阿部隆

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阿部隆(あべ たかし、1967年8月25日 - )は、将棋棋士。棋士番号171。大阪府出身。田中魁秀九段門下。

目次

[編集] 戦績

  • 1985年、プロ入り。(四段昇段) 当時、「東の羽生、西の阿部」とも称された。当時から筋の明るい将棋を指し、羽生の「筋にこだわらない将棋」を評価しなかった芹沢博文から、高く評価された。
  • 1996年度に全棋士トップの勝数(47勝)で将棋大賞の最多勝利賞を受賞するなど、勝数が多い強豪である。しかし、順位戦の成績との巡り合わせが悪く、順位戦昇級による昇段を一度も経験せずに、すべて勝数規定で“地道に”八段まで昇段した後にA級棋士になった珍しい棋士である。
  • 1993年度、全棋士参加の大型棋戦である全日本プロトーナメントにおいて、中田宏樹との五番勝負を制して優勝。
  • 2002年竜王戦羽生善治竜王(当時)に挑戦。(タイトル戦初挑戦) 七番勝負は、第1局で千日手が2回も成立してしまい、日を改めて指し直し[1]とする異例の判断を立会人が下すという波乱の出だしとなる。指し直しから阿部は2連敗の後3連勝で羽生を追いつめ、羽生が1勝を返して3勝3敗の五分となった。最終の第7局では阿部が終盤まで優勢を保っていたが、逆転負けでタイトルを逃した[2]

[編集] 棋風

本格居飛車党の棋士で、棋理を重んじる。そのため、解説の場などにおいて、彼の指した手は将棋の標準として棋士仲間からも認められる。その反面、予想外の手を比較的指さない傾向にある。

[編集] 人物

  • 関西将棋会館に属する。産まれたのも大阪府という、根っからの関西棋士である。
  • 普段は非常に温和な性格で、正義感が強く(将棋を指している人を見下ろして観戦しているヒトに座れとちゃんとしかるetc)ファンサービスにもかなり熱心であるが、対局に負けたときには非常に感情的になることで有名であり、「こんなんこっちの勝ち」と連呼することから、「こんなん阿部」と呼ばれることもある。島朗に大逆転負けを喫した時に「(相手が自分でなく)羽生さんだったら投げてたでしょ!?」などと発言しながら、一時間以上感想戦を続けたこともある。対照的に対局に勝ったときは非常に機嫌がよいため、「勝てば仏、負ければ鬼」と評されている。
  • 2002年の羽生との竜王戦七番勝負では羽生圧勝の下馬評を完全に覆し、もう一歩で竜王奪取というところまでいった激闘のため2ちゃんねる将棋・チェス板では、2ch竜王と呼ばれることもある。
  • 2005年銀河戦での加藤一二三との対戦で、対戦相手の加藤が「待った」の反則をしたが、対局は続行し、阿部が敗退するという珍しい記録を残した。阿部は対局中は消費時間の計算についての指摘をしたが、「待った」についての指摘はしなかった(その後、加藤はこの反則で処分を受けた。詳しい経緯は銀河戦の項参照)。
  • 「簡単に着用できる和服」ということで、作務衣を愛用している。タイトル戦で作務衣を着ていたこともある。
  • 趣味は競馬とダイビングで、競馬予想TV!に予想家として出演したこともあり、今の妻と知り合うきっかけはダイビング仲間に紹介してもらったということであった。
  • 関西出身であるので、谷川浩司井上慶太らとともに阪神ファンだと思われがちだが、実は西武ファンである。また旧西武ドームで毎年コンサートを開いていた渡辺美里のファンでもある。
  • 女流棋士の岩根忍とは、彼女が幼い頃から知り合いである。阿部は岩根のことを「しーちゃん」と呼び、2004年度前期のNHK将棋講座「阿部隆の良い手 悪い手 普通の手」で共演した。彼女とNHKアナウンサーの泉浩司との結婚にあたって、仲を取り持ったことは有名である。
  • 子供の頃は大阪の十三棋道舘で腕を磨いた。

[編集] 昇段履歴

  • 1981年 6級 = 奨励会入会
  • 1983年 初段
  • 1985年6月10日 四段 = プロ入り
  • 1989年8月11日 五段(勝数規定)
  • 1992年11月16日 六段(勝数規定)
  • 1997年6月6日 七段(勝数規定)
  • 2005年2月16日 八段(勝数規定)

[編集] 主な成績

[編集] タイトル戦登場

  • 2002年、第15期竜王戦挑戦
    挑戦1回、獲得0

[編集] 棋戦優勝

合計 2回

[編集] 在籍クラス

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

[編集] 将棋大賞

  • 第24回(1996年度) 最多勝利賞、最多対局賞

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 関連リンク

[編集] 脚注

  1. ^ 持将棋の場合は日を改めて指し直しとするのは普通であるが、千日手の場合は、通常、その日のうちに指し直しをするので、日を改めるのは異例である。第2局を行う予定であった日時・場所で第1局の指し直しを行い、第2局以降も同様にずらした。(第7局の対局場は新たに確保。)
  2. ^ このとき、NHKの中継で解説を担当していた棋士も「新竜王誕生か」と思ったそうである。終盤、先手・阿部が羽生の矢倉囲いの急所に、「▲2四桂」と手筋の桂を打った(次に金を取る手を見せている)。それに対し、羽生は「▽2四同歩」と桂を取って攻めを受けることをせずに、阿部の玉に迫る「▽8九と」という勝負手を放った。この手を見て阿部は、残り時間が少ないにもかかわらず長考に沈む。結局、打った桂で羽生の玉の横の金を取るという当たり前の手を指したが、それでも阿部の優勢は動かなかったらしい。しかし、その後、時間に追われて指し手を誤ったか、羽生の逆転勝利となった。「▽8九と」は、いわゆる「羽生マジック」の一例であると言えよう。


最終更新 2009年5月4日 (月) 10:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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