長崎電気軌道110形電車
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長崎電気軌道110形電車(ながさきでんききどう110がたでんしゃ)は、長崎電気軌道の路面電車車両の一形式である。
1952年(昭和27年)に西鉄大牟田市内線の休止に伴い余剰となった2軸単車を譲り受けたもの。以下、大牟田電気軌道から九州鉄道を経て西日本鉄道(西鉄)に承継された西鉄大牟田市内線の2軸単車についても記す。
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[編集] 西鉄大牟田市内線の2軸単車
1927年(昭和2年)、大牟田電気軌道の開業に備え、梅鉢鉄工所(のちの帝国車輌)と東洋車輌(当時の小倉市に存在した)で13両の電車が製造されている(番号は1~12・21)。これらはいずれも台車は2軸、車体は丸屋根の木造車体で、両端に引き戸を設け、扉間に8枚の窓を配置した、当時の標準的なスタイルの2軸単車であった。
13両とも経営母体の変化にともない、大牟田電気軌道から1941年(昭和16年)に九州鉄道へ、翌1942年(昭和17年)に九州鉄道から西日本鉄道へ承継されている。
[編集] 200形への改造、再使用
1943年(昭和18年)、大牟田市内線の輸送力増強のため、車両を単車から収容力の大きいボギー車に取り替える方針が打ち出された。当時は電気機器の入手が困難であったため、従来の2軸単車の機器を転用して車体と台車を新製したボギー車200形が製造された。この200形は手続き上、2軸単車の改造名目で製造されている。
200形への改造により、転用されなかった車体と台車は用途を喪失し浮くことになったが、間もなく13両全車が福岡市内線に所属していた木造単車の機器を転用して電装され、再び使用開始された。手続き上は機器を転用された福岡市内線の木造単車の改造扱いとしたので、改造前とは別の車籍となった。番号は162~174に改められた。電動機出力は18.7kWとなっている。
その後、162・163は1946年(昭和21年)に福島線へ転属した。163は1949年(昭和24年)に北九州線から転属した1形の代替として廃車となり、162は1952年(昭和27年)に大牟田市内線の休止によって200形が福島線へ転属したのと引き換えに廃車となっている。残る164~174は路線休止まで大牟田市内線で使用され、休止後は170が廃車となり、他の10両は長崎電気軌道に譲渡された。
[編集] 長崎電気軌道110形電車
長崎電気軌道では大牟田市内線の休止まで使用されていた11両のうち、170を除く10両を譲り受け、110形111~120とした。旧番→新番の対応は西鉄164・165・166・168・174・169・171・172・173・167→111~120である。1952年(昭和27年)3月に使用開始した。
使用開始前に車体塗色の変更が実施された。当初は側窓下辺から上をクリーム色、下をスカイブルーとしたツートンカラーであったが、使用開始から1か月後に下をダークグリーンに変更した。この塗装は同社のそれまでの車両と異なった塗装であったが、これ以来、1980年(昭和55年)に軽快電車が製造されるまで25年以上にわたり標準色として採用されていた。塗色変更以外の大きな改造は実施されなかった。
長崎電気軌道では「大牟田電車」とも呼ばれたが、昭和30年代以降はボギー車への置き換えが進み、1959年(昭和34年)から1962年(昭和37年)にかけて全車廃車となった。現存車はない。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ネコ・パブリッシング 『復刻版 私鉄の車両9 西日本鉄道』(飯島巌) ISBN 4873662923
- 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』1986年5月号(通巻463号)
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最終更新 2009年5月27日 (水) 02:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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