長崎県交通局

長崎県交通局の最新ニュースをまとめて検索!

長崎県交通局
Transportation Bureau of Nagasaki Prefecture
種類 地方公営企業
略称 長崎県営バス、県営バス
本社所在地 日本
〒850-0043
長崎県長崎市八千代町3-1
電話番号 095-822-5141
設立 1934年3月24日
業種 陸運業
事業内容 乗合バス事業、高速バス事業、貸切バス事業、駐車場事業
代表者 交通事業管理者(交通局長) 安永憲一
売上高 6,467,913千円(2006年度)
従業員数 620名(平成18年4月1日現在)
外部リンク http://www.keneibus.jp/
  
一般路線バス 4A11
高速バス(りんどう号) 9E20

長崎県交通局(ながさきけんこうつうきょく)は、長崎県でバスを運営している地方公営企業である。通称長崎県営バス、単に県営バスともいう。およそ440台の車両を保有するバス事業者公営バス)である。

目次

[編集] 概説

1934年(昭和9年)3月16日、全国初の国立公園である雲仙国立公園が誕生した際に、旅客輸送の手段として設立された。長崎県の観光振興という設立目的から、公営事業者でありながらも貸切高速バス事業を展開しており、九州内の公営バス事業者では唯一の九州高速バス予約システム運営委員会発足当時からの加盟事業者でもある。

都道府県単位で公共交通機関を運営しているのは東京都と長崎県のみであり、県営としては日本唯一である。

[編集] 沿革

  • 1934年(昭和9年)3月24日 - 長崎・諫早・雲仙地区のバス事業者5社を買収し長崎県営自動車を設立。
  • 1941年(昭和16年)6月1日 - 長崎県自動車局に改称。
  • 1947年(昭和22年)7月29日 - 長崎県交通局に改称。
  • 1948年(昭和23年)5月11日 - 長崎県公共事業部に改称。
  • 1950年(昭和25年)8月12日 - 長崎県交通部に改称。
  • 1963年(昭和38年)7月15日 - 長崎県交通局に再改称。
  • 1989年(平成元年)3月20日 - 長崎~大阪間の夜行高速バス「ロマン長崎号」運行開始。同局初の夜行高速バス。
  • 2005年(平成17年)2月17日 - 長崎~宮崎間の高速バス「ブルーロマン号」運行開始。
  • 2005年(平成17年)11月30日 - 雲仙~島原(大手)間から撤退し、島原出張所廃止。
  • 2007年(平成19年)3月31日 - 長崎~雲仙間(特急)を除く島原半島の全16路線が廃止され、島原半島から撤退し、小浜営業所廃止。
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 諫早 - 長崎間の一部系統を、県交通局全額出資による長崎県央バスへ移譲[1]。諫早・大村の各営業所の路線を長崎県央バスに委託[2]

[編集] 営業所

※福岡営業所を除き長崎県内。

  • 本局・長崎営業所
  • 矢上営業所
    • 所在地:長崎市田中町384番1号
  • 長与営業所
  • 諫早営業所(かつては西諫早営業所と呼ばれ、諫早営業所は同市東厚生町に存在していた)
  • 大村営業所
  • 福岡営業所

[編集] 廃止された営業所

所在地は廃止時点のもの。

  • 小浜営業所
    • 所在地:雲仙市小浜町大字南木指字合屋1760番地
    • 2007年3月31日廃止
  • 小浜営業所雲仙出張所
    • 所在地:雲仙市小浜町雲仙123番地
    • 2007年3月31日廃止
  • 小浜営業所島原出張所
    • 所在地:島原市湊町1番9号
    • 2005年3月31日廃止

[編集] 一般路線バス

長崎市諫早市大村市など、長崎県南部一帯に路線を持つ。長崎、諫早から長崎空港への空港連絡バスも運行している。(出島道路経由長崎線は長崎バスと共同運行)

2005年(平成17年)11月30日をもって雲仙~島原(大手)間、2007年(平成19年)3月31日をもって長崎~雲仙間(特急)を除く島原半島の全16路線が廃止され、島原半島から撤退した。路線の多くは島原半島一帯で路線バスを運行する島原鉄道による単独運行となったが、雲仙市内で運行する「上岳線」と「山領線」の2路線については、市内のタクシー事業者4社でつくる「雲仙市タクシー事業組合」が代替運行する。

都市間には急行バスも運行している。かつては「やまびこ」号という車両も存在した。

[編集] 運行している市町村

※長崎県内のみの運行

島原市からは2005年12月1日に、南島原市からは2007年4月1日に撤退した。

[編集] 回数券

1978年に導入された。西肥バス佐世保市営バス長崎バス島鉄バスと共通して使うことができる。

[編集] 長崎スマートカード

2002年(平成14年)1月21日には上記の4社と共通で使える全国初の共通ICバスカード「長崎スマートカード」が導入された。これにはソニーFeliCa(フェリカ)技術が使われている。ただし、Suica等他のICカードと同じケースに入れて使用した場合、読取不能のエラーとなるので、注意が必要である。

2004年(平成16年)に長崎スマートカードへの切り替えが完了したため、県営バスを含めた上記5社の各回数券の販売が同年9月30日をもって中止され、さらに2005年4月1日から回数券は使用できなくなった。

[編集] 主なターミナル

以下は廃止されたもの

  • 小浜ターミナル ※2007年3月31日限りで廃止(島鉄バスのターミナルとなる)
  • 雲仙 ※2007年3月31日限りで廃止(長崎方面の特急バスは一つ隣の島鉄雲仙営業所前で折り返しとなる)
  • 島原大手(島原駅付近)※2005年11月30日限りで廃止

[編集] 系統番号

基本的に系統番号は採用していないが、長崎市内の「循環」線に関しては行き先表示に番号を表示している。 これは、西山台団地内・三原団地内の一部の停留所では運行経路の関係で右回り循環と左回り循環が同一方向停留所で客扱いをするため、誤乗防止のために表示している。

番号は、奇数が左回り(三つ山口→本原→長崎駅→中央橋→三つ山口)、偶数が右回り(三つ山口→中央橋→長崎駅→本原→三つ山口)となっている。

  • 1・2…市役所・三原団地経由
  • 3・4…市役所・西山台団地経由
  • 5・6…市役所・三原団地・西山台団地経由
  • 7・8…大波止・三原団地経由
  • 9・10…大波止・西山台団地経由
  • 11・12…大波止・三原団地・西山台団地経由

なお現在は、1・2・4・7・8・10の番号の便は設定されていない。

[編集] 高速バス・特急バス

前述の通り、公営バスとしては珍しく、高速バスや特急バスの運行に積極的に関与している。待機所は昼行・夜行とも本局・長崎営業所(昼間、夜行の共同運行会社も含む)。

[編集] 現在運行中の路線

【 】内は共同運行会社。

[編集] 夜行便

[編集] 昼間便

[編集] リムジンバス

  • 長崎市内 - 長崎空港
    • 国土交通省九州運輸局の統計[3]によると、「長崎 - 長崎空港」路線(5系統)合計の輸送人員は、平成18年度で869,663人、平成19年度で918,923人であり、一日あたり2,400人前後の乗車があるという。九州の高速バスの路線内での輸送人員順位としては上位5位(同18年度)、上位4位(同19年度)に位置する。
    • 長崎市内 - 長崎空港間の片道運賃は800円。2枚つづり回数券利用の場合は片道600円で利用が可能(有効期限なし。2枚1セットで発売)。長崎スマートカードで利用の場合は割引が適用されないので注意。
    • 出島道路経由(ノンストップ便)
    • 浦上経由
      • 長崎駅前(交通会館) - 浦上駅前 - 昭和町 - (長崎バイパス経由) - バイパス多良見 - 大村木場 - 試験場前 - 長崎空港
        • 県営バス単独運行。
        • 日中は毎時2本程度運行。バイパス内各停便2.5往復(空港行き3本、空港発2本)を除き、長崎バイパス内はバイパス多良見以外の各バス停を通過。
        • 空港行きのみ長崎市内(長崎駅前→宝町を除く)・大村市内の各停留所で途中乗降可能。長崎行きは昭和町を除き長崎市内のみの相互利用は不可(他の区間では途中乗降可能)。
        • 上記バス停の他に長崎市内では、宝町・松山町・大橋に、大村市内では、ろう学校前・桜馬場にも停車。
    • 諏訪神社前・西山経由
      • 長崎駅前(交通会館) - 大波止 - 県庁裏門前 - 中央橋 - 公会堂前 - 諏訪神社前 - (長崎バイパス経由) - 長崎空港
        • 1日1往復(朝の空港発1本と夕方の空港行き1本)のみ。
        • 県営バス単独運行。
        • 浦上経由便に準じているが、長崎市内のみの相互利用は出来ない。長崎バイパス経由だがバイパス多良見は通過する。
  • 諫早市内・大村市内 - 長崎空港線

[編集] 予約・発券業務

[編集] 過去に運行していた路線

[編集] 定期観光バス

  • ぶらぶらコース(長崎市内観光) - 2006年4月1日廃止
  • 観光特急(長崎~小浜・雲仙) - 2007年4月1日廃止

[編集] 環境定期券制度

土曜日、日曜日及び祝日に、県営バスの有効期限内の通勤定期券(片道、往復及び通勤団体定期券のいずれでも可)所持者、その配偶者及びその子供は、大人100円(小人50円)で、路線(一部例外あり。後述)や運賃を問わず、県営バスに乗車できる。なお、一部例外もある。

  1. 通学定期券や割引定期券所持者だけの乗車は制度の対象外(通勤定期券所持者と同乗なら対象となる)。
  2. 運賃は、現金及びスマートカードによる支払いのみ可能。その他の回数券や乗車券、長崎県福祉利用券は使用不可。
  3. 県外向け高速バス、長崎-佐世保線、長崎-雲仙線及び長崎-長崎空港間リムジンバスは乗車不可。
  4. 通勤定期券の券面表示区間内の乗車は、定期券所持者に限り、通常どおり利用可能(改めて運賃を支払う必要はない)。

[編集] 貸切バス

2007年(平成19年)4月現在で63台の車両を所有しており、県下最大の貸切バス事業者でもある。 積極的な営業活動(東京と福岡に案内所がある)を行っており、県内だけに限らず県外にも足を伸ばす事も多く、本州でも見られることがままある。

2009年(平成21年)2月に、福岡県筑紫野市に福岡営業所を開設し福岡県内の貸切事業に参入した。

[編集] 車両の特徴

1970年(昭和45年)までは、三菱ふそう日野いすゞ日産ディーゼルの国産4メーカー全社の車両が導入されていたが、1971年(昭和46年)以降は三菱ふそう・日野のみの導入となっていた。しかし、日産ディーゼル製は2000年(平成12年)から、いすゞ製は2001年(平成13年)から再び導入されるようになった。

九州の事業者らしく、西日本車体工業(西工)ボディを架装する車両も多いが、2000年以降は日産ディーゼル製のみ西工ボディで導入している。一方、富士重工業ボディを架装する車両は長く在籍していなかったが、2009年に富士重工業ボディを架装する車両が横浜市営バスから移籍してきている(詳細は後述)。[4]三菱ふそう製の大型純正車については、MBM(三菱自動車バス製造 現・MFBM=三菱ふそうバス製造)に車体架装が一本化されるまでは、三菱自動車工業名古屋大江工場製が一貫して導入されてきた。[5]

全般的な傾向として、三菱ふそう製は貸切バスや長距離路線バス、空港連絡バスに、日野製は市内路線用に投入されていたが、1985年(昭和60年)以降は三菱ふそう製の市内路線用車も見られるようになった。以下、タイプ別に記す。

市内路線用
  • ワンマン化以来、後乗り前降り(または中乗り前降り)の運賃後払い方式は変わっていないが、車体のタイプは以下のような変遷を辿っている。ただし、各営業所への車両の配備状況により、当てはまらない場合もある。
    • 1976年(昭和51年)までに導入された大型車及び1981年(昭和56年)までに導入された中型車は前中折戸車(中乗り前降り)であった。この年以降は、前後折戸(後乗り前降り)車の導入が続いた。
    • 現行の前中4枚折戸車(中乗り前降り)は、2度の試験導入(1988年(昭和63年)及び1992年(平成4年))を経た後、1996年(平成8年)から採用されている。また、いわゆる「ワンステップバス」(車椅子による乗り降り可能)も、1997年の試験導入[6]を経て、2001年より導入されている。
    • 1996年以降には狭隘路線向けに「ポニーバス」(日野・リエッセ[7])が導入されている。
    • 市内路線を運行する移籍車はこれまで導入していなかったが、2009年には横浜市営バスからいすゞ車、羽田京急バスから三菱車がそれぞれ移籍してきている。
前中4枚折戸車の試験導入前後には、吊り革の輪の部分を2本のベルトでV字型に支える方式が採用されていたが、いずれも試験的な導入にとどまり、本格採用には至らなかった。
長距離路線用
※ここでいう「長距離路線用」とは、長崎市内~長崎空港連絡バスを除く、一般道のみで都市間を結ぶ路線(「ありあけ号」を含む)に使用される車両や、高速道路経由で長崎県内を結ぶ路線に使用される車両のことを指す。
ベース車は路線バス(三菱ふそうMP系など)であるが、エアサス車で、前乗り前降りのトップドア(1扉)車であり、側窓も大型の引き違い窓である、また一部はターボエンジン搭載車であるなど、市内路線用車とは仕様が大きく異なる。
また車内も、リクライニング機構にシートベルト、背面には灰皿・荷物入れ及び栓抜きが付いた補助席付きのハイバックシートを備え、シート設置面も座席からは段上げされており、天井には荷物棚を備えるなど、長距離乗車に適した仕様となっており、貸切バスや観光バスとして使用されることもあった。一部の車両では、マイクジャックやガイド用背もたれを備えているほか、日よけも市内路線用車の巻き上げ式ではなく一般的なカーテンとなっている。
ただし、導入年によって前後扉車であったり、シートのリクライニング機構がなかったり、路線バスではなく観光バス(特に高速道路経由路線用)をベースとした車両もある。また、いずれもツーステップ車であり、このタイプの車両は2000年を最後に導入されていない。2007年の島原半島撤退時には、このタイプから10台(前乗り前降りのトップドア7台、後乗り前降り3台)が、ナンバーはそのままで島原鉄道に移籍している。
  • なお、このタイプには1992年に日本宝くじ協会から寄贈されたレトロバス(ベースはエアロバスハイデッカー)や、1999年(平成11年)に導入したセレガHIMRも含まれる。
  • 1992年以降は九州急行バスから移籍した車両(西工S型)が何台かあり、トイレを閉鎖した上で使用されていたが、2007年現在全車廃車となった。これらの移籍車は全車再登録車であったため、九州急行時代の長崎所属車でもナンバーは承継していなかった。
空港連絡用
長崎市内~長崎空港を結ぶリムジンバスは、前述の長距離路線用をベースに、進行方向左側最前部に荷物置場を備えた車両となっている。比較的まとまった台数が導入されているが(3~6台/年)、毎年導入されているわけではない。
1980年(昭和55年)までに導入された車両は、ベース車が長距離路線用と同様路線バスであり、特に1977年(昭和52年)以降に導入された車両は、路線バスベースでありながら観光バス用のフロントマスクを搭載していた。
この間、1982年(昭和57年)には長崎自動車道が開通して、この連絡バスも長崎道経由となるとともに、初代エアロバスがデビューしている。
そして、1983年(昭和58年)以降に導入された車両は、エアロバススタンダードデッカーとなり、更に2006年(平成18年)以降に導入された車両は、エアロバスハイデッカーとなっている。[8]。ただし、基本的な仕様は変わっておらず、他の空港リムジンバス各車両に見られるようなエンジン直結冷房なども装備していない。

なお、1990年代に導入された車両の一部は納車後すぐは一般の貸切バスとして使用し、その後左側最前列の座席を撤去して荷物置場とした上で、空港連絡バスに使用するケースがあった。[9][10]

貸切用
ベース車は観光バスで、ごく一般的な座席定員55人(大型車の場合。補助席10席を含む)の車両である[11]。このほか、中型車(三菱ふそうMK系)や小型車(同MJ系)、特定輸送車も存在する。長距離路線用バスの設備に加え、床下の大型トランクやカラオケ設備も備えている。ただしトイレ付きの車両はなく、当然、整理券発行機や運賃表示器も設置されていない。なお1999年までの大型貸切車は、現在のスイングドアではなく折扉を採用していた。
導入台数は2~6台/年である(大型貸切の場合)。1997年まではほぼ毎年導入されていた。
高速路線用
ここでいう「高速路線用」とは、ロマン長崎号や出島号など、高速道路経由で長崎県内と県外を結ぶ路線に使用される車両のことを指す。
貸切車同様ベース車は観光バスであるが、3列シート(昼行:2+1列、夜行:3列独立)であることと、トイレならびにサービススペース(湯茶コーナー)を備えていることが、貸切車との大きな違いである。また、1993年(平成5年)以降に導入された車両はリアスポイラーを、1997年以降に導入された車両は車間距離警報装置(トラフィックアイ)を、更に2002年(平成14年)以降に導入された車両は側面及び後面の字幕式行先表示器を装備し、外観上も貸切用、空港連絡用との差別化を図っている。また、全車ともETCを装備している。ただし、車両によっては4列シートであったり、トイレの設置がない車両もある。尚、コスト削減により2007年3月末を以って湯茶サービスは全路線廃止となった(但し、夜行路線の大阪線のみ、翌朝に緑茶パックが乗務員により乗客1人1人に対して配布される)。

[編集] 車両番号

長崎県交通局にも、独自の車両番号が存在する。

(例)9E20

9 E 20
製造年 メーカー及び
車体サイズ
通し番号
製造年
昭和時代に製造された車両は昭和年、平成時代に製造された車両は平成年の下1桁が付される。なお、ここで付されるのは、あくまでも「製造年」であり、「納車年」や「予算年度」ではない。
メーカー及び車体サイズ
シャーシメーカー及び車体サイズを、昭和時代は数字で、平成時代はアルファベットで区分したものが付される。なお、アルファベットについては、同一のシャーシメーカー及び車体サイズである限り、車体メーカーや仕様による区分はない。[12]
三菱ふそう 日野 日デ いすゞ
大型 4、5、8、E、R[13] 2、A K S
中型 7、F 1、B M T
小型 6、G C - -

※「-」は導入の有無不詳。

通し番号
3・4桁目は、同一の1・2桁目の車両間での通し番号となっている。平成元年~10年導入車は11~、平成11年以降導入車は51~となっている。なお昭和時代は年やシャーシメーカー及び架装メーカーによって通し番号の最初の番号が異なっていた。
前述のとおり、アルファベットなら、同一のシャーシメーカー及び車体サイズである限り、車体メーカーや仕様による区分はないため、路線バスと高速バスや、純正車と西工架装車が連番になることもある[12]。なお、他社から移籍してきた車両は、同一の1・2桁目のラストナンバーの追番となっていた。
上記の付番法則によると、9E20は「平成9年に製造された、大型の三菱ふそう製シャーシ車の10台目」という意味になる。

[編集] 塗色

[編集] 路線バス

市内路線用
5242号車。1993年8月撮影
1982年までは、屋根を灰色、前面及び側面の上半分を薄茶色、下半分を緑色とした、長崎電気軌道の旧型車に似た緑基調カラーであった。車体前面はメーカーエンブレム(スリーダイヤ+FUSOエンブレムなど。)が、側面には旧長崎県章がペイント描きで掲出されていた。
1983年からは、スケルトンボディ車導入と時を同じくして、青みを帯びたクリーム色に、青色のラインを入れた、青基調カラーに変更された。この青基調カラーから、車体前面に旧長崎県章が掲出されるようになった。それまでの緑基調カラーの車両も、順次この塗装に変更された(5242号車の写真を参照)。
そして1991年(平成3年)からは、現在のロンドンバスをベースにした赤基調カラーが採用され(4A11号車の写真を参照)、1996年からは同局のマスコット「ポポル」も描かれている[14]。ただし同年導入車は、旧長崎県章が車体前面及び側面に掲出されていたのに対し、1992年及び1993年前期導入車では掲出されず、同年後期導入車より、現在の長崎県章が入った交通局章が掲出されるようになり、順次、他の旧長崎県章掲出車もこれに置換された。また、この時点で残っていた緑基調及び青基調カラーの車両も、順次赤基調カラーに変更された。
なお青基調の期間が8年と短かったこともあって、緑から青、さらに赤と、2度塗り替えられた車両、また少数ながら緑から青を飛び越して赤に塗り替えられた車輌もある。
また、市内路線であっても、一部の営業所では長距離路線用カラーが使用されていた。
長距離路線用
1E18号車。1993年8月撮影
1957年(昭和32年)より1990年(平成2年)まで、白色を基調に、屋根部分を灰色、前面行先表示器部及び側面下部を水色とし、灰色と薄緑色からなる線を2本入れていたカラーであった(1E18号車の写真を参照[15])。市内路線用と同様に、1982年導入車までは車体前面がメーカーエンブレム、側面が旧長崎県章の掲出であったが、1985年以降に導入された車両では、車体前面、側面とも旧長崎県章が掲出されるようになった。
しかし1991年導入車から、同一仕様車であっても市内線用の赤基調カラーに変更され、一部の車両はその後赤基調カラーに変更されたが、大部分の車両は後述の貸切・高速バス用カラーに変更された。
前述のレトロバス及び日野HIMRは、新製時より独自の専用色であり、既存車と同じカラーを施されたことがない。
空港連絡用
1980年導入車までは、前述の長距離路線用に橙色の「AIRPORT EXPRESS」ロゴが入ったものであったり、専用色が施されたこともあった。しかし1983年以降は、後述の貸切・高速バス用カラーとなっている。

[編集] 貸切・高速バス

現在のカラーは1983年導入の空港連絡バスより導入され、初代エアロバスのサンプルカラーをベースに青基調に塗り分けを改めたスタイルとなっている。[16]この年以降、すべての貸切・高速バスがこの塗装となっている(9E20号車の写真を参照)ほか、一部の長距離路線用車両もこのカラーに変更されている。ただし、1991年までに導入された「りんどう号」専用車は共同運行事業者の九州産交バスと共通の専用色であったが、後にこのカラーに変更、もしくはそのまま廃車された。

なお、1983年導入の貸切バスまでは、前述の長距離路線用であったり、専用色が施されたこともあった。

バスガイドらが古くから歌い続けている県営バスの愛唱歌は「走れ青バス」である。現在も貸切や高速バスは青基調の車体であるが、真っ赤な路線バスのイメージとは違うものとなっている。

なお、カラーについては、長崎県交通局サイト内の「70周年記念誌サイト」に車両の写真があるので、そちらも参照されたい。

[編集] 子会社

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 「平成21年ダイヤ改正」について長崎県ホームページ 記者発表資料:2009年3月18日発表PDF
  2. ^ バスマガジン:vol.36 バス事業者最新ニュース:90ページより
  3. ^ 国土交通省九州運輸局「九州における高速バスの概況(平成19年度)」平成20年11月21日PDF
  4. ^ 1960年代には、日産ディーゼル車の富士重工ボディ車が在籍していたことがある。
  5. ^ MBM製の車両の導入は、路線バスが1997年(平成9年)以降、貸切及び高速バスが1998年(平成10年)以降である。
  6. ^ 2台のみで、かつ路線限定であった。当該バスの時刻も当該路線の停留所には記載されていた。
  7. ^ 2扉中乗り前降りと、前乗り前降りの2タイプがある。また、乗客定員により、普通の大型登録車と、特定大型車登録車の2種が存在する。
  8. ^ エアロバススタンダードデッカーの製造が中止されたためである。
  9. ^ 荷物置場の下には座席を撤去した跡が、荷物棚の下部には降車知らせボタンが残っているのが見られる。
  10. ^ なお、これらの経年車は、長崎 - 佐世保線に転用されることがある。
  11. ^ なお、これらのうち経年車は、一般路線用車両や特定輸送用に転用されることがある。
  12. ^ ただし、レトロバスのみ、メーカー及び車体サイズで決まるアルファベットは「R」で、通し番号も11からだった。
  13. ^ レトロバスのみ。
  14. ^ 1995年以前の車両にも一部描かれている。
  15. ^ このカラーは昭和30年代に全国統一で導入された外国人専用車のカラーをほぼそのまま継承。
  16. ^ 北都交通瀬戸内運輸ではサンプルカラーがそのまま使用されている。

[編集] 外部リンク

マルチメディア
長崎県交通局に関連するマルチメディアがあります。
ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年12月2日 (水) 12:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【長崎県交通局】変更履歴

ご利用上の注意