長沼弘毅
長沼弘毅の最新ニュースをまとめて検索!
長沼 弘毅(ながぬま こうき、1906年11月21日 - 1977年4月27日)は、日本の大蔵官僚、実業家、文芸評論家である。東京出身。経済学博士であり、柔道家(講道館七段)であった。 俳優の平沼成基は孫に当たる。
目次 |
[編集] 略歴
- 東京府立一中(のち東京都立日比谷高等学校)、旧制静岡高校を経て、1929年に東京帝国大学法学部卒業、大蔵省入省。入省同期に福田赳夫、前尾繁三郎、吉村成一など。
- 1949年、大蔵次官となる。在任中、大蔵事務次官に改称。その後、大蔵省退官。
- 1958年3月31日 - 1959年4月17日 公正取引委員会の委員長。
- 1961年2月 首相の諮問機関として総理府に設置された「公営競技調査会」の会長に就任。
- 1961年7月 公営競技調査会会長として、「公営競技に関する現行制度と今後の基本的方策についての答申の件」(いわゆる「長沼答申」)を取りまとめ、首相に提出。公営競技の規模について、現状維持の方向を打ち出す。
その後は日本コロムビアの会長。日本のシャーロキアンの草分け。江戸川乱歩賞選考委員を第一回から第十四回まで務める。
[編集] エピソード
- 事務次官時代は執務を午前中で終え、午後は来客を断って労働法の研究に没頭し、夜は宴会にも出ずにシャーロック・ホームズの研究に打ち込んだ、というエピソードを、大蔵官僚だった野口悠紀雄が紹介している(「超・整理法 時間編」)。同じく次官時代に、講道館の若手の高段者五人の猛者を続けて投げ飛ばしたということである。古き良き時代の文人肌の官僚であり、かつ本物の柔道家でもあり名実ともに文武両道の人であった。
- 宇野浩二との出会いは大蔵省で廚橋の税務署長時代(昭和9年2月から12月までの10月間)という。所得の申告の訂正についての伺いを宇野浩二からの手紙で受け取り、それに私信で答えたということから始まったそうである。その後付き合いは、川端康成の浅草の不良少年をモデルにした小説(「浅草紅団」)の執筆に当たり、土地の顔役(テキ屋の親分達)に了承を取るためにと一席設けた際に、文士側のメンバーとして宇野浩二に同席してもらったことに始まるという。
- 書については宇野浩二の依頼により、宇野浩二の自宅の表札を書いている。そのいきさつについては「人間宇野浩二」などに詳しい。27年間の宇野との交遊記録は、この表札を中心にして繰り広げられるとある。
- 第二次吉田内閣のときに大蔵次官のときに、新聞記者の質問に「細かい数字は池田勇人(当時大蔵大臣)に聞いてくれ。」と言ったのが翌日の新聞紙面に出てしまったという。一方、自身は「おなじ役人出身で、吉田茂という、わけのわからぬ老人(公私混淆の不感症的常習犯?)に、抜擢されて、いきなり大蔵大臣になった人物をみていると、はらはらするばかりで、気が気ではない。筋を通して反撥すべきときには毅然として反撥する気のない大臣に、ぼくは、いささかサジを投げていた。」(「人間宇野浩二」)と書いている。
- 日経新聞の「私の履歴書」に執筆依頼があったが、頑として受け付けなかった。その理由は自分が戦中戦後の本当のことを書けば多くの人が傷つくし、自慢話を書く暇はないということだった。
- 旧制静岡高校時代の親友に国立がんセンター総長を務めた塚本憲甫がいる。
[編集] 著書
- 労働銀行研究 自治刊行社 1935
- 平行線 小山書店 1938
- 戦争の横顔 高山書院 1939
- 家族手当と平衡基金制度 多数家族の排撃に備へて ダイヤモンド社 1946
- 生活賃銀と家族手当制度 ダイヤモンド社 1947(生活賃銀全書)
- 同一労働同一賃銀論について ダイヤモンド社 1947(生活賃銀全書)
- 家族手当の実際問題 ダイヤモンド社 1947(生活賃銀全書)
- 各国家族手当制度論 ダイヤモンド社 1948(生活賃銀全書)
- 家族手当の研究 ダイヤモンド社 1948
- やさしい財政のはなし 高山書院 1949(若い人の文化叢書))
- ひとりごと ダイヤモンド社 1956
- 和漢の散歩 自由国民社 1956
- 酒のみのうた 続・和漢の散歩 自由国民社 1957
- 癖のある随筆 六興出版部 1958
- シャーロック・ホームズの知恵 朝日新聞社 1961
- 推理小説ゼミナール ミステリー解読術 講談社 1962(ミリオン・ブックス)
- シャーロック・ホームズの世界 文芸春秋新社 1962
- ミステリアーナ 講談社 1964
- 人間宇野浩二 講談社 1965
- シャーロック・ホームズの紫烟 文芸春秋 1966
- シャーロック・ホームズの対決 文芸春秋 1967
- シャーロック・ホームズ秘聞 文芸春秋 1968
- 鬼人宇野浩二 河出書房新社 1970
- シャーロック・ホームズの挨拶 文芸春秋 1970
- シャーロック・ホームズ健在なり 番町書房 1972
- シャーロック・ホームズの恩人 家の光協会 1974
- シャーロック・ホームズの大学 実業之日本社 1976
[編集] 翻訳
- B.S.ラウントリイ「最低生活研究」 高山書院(1943年)のち「貧乏研究」
- ミサプウルへの道 プラ・サラサス 共立書房 1950
- アリバイ アガサ・クリスティー 早川書房 1954(世界探偵小説全集)
- 謎の兇器 G.D.H.&M.コオル 六興・出版部 1957(六興推理小説選書)
- ある大使の死 マニング・コールズ 創元推理文庫 1959
- 青列車の謎 アガサ・クリスティ 創元推理文庫 1959
- オリエント急行の殺人 クリスティ 創元推理文庫 1959
- 謎のエヴアンス クリスチィ 創元推理文庫 1960
- 現代推理小説の歩み サザランド・スコット 東京創元社 1961
- ミステリー入門 理論と実際 メアリー・F.ロデル 社会思想研究会出版部 1962(現代教養文庫)
- わが愛する中華民国 蒋宋美齢 時事通信社 1970
[編集] 関連著作
- 長沼源太「ずいひつ 父・長沼弘毅のこと」財界、2004年8月24日号
[編集] 外部リンク
- やさしい財政のはなし - 「国際子ども図書館児童書デジタル・ライブラリー」より。長沼弘毅『やさしい財政のはなし』(高山書院、1949年)全文のデジタル画像を閲覧できる。
|
||||||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年9月9日 (水) 09:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【長沼弘毅】変更履歴


