青木直人
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青木直人(あおき なおと、1953年 - )は、島根県益田市出身のジャーナリスト。
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[編集] 経歴・人物
中央大学卒業後、民間シンクタンク(詳細は不明)の研究員を務めたのちジャーナリズムの世界へ。1989年の中ソ和解を世界に先駆けて予想。その後、経済産業省高官向けに東アジア諸国の動向分析レポートを毎週作成。
日本を代表する中国ウォッチャーで、既存メディアが伝えない中国の闇の部分、対中政府開発援助や中国共産党の党内力学、中国に迎合的な言動を繰り返す日本の政治家・財界・官界・マスメディアの裏の素顔などについて積極的に発言している。産経新聞の古森義久などと並び対中ODAの実態を克明に取材した数少ないジャーナリストでもある。小泉純一郎が2006年の終戦の日に公約通り靖国神社を参拝した際、中国政府がその報復措置としてNHKの国際放送を中止に追い込んだ事実を明らかにしたのは青木が初めてである。
[編集] 主張
- 2005年の中国における反日デモの本質は「反日」ではなく「反政府」であると断言。
- 同デモは当局の完全黙認の下に行われた「官製・反日デモ」だが、「日本製品ボイコット」「日系企業追放」など中国経済を揺るがしかねないスローガンはわずか1日で禁止された(自らの取材より)。
- 真の意味での日中友好を阻害してきた存在として、日中国交正常化を実現した田中角栄元首相の流れを汲む自民党の田中派・竹下派の影響力を注視。通算6兆円に上る対中ODA、とりわけ第3次円借款(1990~1995年度。総額:約8100億円)の実現は竹下登元首相の政治力を抜きに実現不可能。
- 対中ODAは、円借款、無償援助、技術協力の3つに内訳がなされるが、その内の9割は円借款であり、2008年度末を以って廃止されることが決定しているのは前者の円借款。対中・円借款が腐敗の温床となっているのは、「アンタイドローン方式」が採用されているためで、同方式では関連事業に援助国の業者採用や資材購入を義務付けられていないため、業者選定は中国側の舌先三寸で決定される。円借款・関連事業の窓口となっているのがいわゆる・「太子党」で、事業参入のために賄賂を要求された日本企業は枚挙に暇が無い。太子党の腐敗は、中国の一般国民も激しい憤りを抱いており、天安門事件の一因ともなった。
- 小泉純一郎元首相が、前述の終戦の日の靖国参拝、対中ODA廃止を断行できたのは、中国側の弱みを小泉が熟知していたことと、中国政府とのフィクサー役だった旧竹下派の政治的弱体化、なかんずく、同派の最高幹部だった橋本龍太郎元首相や野中広務元官房長官失脚の延長線上にある。
- 中国政府が、小泉の跡を継いだ安倍晋三の訪中を受け入れたのは、安倍が靖国参拝を断念したからではなく、経済発展の多くを外国からの投資に依存する中国政府自身が歩み寄ってきたもの。
- そもそも外交問題ではなかった靖国神社参拝問題が外交問題化したのは、中曽根康弘・元首相が初めて靖国神社に公式参拝を果たした1985年の終戦の日に北京の天安門広場で反日デモが起こったことに端を発する。これは、中曽根の政治的盟友である胡耀邦・元総書記の改革路線を快く思わない中国共産党の守旧派、とりわけ八大元老と称される王震、薄一波、彭真らが、胡耀邦追い落としの口実として仕掛けてきたもの。とりわけ、前述の彭真は北京市長を務めた経緯があり、北京での反日デモが政府主導であることをうかがわせる。また、同党の守旧派の反発から、中曽根は2001年まで訪中を認められず、(天安門事件の引き金ともなった)盟友の胡耀邦死去の際も、弔電の公開を拒否されるなど屈辱的な扱いを受けている。
- 旧竹下派の政治的影響力弱体化に伴い、新たな対中フィクサーを必要としている中国政府が、現在最も頼りにしている人物が中川秀直元自民党幹事長である。
- 中国政府に対する迎合的言動が際立つ河野洋平・衆議院議長にはもう一つ別の肩書きがある。「国際貿易促進協会」会長の肩書きだ。同会は、新日本製鐵やオムロンといった、対中貿易が盛んな企業が軒並み加盟している日本の経済ロビー団体であり、加盟企業の中には歴代の中国大使が天下りを行っている企業も少なくない。また、この国貿促という団体の根は日本共産党の毛沢東主義派の一派で1960年代には警視庁の強制捜査を受けた経緯がある。河野の政治姿勢は、公人中の公人である衆議院議長が一経済ロビー団体の片棒を担ぐことの道義的問題と、単なる「日中友好」や過剰な贖罪意識だけでは説明がつかない闇の部分が見え隠れする。
- 小泉政権下に、2008年度をもって廃止されることが決定している対中ODAが、アジア開発銀行を通じての迂回融資により実質的に復活する懸念。
- 同銀行の総裁でありかつて旧大蔵省の国際金融局長をつとめた黒田東彦を「立場上中立であるべきにもかかわらず、中国に対し迎合的姿勢だ」と批判。
- 民主党の小沢一郎・代表は源流をたどれば田中派・竹下派の中核メンバーであり、今も昔も保守・親米ではなく親中派だ。だが、1992年の竹下派の跡目争いで小渕恵三に敗北、竹下に弓を引く形で派閥を離脱、翌年に集団離党し自民党下野の流れを作ったため、竹下の怒りを買い、小沢の中国人脈は徹底的に寸断されていたのが真実だと述べている。小沢の対中交流本格再開は、竹下が鬼籍に入った2000年以降になる。また、小沢が最も太いパイプを有しているとされる共産党幹部は、中国の次期首相と目されている李克強で、李はかつて世田谷区の小沢邸に居候をしていた経緯がある。
- 前述の自民党・旧竹下派は、長年対中フィクサーであると同時に対北朝鮮フィクサーでもあった。その代表格が金丸信・元自民党副総裁で、金丸が東京佐川急便事件で失脚後は野中広務・元官房長官に受け継がれた。
- 一方で、長谷川慶太郎やゴードン・チャンに代表される実証論を欠いた対中批判は問題。対中批判・対北批判は一にも二にも実証論に基づいたものでなければならない。
- 北朝鮮による日本人拉致問題を軽視する言動を繰り返している議員である山崎拓・元自民党副総裁や加藤紘一・元自民党幹事長の狙いは、野中失脚後空席になっている対北朝鮮フィクサーと北朝鮮利権にある。
- 上記の北朝鮮利権の本質は、川砂利や水産利権もその一つではあるがそれらは本質ではない。国交正常化後の復興事業こそが本質で、その額は数兆円に上る。
- 前述の加藤紘一は、2008年7月に日中友好協会の会長に就任したが、これはかつての対中フィクサー・野中広務が、政治的影響力を失ったことにより中国政府から三行半を突きつけられたことを意味する(現実に、野中は加藤の同協会会長就任に激しく反発している)。野中がパイプを持っていたのは反日外交を推し進めた江沢民・前国家主席に連なる人脈で、とりわけ関係が深かったのは曽慶紅・前国家副主席である。
- 2008年に一時盛り上がった、いわゆる「フリー・チベット運動」には落し穴を感じる。同運動の問題点について青木は、当時は北京オリンピックを控え世界の目が集まっていたことの一時的な追い風、同運動の最終目標が曖昧で一枚岩ではない点を上げている。後者の問題点として青木は、最終目標が、原状回復(チベットの独立を求める)、中国政府の圧制・弾圧に対する批判、高度な自治の要求(ダライ・ラマ14世らの主張)などに大きく分かれていること、更に前者の主張を支持する場合に、同じように中国側の圧政下にある東トルキスタンや内モンゴルに対しても対応を求められることになる点を注視、チベット問題の解決が一筋縄ではいかないことを強調している。
- 拉致問題の解明に最も積極的で旧拉致議連の会長を務めていた、中山正暉・元建設相が1997年の11月に訪朝して以来拉致問題全否定に立場を一転させたのは、(あくまでも憶測の範囲内だが)訪朝時に宿泊した平壌の高麗ホテルでのハニートラップが原因。同ホテルには監視カメラや盗聴器が随所に張り巡らされている。
- 米国における、対中フィクサーの代表格としてヘンリー・キッシンジャー元国務長官と、先代のジョージ・ブッシュ元大統領の二人が挙げられる。前述のキッシンジャーが代表を務めるコンサルタント企業・キッシンジャー・アソシエイツにはコカコーラ。[1]をはじめ、対中貿易が盛んなほとんどの企業が参加している。また、先代のブッシュ元大統領は、米中国交正常化以前の北京連絡駐在事務所の所長(実質的な大使)をつとめた経緯があり、北京オリンピックにおける米国の名誉選手団長を務めている。
- 朝鮮戦争の性質は、当初は北朝鮮による南侵・朝鮮半島の赤化統一を目指したものだったが、戦線が釜山にまで達した時点での米軍の参戦によってその性質は変質を遂げ始める。戦況の悪化を受けて北朝鮮の金日成首相(当時)は、半ば土下座に近い形で中国側に援軍を要請する。中国側には慎重・反対論が大半で、同戦争をその後指揮する彭徳懐や劉少奇も大反対だったが、毛沢東が押し切り参戦を決断。これを受け、同戦争は朝鮮半島内での内戦から、米中代理戦争へと変質を遂げる。毛沢東は参戦を決断した際、戦争指揮権の中国側への譲渡、北側の一方的な停戦の禁止を担保として北側から取り付けた上で参戦に踏み切っている。中国側が参戦を決めた主たる目的は、韓国の赤化統一後押しというよりも同戦争を通じた米国に対する牽制である。また、同戦争では毛の長男・毛岸英が、米国空軍の空爆によって戦死している[2]。
[編集] 著書
[編集] 単著
- 「怒りを超えてもはやお笑い!日本の中国援助ODA―誰も知らない血税3兆円の行方」(祥伝社、2001年) ISBN 4-396-61124-2
- 「WTO加盟の楽観論を排す!中国に再び喰われる日本企業」(小学館、2002年) ISBN 4-09-402586-3
- 「人脈で読む中国の真実―食い込むアメリカ食われる日本」(実業之日本社、2002年) ISBN 4-408-10500-7
- 「田中角栄と毛沢東―日中外交暗闘の30年」(講談社、2002年) ISBN 4-06-211371-6
- 「中国ODA6兆円の闇―誰のための、何のための「援助」なのか!? 」(祥伝社、2003年) ISBN 4-396-31330-6
- 「北朝鮮処分―2005年、米中が描く「金正日抹消」のシナリオ 」(祥伝社、2003年) ISBN 4-396-61200-1
- 「「拉致」処分―家族を翻弄する米中のパワーバランス 」(ビジネス社、2005年) ISBN 4-8284-1243-3
- 「中国に喰い潰される日本」(PHP研究所、2007年) ISBN 978-4-569-65982-4
- 「中国利権のタブー」(宝島社、2007年) ISBN 978-4-7966-5790-7
- 「敵国になり得る国・米国」(PHP研究所、2008年) ISBN 4569694977
- 「北京五輪後に何かが起こる」(PHP研究所、2008年) ISBN 978-4569702582
[編集] 編著
- 「中国ビジネスのウソ―二〇〇七年、やがて中国の「危機」は来る!」(監修、宝島社、2003年) ISBN 4796632042
- 「中国利権の真相―“赤い貴族”に群がった日本の政・官・財・メディア 」(宝島社、2004年) ISBN 4-7966-4311-7
- 「中国の黒いワナ」(監修、宝島社、2007年) ISBN 978-4-7966-5909-3
- 「終わらない対中援助」(古森義久との共著、PHP研究所、2009年)
[編集] テレビ出演
- 日本文化チャンネル桜 『桜プロジェクト』 不定期出演ほか
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月27日 (日) 14:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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