鞏金甌

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鞏金甌、巩金瓯(きょうきんおう)とは清朝が定めた、中国初の正式な国歌である。

それまで非公式に国歌として準用されてきた頌龍旗の代わりに、中国の伝統的な旋律を用いた曲は近衛兵高官の溥侗が、古典的な詩調で書かれた歌詞を厳復がそれぞれ担当して作曲した。

駐英大使の任にあたっていた曽紀沢が、ヨーロッパ諸国が儀礼を行う際に、自国の国歌を演奏する習慣があることに感動し、「国楽草案」を奏上したことに始まる。しかし、この時は認可されなかった。 清国内で対外儀礼が増えるに従って、国歌の必要性は高まっていったのだが、正式な国歌はなかなか制定されず、新生陸軍部 の軍歌などを代用していた。

鞏金甌はようやく、宣統三年(1911年)10月4日に清国政府により正式国歌に採用されたが、そのわずか6日後に武昌蜂起が発生し辛亥革命が勃発、翌年には宣統帝が退位し、清朝自体が崩壊してしまう。清朝存続を訴えた歌詞が挿入されているが、採用されて1年も経たないうちに滅んでしまったのは歴史の皮肉である。

[編集] 原文

鞏金甌、
承天幬、
民物欣鳧藻、
喜同胞、
淸時幸遭。
眞熈皞、
帝國蒼穹保。
天高高、
海滔滔。

[編集] ピン音

Gǒng jīn'ōu
Chéng tiānchóu,
Mínwù xīn fúzǎo,
Xǐ tóngbāo,
Qīng shí xìngzāo.
Zhēn xī hào,
Dìguó cāngqióng bǎo.
Tiān gāogāo, Hǎi tāotāo.

[編集] 大意

我が帝国を護持せよ
天命を受けた清朝がこの世を治める限り
生きとし生ける者は苦役から解放され
幸福と歓喜に包まれる
帝国には光が溢れ
広大なる領土は永遠に保持される
無限たる天はどこまでも高く
厳粛たる海はどこまでも波を打つ

最終更新 2009年11月11日 (水) 06:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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