静岡県立静岡高等学校
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| 過去の名称 | 静岡県尋常中学校 静岡県静岡中学校 静岡県立静岡中学校 静岡県立静岡第一高等学校 静岡県立静岡城内高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 静岡県 |
| 校訓 | 卬高(高きを仰ぐ) |
| 設立年月日 | 1878年9月2日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科(8学級) |
| 高校コード | 22133D |
| 所在地 | 〒420-8608 |
|
静岡県静岡市葵区長谷町66番地
北緯34度59分7.2秒東経138度22分49.6秒 |
|
| 電話番号 | 054-245-0567(全日制) 054-246-2812(定時制) |
| FAX番号 | 054-248-1499 |
| 外部リンク | 公式サイト |
静岡県立静岡高等学校(しずおかけんりつ しずおかこうとうがっこう) は、静岡県静岡市葵区に所在する県立高等学校。
目次 |
[編集] 概要
1878年に静岡県尋常中学校として開校した公立進学校。文武両道と生徒の自治を基本としており、校舎内に土足で入る事が可能である。通称は静高(しずこう)。
1926年、第12回全国高校野球選手権大会に「静岡中学」として全国優勝達成。その年に第8回全国高等学校クイズ選手権でも全国優勝を果たし、史上初の夏の2大甲子園大会での全国制覇校となる。2008年8月現在、全国高校野球(夏の甲子園)と高校生クイズ(クイズの甲子園)の両大会で全国制覇を経験した高校は愛媛県立西条高等学校と本校の2校のみである。
[編集] 沿革
- 1878年 - 静岡師範学校内に中等課を開設
- 1879年 - 中等課分離し「静岡中学校」とする
- 1886年 - 静岡中・浜松中・沼津中の3校を合併して「県立静岡中学校」と改称
- 1886年 - 「県立静岡尋常中学校」に改称
- 1887年 - 静岡市西草深町に校舎が完成し移転
- 1887年 - 「静岡県尋常中学校」に改称
- 1898年 - 「静岡県静岡尋常中学校」に改称
- 1899年 - 「静岡県静岡中学校」に改称
- 1900年 - 静岡市長谷町の新校舎に移転
- 1901年 - 「静岡県立静岡中学校」に改称
- 1945年 - 戦災により校舎消失。工場や連隊兵舎跡地等を仮校舎として使用
- 1948年 - 新学制実施。「静岡県立静岡第一高等学校」に改称。定時制課程設置
- 1949年 - 「静岡県立静岡城内高等学校」に改称。男女共学となる
- 1953年 - 静岡市長谷町に新校舎が完成し生徒、職員全員移転。「静岡県立静岡高等学校」に改称
- 1988年 - 現校舎完成
[編集] 校訓
- 校訓は「卬高」。これは「こうこう」と読み、「高きを仰ぐ」の意味である。
- 校舎脇には校訓を記した「卬高碑」と呼ばれる石碑がある。
[編集] 校歌
- 一、岳南健児 一千の 理想は高し 富士の山
- 八面玲瓏(れいろう) 白雪の 清きは我等の 心なり
- 二、至誠を色に 表はせる 唐紅(からくれない)の 旗幟(はたじるし)
- 義勇奉公 四つの文字 掲げて共に進むべし
- 三、龍爪山の 木枯に 青葉が岡の 夏の日に
- 身心鍛ふ 大丈夫 文武の道を 励めいざ
- 四、御国(みくに)の柱 礎と なりし祖先の 後継ぎて
- 大現神(おおあきつかみ) 天皇(すめらぎ)の 御稜威(みいつ)を四方(よも)に 輝かせ
- 大正期に制定されたため、著作権は既に消滅している。
- 歌詞の問題から、現在では2番以降が歌われることはほとんどなく、行事等で斉唱する場合は1番を2回繰り返す。
- (注)適宜新字体に改め、難読語彙には仮名を振ってある。
[編集] 校則
- 校則は周辺の他校と比べるとかなり緩い方である。
- 髪の染色、アクセサリー等は禁止。しかし、チェックが入ることはまずない。あまりに見苦しい場合は注意される、といった程度である。
- 携帯電話はホームルーム・授業中以外は使用可能。
[編集] 服装
- 男女とも制服着用。
- 男子生徒は黒色・金ボタンの学生服(学ラン)、女子生徒は灰色のブレザーと灰色スカート(全日制・1967年制定。定時制は紺色)。
- 略装(夏服)は男子がワイシャツとスラックス、女子がブラウスと灰色スカートである。
- カーディガン、セーターの着用は自由だが、これらを着用するときは学生服・ブレザーを上から羽織らなければならない(カーディガンやセーターで活動するのは原則禁止)。
- 男子生徒は学生服着用時はワイシャツを着ないことも多い。また襟のカラーを外している者も散見される。
- 学生服・ブレザーの襟とワイシャツ・ブラウスの胸ポケットに校章を入れる。全日制と定時制ではバッジのデザインが違う。
- 校舎内は土足で出入りできる。靴は、運動靴か革靴。
- 体操服は白色シャツ(半袖または長袖)が男女共用、短パンは男子が白色、女子が紺色である。
- 学校指定のジャージが存在しないため、ほぼ全ての運動部と文化部の一部が部活毎に独自のジャージを持っている。なお、体育の授業でジャージの着用を許されることは少ない。(定時制には指定ジャージがある)
[編集] 学校行事
ホームルームデー
- クラスごとに目的地を決めて、親睦を深めるべく遠足する。1年生は徒歩で市内限定、2年生以上はバスを使用して遠くに行くことができる、という不文律がある(実際には1年生もバスを利用している)。2年生はBBQ,3年生は遊園地である事が多い。4月末。
教育講演会
- OBの著名人による公演。5月上旬。
卬高祭
- 文化祭、卬高展、仮装というイベントを6月初旬、3日間にわたって繰り広げる。
- 文化祭は、市民文化会館にて、音楽系文化部や演劇部などの発表が行われる。
- 卬高展は音楽系でない文化部の展示発表のほか、綱引き大会、有志バンドの発表が行われる。
- 仮装は本校最大のイベントであり、50年以上の歴史がある。かつてはクラスごとに静岡駅前を仮装して行進することもあった。現在では、校内駐車場の一部を作業場とし、また体育館などの施設を演技の練習場として利用して準備を進め、本校グラウンドにて、各クラス8分間の持ち時間の中、各クラスの独創性をこらした無声劇を行う形式となっている。たいていの場合このイベントによって新クラス内の団結が強まることとなる。また、全クラスの発表終了後はファイヤーストームが行なわれる。毎年、FS委員により趣向の凝らされたプログラムが組まれ、最後には仮装の順位が発表される。この模様は後日DVDが作成され、購入可能。
球技大会
- クラス対抗形式で行う。7月期末テスト後と10月中間テスト後に実施。7月にはサッカーなどが、10月にはソフトボールなどが行われる。個人種目(テニス・卓球など)のトーナメント戦もある。なお、所属する部活動の種目に参加する(例:野球部がソフトボールに参加)にあたっては、人数制限などのハンデがある。
体育大会
- いわゆる運動会とは異なり、個人陸上競技が中心。しかしクラス対抗の男女混合リレーだけは、奇抜な格好をして走っても良いことになっており、そのようなスタイルでリレーに参加する者も多い。9月末に実施。
修学旅行
- 奈良京都方面。2年生の12月に3泊4日で実施。各人の「研修」との位置づけである。旅行後、『青丹よし』(あおによし)と呼ばれる各人の旅行研修記録を冊子にしてまとめたものが作成・配布される。また平成20年度入学の生徒から、奈良京都、台北、北京の3ヶ所から行き先を選択できるようになったが、人数の関係上、来年度の修学旅行は北京行きのコースがなくなり、行き先は、奈良京都、台北の二か所となった。
冬の祭典
- 音楽系文化部による発表会。昼休み・放課後などに各部活が時間を設定し発表する。1月中旬~下旬に実施。
マラソン大会
- 1、2年生のみ。1月末に静岡市郊外で実施。男子は約10キロ、女子は約6キロを走る。1月の間の体育の授業は、マラソン大会に備えて、駿府城の内堀(一周1.6km)を何周も走ることになる。
[編集] 教育
- 静岡県内でも浜松北高校と並ぶ有数の進学校とされる。
- 数学(特に1年次および理系)を筆頭に、授業進度は総じて非常に速い。
- 2年に進級するにあたり文理選択を、また2年および3年に進級するにあたり、受験科目・興味・適性等を各々が考慮し、地歴・理科などの科目選択を行う。ちなみに県内の高校では珍しく、理科では地学が選択可能。
- 多くの自学自習教材が提供されており、これらを出題範囲とするテストもある(学力テスト)。
- 定期テスト、学力テストなどのテストは多く、長期休業明けをはじめ、ほぼ一ヶ月に一回テストが行われる。
- 各科目、授業内で行われる小テストや定期テストで、基準点に満たなかった者を対象に追試が行われる。全員合格するまで何度でも追試が行われることも多い。
- 学力テストでは、学年順位が出され、各教科と合計点数が上位1割以内の者は職員室の前に順位・点数・名前が公表される。
- 65分授業(×5時限)を行っている。2004年度からは隔週で土曜の正規の授業(=オープンスクール。詳しくは後述)を復活させ、事実上の週六日制となっている。
- 夏季休業中には、夏期講習があり、任意で受講することができる。科目は自由選択。内容は授業の復習、授業内では扱い切れないことを指導するもの、夏季課題の解説などと様々である。夏休み開始1週間ほど、午前中に行われる。(3年生はもう1週間分の講座もある。)
[編集] 施設と設備
校舎
- 5階建てで、1階、2階は事務室・職員室・自治会室・その他特別教室があり、3~5階は普通教室が大半を占める。
- 2階には「生徒ホール」があり、新聞の閲覧ができるほか、ベンチがある。ホールというだけあり、それなりに広いので、クラシックギター部などの音楽系文化部が発表に使うこともある。
- 階段は西側・中央・東側にあり、中央階段がもっとも広い。このほか正面玄関から職員室などへ直行できる階段が存在する。
- 3階には広いテラスがあり、主に3年生が使う(3年生の教室と隣接しているからである)。4~5階にもベランダがあるが、3階のものとは違い、一般的なマンションのベランダとほぼ同じ広さである。
- 普通教室の冷暖房は完備である。しかし、利用できるかどうかは、教師の意思による。
- 土足であるためくつ箱がなく、そのため出入り口が多い。また、自転車置き場と隣接しており、直接入れる。
- 1階東側裏出入り口付近に飲み物の自販機がある。また、平日昼休みはその付近でパンの購買がある。
合宿所
- 旧体育館横の部室棟奥にある。1階の一部は吹奏楽部の部室となっている。ごくたまにどこかの部活がここで合宿を行う。
部室棟
- 旧体育館横に1つと、静高ドーム横に1つある。前者はおもに文化部用、後者はおもに運動部用である。なお一部の部活は、教室やトイレ横のスペース、駐輪場の空きスペースなど、さまざまな場所を部室としている。
旧体育館
- 正門から見て手前にある。全校集会などは基本的にこちらで行われる。
新体育館
- 旧体育館の奥に位置する。旧体育館から2階に入れるが、新体育館の1階から2階に直接入ることはできない(屋外からなら可能)。1階は体育館というより武道場とトレーニングルームであり、武道系の運動部や、筋トレ目的の運動部が主に利用する。
プール
- 50mプールである。水泳の授業では、500m以上は泳ぐことが多い。
静高ドーム
- 校舎東側のプール付近にある、全天候型の運動施設である。テニスコート2面分の大きさ。(テニスコートにもなる)雨天時は野球部が利用することもある。テニスコートは、このほかに新体育館の奥にもう2面分あるが、こちらは屋外である。
図書館・同窓会館
- 1階が図書館、2階が同窓会館である。運動部部室棟・静高ドーム・卬高館に挟まれた所に位置する。図書館の蔵書数は多く、また、自習目的に利用する生徒も多い。
卬高館
- ガラス張りの建物で、2階建て。学校生活における利用頻度はそう多くはない。時々、音楽系文化部が練習や発表に使用する。
[編集] オープンスクール
隔週で1か月に2回ほど、土曜日の午前中に授業を行っている。ただし、行事などにより回数は変更することもある。"オープン"スクールという名の通り、中学生とその保護者、本校の保護者なら誰でも申し込めば授業を見学等ができる。しかしながら実際の来校者は、本校の受験を検討中の中学3年生とその保護者がほとんどで、それも6月~10月頃に集中するため、それ以外の日は10人程度か、あるいはまったく来ないということも多々ある。このオープンスクールの振り替えとして、学期末テスト後などに「家庭学習日」として休暇が設けられる。
[編集] 自治会・部活動など
生徒会にあたるものは、自治会と呼ばれている。「文武両道」を目標とし、数多くの部が活動している。尚、古豪として知られる野球部は全国優勝1回(1926年)、準優勝2回(1960年、73年)という実績を持つ。最近では2003年の夏の甲子園に出場。また、ラグビー部、テニス部、サッカー部、バスケットボール部、空手部なども好成績を残す。文化部ではマンドリン部や弦楽合奏部などが有名。なお、三木卓の所属していた文芸部は1997年に廃部となった。
[編集] 著名な卒業生
政治
- 海野徹(前参議院議員)
- 小嶋善吉(静岡市長)
- 塩谷立(文部科学大臣(麻生内閣))
- 遠山敦子(元文部科学大臣(小泉内閣・小泉改造内閣))
- 服部寛一郎(元静岡市議7期、元静岡県議1期、静岡県オンブズマンネットワーク代表)
- 原田昇左右(元建設大臣)
- 牧野聖修(元法務政務次官)
- 村田吉隆(元国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(小泉改造内閣))
- 柴田善三郎(内閣書記官長、大阪府知事、内務官僚)
- 下山定則(初代国鉄総裁、運輸次官 / 下山事件参照 のち津中学へ)
- 山本敬三郎(元静岡県知事)
- 山本雅司(元資源エネルギー庁長官)
法曹
- 白井勝己(弁護士)
- 秋山幹男(弁護士)
学者
- 青野太潮(聖書学者、岩波書店版聖書翻訳者、西南学院大学教授、神学部長)
- 伊藤元重(経済学者、東京大学教授)
- 齋藤孝(教育学者、明治大学教授)
- 青島矢一(経営学者)
- 木村榮一(薬学者、化学者、広島大学名誉教授、静岡大学客員教授)
- 長谷川博(東邦大学教授 あほうどりの研究で有名)
- 新村出(国語学者、『広辞苑』編集者)
- 関寛治(政治学者)
- 久保大作(中央大学准教授)
- 宮地良樹(京都大学大学院医学研究科教授)
- 平田茂樹(大阪市立大学大学院文学研究科准教授)
軍人
実業
- 水野成夫(フジテレビ初代社長)
- 嶋正利(INTEL4004開発者)
- 春日武彦(精神科医)
- 田宮俊作(タミヤ社長)
- 長谷川至(ヤマハ発動機会長)
- 松浦康男(静岡銀行前頭取)
- 横山進一(住友生命保険社長)
- 加藤壹康(キリンビール社長)
- 戸田裕一(博報堂DYホールディングス社長)
- 鈴木与平 (八代目)(鈴与社長)
作家
- 上田敏
- 瀬名秀明(1995年『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞受賞、他)
- 三木卓(1973年『鶸』で第69回芥川賞受賞、他)
- 村松友視(1982年『時代屋の女房』で第87回直木賞受賞、他)
- 若桜木虔
文化
- 芹沢銈介(「型絵染」の重要無形文化財保持者(人間国宝))
- 野間省一
- 山川静夫(元NHKアナウンサー)
- しりあがり寿(漫画家)
- 鈴木梨沙(7代目ミニスカポリス)
- 原田夏希(モデル・女優)
- 土屋敏男(日本テレビ「Tプロデューサー、T部長」)
- 古谷英一(TBS)
- 谷真人(ピアニスト)
- 川口雅行(マンドリニスト、マンドリン部出身)
- 柴郭恵(ピアニスト、マンドリン部出身)
- 牧野宗則(木版画家)
- 吉永龍樹(「僕の見た秩序。」管理人)
スポーツ
- 鈴木芳太郎(元プロ野球選手)
- 宇佐美一夫(元プロ野球選手)
- 近藤晴彦(元プロ野球選手)
- 種茂雅之(元プロ野球選手)
- 赤池彰敏(元プロ野球選手)
- 植野浩史(元プロ野球選手)
- 服部敏和(元プロ野球選手)
- 小田義人(元プロ野球選手)
- 佐藤竹秀(元プロ野球選手)
- 望月充(元プロ野球選手)
- 大橋功男(元プロ野球選手)
- 植松精一(元プロ野球選手)
- 大久保学(元プロ野球選手)
- 望月一(元プロ野球選手)
- 赤堀元之(元プロ野球選手)
- 寺田祐也(元プロ野球選手)
- 高木康成(プロ野球選手・オリックス投手)
- 深田拓也(プロ野球選手・巨人投手)
- 黒田祐輔(プロ野球選手・阪神投手)
- 石山建一(読売ジャイアンツ編成本部長補佐、元プリンスホテル・早大野球部監督)
- 磯部修三(元浜松商高野球部監督 常葉菊川高校野球部総監督)
- 神戸清雄(名古屋グランパスエイトU-18監督、サッカー元フィリピン代表監督、元グアム代表監督)
- 井田勝通(静岡学園高校サッカー部監督)
- 谷川烈(元Jリーグ選手)
- 木内貴史(日本バスケットボール協会専務理事)
教育
[編集] 交通
- JR静岡駅よりしずてつジャストラインバス大浜麻機線(14番のりば) 麻機(あさばた)・麻機北行き乗車「長谷通り」停留所下車
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 静岡県立静岡高等学校 - 学校による公式サイト。
- 静中静高同窓会 - 同窓会による公式サイト。
- 静高野球部後援会 - 野球部後援会による公式サイト。
- 静中・静高創立125周年「高きを仰ぐ」 - 静岡新聞による特集記事。
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最終更新 2009年9月15日 (火) 13:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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