長良橋
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| 長良橋 | |
|---|---|
| 所在地 | |
| 長さ | 272.0m |
| 幅 | 18.0m |
| 橋の分類 | |
| 形式 - 国 | |
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| 橋の一覧 | |
長良橋(ながらばし)は、岐阜県岐阜市の長良川にかかる、国道256号の橋。金華山、長良川、鵜飼とセットにされる岐阜市を代表するシンボル的な橋である。1874年(明治7年)に架けられた当時の名前は明七橋。
目次 |
[編集] 概要
- 供用開始:1954年(昭和29年)12月
- 延長: 272.0m
- 幅員: 18.0m
- 橋梁形式:五径間連続鈑桁橋
- 所在地 岐阜県岐阜市湊町 - 長良福光
[編集] 歴史
- 1874年(明治7年):この場所にはじめて橋が架けられる。木造で南岸から途中までしか橋は無く、途中から北岸までは船を12艘つないだ上に木板を渡した船橋だった。当時の名前は明治7年に作られたため明七橋と名付けられた。民営だったため通行料が徴収されていた。
- 1884年(明治17年):長良橋(2代目)が北岸までつながる。
- 1901年(明治34年):県費で長良橋(3代目)が架けられる。通行料が無料となる。
- 1915年(大正4年):長良橋(4代目)が開通。路面電車を通すために初めて鋼鉄製の下路トラス橋を建設。英国製の鋼材を使用した最新式の橋だった。しかし床は木製。長良橋(4代目)は現在の長良橋のすぐ上流にあった。
- 1915年(大正4年)11月20日:鉄道供用橋となり美濃電気鉄道市内線(後の名古屋鉄道岐阜市内線、通称長良線)長良橋駅 - 長良北町駅間が単線で開通。
- 1954年(昭和29年)12月:長良橋(5代目)が開通。
- 1956年(昭和31年)11月:岐阜市内線が長良橋(旧)より移設。軌道は長良橋の東端に設置。
- 1957年(昭和32年)3月31日:長良橋駅 - 長良北町駅間の複線化完成。
- 1973年(昭和48年)7月22日 - 12月20日:長良橋駅 - 長良北町駅間を営業休止し、軌道を橋上中央に移設する工事が行なわれる。
- 1988年(昭和63年)4月1日:岐阜市内線徹明町駅 - 長良北町駅間営業廃止。長良橋は自動車・歩行者用橋梁となる。
[編集] 特徴
[編集] 花火大会
- 例年7月の最終土曜日に、全国選抜長良川中日花火大会(中日新聞社主催)が長良橋下流にて開催される。
- 例年8月の第一土曜日に、長良川全国花火大会(岐阜新聞・岐阜放送主催)が長良橋下流にて開催される。
[編集] その他
長良橋上流の長良川河畔で行われている鵜飼い
- 長良橋上流の長良川河畔では、日本で唯一の宮内庁直轄の鵜飼が行われている。
- 夜間は景観アップのためライトアップされているが、長良川鵜飼開催の時間帯は消灯されている。
- 歴史の項で述べた通り、かつては名鉄岐阜市内線との鉄道道路併用橋であった。
- JR岐阜駅を起点とし長良橋を経由した長良地区までの国道157号と国道256号の総称を「長良橋通り」という。
- 長良橋の架かる長良川は天井川のため、度々洪水に見舞われる。そのため長良橋の両岸の道路部分には長良橋陸閘が設置され、増水時には閉じて洪水が市街地へ流入するのを防ぐ様になっている。通常時には陸閘は開けてあり国道256号として供用されている。
- 長良橋南詰には「鵜匠の像」があり、鵜飼観光客の記念撮影スポットとなっている。
- 長良橋南詰の鵜飼船乗り場前には五木ひろしの「長良川艶歌」がTBSの「ザ・ベストテン」で「12年間ベストテン第1位」を獲得した時の記念碑があり歌詞が彫ってある。
- 岐阜公園にある三重塔には旧長良橋の古材が使われている。
[編集] 関連項目
[編集] 隣の橋
(上流) - 千鳥橋 - 鵜飼い大橋 - 長良橋 - 金華橋 - 忠節橋 - (下流)
[編集] 画像
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橋南詰にある川灯台。袂には「長良川艶歌」の記念碑。 |
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