州リーグの開幕が当初予定の2008年春より遅れる見込みとなったことから、2008年に四国・九州アイランドリーグに加入することが、2007年10月に発表された。

無所属チーム時代の監督は初代の古賀豪紀、2代目の池辺巌を経て元福岡ソフトバンクホークス2軍コーチの河埜敬幸が就任し、河埜はそのまま四国・九州アイランドリーグ加入後の初代監督となった。チームアドバイザーは福本豊

無所属チームの時代の選手らはハウステンボスなどで働きながら野球に臨んでいた。

[編集] 成績

[編集] シーズン

年度 監督 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差 打率 防御率 本塁打
2008 河埜敬幸 6 40 8 24 8 .250 16.0 .225 3.53 13 
島田誠前田勝宏 5 40 18 21 1 .461 6.0
2009 長冨浩志 1 40 22 12 6 .647 2.5(注) .271 3.32 48
長冨浩志 4 40 17 17 6 .500 5.0

※金地は優勝

  • 注:2位とのゲーム差

[編集] リーグチャンピオンシップ

  • 2009年 - 0勝3敗(対戦は高知)

[編集] 歴史

[編集] 2008年(1年目)

  • アイランドリーグへの加入時にはトライアウトで獲得した選手を主体とした選手構成で、分配ドラフトの選手が主体となった福岡レッドワーブラーズと比較して戦力の不足が懸念されていた。このため、開幕前にカープアカデミーからの派遣選手2名を加えるなどの補強を行ったが、開幕当初は大差での敗戦が続いた。その後、成績不振の選手を解雇するなどして戦力が整い始め、前期終盤には最下位脱出の可能性も見えたが、前期は6位となった。前期終了後、6月30日付で河埜監督・岡本克道コーチとの契約を解除した。シーズン途中での監督の退任はリーグでは初めてである。後期は元福岡ソフトバンクホークスコーチの島田誠が臨時監督となることが6月28日に発表された。その後、7月5日になって島田は総監督、選手兼任コーチの前田勝宏を選手兼任の監督代行とする形に変更された。後期は前期に大きく負け越した香川に3試合連続で完封勝ちを収めたりするなど戦力の向上が見られ、一時は貯金を持って3位に付けたが、後半に8連敗を喫して後退。勝率5割には届かなかったが、5位に順位が浮上した(年間でも5位)。
  • シーズン終了後、島田総監督・前田監督代行と藤本兼任コーチは退団。長冨浩志が新監督に、谷口功一古屋剛がコーチに就任することが発表された。また運営スタッフも地頭薗社長はオーナー専任となり、長崎出身で元V・ファーレン長崎取締役の森貴信が代表取締役社長に就任した。

[編集] 2009年(2年目)

  • 2009年の前期は開幕2試合目から8連勝(2引分を含む)を記録して波に乗り、そのまま首位を譲ることなく6月21日に初の前期優勝を達成した。BCリーグから移籍した根鈴雄次や末次峰明の加入で打力が向上し、酒井大介・藤岡快範・土田瑞紀・村越大豪らの投手力が噛み合って2年目にして初のタイトルを獲得した。九州のチームとしても初の優勝である。
  • 経営問題が再び報じられる中、後期途中の9月4日付で森球団社長は「一身上の都合」で辞任し、後任が決まるまでは地頭薗オーナーが兼任することとなった。後期は首位争いにも加わったが、最終的に勝率5割の4位であった。また、半期優勝チームとしては前年の愛媛に続いて年間個人タイトルホルダーがいなかった。
  • 高知ファイティングドッグスとの対戦となったリーグチャンピオンシップは、高知での1・2戦に連敗したことが響き、0勝3敗で高知の優勝を許した。
  • 10月29日のドラフト会議で、松井宏次東北楽天ゴールデンイーグルスから育成選手枠で指名された。チームとしては初のNPB指名者である。

[編集] チームの特徴

  • 初年度よりファンの飼い犬であるスタンダードプードルの「金太郎」がベースボールドッグとして佐世保球場でのホームゲームに登場していた。2009年のシーズンからは背番号「11」(「ワンワン」にちなむ)のユニホームを着たが、同年7月27日に亡くなった。

[編集] 経営環境

発足時に球団側は一試合平均で1400名の動員を目標としていた[1]。しかし、開幕直後に敗戦が続いたこともあって客足は伸び悩み、初年度の入場者数は40試合で20,621人(1試合平均515人)であった。リーグでは4番目であるものの、球団存続の危機に見舞われた前年の高知とほぼ同水準である。

これに加えて、運営面では支援企業の獲得が球団が予想したほど進んでいない。開幕前の2008年1月に球団関係者が長崎県の金子原二郎知事に挨拶に趣いた際に、支援企業獲得でのサポートを要請したこともあった。長崎市・佐世保市・島原市・離島という4つの経済圏に分かれる長崎県においては、セインツは「佐世保のチーム」といわれて支援企業獲得に難航している面もあると報じられている(出典:「明日へ 地域独立リーグ 4」2008年8月5日付読売新聞大阪版夕刊)。これらに対して、球団側は長崎市で予定されていた4試合を佐世保での開催に切り替えるなどの経費削減策を講じたが、大きな改善には至らず、月1千万円とされる運営費にも影響が出かねない状況となった。このため、2008年9月には、集客が予想を下回る中でこのまま支援が得られない状況が続けば、来シーズンからのリーグ脱退もあり得るという報道がなされた[2]。リーグの鍵山誠CEOは「要請があれば資金援助を行う」とコメントしたが、地頭薗社長はスポンサー探しを可能な限り続ける意向を示していた。結局、10月29日にリーグから2000万円の援助を受ける形で来シーズンもリーグに残ることが発表された。一方、自前のバスによる遠征や安価な公共宿泊施設の利用に加え、支配下登録選手の数を2008年より5人少ない22人に減らすといったさらなる経費の削減策も示された[3]

2009年7月、経営の安定化を図るために経営パートナーを広く全国から募集することを発表した。また、かつて広島カープの球団存続をかけて行われた「たる募金」にあやかる形で球場などで募金活動を行うことも明らかにされている。これに際しては、同じく広島で新広島市民球場建設のためにおこなわれた「平成のたる募金」で使用されたたるを、保管していた中国新聞から借り受けている[4]。しかし、不況に伴いリーグからの分配金が前年の3千万円から百万円に激減したことやスポンサーの支援が減少したことに加えて、これらの対策の効果が現れず、各種経費の未払や職員給与の遅配が続いており、2009年8月には再びリーグ撤退の恐れが出ていると地元紙で報じられた[5]。経営危機の表面化後、たる募金の額が急増して8月末で100万円を突破し、球団側は「存続に全力を尽くしたい」とコメントしている[6]。10月になって、大手企業との業務提携や新規スポンサーの獲得により、資金調達のめどが立ったとして来季もリーグに参加する見通しであると報じられた[7]

2009年度の入場者数は前年比4,559人増の25,180人(1試合平均630人)で、リーグ内では前年より増加した数少ないチームとなった。2009年10月30日のリーグ首脳の記者会見では、同年度の売上高4700万円に対して収支は4300万円の赤字となる見込みである[8]

[編集] 無所属チーム時代の戦歴

総監督に歌手の前川清を迎え、2007年3月31日に初の試合を行う。対戦相手は萩本欽一率いる茨城ゴールデンゴールズ

2007年7月7日に四国アイランドリーグ選抜チーム・ドリームスと交流試合を行った。

2007年8月27日は四国へ遠征し高知市で四国IL・高知ファイティングドッグス、翌8月28日にさぬき市志度総合運動公園野球場で四国IL・香川オリーブガイナーズ徳島インディゴソックス合同チームと練習試合を行った。

[編集] チーム名の由来

長崎市姉妹都市である米国セントポール市のセントポール・セインツアメリカン・アソシエーション)がチーム名の由来で、ロゴマークのライセンス契約を結んでいる(ただし、長崎のロゴカラーは黄色でセントポールの青色とは異なる)。マスコットキャラクターも、セントポール・セインツのマスコットである「マドンナ」の妹という設定で、「ビーナス」と名付けられたをモチーフとしたものになっている。

また、セイントが聖人を意味することから、キリスト教関連遺産世界遺産登録を目指している長崎のPRにつながるとの配慮もあるという。

リーグの中では唯一、英単語一語のチーム名となっている。

[編集] スタッフ・選手

選手・スタッフについては長崎セインツの選手一覧を参照。

[編集] スタッフ

[編集] 応援スタイル

  • 応援歌は佐世保在住のグループ・サンディトリップによる『勝利の女神』。球場で試合の際にライブ演奏されることもある。

[編集] 脚注

  1. ^ 長崎新聞2008年4月4日付
  2. ^ 西日本新聞2008年9月20日付
  3. ^ 長崎新聞2008年10月30日付
  4. ^ 中国新聞2009年7月16日付
  5. ^ 長崎新聞2009年8月26日付
  6. ^ 長崎新聞2009年9月8日付
  7. ^ IL長崎 来季も参戦、大手企業と提携 資金にめど読売新聞2009年10月22日付
  8. ^ 四国新聞2009年10月31日付

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

四国・九州アイランドリーグ
愛媛マンダリンパイレーツ | 香川オリーブガイナーズ | 高知ファイティングドッグス | 徳島インディゴソックス | 福岡レッドワーブラーズ | 長崎セインツ

最終更新 2009年11月12日 (木) 09:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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