防具付き空手

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防具付き空手
ぼうぐつきからて
ファイル:宮城Avs神奈川 大将戦 (4).JPG
ストロングマン着用の組手試合(錬武会
別名 防具付空手、防具空手、プロテクト空手
発生国 日本
発生年 #歴史
創始者 諸説
源流 #歴史
主要技術 徒手
  
スーパーセーフ着用の組手試合(硬式空手

防具付き空手(ぼうぐつきからて)は、空手の競技形式の一つ。防具付空手防具空手ともいう。

目次

[編集] 概要

もともとは寸止めフルコンタクトルールよりも歴史は長く、空手界初の全国大会も防具付きルールで行われていた。しかし、寸止めが主流になった現在では統括団体も存在せず、多数の連盟や会派に細分化され、今なお競技ルールは模索され続けている。

なお、日本拳法(日拳)は防具を付ける点など競技形式の類似から防具付き空手としばし混同されるが、柔道と同じく柔術から派生した全く別の武道であるので、ここでは含めない。

[編集] 歴史

[編集] 韓武舘の成立〜全日本空手道連盟(旧)への発展

1922年(大正11年)、船越義珍が公相君の形を第一回体育博覧会で披露すると、本土においては形稽古中心の沖縄空手とは異なり、組手に重きを置く空手が普及しつつあった。それから10年後には東京大学立命館大学で防具着用の組手を行う試みがなされたとされている。また同時期に摩文仁賢和宮城長順なども防具の研究をしていたとの話もある。

やがて韓武舘、養成館(後の千唐会)、錬心舘など、空手を防具付きで競技化する団体が誕生し始めた。韓武舘は尹曦炳を館長とする首里手の道場であり、後に閉鎖されるも錬武舘の中村典夫に防具付き空手が引き継がれ、昭和29年に空手界最初の全国大会である全国空手道選手権大会を開催した。また、錬武舘は昭和34年には全日本空手道連盟(旧)に発展。流派を超えた空手の統一組織として結成され、会長に蔡長庚、副会長小西康裕神道自然流)、金城裕(韓武舘)、顧問に大塚博紀和道流)、山田辰雄(日本拳法空手道)、儀間真謹(松濤館流)など、当時の空手界重鎮多数が就任。防具付き空手により組手の競技化は完成したかに見えた。しかし、当時の防具はまだ危険度も高く、安全性の高い寸止め空手が中体連高体連に浸透したこともあり、寸止めルールの財団法人全日本空手道連盟が成立。それまでの全日本空手道連盟(旧)は日本空手道錬武会として全空連の協力団体となった。

[編集] 年表

[編集] 錬武会と硬式空手の分岐

寸止めの財団法人全日本空手道連盟が結成された後、錬武会は全空連との申し合わせ事項により全国大会を6年間中止している(ただしアジア大会は実施)。これにより防具付き空手の発展は大きな弊害を受けるも、この間鹿児島で錬心舘が第1回少林寺流全国空手道選手権大会を開催したことや、全日本清心会が全空連から脱退の上で防具付き空手を開始したことなど、防具付き空手の普及は継続していた。

昭和46年に錬武会は全国大会を再開するも、昭和50年代に入ると、錬武会内部において防具に鉄製のカラテクターを採用し、一撃必殺を標榜することへのアンチテーゼの動きが生まれ始めた。やがて昭和53年に久高正之が新防具のスーパーセーフを開発すると、この防具を採用した多撃必殺的な加点方式の日本硬式空手道協会が誕生。これには錬武舘も参画した。錬武会は同時期に防具改良組織委員会によりストロングマンを開発し防具に採用するが、結局防具付き空手界は「一撃必殺」の錬武会と「多撃必殺」の硬式空手に大きく分岐することとなった。

[編集] 年表

  • 1967年(昭和42年) 錬心舘が第1回少林寺流全国空手道選手権大会を鹿児島市にて開催。
  • 同年 全日本清心会(清心流)において組手に防具を採用することが決定。防具付き空手団体となる。
  • 1971年(昭和46年) 錬武会が全国大会を再開。
  • 1974年(昭和49年) 日本空手道錬武会が全日本空手道連盟錬武会と改称する。
  • 1978年(昭和53年) 久高正之がスーパーセーフを開発。
  • 同年 錬武舘の中村典夫が、副会長の職を辞職し、錬武会から離れる。
  • 1981年(昭和56年) 錬武会の指定防具としてそれまで使われていたカラテクターに換わり、ストロングマンが開発される。
  • 同年 日本硬式空手道協会(現在の全日本硬式空手道連盟)が設立され、第1回全日本硬式空手道選手権大会が開催される。
  • 1986年(昭和61年) 全日本清心会(清心流)において本部の閉鎖に伴う空中分解が発生。各支部は他流への転向や解散、もしくは単一道場会派となる。

[編集] 硬式空手の分裂とルールの多様化

1991年(平成3年)、全日本硬式空手道連盟は中村派(現在は千葉派)と久高派に分裂する。また平成12年以降、国際防具付空手道連盟全日本格斗打撃連盟日本防具空手道連盟全国防具空手道連盟など新団体が相次いで発足、各団体はそれぞれ異なるルールを採用したため、防具付き空手界はルールの多様化と団体の細分化が進行する。

しかし、2003年(平成15年)に第一回黒川杯空手道選手権交流大会2006年(平成18年)に日本防具空手道連盟主催の座談会が開催されるなど、団体間の交流は盛んとなりつつあり、選手も防具付き空手の複数のルールをこなすことが多くなっている。また全空連寸止め、実戦空手、グローブ空手との交流を進める団体も多くなっている。

また2001年(平成13年)に国体のデモンストレーション競技として防具付き空手道競技が実施された。

[編集] 年表

  • 1991年(平成3年) 鈴木正文の死去をきっかけとして、全日本硬式空手道連盟が中村典夫(錬武舘)を中心とした中村派と久高正之(少林寺流拳行館)を中心とした久高派に分裂する。なお、この騒動は「全日本硬式空手道連盟」という名称の商標権問題[1]にまで発展することとなる。
  • 1994年(平成6年) 清心流の地方支部が参集し、清心流空手道協会が設立される。
  • 1999年(平成11年) 4月に東京都防具付空手道連盟、埼玉県防具付空手道連盟を中心とした国際防具付空手道連盟が設立され、錬武会から分派、独立する。
  • 2000年(平成12年) 国体のリハーサル大会として第21回全東北・北海道防具付空手道選手権大会が開催され、硬式空手勢が友好参戦し、錬武会vs硬式空手として話題になる。
  • 2001年(平成13年) 新世紀・みやぎ国体のデモンストレーション競技として防具付空手部門が錬武会の協力のもと、実施される。
  • 2002年(平成14年) 格斗打撃連盟が設立される。
  • 2003年(平成15年) 全日本硬式空手道連盟中村派において中村典夫が退き、2代目会長として千葉拳二郎(剛武舘)が就任。以降、千葉派と呼称されるようになる。
  • 同年 第一回黒川杯空手道選手権交流大会が開催される。
  • 同年 千葉派の事務局次長であった上杉勝巳を中心に日本防具空手道連盟が設立される。
  • 同年 清心流空手道協会の清心館大久保道場がNPO法人として認可され、NPO法人全日本清心会となる。
  • 2004年(平成16年) 錬武会において、新型ストロングマンが採用される。
  • 2006年(平成18年) 財団法人東興協会の組織である全日本セーフティー空手道連盟が内部分裂を起こし、財団法人東興協会の組織の全日本防具空手道連盟が設立される。(全日本セーフティー空手道連盟は東興協会の組織を離れ、存続する。)設立の際には日本防具空手道連盟の加盟団体(神奈川県連盟の大半と北海道連盟の大半)が合流。その際、関東地区の日本防具空手道連盟加盟団体も同連盟を脱退し、格斗打撃連盟へ合流。
  • 同年 日本防具空手道連盟の主催で防具付き空手9団体の座談会が開催される。
  • 2007年(平成19年) 全日本防具空手道連盟は、全日本セーフティー空手道連盟出身役員と財団法人東興協会の確執により同協会を離れる。その際、商標登録の関係上名称を全国防具空手道連盟として組織改変される。
  • 同年 格斗打撃連盟が全日本格斗打撃連盟に名称変更する。

[編集] 主要な団体

韓武舘が母体となり、昭和29年に空手界で初の全国大会を実施した団体。技有り二つで一本勝ちとなるが、当たりの判定が防具付き空手の中で最も厳しく、相当な威力と正確さが求められる。攻撃の際の形も重視され、技の極めの後には引きを必要とする。よって重心が低く、間合いの遠い選手が多い。また、ストロングマンという鉄製防具を使用するのも特徴である。足サポーターは着用できないが、グローブは分厚い。足払いも多用される。毎年、東京武道館で全国防具付空手道選手権大会を開催しているが時期は一定ではない。また、全東北・北海道防具付空手道選手権大会には硬式寸止めなど幅広く参加している。詳しくは全日本空手道連盟錬武会の項参照。

錬武舘を中心に、錬武会から分かれて作られたのが硬式空手である(歴史を参照)。現在分裂状態にある硬式空手のうち、剛武舘の千葉拳二郎を中心とした連盟を千葉派と呼ぶ。防具はスーパーセーフ、Kプロテクターを着用する。スーパーセーフ系を採用する防具付き空手の団体の中では一番判定が厳しく強打しかポイントにならない。ただし、錬武会に比べると判定は緩いといえる。また、技が決まっても、「止め」がかかるまでに時間をとり、その間決まった連続技も加算される加点方式を採用しているのが特徴である。毎年夏に東京の代々木第二体育館で体重別の全日本硬式空手道選手権大会を、冬に愛知県で体重無差別の全国選抜優勝大会を開催している。ルールは上段蹴り2ポイント、その他1ポイントで5ポイント差で勝ちとなる。詳しくは全日本硬式空手道連盟の項参照。

久高正之を中心とした連盟を久高派と呼ぶ。ルールは連続して3本以上の技が入り、相手が反撃できなかった場合は一本勝ちとなるが、基本的には2分間試合をし、最終的なポイントによって勝敗が決まる。突き技、打ち技は1ポイント、蹴り技は2ポイントになる。また、技が決まっても、「止め」がかかるまでに時間をとり、その間決まった連続技も加算されるのが特徴である。なお、当たりの判定は千葉派よりも緩い。ただし、大会は一般男子は拳サポーター、足サポーターの使用は禁止され、素手素足で試合は行われる。毎年夏に内閣総理大臣杯として、ジャパンオープントーナメントを代々木第二体育館で開催している。詳しくは全日本硬式空手道連盟の項参照。

  • 全日本格斗打撃連盟

ブランコ・シカティックが連盟顧問を務め、空手以外にもキックボクシング拳法テコンドーなどの団体が加盟している団体。会長は清心流空手道協会の疋田清拳。ルールは複数あり、毎年秋に開催される全日本大会では硬式空手に近いプロテクトルールとグローブ空手ルールを、毎年春に開催されるオルタナティブ大会には実戦空手と言われるリアルプロテクトルールとグローブ空手ルールでそれぞれ実施する。プロテクトルールは上段蹴り3ポイント、中段蹴り2ポイント、突き1ポイントの8ポイント差で勝ちの全空連に準用したルールを採用、リアルプロテクトルールは技有り二つで一本勝ちとなり相当な威力が求められる。ただし、背刀、手刀、掌底などの伝統的空手技は、正確に極まれば軽くてもポイントとなる。なお読みは、「かくだげき」とされがちであるが、「」は「」の当て字であり、正式には「かくとうだげき」である。実際、ロゴにも「KAKUTOU DAGEKI」と記されている。

  • 日本防具空手道連盟

2003年、全日本硬式空手道連盟(千葉派)の事務局次長であった上杉会館の上杉勝巳を中心に国体やアジア大会に防具空手部門を参加させることを目的として設立した団体で加盟団体は北海道から九州まで幅広い。2008年、特定非営利活動法人日本防具空手道連盟として内閣府の認証を受ける。大会ルールは上段蹴り3ポイント、中段蹴り2ポイント、突き1ポイントの8ポイント差で勝ちの全空連に準用したルールを採用。安全性に配慮し、比較的軽い打撃でもポイントになるのが特徴である。

  • 全国防具空手道連盟

2006年に全日本セーフティー空手道連盟が内部分裂を起こし、日本防具空手道連盟の加盟団体の一部が(同連盟の神奈川県連盟、北海道連盟の大半と東京都連盟の一部)これに合流して設立した団体。当初は財団法人東興協会の組織下にあり、名称も全日本防具空手道連盟であったが、平成19年名称を全国防具空手道連盟に変更し、東興協会から離れる。大会ルールは上段蹴り3ポイント、中段蹴り2ポイント、突き1ポイントの7ポイント差で勝ちの全空連に準用したルールを採用。安全性に配慮し、比較的軽い打撃でもポイントになるのが特徴である。

  • 国際防具付空手道連盟

1999年に錬武会から独立。防具はストロングマン、スーパーセーフなど市販されている面の大半の着用が可能である。錬武会と違い足サポーターも着用できる。当初は錬武会ルールを踏襲し技有り二つで一本勝ちとしていたが、2008年に、「技有り」に満たない軽い打撃も「有効」とし、技有2点、有効1点の4点で勝ちのルールに変更された。日本を本部としてアメリカ、カナダ、メキシコ、台湾、中国、フランス、スリランカ、ニカラグア、ネパール、コスタリカ他に加盟道場があり、東京、台北、カルガリーなどで国際防具付空手道選手権大会を開催している。

  • 全日本セーフティー空手道連盟

平成初期に全日本硬式空手道連盟から独立し、空手とテコンドーを融合させた団体。円形のコートで競技を行う。もともとは鷲会(イーグル会)を中心とし、財団法人東興協会の傘下にあったが、2006年の内部分裂により東興協会を離脱した。現在は合気拳法連盟を中心とし毎年夏に大阪で全日本大会を開催。当たりの判定は緩い。

  • 千唐会

熊本に本部。宗家杯国際空手道選手権大会と全日本空手道選手権大会を三年に一度開催している。「一本」を3つで勝ちになる。寸止めに近い強度でも残心の正確さでポイントになる。毎年東京大会を開催し、さまざまな防具団体が参加している。

鹿児島に本部を設ける少林寺流の空手団体。保勇宗家が1955年に設立し、関西〜九州を中心に、1200支部32万人の規模をもつ。現在も古いタイプの防具を用いている。毎年夏に全国で少林寺流空手道錬心舘全国大会を開催。

南郷継正が設立。カラテクターを着用するが、空手の試合ルールとしては珍しく、上段への蹴り技を禁止している。

清心流の空手団体(全日本空手道連盟脱退後、1967年より防具を採用)。宗家菊地和雄死後継承問題が発生、旧支部の単一道場一会派とも言うべき完全な分裂状態がしばらく続いたが、1994年に各地の旧地方支部(会派)が集まり、会派連合組織としての清心流空手道協会が結成された。その際推薦選出により疋田清拳が最高師範、および同協会会長となる。なお、緩やかな集合体であるため北海道の大久保勝美を中心とした全日本清心会は全国防具空手道連盟に加盟している。清心流空手道協会と全日本清心会は日本防具空手道連盟の設立に参画し加盟するが2006年脱退。清心流空手道協会は、2007年に全日本格斗打撃連盟に加盟して、2008年に疋田清拳が全日本格斗打撃連盟会長に就任した。なお、清心流空手道協会は1999年より毎年、栃木で清心空手道選手権大会を開催、全日本清心会も1987年より毎年、清心会正派空手道連合大会を開催している。

  • 全日本剛柔流空手道連盟

剛柔流の会派団体の一つ。会長は全日本硬式空手道連盟(千葉派)の会長も務める千葉拳二郎である。競技ルールは組手、形試合ともに全日本硬式空手道連盟(千葉派)のルールに準拠している。打撃の判定は主催地の審判の影響もあり若干硬式空手の中では厳しいと言われている。毎年秋季に全日本剛柔流空手道選手権大会を仙台市で開催している。

  • 琉球少林流空手道月心会

岡田俊郎を宗家とする錬心舘から独立した少林流の空手団体で、関東と関西を中心に支部を展開。古武道中国拳法護身術柔術なども稽古している。独立会派であるが、日本防具空手道連盟、全日本格斗打撃連盟、全国防具空手道連盟、全日本セーフティー空手道連盟、全日本硬式空手道連盟(久高派)、全日本キックボクシング連盟などにも加盟し出場している。毎年夏に月心会全国空手道選手権大会を開催し、会場は大阪川崎で隔年で行われている。

[編集] 交流

細分化が進行した防具付き空手界では統一を望む声も少なくないが、空手の戦い方として、違う考え方から異なるルールをそれぞれが提唱しているため、思想とルールを共有した上で統括団体を構築することは現実的に難しい。しかし、会派間の交流が全く無いかと言えばそうではない。

具体的な連盟を超えた交流は次の通りである。

  • 全日本硬式空手道連盟(千葉派)の全国大会には曲家道場(日防連と格斗打撃)、上杉会館(日防連)、千唐会、合気拳法(セーフティー)が参加している。
  • 全日本剛柔流空手道選手権大会には錬武会宮城、合気拳法(セーフティー)が参加している。
  • 全日本格斗打撃連盟の大会には錬武舘(千葉派)、拳行館(久高派)、合気拳法(セーフティー)が参加している。
  • 全日本セーフティ空手道連盟の関東大会には拳行館(久高派)、錬武舘(千葉派)、曲家道場(日防連と格斗打撃)が参加している。
  • 千唐会の東京大会には、錬武舘・八勝会・松門会(千葉派)、曲家道場(日防連と格斗打撃)、上杉会館(日防連)が参加している。
  • 全国防具空手道連盟の大会には、曲家道場(日防連と格斗打撃)、昇禅会(日防連)が参加している。
  • 日本防具空手道連盟の全国大会には、錬武舘・尚武館(千葉派)、千唐会が参加している。
  • 神奈川県空手道連盟の大会では寸止めと並行して、安全防具部門として錬武会ルールの試合が行われ、県内の伝統派の道場も多く参加している。
  • 黒川杯空手道選手権交流大会には錬武会神奈川、励武塾(格斗打撃)、一法会・一歩会(国際防具付空手道連盟)、誠明館・昇空館・拳勝館・修徳塾(寸止め)が参加している。
  • 国際防具付空手道連盟の大会には、上杉会館(日防連)、日本大学櫻魂空手部(錬武会)、遠山道場・勇誠会(格斗打撃)が参加している。

平成18年に日防連の呼びかけで防具付団体の座談会が行われ防具付き空手系の9団体が集まり、意見交換が行われた。そして二回目の座談会を月刊空手道が主催となって開催され、連盟・団体の垣根を越えた防具付き団体の少年部の交流大会である月刊空手道杯が平成18年、平成19年と毎年夏に開催された(ただし平成20年は開催されていない)。 このように、他流派・他会派の大会に参加することは年々盛んになりつつあり、選手も単一のルールだけでなく、複数のルールをこなすことが多くなっている。

[編集] 防具

寸止めでも防具(メンホー)を用いることがあるが、防具付き空手では実際に当てるために、絶対に壊れず衝撃を脳に与えないものでなければならない。以下に主なものを記す。

  • 顔面防具

ストロングマン(新) 錬武会の指定防具。剣道の防具→カラテクター→ストロングマン(旧)を引き継ぐものであり、見た目も剣道の防具にやや似ている。カラテクターは1.安全性に欠ける 2.発汗によるムレ等非衛生 3.重く動きにくい 4.デザインが古い 5.価格が高い などの弱点が問題となり、昭和56年の第20回全国大会よりストロングマン(旧)が採用された。しかしストロングマン(旧)はフィット感が悪い他、後頭部のクッションが薄いため転倒後頭部強打の場合は危険であり、死亡事故が過去起こるなど問題を残した。実際に現在、旧型を使用している選手のほとんどが、後頭部や顎の部分にタオルを挟むなどしている。同時期に開発されたスーパーセーフを錬武会以外のほとんどの団体が採用して、ストロングマンを採用していないのも、その動き辛さ・不快性・デザインの古さ等が要因と考えられている。平成16年にストロングマン(新)が開発され、後頭部のクッション性、通気性、フィット感、視界の狭さは大分改善されたが、重量などが解消されていない点などで賛否両論がある。 特徴としては、視界の部分に鉄を使用しており、強打でも壊れない点があげられる。ただし、重さから強打を受けた際の首へのダメージが残るという意見もある。また、スーパーセーフより視界が狭い。鉄面であるため日頃から足甲部や拳を鍛えていないと当てた際に怪我をする恐れがある。

スーパーセーフ 硬式空手・防具空手をはじめ、多くの団体で広く採用されている顔面防具である。スーパーセーフは金魚鉢メットとも言われるように、キックボクシングのヘッドガードに丸い透明プラスチックを顔面部分に加えたような形状をしている。硬式空手・防具空手以外でもフルコンタクト団体の全日本空道連盟大道塾の北斗旗をはじめ各種大会で採用されており(2007年まで)、頑丈であるが、希に割れる。視界は広く、軽くて怪我も少ないが、プラスチック部分が曇りやすい。また、衝撃はストロングマンより吸収できるものの、前面に突き出しているため、素面と比べて間合いが遠く、フック系の弧の動きでは首へのダメージが大きくなる。類似品にKプロテクターシールド面がある。Kプロテクターがマーシャルワールドが販売しており、スーパーセーフに比べて視界が断然広く、ダメージの吸収が大きく、頭部への衝撃を緩和している。ただし、スーパーセーフ(500g)より重いため(750g)、衝撃を突きぬけた場合の首へのダメージが大きい。シールド面(JPKF面)は東洋武道具が販売しており全国防具空手道連盟の指定防具となっている。スーパーセーフ(16,800円)、Kプロテクター(15,540円)に比べて値段が安く(13,650円)、また、前者2つが紐で後を縛るのに対して、シールド面はマジックテープ式であるため装着が簡単である。また、顎の部分にゴムチューブをまいているため衝撃を緩和し、頭上部にも保護パットをつけている。ただし、チューブが外れやすい。

大会によっては主催者が用意している。各種メーカーが販売している。スーパーセーフ系の丈夫な胴から、テコンドー系の団体が使用している表面が柔らかい胴までさまざまである。ストロングマンの胴は平成19年に新型が発売され、それまで剣道の防具のようについていた垂帯が無くなった他、スーパーセーフの胴に近いものとなった。しかし、旧型に比べ外見上人気が無く、あまり普及していない。

[編集] 参考資料

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月10日 (土) 09:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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