霞 (広島市)

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かすみ)は、広島市南区に位置する地区である。

広大霞キャンパス / 霞地区のかなりの割合を占める

目次

[編集] 概要

[編集] 地理

広島県を流れる太田川三角州上に位置する。

[編集] 隣接している地区

  • 北側:南区段原
  • 南側:南区本浦・大河・旭町
  • 西側:南区出汐
  • 東側:南区東雲

[編集] 住所表記

  • 霞(かすみ)一・二丁目
  • 西霞町(にしかすみちょう)
  • 東霞町(ひがしかすみちょう)

[編集] 歴史

霞地区は江戸時代に造成された埋立地「東新開」(ひがししんがい)の一部である。東新開(1889年の広島市制施行以後は東新開町)は、現在の東雲地区をも包括しており、1933年12月1日この東新開町が東雲町と霞町とに分割されたことにより現在の霞という町名が誕生した。当時の霞町の北半分は1906年設置の陸軍兵器支廠の敷地であり、南半はレンコンなどを栽培する近郊農業地帯であった。1940年昭和高等女学校(現在の比治山女子中学校・高等学校の前身)がこの地に移転し現在に至っている。軍施設や教育機関が町内もしくは近隣地区に所在していたことから、町の西側の境界を走る旧国鉄宇品線には1930年被服廠前駅(その後上大河駅と改称)が開設された(現在の広島大学医学部正門付近)。

第二次世界大戦後陸軍兵器廠が廃止されると、その跡地には原爆により水主町の庁舎が壊滅した県庁が一時移転し、県庁が基町に移転した後の1957年広島大学霞キャンパス医学部附属病院)が移転、さらに中国管区警察学校県警察学校も同跡地に移転してきた。また同時期国道2号線バイパスの開通により急速に宅地化が進行、1966年にはバイパス南側の地区が西霞町・東霞町として分立、1970年には北側の地区は「霞一丁目」とされた(ただしこの時点で二丁目は存在しない)。1971年より段原再開発の東部地区の一部として再開発が開始され、1980年6月1日再開発に伴い一丁目の南半分が霞二丁目として分立、現行の3町への分割が完了した。

[編集] 施設

[編集] 公共施設

なお、広島県警察学校・広島県警察機動隊は段原再開発事業の一環として2008年までに広島県安芸郡坂町平成ヶ浜に移転し、跡地には広島市立段原中学校が移転してくる予定。

[編集] 行政機関

  • 広島市役所都市活性化局段原再開発部

[編集] 宗教施設

  • 稲生神社
  • 安芸イエス之御霊教会
  • 金光教広島中部教会
  • 普明会教団広島支所

[編集] 教育施設

[編集] 公園

  • 西霞町公園

[編集] 交通

[編集] 道路

[編集] バス

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[編集] 関連事項

最終更新 2008年5月17日 (土) 19:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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