韓国語語源説
韓国語語源説の最新ニュースをまとめて検索!
韓国語起源説(かんこくごきげんせつ)は、日本語の単語の語源を韓国語に求める、韓国起源説の一種である。
目次 |
[編集] 概要
民間語源説が、韓国人を中心に数多く広められている。古代朝鮮語に由来するとする議論もあるが、古代朝鮮語は史料が乏しく復元されていない[1]。
根拠がない民間語源が韓国で広く流布されているのは、「日本人のルーツは韓国人であり、古代日本人は韓国人(百済人)である」「倭は百済の植民地であり、日本は百済人によって建国された国である」という主張[2]が韓国で広く支持されているからだという[3]。
韓国語で「貧しさ」を意味する「カナン」が日本語の「悲しみ」の語源だとしたり、韓国語で「生きて再び会おう」という意味の「サラバ」が日本語の別れの挨拶「さらば」になったなどがある(「サラバ」にいたっては、登場するのは20世紀以降である)。このほかにも、いくつかの書物が出版されている[4]。
[編集] 例
- 「サウラビ」から「侍」
- 「マトゥリ」から「祭り」
- 祭りの語源だという説。大阪の在日コリアンを中心に「ハナ・マトゥリ」という行事が行われている。ハナは「ひとつ」を意味し、「マトゥリ」は古代朝鮮語だという(現代韓国語では「祝祭(チュクチェ)」という)。最初にこの「マトゥリ=祭り」説を主張したのは韓国語語学者の金思燁(キムサヨプ、1912年 - 1992年)であるらしいが、韓国国内でも支持されておらず、韓国語学者・宋敏(国民大学名誉教授)は『言語』(創刊15周年記念別冊、大修館書店、1987年)で、「史的にも形態的、意味的にも恣意的な解釈としか言えない」と批判した[5]。
- 「ワッソ」から「ワッショイ」
- 「ワッショイ(祭りの掛け声)」の語源だと言う説。「ワッソ」とは現代韓国語で「来た」を意味し、「ワッショイ」は「神が来た」という意味であるとの俗説が、広く信じられている。この説を始めて唱えたのは在日作家の金達寿であるとも、上述の金思燁であるとも言われているが、水野俊平によれば、韓国語において「ワッソ」という形態が現れるのは、早くても16世紀以後であるという。毎年11月に大阪で在日韓国人などが参加して行われる「四天王寺ワッソ」がこの俗説を伝播する役割をしている[6]。
- 「百済ない」から「下らない」
- 日本語の「下らない」は、百済が最高であるから、百済のものでないものはつまらないものだという意味だという説。「下らない」は江戸時代に生まれた言葉で、上方から関東に送られる物を「下りもの」と呼んだのにたいして、上方へ向かうものを「下らぬもの」と呼んだところからきている。
- 「サラバ」については宮崎の南郷村に伝わる伝説に:百済滅亡のおり、義慈王の息子の禎嘉王子が妃と三人の子福智、華智、白智および数名の家臣、宮女とともに宮崎の南郷村に亡命した。禎嘉と華智は南郷に残り、妃と福智、白智はそこから離れた財部で暮した。やがて、追撃軍により禎嘉が襲われた。この時、福智が父の危急を知って南郷を訪ねた。禎嘉は福智の手を握り「お前たちは無駄死にせずに《ザルサラバ》……」と言って亡くなったと伝えられる。《ザルサラバ》とは《良く生きよ》と言う意味であり、「たっしゃで生きろ」と言う意味になる。「登場するのは20世紀以降と言う[4]の記事には疑義がある。
- 「ナラ」から「奈良」。韓国語の「ナラ」は「国」を意味し、古代朝鮮民族の渡来人たちが、定住するにあたり、「我が国としよう」と言い、「ナラ」にしたという説。実際は、「平ら、平地」という意味の古語で、現在でも「平らにする」ことを「ならす」などと残っている。
[編集] 脚注
- ^ 安本美典『新・朝鮮語で万葉集は解読できない』JICC出版局 1991年
- ^ 『隋書』には「新羅 百濟皆以俀爲大國 多珎物 並敬仰之 恒通使往來」(新羅 百濟は みな俀(倭)を以て大国にして珍物多しとなし 並びにこれを敬い仰ぎて 恒に使いを通わせ往来す)とある。
- ^ 水野俊平『韓VS日 偽史ワールド』、117頁。
- ^ 朴炳植『日本語の悲劇』(学習研究社、2002年)、李南教『おもしろい日本語のルーツ』(ネクサスブックス、2002年)、裵学泰『日本語の謎 韓国語で日本語にメスを入れる』(文芸社、2006年)
- ^ 水野俊平『韓VS日 偽史ワールド』小学館、2007年、84-86頁。
- ^ 水野俊平『韓VS日 偽史ワールド』、86-90頁
[編集] 関連項目
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月22日 (日) 18:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【韓国語語源説】変更履歴

