長府
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長府(ちょうふ)とは、山口県下関市の長府地区 (下関市役所支所設置条例で示された下関市役所長府支所の所管する区域) を指す地域名称。
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[編集] 地域概要
- 下関市の中心部から北東へ約8km、下関市の東方に位置する。東は周防灘に面し、北は王司地区、西は勝山地区 (新下関地区) 、南は本庁地区 (旧々市部) と隣接する。
- 勝山地区と本庁地区の境には山あるいは峠がある。主な山として、北から四王司山 (しおうじさん、標高392m)、准胝(准堤)山 (じゅんていさん、標高176m。別名は准堤峯 ( ‐ ほう)、覚苑寺山 (かくおんじさん)。山中に国道2号・長府トンネルが通る。)、霊鷲山 (りょうじゅせん、標高278m) 、火の山 (標高268m、東麓・関門海峡海岸線に国道9号が通る)などがある。
- 域内には、JR山陽本線、国道2号、国道9号、県道247号(長安線)、県道246号 (功山寺以南は『野久留米街道』と呼ばれる) が通る。北東部の松小田にJR山陽本線長府駅がある。
- 長府地区の土地利用は住宅や工場を主とするが、南端および北端には田畑が残る。近年、ゆめタウン長府付近の国道2号沿線に商業施設が立地するようになった。長府は北を除く三方は海や山に囲まれており、勝山地区や本庁地区の市街地との連続性はない。北を接する王司地区も、ゆめタウン長府付近など国道沿いの一部に宅地・店舗があるものの、地区の大部分は農業用地や林野である。そのため、長府の市街地は、下関市のなかにあって一種独特なものとなっている。
- 長府地区の町名は全て「長府○○町」と長府と頭に付くが、同地区内でも千鳥ヶ丘町や、ゆめタウンなど長府がつかない町名もある。
- 人口は29,780人。 (2009年2月28日時点での登録人口、下関市役所ホームページによる。)
- 地区面積は17.63km²。(2007年10月1日時点、下関市役所ホームページによる。)
[編集] 地名由来と町のあゆみ
- 長府の地名は「長門国府」にちなむ。府中と呼ばれた時期もあった。また、関連する地名として豊浦 (とよら) という古名があり、これを校名にする学校がある。(豊浦小学校、豊浦高等学校)
- 古代より山陽道の中継地として栄えたが、現在では国道2号や国道9号の通り道にあるなど、交通の要衝としての位置を占めている。
- 仲哀天皇の時代に『穴門豊浦宮 (あなとのとゆらのみや) 』が置かれたという伝説 (日本書紀記載) があり、忌宮神社 (長門国二宮) はその跡とされる。長門国 (穴門国) 設置にともなって国府および国分寺が置かれたが、やがて国府としての機能が低下するにともない、門前町・宿場町として位置付くことになった。奈良時代には鋳銭司が、鎌倉時代には長門探題が設置された。室町時代には長門守護の厚東氏 (厚東義武) が、戦国時代には山口に拠点を置いた守護大名・大内氏 (大内義長) が、それぞれ長府の地で滅亡した。江戸時代に入ってからは、長州藩の支藩・長府藩設置により長府毛利家が陣屋 (櫛崎城) を構え、その周辺に武家屋敷が広がることになった。幕末には、高杉晋作が長州藩内の佐幕打倒を図り功山寺で決起した。
- 明治から戦前にかけては旧豊浦郡に属し、豊浦郡役所の所在地であったが、1937年(昭和12年)に下関市へ編入した。(ただし、郡役所所在地であったのは、郡制廃止まで。)
[編集] 地域区分
長府は、土地利用状況と町の広がりの変遷から、南西部、北東部、臨海部の三つに大きく分けられる。
- 南西部
- 印内交差点から分岐する国道2号と国道9号に挟まれた地域である。
- 忌宮神社を中核として町が形成されており、観光地・城下町長府として景観整備がなされている。その城下町エリアは、長府藩5万石の古い街並みと神社・仏閣を残すほか、旧山陽道(市道松原長府駅前線)沿い及び忌宮神社参道 (鳥居前) に長府商店街が存在し、下関市役所長府支所、長府郵便局、豊浦高等学校、長府高等学校が立地する。昔ながらの町割りが残るゆえに地域内の道路は隘路が多く、居住者のほか生徒や観光客などが行きかうことから、乗用車での通行には注意を要する。
- 城下町エリアの周りに新旧の住宅が並び、野久留米街道 (県道246号功山寺以南) 沿いには昔ながらの田園風景が残る。城下町エリアおよびその周辺においては、マンションの建設およびコンビニエンスストアなど小売店舗の新規出店が抑制される傾向にあるが、これには景観整備や商店街保護という都市計画上の意図に加えて、戸建住宅や零細商店などが地域内に隈なく広がっていることで土地確保上の困難が生じていることに起因する。
- JR長府駅から離れた場所にあるが、バス停「城下町長府(鳥居前)」に国道9号線を通るサンデン交通バス (下関駅発着、小月・山口・宇部方面。火の山行きを除く。) が全て停車することで、公共交通利用上の不便がある程度は補完されている。しかし、下関市の中部・西部 (新下関、山の田、安岡) 方面に向かうバスの便数は少なく、自家用車を利用する場合を除いては、同方面へのアクセス環境は悪い。
- 長府商店街は、郊外型量販店の相次ぐ出店に加え、経営者の高年齢化及び旧来型営業形態の維持が足かせとなり、全体として衰退傾向にある。
- 北東部
- 印内交差点から長府トンネルまでの国道2号より東側の地域である。
- 主として住宅地である。かつて旧山陽道沿いを除く地域のほとんどは農地・林野であったが、近年宅地整備が進み、人口の増加に伴って長府小学校や長成中学校が開校されることとなった。
- JR長府駅、下関競艇場、長府警察署、ゆめタウン長府が立地する。
- 長府・南西部とは対照的に、マンションや新規小売店舗などの建設が進んでいる。長府駅より北側の国道2号沿線では、国道2号拡幅工事(1990年代)とゆめタウン長府(所在地は「下関市ゆめタウン1-1」)の開店(1993年(平成5年))をきっかけに工業用地・荒地の商業用地への転用が進み、ロードサイド店舗やガソリンスタンドが立ち並ぶ場所となった。
- 臨海部
- 御舟手・外浦を除いたほとんどの部分が埋め立てられ、下関市有数の工業団地 (長府港町、長府扇町) となっている。(主な立地企業は、下記項目「工業」を参照のこと。)
- ちなみに、長府には「金屋浜」や「中浜」という地名があるが、これらは埋立前に海岸線付近であったころの名残りである。
[編集] 名所・旧跡
- 土塀の街並み
- 功山寺 - 仏殿は国宝。境内に長府博物館、高杉晋作挙兵の銅像がある。
- 忌宮神社 - 伝・豊浦宮跡。祭神は仲哀天皇・神功皇后など。8月上旬に数方庭(すほうてい)祭が行われる。
- 集童場塾長室
- 乃木神社 - 祭神は乃木希典。
- 櫛崎城跡(関見台公園)
- 長府庭園
- 長府毛利邸
- 壇具川
- 前田砲台跡 - 下関戦争のときの砲台跡。学校教科書等によく使われる四国艦隊砲台占拠の写真は、長府の南端・前田で撮られたものである。
- 満珠島・干珠島 - 長府の沖合い1~2.6kmにある無人島。忌宮神社の飛地境内である。両島の樹林は原生林で、「満珠樹林」・「干珠樹林」の名称で国の天然記念物に指定されている。
[編集] 施設
[編集] 文化・観光・娯楽
(以下、かつてあったもの)
- 長府野球場(のち陸上競技場) - 1929年(昭和4年) - 1938年(昭和13年)。跡地に軍需工場(神戸製鋼所)。
- 長府楽園地 - 1932年(昭和7年) - 1938年(昭和13年)。跡地に軍需工場(神戸製鋼所)。
- 下関水族館 - 1956年(昭和31年) - 1999年(平成11年)。台風による被害をきっかけに閉鎖。2001年(平成13年)に市立しものせき水族館 海響館として唐戸に移転オープン。跡地には、独立行政法人国立病院機構関門医療センターが東駅から移転した。
- マリンランド - 1971年(昭和46年) - 1999年(平成11年)。台風による被害をきっかけに、マリンホテル・温泉を残してすべて閉鎖・廃業。敷地の一部にイオン長府ショッピングセンター開業。
[編集] 商業
- 長府商店街 (鳥居前、乃木さん通り、金屋通り)
- ゆめタウン長府 (ゆめタウン、トイザらスなど)
- イオン長府ショッピングセンター(マックスバリュ、ナフコなど)
- サンタウン長府(マクドナルド、ユニクロなど)
[編集] 工業
[編集] 文教
- 豊浦小学校 - 前述の通り、豊浦は『とよら』と読む。(豊浦高校も同様)
- 長府小学校 - 1979年(昭和54年)に豊浦小学校より分離・開校。
- 長府中学校
- 長成中学校 - 1990年(平成2年)に長府中学校より分離・開校。
- 豊浦高等学校
- 長府高等学校
(以下、かつてあったもの)
- 山口大学農学部 (旧山口獣医畜産専門学校) - 1949年(昭和24年) - 1966年(昭和41年)。山口市のキャンパスに移転統合。
- 山口朝鮮高級学校 - 1972年(昭和47年) - 2004年(平成16年)。現在休校中だが、実質的には廃校に近い。
[編集] 城下町長府への交通アクセス
- JR山陽本線下関駅からサンデン交通バス(小月方面)に乗車、「城下町長府(鳥居前)」バス停で下車。
- JR山陽本線長府駅から南へ徒歩30分、あるいはサンデン交通バス(下関駅方面)に乗車して「城下町長府(鳥居前)」バス停で下車。
- 中国自動車道下関ICまたは小月ICから車で約10分。(観光駐車場 長府観光会館)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 長府観光協会
- 長府観光会館(ふくの関 内)
- 城下町長府(※個人ページ)
- 長府博物館(下関市ホームページ内)
- 長府商店街
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