青森県立八戸商業高等学校
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| 過去の名称 | 八戸町立八戸商業学校 八戸市立商業高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 青森県 |
| 校訓 | 自主・明朗・規律 |
| 設立年月日 | 1927年5月27日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 商業科 国際経済科 情報処理科 |
| 所在地 | 〒031-0012 |
| 電話番号 | 0178-96-5001 |
| FAX番号 | 0178-96-6200 |
| 外部リンク | 公式サイト |
青森県立八戸商業高等学校(あおもりけんりつはちのへしょうぎょうこうとうがっこう、英称:Aomori Prefectural Hachinohe Commercial High School)は、青森県八戸市十日市字塚ノ下3-1に所在する日本の高等学校。商業の専門教育を行う商業高校であり、商業科、国際経済科、情報処理科の3学科を置く。全国商業高等学校協会の会員校である。
商業科目、学校設定科目における実用的で特色ある英語教育が認められ、2007年度英語教育優良教育委員会・学校文部科学大臣表彰を受けた。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 通称
地元の八戸市、三戸郡内では、八商(はっしょう)か、単に商業(しょうぎょう)と呼ばれる。地元の新聞では“八戸商(高)”“八商”などと略記される。
[編集] 校章と校歌
校章は、Hachinohe Commercialの頭文字であるHCの間に、ローマ神話に登場する商業の神マーキュリーが持つカドゥケウスの杖が配置されたデザイン。
校歌は、作詞・音喜多富壽、作曲・信時潔。現校歌は1961年に歌詞を改定したもので、旧校歌は彌富破魔雄(旧制弘前高校教授)の作詞による。信時潔は大正~昭和中期の名作曲家。音喜多富壽は当校の第7代校長で郷土史家・考古学者。
[編集] 教育目標
校訓の「自主・明朗・規律」のもと、
(1) 国際化・情報化時代に対応しうる創造力豊かで知・徳・体の調和のとれた人間を育成する。
(2) 社会の有為な形成者として必要な知識・技能を修得させ、心身ともに健康な人間としての資質を養成する。
[編集] 学校周辺と生徒の通学手段
是川遺跡にほど近い八戸市南部(南郷区以外の旧市内の南部)に位置し、行楽施設のこどもの国が隣りにある。
生徒は八戸市内のほか、三戸郡、岩手県九戸郡などから通学している。通学手段としてはバスで通う者が多く、朝は市中心部からの八戸市営バス・「是川団地」行き(「商業高校前」下車)が混み合う。自転車や徒歩で通う生徒もいる。
[編集] 学校行事
青森県立高校で唯一、バザーを開催する。「八商バザー」は八戸市堀端町に校舎のあった1929年から行われており、毎年10月、地域の商店や企業などの協力を得て、生徒がグループになって一つの商店を経営する。生徒たちは収益を上げるために、日ごろ学んだ商業技術を使って販売方法に工夫を凝らす。これ以外の代表的な行事には、体育祭やスポーツフェスティバル、職場体験実習がある。
1995年から国際経済科の修学旅行先は米国ハワイで、ホームステイや現地ハイスクールとの交流などによる異文化理解の活動を行う。このほか、同科は米軍三沢基地内のエドグレンハイスクールとの交流活動なども行っている。
[編集] 制服
女子制服は八戸市内の高校では数少ないセーラー服を採用、胸元のスカーフ留めにHCの刺繍が入っているのが特徴である。男子は学ランを着用する。
[編集] 入試出願倍率
入試(前期選抜)の出願倍率は商業科が例年2倍を超えており、青森県立高校では屈指の高倍率学科である。国際経済科、情報処理科も比較的高倍率傾向が続いている。
[編集] 進路
卒業後の進路は、地元就職の比率が大きい。簿記や情報処理などの資格取得やスポーツ実績、指定校推薦を利用した推薦入学制度を使って四年制大学への進学もあるほか、短期大学や専門学校に進む者もいる。
[編集] 沿革
[編集] 歴史
八戸市内の県立高校では八戸高校(旧八戸中学)、八戸東高校(旧八戸高等女学校)、八戸水産高校(旧県立水産学校)に次ぐ伝統を持つ。2007年に創立80周年を迎えた。
三戸郡八戸町・小中野町・湊町・鮫村の合併による八戸市の市制施行(1929年)を控え、八戸町民の間では「地元経済を担う商業人を育成するべき」との気運が高まった。当時の八戸町は厳しい財政運営を強いられていたが、町議会はこの気運に応えるべく商業学校の新設を全会一致で可決、既に存在していた同町の八戸商業補習学校を母体に1927年、八戸町立八戸商業学校として当校を創立させた。
[編集] 年表
- 1927年 八戸町立八戸商業学校を開校(校舎は八戸高等小学校の一部を借用)。
- 1929年 八戸尋常小学校(堀端町)の一部を譲り受け独立、移転。
- 1934年 校歌を制定。
- 1948年 学制改革により商業高校に移行、八戸市立商業高等学校となる。
- 1950年 男女共学を開始。
- 1955年 八戸市諏訪に校舎が新築落成し、記念式典を挙行。
- 1956年 定時制課程設置認可。
- 1961年 創立35周年を記念し、校歌歌詞を改正。
- 1967年 創立40周年の記念式典挙行。
- 1971年 商業科を廃止し、事務科・経理科・営業科の3科を設置。
- 1974年 八戸市十日市の現校舎が落成し記念式典を挙行。
- 1975年 県立に移管し青森県立八戸商業高等学校となる。定時制は八戸市諏訪に市立商業高等学校として分離。
- 1977年 創立50周年を迎える。
- 1979年 事務科・経理科・営業科を廃止して商業科に一本化。
- 1987年 創立60周年を迎える。
- 1990年 校舎向かい付近の弥次郎窪地区に野球場完成
- 1992年 商業科の1学級を減らし、新たに国際経済科を開設。
- 1993年 新たに情報処理科を設置し、商業科3学級、国際経済科1学級、情報処理科1学級となる。
- 1997年 創立70周年記念式典を挙行。
- 2004年 商業科1学級を減らし、商業科2学級、国際経済科1学級、情報処理科1学級となる。
- 2007年 創立80周年記念式典を開催する。
[編集] 部活動
部活動は、特にスピードスケート、アイスホッケーの両部が古豪と評され、冬季のインターハイの常連である。
[編集] 運動部
- アイスホッケー部
- インターハイで過去6回3位入賞した(第2、4、16、26、37、38回)。日本国内のトップリーグであった日本リーグや、アジアリーグで活躍する選手を輩出する。2006年から苫小牧市で開催されている全国高等学校選抜アイスホッケー大会には第1回、第2回大会に出場した。
- スピードスケート部
- 学校創立と同時に発足。伝統の“赤タイツ”を着用し、インターハイなどの全国大会で上位入賞選手を輩出している。第57回インターハイ(2008年1月・山梨県)では、同部の在家範将が男子5000メートルで優勝した。
[編集] 文化部
[編集] 愛好会
[編集] 著名な卒業生(旧制、市立時代を含む)
[編集] 文化・芸能
- フルカワミキ(シンガーソングライター)
- 天摩正太郎(元八戸観光協会会長(第3代)、青森放送元取締役、八戸三社大祭に前夜祭を設定)
[編集] スポーツ
- 佐藤弘一(アイスホッケー女子日本代表監督)
- 松田一男(グルノーブル冬季五輪(1968年)アイスホッケー日本代表)
- 佐藤真弘(インスブルック冬季五輪(1964年)アイスホッケー日本代表)
[編集] 経済
- 前川原文男((株)ヒューテックノオリン専務取締役営業本部長)
- 川上正男((株) いわぎんディーシーカード代表取締役社長、岩手銀行元執行役員)
[編集] 政治・行政
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月20日 (金) 09:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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