青木康平

青木康平の最新ニュースをまとめて検索!

バスケットボール選手
青木康平
Kohei Aoki
東京アパッチ  No.11
名前
本名 青木康平
愛称 "COHEY"
ラテン文字 Kohei Aoki
日本語 青木康平
基本情報
日本
誕生日 1980年12月13日(28歳)
出身地 福岡県福岡市南区
身長 167cm
体重 68kg
血液型 O型
足のサイズ 27cm
選手情報
ポジション ポイントガード
背番号 11
ドラフト 2005年 ドラフト外
経歴
2005-現在 東京アパッチ

青木 康平あおき こうへい, 1980年12月13日 - )は、福岡県福岡市南区出身で、日本初のプロバスケットボールリーグであるbjリーグ東京アパッチに所属するプロバスケットボール選手。身長167cm,体重68kg、ポジションはポイントガード
身長はリーグで3番目に低い(最も低いのは埼玉ブロンコス稲垣敦の158cm)が、高いボールハンドリングスキルを持ち、多彩な1対1のスキルと共に、精度の高いシュート力を持つ。田臥世代の一人。

目次

[編集] キャリア概観

[編集] ~高校時代

福岡市立西長住小学校に入学。3年生の終わりに友達の誘いでバスケを始める。その後ミニバスで全国大会に出場。 中学校は強豪の福岡市立長丘中学校に入学し、全国大会に出場。

高校は全国でも名門の福岡大学附属大濠高等学校に入学。2年生時にインターハイベスト4、同年の国体では4位、ウィンターカップではベスト16という成績を残す。3年生時にはキャプテンを務め、この年のインターハイでベスト8進出をするも、シード枠で臨んだウィンターカップでは初戦で北陸に惜しくも敗退。

[編集] 大学時代

大学は専修大学に入学。2年生時に関東大学選手権で3位。 青木が3年生になった時に、1年生に波多野和也長澤晃一中川和之中川直之という豪華なメンバーが入部し、2年生の佐藤浩貴、平山念、小野学、3年生の菊地勇樹、4年生の小嶋信哉とメンバーが揃い専大の黄金期の様相を呈してきた。この年のインカレでは五十嵐圭伊藤俊亮柏木真介らを擁する中央大学に破れるも、その後の3位決定戦で木下博之鵜澤潤らを擁する日本体育大学を破り見事3位入賞。オールジャパンにも出場する。大学4年生時には1年生にまたも大宮宏正、伊藤孝志、小淵雅という豪華な新入達を迎え、更なる黄金期の到来を予感させたこの年、専大は見事インカレ優勝を果たし、青木は大会MVPに選ばれる。 また、大学4年生の3月にはアメリカでABAのトライアウトも受験している。

[編集] プロ入り後

大学卒業後は、ストリートボール集団の「Far East Ballers」に所属し、ストリートボーラーとして活躍。 2005年bjリーグ東京アパッチにドラフト外で入団。2005-2006シーズンでの最高フリースロー成功率(59本中51本成功の86.44%)を記録しフリースロー王を受賞。チームのプレイオフ進出に貢献。

2006-2007シーズンでは低身長ながらも抜群の得点力で得点を量産。日本人の得点王に輝き(40試合全試合出場で総得点490点、1試合平均12.3点)、2年連続のフリースロー王(134本中125本成功の93.3%)を受賞。また、記念すべき第1回のオールスターのメンバーに主催者推薦で選出された。

フリースローの正確さ、得点感覚においてはbjリーグの日本人選手では随一を誇るが、ボールキープの面ではドリブルにおけるファンブルやターンオーバーによる失点が多いことから、ポイントガードの適性においては疑問視する声も多い。

[編集] エピソード

  • 中学時代は一時期サッカー部に所属していた時期があった。大学でも一時期バスケを本気でやめたい時期があったという。

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月6日 (日) 10:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【青木康平】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!