青龍寺 (土佐市)

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青龍寺しょうりゅうじ

本堂
所在地 高知県土佐市宇佐町龍旧寺山601
位置 北緯33度25分33.73秒
東経133度27分2.89秒
山号 独鈷山
宗派 真言宗豊山派
本尊 波切不動明王
創建年 伝・弘仁6年(815年
開基 伝・空海(弘法大師)
中興年 正保年間(1644年1648年)
中興 山内忠義
正式名 独鈷山 伊舎那院 青龍寺
別称 波切不動
札所等 四国八十八箇所36番
文化財 愛染明王坐像(国の重要文化財)
  

ファイル:Syoryuzi.jpg 青龍寺(しょうりゅうじ)は、高知県土佐市にある真言宗豊山派寺院。独鈷山(とっこうざん)、伊舎那院(いしゃないん)と号す。本尊は波切不動明王。四国八十八箇所霊場の第三十六番札所。波切り不動さんの愛称がある。

本尊真言:のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

ご詠歌:わずかなる 泉に棲める 青龍は 仏法守護の 誓ひとぞきく

目次

[編集] 沿革

寺伝によれば弘仁年間(810年824年)に空海(弘法大師)によって開基されたとされる。入唐求法の遣唐使として、恵果和尚より真言密教の奥義を伝授された空海が帰国の折、有縁の地に至るように祈願して独鈷杵を東方に向かって投げた。空海はその独鈷杵がこの山中の松の木にあると感得し、嵯峨天皇に奏上。弘仁6年(815年)に恵果和尚を偲び、青龍寺と同じ名の寺院を建立したという。本尊の波切不動は、空海が乗った遣唐使船が入唐時に暴風雨に遭った際に、不動明王が現れて剣で波を切って救ったといわれ、空海がその姿を刻んだものであると伝える。

江戸時代初期には荒廃していたが、土佐藩2代藩主山内忠義によって正保年間(1644年1648年)に再興された。しかし、宝永4年(1707年)には地震津波で大きな被害を受け、江戸末期に再建された。

[編集] 境内

石段下の右に手水場、左に納経所、恵果堂がある。石段途中左奥に三重塔があり、仁王門の先にも170段の石段が続く。石段を上りきったところに本堂が建ち、左に大師堂、右に薬師堂があるが、この配置は唐の青龍寺と同様であるといわれている。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:20台

[編集] 文化財

[編集] 交通案内

鉄道
バス
道路
  • 一般道:県道47号線 横波スカイライン 竜 (0.8km)

[編集] 奥の院

独鈷山不動堂

境内より0.8km。奥の院への参道を上り横波スカイラインを横断して山頂へ進むと祠があり、波切不動明王が祀られている。三十六童子から先は裸足で参拝するしきたりとなっている。

[編集] 前後の札所

四国八十八箇所
35 清瀧寺 --(13.9km)-- 36 青龍寺 --(58.5km:横波スカイライン経由)-- 37 岩本寺

[編集] 参考文献

  • 四国八十八箇所霊場会 編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹 著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年8月2日 (日) 10:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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