電波結社バババ団

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5・SAT II 電波結社バババ団
ジャンル バラエティ
放送国 日本
制作局 中京テレビ
出演者 高杢禎彦
本田みずほ
フォークダンスDE成子坂
佐藤愛子
ほか
電波結社バババ団
放送時間 毎週土曜 17:00 - 18:00
放送期間 1993年10月2日 - 1994年3月26日
電波結社バババ団 II
放送時間 毎週土曜 17:00 - 18:00
放送期間 1994年4月2日 - 1995年3月25日

電波結社バババ団』(でんぱけっしゃ バババだん)及びその後継番組『電波結社バババ団 II』は、1993年10月2日から1995年3月25日まで中京テレビで放送されたバラエティ番組。放送時間は毎週土曜17:00 - 18:00 (JST) 。

目次

[編集] 電波結社バババ団

12年半続いた前番組『5時SATマガジン』の後を引き継ぐ形で放送開始。前番組と同様に、中京テレビBスタジオからの生放送。放送初期においては、元チェッカーズ高杢禎彦が司会を担当し、5時SAT放送末期でリポーターとして出演していた本田みずほがアシスタントを担当。そして、当時はまだ無名のお笑いコンビだったフォークダンスDE成子坂桶田敬太郎村田渚がその他のレギュラーとして出演していた。

それまで中京テレビが放送していたローカル番組群の中では看板的な存在だった5時SATの後を継ぐ番組として、多大な期待が寄せられる中で番組はスタートした。特に司会の高杢は、1993年秋の改編期の同局イメージCMにも起用されていた。番組タイトルには小さく「5・SAT II」と入れられており、スタッフの間でも「5時SAT」の通称で呼ばれていた。

しかし、この番組が実施していた企画は地元東海圏の面白スポットの紹介や『ローカルスターニュース』のコーナーなど、前番組が放送初期に実施していた内容をマイナーチェンジした形で展開された。この方針は、視聴者から「初期5時SATの二番煎じ」との批判を受ける元になった。また、5時SATが放送後期にて盛り上がる契機となった音楽番組的要素がこの番組では薄められたことも批判の元となり、さらには、5時SAT時代の司会者・大竹まことに比べると毒がなく地味な高杢の司会進行能力自体も番組の評判を落とす遠因となった。企画VTRの放送後に本田や成子坂が高杢にコメントを振るが、高杢の当たり障りのなく面白味もない一言で場の空気が微妙になり、そのままCMへ入るというパターンが多かった。結果、視聴率は低迷し、放送開始から半年後に高杢と本田は番組を降板した。

[編集] 電波結社バババ団 II

1994年4月、残ったフォークダンスDE成子坂の2人にribbon佐藤愛子(放送当時はグループ解散前)を加え、彼ら3人を司会に据えて番組はリニューアル。タイトルを『電波結社バババ団 II』と改めた上で放送は続けられた。『タモリのボキャブラ天国』でブレイクした成子坂の若者人気もあり、番組は一時的ながら活気を取り戻した。1995年の正月には、番組から派生した成子坂の単独特別番組『成子坂定食』も放送された。だが、番組自体は5時SATの頃の勢いに乗る前に、前期と合わせて1年半で打ち切りとなった。

番組の終了後、同枠は2000年4月に自社製作の情報番組『クスクス』がスタートするまでの間、一時的に放送された15分間の旅番組『旅はパノラマ』を除いては全てキー局・日本テレビが製作するバラエティ番組の時差ネット枠及び過去のネット番組の再放送枠として使われるという状態に陥った。

[編集] 番組イベント

[編集] ラジごめ震災救援ライブ

[編集] 関連項目

中京テレビ 土曜17:00 - 18:00枠
前番組 番組名 次番組
5時SATマガジン
(17:00 - 18:00)
電波結社バババ団
(1993年10月 - 1994年3月)

電波結社バババ団 II
(1994年4月 - 1995年3月)
進め!電波少年
(17:00 - 17:30)
発明将軍ダウンタウン傑作選
(17:30 - 18:00)

最終更新 2009年9月6日 (日) 09:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【電波結社バババ団】変更履歴

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