阪神8000系電車

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阪神8000系電車
原形車(タイプIV)・2007年6月香櫨園駅にて
原形車(タイプIV)・2007年6月香櫨園駅にて
編成 6両編成
起動加速度 2.5km/h/s
営業最高速度 阪神106km/h
山陽110km/h
設計最高速度 110km/h
車両定員 先頭車140 中間車150(8241F以降および8336,8536を除く)
全長 18,880 18,980(8201形)mm
全幅 2,800mm
全高 4,087 4,109( - 8215F) 4,160(8217F - )mm
車両質量 34.0t(8001形) 34.5 - 35.5t(8101形) 28.0t(8201形)
軌間 1,435mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
主電動機 東洋電機製造製TDK-8170-A 110kW
歯車比 81:14 (5.77)
制御装置 東芝製BS-1403-A
界磁チョッパ制御
駆動装置 中空軸平行カルダン駆動方式
台車 住友金属工業製FS-390A,090A,525,025,090 
ブレーキ方式 MBSA 回生制動併用全電気指令式電磁直通空気制動抑速制動
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS
製造メーカー 武庫川車両工業

阪神8000系電車(はんしん8000けいでんしゃ)は、阪神電気鉄道が所有する優等列車用の通勤形電車

先に7801・3521形を改造して登場した3000系に続く、新造の界磁チョッパ制御車である。武庫川線武庫川団地前駅への延伸に係る輸送力増強と3561・3061形3301・3501形などの初期高性能車を置き換えるため、1984年から1995年にかけて6両編成×21本の126両が武庫川車両工業において製造されたほか、1995年に発生した阪神・淡路大震災で被災廃車された補充車3両が1996年にかけて武庫川車両工業において製造された。

2009年3月現在では6両編成×19本の114両が在籍し、主に優等列車で使用されている。このため、合計129両製造されたものの全車が同時に在籍したことはない。

なお、本項では解説の便宜上、梅田方先頭車の車両番号 + F(Formation = 編成の略)を編成名として記述(例:8201以下6両編成 = 8201F)する。

目次

[編集] 阪神初の6両固定編成導入

1980年代前半の阪神の急行系車両は、他社に先んじて冷房改造は完了していたものの、阪神初の大型車として登場した2扉クロスシートの3011形を3扉ロングシートに改造した3561・3061形やいわゆる「赤胴車」の第1号として登場した3301・3501形、3601・3701形を4両固定編成にして力行専用の電機子チョッパ制御車に改造した7601形などの初期の高性能車の車齢が約25年から30年に達しようとしており、老朽化が目につくようになってきていた。その中でも、3561・3061形や3301・3501形は駆動装置に構造が複雑な直角カルダン駆動方式を採用しており、保守に手を焼くことが多くなっていた。この他、当時阪神第一の在籍数を数える7801形は、昇圧と小型車置き換えを目的として製造された1次車の接客レベルが低く、数度の改造を受けてレベルの向上が図られたが、それでもまだ他形式に比べると遜色があった。1983年までに増備された5131・5331形によって5231形を置き換えた結果、普通系車両の100%冷房化を達成したことから、更新が一段落した普通系車両に続いて、今度は急行系車両に新車を投入してこれらの在来車を更新することとなった。

1984年に武庫川線が洲先駅から武庫川団地前駅まで延長されることになり、同時に従来3301形の単行で運転していたものを、単行の3301形はサービス電源の関係で冷房装置を作動させることができなかったことから、全線で冷房サービスの提供を行うため、輸送力増強を兼ねて、7861・7961形2連に置き換えることとなった。7861形は阪神本線や西大阪線(現・阪神なんば線)で幅広く使用されていたことから、新車を投入して捻出することとなった。この時期には主な優等列車運用が6連となっていたことや、電機子チョッパ制御に比べると構造が簡単で加減速の少ない優等列車でも省エネルギー効果が高い界磁チョッパ制御の技術が確立されていたことから、阪神では初の6両貫通編成となり、制御装置に界磁チョッパ制御を本格的に採用した本系列が製造された。その後、本系列はモデルチェンジを繰り返して大量に増備され、上記の急行系初期高性能車を置き換えることとなった。

[編集] 概要

本系列は1984年から1996年まで12年の長きにわたって製造され、その間3回のモデルチェンジを行ったことから外観上さまざまな形態が存在するほか、内装をはじめ台車や搭載機器などもモデルチェンジにつれて変化しており、最初に登場した編成と最終増備車では同一系列に見えないまでの違いがある。このため、外観上の視点から本系列はタイプI(第1次車)、タイプII(第2 - 第4次車)、タイプIII(第5 - 第12次車)、タイプIV(第13 - 第21次車)の4タイプに分類することができ、趣味誌上などでもこの区分で紹介されることが多いことから、本項においても4タイプに形態分類のうえ紹介する。

各タイプの共通項としては、Tc-M'-Mの3両ユニットを背中合わせに2組連結して6連を組成、末尾の車両番号が奇数のユニットが大阪側、偶数のユニットが神戸側になる。形式はともに先頭の制御車 (Tc) が8201形、中間電動車が8001形 (M') 、8101形 (M) で、側面窓配置は8201形がd1D3D3D2、8101,8001形が2D3D3D2(D:客用扉、d:乗務員扉)で、座席はロングシートである。屋根上には冷房装置と中間電動車の奇数車では大阪側、偶数車では神戸側に下枠交差式パンタグラフを1基搭載している。連結器はユニット端部になる両先頭車の前面にバンドン式密着連結器を、8101形奇数車の神戸側、偶数車の大阪側には廻り子式密着連結器を装備し、その他は半永久式密着連結器を取り付けているほか、8101形奇数車の神戸側、偶数車の大阪側には工場入場時の構内入換に考慮して簡易運転台を取り付けている。台車はS型ミンデン台車を装着し、制御装置は前述のとおり界磁チョッパ制御で、三菱電機製の製品を搭載した3000系とは異なり、東芝製BS-1403-Aを8101形に搭載、主電動機複巻式出力110kW/hの東洋電機製造製TDK-8170-Aを各電動車に4基搭載したほか、ブレーキ装置は、営業運転では他形式との併結を行わないことから、阪神で初めて全電気指令式電空併用抑速付のMBSAが採用された。補助電源装置も阪神では初めて静止形インバータ (SIV) が採用され、8001形に搭載されている。

[編集] 形態分類

この項では、当初製造された21編成126両 (8201F, 8211F - 8249F) について紹介する。震災による廃車の代替車両については後述する。

[編集] タイプI(8201F・1本)

3801形3905Fの車体をベースとして製造された。このため従来車と外観上の大きな変化はなく、側窓は銀色アルミサッシのユニット式二段窓が並び、先頭形状は丸みを帯びた3面折妻で前照灯が左右の窓上に配され、化粧板は薄緑の格子柄である。一方、他形式と連結しない前提で製造されたことから、従来車の先頭部にあった埋込式の貫通幌[1]や桟板、ジャンパ栓受けなどが廃止され、貫通扉が前面に出てきたことから、従来の阪神の車両とは異なる平面的ですっきりとした前面となった。冷房装置は阪神標準の分散式MAU-13Hを先頭車に7基、中間車に6基搭載しているが、圧縮機を従来のレシプロ式から低騒音・省エネルギー対応のロータリー式に変更され、中間車では奇数車の神戸側と偶数車の大阪側にパンタグラフを増設できるよう、その部分のスペースを空けた形で冷房装置を配置した。SIVは8001に東芝製BS438F、8002に三菱電機製NC-DAT110Aを装備した。この他、方向幕の取り付けに合わせて車体形状を微修正したことから方向幕が車体から突出しておらず、台枠の構造などの改良によって、構体重量が従来車に比べて1t程度軽量化された。台車は3801形が装着していた住友金属工業製S型ミンデン台車のFS-390, FS-090の軸箱支持部を、弾性板ばね式のSUミンデンとしたFS-390A, FS-090Aを装着する。

このタイプは前記したように武庫川線延長に伴う所要車両数増のため製造されたものであり、試作的な要素も兼ね備えることから結果的にこの1本の製造だけにとどまり、タイプII以降の車両とは大きく外観が異なるが、性能的には他のタイプと同一である。

[編集] タイプII(8211F - 8215F・3本)

1984年末に内外装とも大幅にモデルチェンジされて従来の阪神電車のイメージを大きく一新して登場したグループで、車両番号も番台区分が変更されて11からの付番となった。

先頭部は阪神初の窓周りが縁取られた「額縁」スタイルとなり、方向幕は上方に延長された左右の窓ガラスの中に種別表示と行先表示を分離し、同部分に設置されていた前照灯は従来方向幕が設置されていた貫通扉上部にそれぞれ設置場所が変更された。車体とフラットになった貫通扉は左右の窓が拡大されたことによって幅が狭くなり、車体下部にはこれも阪神初の排障器(スカート)が取り付けられた。左右の窓下に設けられていた尾灯は、通過標識灯が新設されて横長の枠に2つ並ぶ形でケーシングされた。側窓は各窓が独立した一段下降式となったことから、サッシ部分をユニット式として構体から独立させ、窓開口部からサッシ内に入り込んだ雨水を完全に排水できるようにするなど、雨水による車体腐食対策に留意した設計となった。冷房装置はタイプIと同じMAU-13Hであるが、先頭車最前部の装置については乗務員室にも冷風をダクトで送ることを可能にするため、CU-10Hに変更された。パンタグラフを含めた屋根上の機器配置に変更はない。台車はFS-390A, FS-090Aと同じSUミンデン台車であるが、形式名がFS-525, FS-025に変更された。SIVの搭載位置も8201Fとは逆になり、奇数車がNC-DAT110Aを、偶数車がBS438Fを搭載するようになって以後の各タイプに継承された。

内装も大きくモデルチェンジされ、化粧板が従来の薄緑の格子柄からベージュ系のドット模様となり、客用ドアも従来の塗装仕上げから化粧板仕上げとなった。天井の化粧板は白からアイボリーホワイトとなり、床板と吊り手は緑系からグレー系に変更されている。この他にも座席脇のスタンションポールが廃止されたほか、客室貫通扉もガラスが下方に拡大された。座席のモケットの色はエンジ色で変わりはないが、配色が大きく変わったこととスタンションポールの撤去、客室貫通扉の拡大によってシャープで軽快なイメージの車内となった。

編成ごとの変更点としては8211Fのみ手歯止め(ハンドスコッチ)を運転台左側の窓下に搭載したことから、8211, 8212のみスカート左側に手歯止収納用のふたが設けられていた[2]。また、8215Fでは試験的に座席の袖仕切りの形状が変更されたり、客室貫通扉にドアチェックが装備されたり、正面貫通扉の窓にデフロスタが追加されるなどマイナーチェンジが施されている。

なお、このグループ以降の本系列の編成は8201Fと区別する目的で新8000系8011系と呼ばれることがあるほか[3]、古くからのファンの中にはこのグループ以降の本系列を、戦前の急行系小型車の代表車で、「喫茶店」の愛称で知られる851,861,881形のイメージに重ならせて連想する者もいる。

[編集] タイプIII(8217F - 8231F・8本)

1986年から1990年にかけて登場したグループで、空調方式が変更された。冷房装置が従来のMAU-13Hなどの分散式クーラーを1両あたり6 - 7台搭載するのを改め、阪神初の集約分散式クーラーであるCU-198を1両あたり4台搭載した。これによって天井の見付が大幅に変更され、冷風の吹き出し口が従来の天井から突出していたのとは異なり、室内灯脇に設けられた連続したものが取り付けられ、天井中央には補助送風機のラインデリアと整風金具が取り付けられた。この変化に対応して冷房ダクトが変わったことから車体断面が変更になり、車体高さが約5cm高くなった。この他、パンタグラフの搭載位置も変更され、車端部に搭載されるようになったほか、パンタグラフ1基でも回生ブレーキ作動時の集電に問題がなかったことから、タイプIIまでのようにパンタグラフの追加搭載スペースは確保されなかった。これ以外の内外装及び装備機器に大きな変更はないが、8217 - 8220の台車は3801形3901Fの廃車発生品および3904の7890への電装改造時に発生したFS-090を装着する[4]。このグループも増備を重ねるごとに細部の改良が行われ、のちの編成に継承されていった。編成ごとの変更点は以下のとおり。

  • 8221Fでは、車内放送装置に自動ボリューム調整機能が付加され、車掌台の放送装置から調整つまみが除去された。
  • 8223Fでは、吊り手のさやが丸みの多いものに変更された。
  • 8225Fでは、客用ドアの開閉装置が1シリンダ連動式のY2-1Aに変更された。従来の開閉装置よりシリンダ力が大きくなったことから、注意喚起のためにクッションゴムの色が黒になった。
  • 8227Fでは、方向幕および種別表示幕が英字表記入りのものになった。
  • 8231Fでは、続くタイプIVでのモデルチェンジを控えて、室内灯カバーをワンタッチで開閉できるものにしたほか、車内のアルミ部分を薄黄色の着色アルミとした。

なお、1989年1月7日に竣工した8223 - 8023 - 8123の3両は、阪神唯一の昭和64年製の車両である。

[編集] タイプIV(8233F - 8249F・9本)

1991年以降登場したグループで、タイプII以来の内外装のモデルチェンジが行われた。このモデルチェンジに際しては、阪神の車両部のスタッフや武庫川車両工業のスタッフに加えて近畿車輛のスタッフも加わって検討が行われ、内装デザインの一新と側窓の拡大を中心に変更が加えられた。また、このタイプの製造当初には塗色の変更も検討され、8233に3種類の試験塗装が行われた。このうちの一案が基本となって、後に製造した5500系の塗装となって実現した。

側窓の窓柱が従来車の110mmから67mmへと細くされ、同時に寸法も拡大されて窓間の桟が黒色に塗装されたことから連続窓風の外観となった。窓サイズの変更に伴って構体設計も見直されたほか、塗色の塗り分け線が若干下げられている。車内では座席が阪神初のバケットシートに変更され、モケットの地色もピンク色に変更されたほか、床材は中央部ベージュ、左右座席付近が茶色となって、着座時のフットラインを表示した。同時にシートの袖仕切り形状も変更されて、仕切りを取り付けて、その上にポールを延長する形でスタンションポールが復活したが従前のように天井まで達するものではない。また、ドア上にはこれも阪神初のLED車内案内表示装置が千鳥配置で設置[5]された。このような内装の変更により、接客設備が向上している。編成ごとの変更は以下のとおり。

  • 8237Fでは、車内の化粧板がベージュ系ながらも従来のドット模様から砂目模様に変更された。
  • 8241Fでは、バリアフリー対応として中間車の元町(西)寄りに車椅子スペースが設置され、その部分の側窓が固定式となった。この他、禁煙表示はピクトグラムに変更されたり、車体内外の製造銘板等はエッチングプレートとされた。

タイプIVにおける変更点は、5500系およびそれ以降に登場した9000系9300系の各系列にリファインされた形で継承されていった。

[編集] 大量増備

先に登場した8201Fのうち、1984年2月18日に登場した8201 - 8001 - 8101 - 8202の4両が同年3月14日から試運転を開始、その後3月6日に竣工した8102 - 8002を組み込んで試運転を続け、同年4月末から特急快速急行をはじめとした阪神本線の最優等列車を中心に営業運転を開始した。引き続いて同年秋から廃車が開始された3561・3061形の代替として、1985年からタイプIIが営業運行に投入され、同形の中で諸般の事情から置き換えられなかった3567-3568の2連×1本を除く全編成の代替を完了したのに続き、1986年には当時阪神唯一の両運転台車であった3301形の置き換えも完了した。また、タイプIIが営業運転を開始した1985年は、阪神タイガースの21年ぶりのセ・リーグ優勝および2リーグ分裂後初の日本シリーズ制覇と重なったことから、阪神甲子園球場への観客輸送にも充当され、当時の主力選手ともども阪神の「顔」としてPRされた。引き続いてタイプIIIが毎年2 - 3本増備されて1989年までに3501形と3567 - 3568の置き換えを完了、同年からは7601形と7801形1次車の置き換えが開始された。

このように本系列は初期高性能車の置き換えとともに増備されたことから、1990年代初めには廃車と2000系への改造で数を減らした7801形を抜いて阪神に所属する車両の中では最大両数を数えるようになり、阪神本線の優等列車運用が全て6両編成化されたことから、運用も特急から準急まで幅広く使われるようになった。また、それまでの阪神の車両が各形式が区別なく分割併合されたのとは異なり、編成単位で運用されるようになったことから、当時在来車の中でも6連貫通編成となった8801形や2000系とともに従来の阪神の車両では見る機会が少なかった編成美を見せるようになった。タイプIIIからタイプIVにモデルチェンジされても増備のペースは変わらず、7601形が淘汰された1991年以降は7801形1次車の置き換えが進められ、1995年3月に8249Fが登場した時点で7801形1次車の置き換えを完了するとともにデータイムの特急および快速急行運用を本系列でまかなうことが可能になることからダイヤ改正を実施してスピードアップを行う予定であった。

この他、8201Fは当初はスカートを装備していなかったが、1994年にタイプII以降の車両と同型のものが取り付けられ、時期は不明であるが8211Fのハンドスコッチの格納位置が他編成同様乗務員室扉下に変更された。

[編集] 震災での編成替え

8502、元は大阪側先頭車8201、リニューアル後の状態。

このように名実ともに阪神を代表する車両となった本系列であるが、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で当時の在籍車両数6両編成20本+3両の123両のうち半数にあたる10編成60両が被災した。被災編成と被災箇所およびその後の経過については以下のとおり。

  • 8201F - 石屋川車庫10番線において被災、脱線。
  • 8213F - 御影留置線21A線において被災、脱線転覆。
  • 8215F - 御影留置線22C線において被災、脱線。
  • 8217F - 石屋川車庫1番線において脱線、検修ピット内に転落。
  • 8219F - 御影留置線22B線において被災、脱線。
  • 8221F - 石屋川車庫8番線において被災、脱線。
  • 8223F - 石屋川車庫13番線において被災、脱線。
  • 8225F - 御影留置線22D線において被災、脱線。
  • 8231F - 御影留置線22A線において被災、脱線。
  • 8235F - 御影留置線21A線において被災、脱線転覆。
  • 8201Fは大阪市西淀川区に設けられた仮設の被災車両置き場に搬出後、8202が3月31日付で、8001, 8101が7月6日付で廃車[6]。8102, 8002, 8201は9月7日付で復旧、同時に8201を方向転換の上8502に改番し、新8523Fの神戸側に組み込み(詳細は後述)。
  • 8213Fは脱線復旧後、青木駅 - 御影駅間の復旧に先立ち尼崎車庫に収容、8113, 8014が3月31日付で、8114が7月6日付で廃車。8214は8222の代わりに8221Fに組み込まれて6月15日付で、8213と8013は8117を組み込んで6月28日復旧。8118 - 8018 - 8218を組み込んで新8213Fを組成。
  • 8215Fは尼崎車庫に収容、3月3日復旧。
  • 8217Fは被災車両置き場搬出後、8217, 8017が3月31日付で廃車、8118, 8018, 8218が6月21日付で、8117が6月28日付で復旧、前述のとおり8213 - 8013 - 8117 - 8118 - 8018 - 8218で新8213Fを組成。
  • 8219Fは尼崎車庫に収容、8120 - 8020 - 8220が3月22日付で、8219 - 8019 - 8119は4月21日付で復旧。
  • 8221Fは被災車両置き場搬出後、8222が7月6日付で廃車。8221 - 8021 - 8121が6月15日付で、8122 - 8022が8214を組み込んで6月15日付で復旧。新8221Fを組成。
  • 8223Fは8223が尼崎港に設けられた被災車両仮置き場に搬出後現地で解体、2月9日付で廃車。他の5両は大阪市西淀川区の仮設の被災車両置き場搬出後、8124, 8024が3月31日付で、8224が7月6日付で廃車。8023, 8123は9月21日復旧。代替新車の8523を組み込んで3両ユニットを組み、神戸側に8102 - 8002 - 8502を組み込んで新8523Fを組成。
  • 8225Fは尼崎車庫に収容、4月13日付で復旧。
  • 8231Fは尼崎車庫に収容、8132, 8032, 8232が5月23日付で、8231, 8031, 8131が6月5日付で復旧。
  • 8235Fは8036, 8236が搬出不能のため現地で解体、残り4両は尼崎車庫に収容。8235, 8035, 8135が1996年1月23日付で、8136が1月30日付で復旧。8136に代替新車の8336 - 8536を組み込んで新8235Fを組成。

上記のように本系列には8201, 8213, 8217, 8221, 8223, 8235Fの6本から合計15両の廃車が発生した。他形式とは異なり6両全車が廃車となった編成はなかったが、編成によって残った車種がバラバラであったため、下表のとおり正常な編成とするためにこれら同士を組み合わせ、不足分は追加新造で賄われることとなった。色分けは元の編成に対応しており、白文字はタイプIIを、白地は新造された車両を表す。

梅田   元町
Tc8201 M8001 M'8101 M8001 M'8101 Tc8201
8523 8023 8123 8102 8002 8502
8213 8013 8117 8118 8018 8218
8221 8021 8121 8122 8022 8214
8235 8035 8135 8136 8336 8536

新造された車両は「被災前にその位置に連結されていた車両の番号+300」の車両番号が付与されており、形態もそれに準じている。すなわち、8523はタイプIII、8336, 8536はタイプIVの車体を持ち、被災廃車された車両から取り外した座席や機器のうち使えるものを再利用している。その一方で製造銘板がエッチングプレートになっていたり、禁煙表示等がピクトグラム化されたことをはじめ、8336には車椅子スペースが設けられるなど、後に製造された車両の改良点が採り入れられている。

また、編成組成の都合上、8201Fで残った梅田側先頭車8201が同じく残った8102、8002と連続して連結するために三宮向きに方向転換され、番号も8502に改番されるとともに床下機器の配置も8202と同様のものに改造された。先述の通り、この編成の梅田側先頭車8523はタイプIIIの車体で新造されているので、8523Fは梅田側の3両と三宮側の3両で形態が大きく異なる結果となった。そして1996年初めには、8336と8536の代替新造に伴って最後まで残っていた8235Fの復旧が完了、震災後に登場した8249Fを含めると、当初製造が予定されていた6両編成×21本の合計126両から2本12両減の6両編成×19本114両で復旧した。震災復旧以降の増減はない。

[編集] 直通特急運転開始前後

震災で大被害を受けた阪神本線も約半年後の6月26日に全線復旧し、同じく震災で駅部分が陥没した神戸高速鉄道東西線大開駅を含む新開地駅 - 高速長田駅間が8月13日に復旧し、山陽電気鉄道本線須磨浦公園駅への乗り入れが再開された。本系列は震災前同様急行系車両を使用する列車で幅広く運用され、被災車両も順次復旧した。1996年3月には崩壊した石屋川車庫と御影留置線が再建され、車両面でも被災車両の復旧と急行系9000系、普通系5500系の代替新車が竣工したことで震災前の車両数に戻ったことから3月20日にダイヤ改正を実施、スピードアップは行われなかったが列車本数は朝ラッシュ時の輸送力が強化されるなど、震災前を上回るものとなった。

1998年2月15日のダイヤ改正では山陽姫路駅まで乗り入れる直通特急の運転が開始された。本系列は9000系とともにホーム有効長が短い大塩駅でのドアカット機能の追加などといった山陽電鉄全線乗り入れ対応改造が施工されたが、8523Fについては震災復旧時の経過から運転台の構造が異なるタイプIとIIIの混成編成のため、性能的には他の編成と同一であるが、この編成のみ対応改造がなされず、2000系などと同様に須磨浦公園駅までの運用とされた。

[編集] リニューアル

リニューアル車(タイプIII)

直通特急の運転開始以降、山陽5000系が直通特急として梅田駅まで乗り入れるようになり、阪神本線においても日常的にクロスシート車に乗車する機会が増加した。同時に中長距離を利用する乗客も増えたことから、利用客のクロスシートへのニーズも高まっていた。2001年3月10日のダイヤ改正では直通特急の増発を実施するとともに、阪神においても直通特急の増強用と3000系の代替として、中間車の座席をセミクロスシートとした新車9300系を投入した。

この頃、本系列も第1編成の製造から20年近く経つこともあり、2002年から9300系に準じたリニューアル工事が1年に1 - 2本のペースで実施されている。塗装は9300系に準じたオレンジ色(プレストオレンジ)と(シルキーベージュ)の塗り分けになり、接客設備改善のために中間車4両のドア間にはロングシートに代えて新たに転換式クロスシートが設置された。内装も化粧板が白系に、座席モケットが濃いオレンジ色に張り替えられ、乗務員室後ろの客室仕切り窓の遮光幕は横引きカーテンから電動の自動昇降式に変更された。この他、タイプIII以前の車両はタイプIVに合わせてLED式車内案内表示装置が設置された。9300系と同様に、両端の先頭車がロングシートのまま存置されたのは、阪神本線と乗り入れ先の神戸高速鉄道東西線および山陽電鉄本線において、梅田、山陽姫路の両起終点駅をはじめ三宮、元町、新開地などの主要駅で両端の先頭車が改札口階段に最も近い位置にあることによる。

リニューアル第1号となった8211Fは2002年4月11日に運転を開始、2003年には8219Fがリニューアル改造を受けた。2004年には8221Fに施工されたが、混雑緩和対策でクロスシート車は3、4号車のみに縮小され、クロスシート部分にも吊り手が増設された。この仕様は以降のリニューアル車に継承され、同年には8215Fに施工されたのに続き、2005年に8213Fが、2006年には8225Fが登場している。

2007年5月(4月竣功)には8523Fがリニューアルを受け、三宮側の3両は従来の車体のまま直通特急対応改造がなされた。これにより、8000系は全編成が直通特急対応となった。ただし、8523Fは2009年3月時点では直通特急の運用には入っていない。また、2007年度は車両部門への予算投入の重点を1000系の増備に移すことから、8523Fに続く本系列のリニューアルは実施されなかった。

なお、リニューアル車の外板塗装に関しては読売ジャイアンツのイメージカラーに類似していることから、阪神タイガースファンなどから付けられた俗称が存在する。詳細は「鉄道関係の俗称#鉄道と野球の関連から」を参照。

[編集] 現状

2006年以降、2009年3月20日に開始された近畿日本鉄道(近鉄)との直通準備として、連結器を阪神独特のバンドン式密着連結器から、近鉄が採用している一般的な廻り子式密着連結器に換装されつつある。なお、連結器高さが変更になったことと形状の違いからスカートと干渉してしまい、その上側を切り欠いて開口部を拡大する改造がなされている。一部の先頭車は9300系以外の阪神電車と比べて車体裾が少し高いため、車体にまで切り欠きは及んでいないものもある。なお、近鉄形ATS設置などの直通運転対応工事などは施工されていないため、阪神なんば線および近鉄奈良線には入線しない。

また2009年3月改正以降、本線での優等列車は殆どが8000系と9300系での運用となっていて、近鉄直通対応となった9000系・1000系の運用は激減している。

[編集] 脚注

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  1. ^ 7801形1次車とその亜種形式および5261形5311形を除く。
  2. ^ 他の編成では従来車同様乗務員室扉下にある。
  3. ^ タイプII以降のグループを「8010系」と呼ぶことは阪神の付番ルールと矛盾するのでほとんどない。
  4. ^ 3901, 3902, 3904と3802の台車で4両分まかなえるが、3802の台車はFS-390なので換装時に改造を実施している。
  5. ^ 設置場所は進行方向梅田向きで山側(左側)2か所、海側(右側)1か所である。
  6. ^ 資料によっては8101の廃車日時を3月31日とするものもある。

[編集] 参考文献

  • 鉄道ピクトリアル』1997年7月臨時増刊号 No.640 特集:阪神電気鉄道
  • 鉄道ダイヤ情報』1995年3月号 No.131 特集:阪神電車の研究
  • 『関西の鉄道』No.53 News:阪神だより 
  • 『サイドビュー阪神』1996年 レイルロード
  • 『車両発達史シリーズ 7 阪神電気鉄道』2002年 関西鉄道研究会

最終更新 2009年11月13日 (金) 11:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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