青森県第3区

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日本の旗青森県第3区
行政区域 八戸市三戸郡
比例区 東北ブロック
設置年 1994年
選出議員 大島理森自由民主党
有権者数 263,854人(総務省・2008年9月2日)
  

青森県第3区(あおもりけんだい3く)は、日本衆議院議員総選挙における選挙区域。現在の選挙区は1994年公職選挙法改正で設置。

目次

[編集] 選挙区域

[編集] 歴史

中選挙区時代の旧1区は、現1区うちの東青地区現2区の上北・下北地区、現3区の三八地区(八戸市・三戸郡)が選挙区域で、そこから4人が選ばれていた。東青では津島雄二、竹中修一、革新系候補、三八上北では自由民主党田名部匡省(現参議院議員)と大島理森らが立候補していた。そのうち、八戸地区は、田名部と大島が、地区を二分する選挙戦を行っていた(通称・八戸戦争)。政治改革が焦点となった1993年に、田名部が自由民主党を離脱(その後新生党入党・県民協会設立)。

小選挙区制の導入後も、互いに立候補者の空白地帯の2区への鞍替えをせず、一騎打ちをおこなうことになる。その後の1996年の小選挙区の初選挙で、大島が勝利し、落選した田名部は、参議院へ鞍替えする。しかし、その後、田名部の次女匡代が、父の後継として衆議院選挙に出馬しており、八戸を二分する状況は今もなお続いている。

この対立構図は、単純な政党間の構図にとどまらず、八戸市長選挙など、八戸市に関わる選挙でも、事実上市を二分する状況に持ち込まれており、いわば当選挙区候補者の代理戦争化している様相を呈している。

[編集] 小選挙区選出議員

選挙名 当選者 党派
第41回衆議院議員総選挙 1996年 大島理森 自由民主党
第42回衆議院議員総選挙 2000年 大島理森 自由民主党
第43回衆議院議員総選挙 2003年 大島理森 自由民主党
第44回衆議院議員総選挙 2005年 大島理森 自由民主党
第45回衆議院議員総選挙 2009年 大島理森 自由民主党

[編集] 選挙結果

第45回衆議院議員総選挙(投票率:70.39%)
当落 得票数 得票率 候補者 党派 議員歴
90,176 48.8% 大島理森 自由民主党
比当 89,809 48.7% 田名部匡代 民主党
  2,249 1.2% 中西修二 幸福実現党


第44回衆議院議員総選挙(投票率:65.24%)
当落 得票数 得票率 候補者 党派 議員歴
90,925 53.1% 大島理森 自由民主党
比当 73,846 43.1% 田名部匡代 民主党
  6,450 3.8% 松橋三夫 日本共産党


第43回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
86,209 大島理森 自由民主党
  70,275 田名部匡代 民主党
  5,284 松橋三夫 日本共産党
  • 田名部匡代は、惜敗率0.1ポイント差で復活当選ができなかった。
第42回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
93,602 大島理森 自由民主党
  64,203 田名部匡代 民主党
  7,540 松橋三夫 日本共産党


第41回衆議院議員総選挙
当落 得票数 候補者 党派 経歴
96,628 大島理森 自由民主党
  81,460 田名部匡省 新進党
  6,119 松橋三夫 日本共産党
  • 田名部匡省は、この選挙での落選後、1998年の参議院選挙に立候補し当選。同時に、青森の旧新進党系の議員とともに、地域政党「県民協会」を発足させた。1999年には、椎名素夫らとともに無所属の会を結成し、初代代表となった。その後、県民協会のメンバーの多くが自民入りし、県民協会は衰退。2004年に、県民協会ごと民主党入りし、同年の参議院選挙に当選した。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年8月31日 (月) 15:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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