青山成重

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青山 成重(あおやま なりしげ、天文18年(1549年) - 元和元年9月7日1615年10月19日))は、江戸時代初期の武将・大名で、老中。半蔵こと服部正成の一門出身で、服部正信(平蔵)の次男。母は青山忠教の娘。兄に服部正尚。七右衛門。図書助。

元亀2年(1584年)、母の従兄の青山忠重が戦死し、子がなかっため、青山家を主君徳川家康の命で嗣ぎ、その子秀忠の後見役として、活躍。慶長8年(1603年12月25日下総国内において5000石を加増され、下総飯田藩を立藩した。慶長13年(1608年)、老中に就任するが、大久保長安の子成国を養子にしたことから、慶長18年(1613年)の大久保長安事件に連座し、罷免、改易される。7000石を減知され、飯田の地に蟄居した。大坂の陣では本多正信に供奉を懇請して武功を挙げて挽回を図ろうとしていたが、結局赦免されることのないまま没した。3000石は成重が赦免されず没した為、収公となったが、改めて長男の青山成次に新知1000石が与えられ、子孫は旗本として存続する。成次の子青山成政の代に1200石となり、4代あとの青山成存は勘定奉行になっている。


最終更新 2009年11月8日 (日) 22:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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