鞍馬電気鉄道

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鞍馬電気鉄道株式会社
種類 株式会社
略称 鞍馬電鉄
本社所在地 京都府京都市左京区山端 現宝ヶ池駅西側隣接地
設立 1927年(昭和2年)12月1日
業種 陸運業
事業内容 地方鉄道事業 他
資本金 不明
従業員数 不明
主要株主 京都電燈(50%以上)、
(旧)京阪電気鉄道
地元個人
特記事項:設立時のもの。
  

ファイル:KuramaSt.JPG 鞍馬電気鉄道株式会社(くらまでんきてつどう)は、現京都市左京区の山端(現:宝ヶ池)から鞍馬への鉄道路線(現:叡山電鉄鞍馬線)を運営していた鉄道会社。

目次

[編集] 概要

1927年(昭和2年)12月1日 京都電燈株式会社の子会社として設立され、1928年(昭和3年)12月1日に営業を開始。1942年(昭和17年)8月1日 京福電気鉄道に合併している。

[編集] 歴史

  • 1927年(昭和2年)12月1日 京都電燈の子会社として設立。
  • 1928年(昭和3年)12月1日 山端(現在の宝ヶ池) - 市原間 (5.3km) が開業。車両はデナ21形120番台の4両を所有。
  • 1929年(昭和4年)10月20日 市原 - 鞍馬仮間 (3.1km) が開業。デナ21形2両を増備。
  • 1929年(昭和4年)12月20日 鞍馬仮 - 鞍馬間 (0.4km) が開業し全通(8.8km)。鞍馬仮駅廃止。京都電燈叡山電鉄線(現・叡山電鉄叡山本線)に山端駅から乗り入れ、同線の出町柳駅まで直通運転を開始。
  • 1930年(昭和5年)2月 集電方式を架空単線式に変更。
  • 1930年(昭和5年) 洛北自動車株式会社(後の京都バスの洛北方面)を買収。
    • 猛烈な乗客争奪合戦を繰り広げ、これが諸般の弊害を生じる結果となり、結局買収するに至った。
  • 1931年(昭和6年) (旧)京阪電気鉄道が全株式を京都電燈に譲渡。同社の傍系会社になる。
  • 1933年(昭和8年) 雲ヶ畑バス株式会社(後の京都バスの雲ヶ畑方面)を買収。
    • 洛北自動車同様の経緯。これにて洛北を走る交通機関の調整を見るに至った。
  • 1939年(昭和14年)9月 二軒茶屋 - 市原間が単線化(不要不急線指定に基づくものではない)。
  • 1942年(昭和17年)3月2日 親会社の京都電燈が配電統制令に基づき発送電事業を日本発送電、配電事業を関西電力の前身の関西配電に譲渡して解散するのに伴い、鉄軌道部門を分離して京福電気鉄道を設立。
  • 1942年(昭和17年)8月1日 京福電気鉄道に合併。鉄道路線は同社鞍馬線となる。

[編集] 路線

データは全通時のもの。

  • 鞍馬線 山端(現:宝ヶ池) - 鞍馬 8.8km 9駅
    • 軌間:1435mm
    • 複線区間:宝ヶ池 - 市原間
    • 電化区間:全線電化(直流600V、架空複線方式)
    • 車庫:1(木野駅隣接)

[編集] 車両

デナ21形120番台の6両を新造、所有していた。

[編集] 運行形態

ほとんどの列車が叡山線出町柳駅から直通運転していた。主に電気ブレーキを装備した自社の車両が鞍馬までの運転、叡山線の車両が比較的平坦な二軒茶屋までの区間運転に用いられていたが、叡山線所有のデナ21形も鞍馬まで乗り入れることがあった。

[編集] その他

一般的には叡山線と別会社という認識は薄く、一体で「叡電」と呼ばれていた。
現在も京都バスの社章として使われている羽うちわのマークは、元々は鞍馬電鉄の社紋であったものが引き継がれている。

[編集] 参考文献

  • 『京福電気鉄道30年史』 1972年 京福電気鉄道(株)
  • 『叡山電車形式集』 1998年 レイルロード
  • 『叡山電鉄(会雑誌 no25)』 1992年 京都大学鉄道研究会

[編集] 関連項目

最終更新 2009年8月29日 (土) 01:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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