雛見沢村

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雛見沢村のモデルとなった白川郷の合掌集落(岐阜県大野郡白川村)

雛見沢村(ひなみざわむら)は、同人ゲーム及びそれを原作とする漫画アニメ作品「ひぐらしのなく頃に」(07th Expansion)に登場する架空の

目次

[編集] 地理

  • 雛見沢村とは、××県鹿骨市(ししぼねし)の外れ、山と森林で他地区から隔絶されたいくつかの集落をまとめて呼ぶ通称である。「村」を略して雛見沢とも呼ぶ。
  • かつて独立した村であり、今でも「雛見沢村」と呼ばれる。しかし現在は鹿骨市の一部であり、このため行政上は雛見沢地区とも呼称する。
  • 人口合計二千人に満たない寒村であり、岐阜県との県境の近くに所在する。谷底に集落が散在し、周囲は深い山林に囲まれる。豊かな自然に恵まれている。
  • 日本海側に近い内陸の豪雪地帯で、鬼ヶ淵という沼を源とする小川が形成した谷に位置する。
  • 雛見沢地区から急な坂を下ったところに興宮地区があり、生活物資の購入等は主にそちらで行われている。
  • 雛見沢地区よりさらに山中に高津戸、谷河内といった地区があるが人家はほとんどみられない。

注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。



[編集] 歴史

  • 古くは「鬼ヶ淵村」と呼ばれ、地獄を追い出された人食い鬼が村人を襲ったが「オヤシロさま」と呼ばれる神の仲裁で鬼と人間が共棲するようになったという伝承がある。
  • 別の伝説によると、村民は自らをその鬼と人との血が交わった末裔だと自称して下界との交流を断ち、定期的に下界の村を襲って生贄を求めてきたとも言う。
  • 明治維新に前後し、政府の方針により「雛見沢村」と改称。
  • 第二次世界大戦後、「御三家」の一つ・園崎家の出である園崎宗平が闇市で財を成し、その財を元に近代化を進めるが宗平は後に「人肉缶詰疑惑」と呼ばれる醜聞に晒された。
  • 昭和50年代に入り、村の全域を水没させる形でのダム建設計画が持ち上がるが住民の多くは大規模な反対運動を組織した。その間、誘拐事件やバラバラ殺人事件などの怪事件が発生し、計画は白紙撤回されている。
  • 昭和58年6月21日深夜から翌22日未明にかけて鬼ヶ淵沼から火山性ガスが噴出し、村一帯は壊滅した(綿流し編目明し編祭囃し編を除く)。旧村域は厳重に閉鎖されたが、約20年後に解除された。
  • 平成18年週刊誌の記事で心霊スポットとして取り上げられ再び注目を集めている(宵越し編)。

※以下、いずれも1983年6月の村域閉鎖直前のデータ。

[編集] 行政

[編集] 自治体

  • 昭和50年代前半までに鹿骨市へ編入合併されたと思われ、少なくとも1983年の時点において独立した地方行政組織は持っていない、いわゆる「字(あざ)」である。
  • 村長は、戦後に公選制が導入されて以後も「御三家」の一つである公由家からの無投票による世襲が続けられてきた。鹿骨市への編入以後もこの肩書きが引き継がれて、村内では「村長」と呼称する。しかし市当局においては、雛見沢連合町会の会長として正式に登録されている。
  • 村としての意思決定は御三家の合議によるが、実質は経済力・政治力とも圧倒的な園崎家頭首が主導。
  • 役場はiアプリ版のTIPSでその存在が言及されているが、実際には鹿骨市の支所ないし出張所を編入合併前からの通称で「役場」と称していると思われる。
  • 旧ダム建設現場跡地を中心に産業廃棄物不法投棄が大きな問題となっている。

[編集] 医療

入江診療所
所長の入江京介の他、複数名の医師が勤める。また、鷹野三四はこの診療所の看護婦である(昭和58年当時、「看護士」もしくは「看護師」という言葉は存在しない)。

[編集] 教育

雛見沢分校
興宮(おきのみや)の公立学校分校。教員は校長と知恵留美子の2名のみ。施設は営林署の建物を間借りしている。小・中学校併設の学校である(中・高併設との説あり)。教育委員会より放任されているらしい。[1]

[編集] 警察

  • ダム建設の中止後に三年連続で綿流し祭の当日に殺人・失踪事件が起こった(雛見沢連続怪死事件)。さらに2年連続したという噂も流れているが、公式記録にない風説に過ぎない。
  • 上記事件には県警興宮署が地道な捜査を継続しているが、現場の強引な捜査方法に対する批判の声もある。
雛見沢駐在所
××県警興宮署の管内で、駐在所が置かれている。

[編集] 経済

[編集] 産業

  • 農業林業などの第一次産業がほとんどを占め、第二次産業第三次産業の従事者は大半が興宮へ通勤している。
  • 観光はほとんど未発達で、特に宿泊施設が村内に存在しないため興宮のホテルを利用する必要がある(暇潰し編)。
  • 郊外に採石場が存在したが、現在は企業の倒産により採石作業は行われていない(猫殺し編)。
  • 村内に本家を構える園崎家は鹿骨市内の多くの企業に融資を行っており、その経済的影響力は広範。

[編集] 交通

  • 鉄道は通っておらず、隣接する興宮地区の中心駅である興宮駅(千葉市緑区土気駅がモデル)が最寄り駅。
  • 1970年代末までは鉄道系のバス会社による路線バスが運行されていたが、利用者が少なくなったことから廃止されている。
  • 幹線道路は県道のみ開通しており、国道は通っていない。大災害以前は、地元の県議会議員や市議会議員を中心に高速道路(史実の東海北陸自動車道)を通すための陳情も盛んに行われていた。

[編集] 文化

[編集] 名所・旧跡

鬼ヶ淵沼(おにがふちぬま)
地獄を追われた人食い鬼が這い出して来たと言う伝説の有る沼。オヤシロさまの祟りがあったときには生贄がこの沼に沈められたと言い伝えられる。上記の歴史にある惨事から、「人食い鬼の伝説」とは過去に発生した火山性ガスの噴出事故の事を指すと考えられる。
古手神社(ふるでじんじゃ)
「御三家」の一つである古手家の頭首が代々宮司を務める神社で祭神は「オヤシロさま」。創建年代は不明。毎年6月に「綿流し祭」が近郷からの来客も集め盛大に行われる。境内には集会所が有り、かつては雛見沢村のダム反対運動の中心であった「鬼ヶ淵死守同盟」の本部が置かれていた。

[編集] 宗教

  • 古手神社の祭神、オヤシロさまへの信仰が村人一般に浸透している。
  • 別項の綿流し祭には大人から子供まで多くの村人が参加し、古手家の後取り娘はオヤシロさまの生まれ変わりとして高齢層を中心に神聖視されている。
  • その背景としては、いわゆる「雛見沢連続怪死事件とはオヤシロさまの祟りによるものである」という認識が村人の間で広まっていることと関連づけて論じられることが多い。実際、綿流し祭復興は怪死事件発生以後のことである。

[編集] 祭事・催事

綿流し祭
毎年6月に行われるとされる、雛見沢村に独自に伝わっている風習。村から集めたふとんを、古手神社の巫女が「祭儀用の」で切り裂いて、「ふとんの綿」を村人が川に流す儀式である。
近年までは、一部の村人しか祭りを行わないようになっていたが、ここ数年は盛大に行われるようになった。

[編集] 地域活動

  • 村内での近所づきあいはきわめて密接であり、村内の出来事は迅速に村人の間で噂として伝わるといわれる。これはダム反対運動における村内の団結と関連しているらしい。
  • 雛見沢ファイターズという少年野球チームが存在し、興宮の野球グラウンドを借りて活動している。

[編集] モデルとなった土地

  • 岐阜県大野郡白川村がモデルだが、原作者・竜騎士07は当初(世界遺産白川郷・五箇山の合掌造り集落が白川村と富山県南砺市の県境をまたぐ地域であることから)白川郷も富山県に属すると思っていた(以上公式製作日記2002/5/15参照)。「鬼隠し編」で女性の焼死体が岐阜県内で発見された際、雛見沢村が属する「××県」の外で起きた出来事のように語られているのはその名残。
  • 古手神社の画像のモデルは、白川村の白川八幡神社(境内および本殿)、飯島八幡神社(集会所および祭具殿)である。
  • 白川村にある御母衣ダムには激しい建設反対運動があり、ダムと反対運動記念碑の画像は作中雛見沢ダムのそれに用いられている。また、「鬼ヶ淵死守同盟」という組織名は「御母衣ダム絶対反対期成同盟死守会」からきている[2]
  • 東京都江戸川区興宮町鹿骨谷河内本一色という地名がある。間宮リナの勤める風俗店があるフラワーロードは江戸川区の南小岩にある商店街と同じ名前である。
  • 1986年アフリカカメルーンにあるニオス湖で雛見沢大災害に非常に類似した事件が発生し、1700人以上が死亡した。ニオス湖付近にあったニオス村は特に被害が酷く、住民1,200人中生存者はたったの6名。ニオス村は現在も立入禁止となっている。なお、この事については作中でも「罪滅し編」のTIPSにおいて言及されている。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 鬼隠し編Tipsより
  2. ^ 宝島社文庫『ひぐらしのなく頃に 名場面捜査ファイル』(ISBN 978-4-7966-6572-8)197ページ。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月18日 (火) 17:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【雛見沢村】変更履歴

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