須藤元気

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須藤 元気
基本情報
本名 須藤 元気
通称 変幻自在のトリックスター
国籍 日本
誕生日 1978年3月8日(31歳)
出身地 日本
東京都江東区
所属 ビバリーヒルズ柔術クラブ
身長 175cm
体重 70kg
階級 ミドル級
スタイル レスリング
ブラジリアン柔術
テーマ曲
文学
File:Lit.jpg
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社文芸雑誌
文学賞
作家
詩人小説家
その他作家

須藤 元気(すどう げんき、1978年3月8日 - )は、日本作家タレント俳優、元総合格闘家拓殖大学レスリング部監督。東京都江東区出身。関東第一高等学校拓殖短期大学卒業、サンタモニカカレッジ芸術学部中退。

ニックネームは「変幻自在のトリックスター」。対戦相手を撹乱する変幻自在のファイトスタイルと、柔術レスリングをベースとしたグラウンドテクニックを持つ。本職は総合格闘技だが、2002年から参戦した立ち技格闘技K-1 WORLD MAXにてトリッキーなファイトを見せ、お茶の間の人気を得た。

リングネームは本名であり、父親がファンであった小山ゆうボクシング漫画がんばれ元気』が由来。

現在はタレント業にシフトしつつも作家としても精力的に活動しており、2006年に発表した『風の谷のあの人と結婚する方法』は19万部以上のベストセラーを記録している。また総合格闘技大会DREAMではテレビ解説者を務めている。

目次

[編集] 来歴

関東第一高等学校時代に始めたレスリング(グレコローマンスタイル)が現在の格闘スタイルの基礎であり、全国高校大会3位に入賞を果たした。1996年拓殖短期大学に進学すると、全日本ジュニアオリンピック優勝を果たし、世界ジュニア選手権に出場した。

拓殖短期大学を卒業した1998年4月に渡米して、ロサンゼルスのビバリーヒルズ柔術クラブに所属。アメリカの格闘技大会に出場して経験を積む。1999年8月の帰国後はパンクラスを主戦場として、この頃より凝った入場と格闘技の試合にプロレス技を繰り出すことで格闘技ファンの注目を集めた。パンクラスでは菊田早苗らともに格闘家チームGRABAKAの立ち上げメンバーとなるが、活動の範囲をさらに広げるべく、2000年12月に再渡米。

2001年に帰国してもパンクラスへ復帰することはなく、リングスUFCで試合を行った。UFCでは試合後に「We Are All One」と書かれた旗(各国の国旗が小さくプリントされているもの)を掲げる・または纏うことでも有名。毎回衣装やダンスに凝り、時にはカンフー着のままで試合をする等、入場から試合後まで、全時間をパフォーマンスとして捉えている(後述)。

K-1 WORLD MAXでのデビュー戦は、2002年2月11日の日本代表決定トーナメント。第一戦は、日本キックボクシング界のエース的存在であった小比類巻貴之であったが、バックブローで1Rに小比類巻からダウンを奪う。結局、逆転負けを喫したが、この試合でその後の自らのサクセスストーリーを描くこととなった。ちなみにこの試合で決定打を放ったバックブローを使った動きは、かつてシュートボクシングで活躍していたマンソン・ギブソンや、ボクシング界の異端児であったナジーム・ハメドを参考にしたと本人が後日語っている。その後、バックハンドブローのフェイントを多用するため、試合中何度も相手に背中を向ける展開が多かった。

以後はK-1系の総合格闘技イベントHERO'Sにも出場。試合中に相手選手にお尻を向け、怪しげな手と足の動きで歩み寄ったりすることが多いため、前田日明HERO'Sスーパーバイザーから、「トリッキーすぎる」と批判をされたこともあったが、須藤は「これが自分のスタイルです」とかわすなど、入場パフォーマンスを含めた自身のスタイルにこだわりを見せた。2005年以降は総合格闘技イベントHERO'S、K-1 PREMIUM Dynamite!!などK-1系の興行を主戦場に、CMや映画出演、雑誌への露出など芸能活動に活動の幅を広げた。

2003年7月24日、渋谷連続通り魔事件の被害に遭う。原付バイクで走っていた際、背後から右脇腹を刺されたが、かすり傷だったため、本人は刺されたことに気付いていなかった。次の日から新極真空手の合宿に参加している。

2003年12月31日、K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!にて、体重差110kgのバタービーンに2Rヒールホールドで一本勝ち。観戦していたヒクソン・グレイシーから小よく大を制す理想的な戦いでありサムライでもあると評される。

2004年5月22日、K-1 MMA Championship ROMANEXにて、ホイラー・グレイシーに1RKO勝ち。KO後、ホイラーに対し手を合わせ「グレイシー柔術」に対する敬意を露にした。

2005年12月31日、K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!にて、山本"KID"徳郁と対戦し、TKO負けを喫した。

2006年9月4日、K-1 WORLD MAX 2006 〜世界王者対抗戦〜でイアン・シャファーに右上段後ろ回し蹴りでダウン後レフェリーストップで2R 0分59秒TKO負けを喫した。

2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!にて、ジャクソン・ページと対戦、1R 3分5秒三角絞めで一本勝ちを収めた。試合後にはリング上で突然の引退宣言を行った。欠場を続けざるをえなかったほどの深刻な首の怪我が引退の原因と言われている。高校時代にこのビジョンを描いていたという。

2007年11月22日に一般女性との結婚を発表した。

2008年8月23日公開の日本映画R246 STORY(6編の短編から成るオムニバス映画)の中の「ありふれた帰省」で映画初監督(自身も主演)を務めた。

2008年11月1日、拓殖大学レスリング部監督に就任した。

2008年12月30日、テレビ朝日「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル!」に出演し、量子論と意識を結びつけるなどの発言をして論争を巻き起こした(量子脳理論参照)。

2009年1月29日、拓殖大学大学院に新設される地方政治行政研究科の入学試験に合格した。

2009年3月22日、東京マラソン2009に出場し、5時間46分19秒で完走した[1]

2009年5月22日、拓大レスリング部監督として東日本学生リーグ戦で就任以来初となる優勝を決め、最優秀監督賞を受賞した。

[編集] 人物・趣向・親交

  • 礼儀正しく非常に優しい。近しい者はほかに普段の彼を「天然ボケ」と評する。
  • 精神世界に傾倒し、江原啓之の賛同者。いわく、前世は聖セバスチャンであるとのこと。四国八十八箇所を23日間かけて巡礼したこともある。その際本人はすべて徒歩による巡礼を希望したが、スケジュールの都合上、一部自転車を使用(マネージャーからの反対が原因という説もあった)。
  • 初恋の人は「風の谷のナウシカ」のナウシカで、次に好きになったのが「魔女の宅急便」のキキ、「美少女戦士セーラームーン」の水野亜美。大のアニメ好きであり、当時は二次元のキャラクターにしか興味が無かったと話す。また、ジャンクSPORTSにてレスリング部の女子マネージャーの1人に自身のモチベーションの為、好みのタイプである「きらりん☆レボリューション」の月島きらり似の女の子を動員しようとしたと発言していた。
  • レッド・ホット・チリ・ペッパーズを好み、背中にメンバーのアンソニー・キーディスのものと酷似したタトゥーナスカの地上絵「コンドル」)が彫られている。
  • 格闘業の傍ら、俳優・モデル・歌手業もこなしていた。歌手活動のプロデュースは親交の深いACIDMANのメンバーが行った。もともと学生時代にバンド活動やソロでライブを行っており、本人曰く格闘家にならなかったら歌手を目指したという(CX系「魁!音楽番付」での発言)。
  • 入場時、エキストラを用いた本格的なパフォーマンスを披露、様々な演出表現を伴ってリングに上がることで知られていた。このパフォーマンスの練習には18時間も費やし、ダンサーの人件費・衣装代等はすべて自費で、主催者側からは受け取っていない。
  • 本人はプロボクサーのナジーム・ハメドのファンであることを公言しており、上記の派手な演出やファイトスタイルの一端にもハメドの影響が垣間見られる。
  • 2009年、北海道網走市に移住。夢だったログハウスでの生活を始めたことが、地元紙である経済の伝書鳩に掲載された。

[編集] 趣味

[編集] 親交

[編集] テレビ番組出演時のエピソード

  • 日本テレビ系列のテレビ番組「世界一受けたい授業」に出演した際、古武術研究家の甲野善紀に、うつ伏せの防御体勢(総合格闘技での基本防御の体制)の状態を『平蜘蛛返し』という技で簡単にひっくり返される。不思議そうな表情で「もう一度良いですか?」と何度か挑戦するが結果は同じで、共演者から「めっちゃ弱く見えますよ」と冷やかされる。だが甲野に対し熱心に技の質問をしている姿も映り、格闘技に対する真摯な姿勢も見られた。
  • ちちんぷいぷい出演時には、趣味の読書から得たであるとされる知識を活かし、政治の問題と過去の歴史上の出来事とを上手く並べて積極的にコメントするなど、造詣の深さを呈す。
  • 2009年4月11日放送メレンゲの気持ちでは自宅を紹介し猫2匹を飼い、高校時代は格闘家かミュージシャンのどちらにするか悩んだと言った。

[編集] 戦績

[編集] 総合格闘技

総合格闘技 戦績
22 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
16 2 11 3 0 1 0
5 1 0 3 1
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ジャクソン・ページ 1R 3:05 三角絞め K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!! 2006年12月31日
オーレ・ローセン 5分2R+延長1R終了 判定3-0 HERO'S 2006 2006年3月15日
× 山本"KID"徳郁 1R 4:39 KO(右フック→パウンド K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!
【ミドル級 決勝】
2005年12月31日
高谷裕之 2R 3:47 三角絞め HERO'S 2005
ミドル級世界最強王者決定トーナメント準決勝
【ミドル級 準決勝】
2005年9月7日
宮田和幸 2R 4:45 腕ひしぎ十字固め HERO'S 2005
ミドル級世界最強王者決定トーナメント準決勝
【ミドル級 準々決勝】
2005年9月7日
ラモン・デッカー 1R 2:54 ヒールホールド HERO'S 2005年3月26日
ホイラー・グレイシー 1R 3:40 KO(右膝蹴り) K-1 ROMANEX 2004年5月22日
マイク・トーマス・ブラウン 1R 3:31 腕ひしぎ三角固め UFC 47: It's On! 2004年4月2日
バタービーン 2R 0:41 ヒールホールド K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!! 2003年12月31日
× ドゥエイン・ラドウィック 5分3R終了 判定0-3 UFC 42: Sudden Impact 2003年4月25日
レイ・レメディオス 2R 1:38 チョークスリーパー UFC 38: Brawl at the Hall 2002年7月13日
山本喧一 2R 1:46 チョークスリーパー リングス WORLD TITLE SERIES 2001年12月21日
ブライアン・ローアンユー 1R 2:17 三角絞め リングス Battle Genesis Vol.8 2001年9月21日
クレイグ・オックスレー 1R 3:14 アキレス腱固め PANCRASE 2000 TRANS TOUR 2000年10月31日
アンドレ・ペデネイラス 15分終了 ドロー コロシアム2000 2000年5月26日
× 國奥麒樹真 10分+延長3分終了 判定0-3 PANCRASE 2000 TRANS TOUR 2000年2月27日
ネイサン・マーコート 13:31 腕ひしぎ十字固め PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR 1999年12月18日
ヴィクター・ハンセイカー 1:43 ギブアップ(肘打ち) PANCRASE 1999 BREAKTHROUTH TOUR 1999年10月25日
× 渡辺大介 不戦敗 PANCRASE 1999 BREAKTHROUTH TOUR
【ネオブラッドトーナメント 3位決定戦】
1999年8月1日
× 豊永稔 10分+延長3分終了 判定0-3 PANCRASE 1999 BREAKTHROUTH TOUR
【ネオブラッドトーナメント 準決勝】
1999年8月1日
窪田幸生 10分+延長3分終了 判定3-0 PANCRASE 1999 BREAKTHROUTH TOUR
【ネオブラッドトーナメント 1回戦】
1999年8月1日
ティキ・ゴースン 判定3-0 Extreme Shoot 2 1998年6月6日

[編集] K-1

キックボクシング 戦績
6 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
2 2 0 0 0 0
4 2 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× イアン・シャファー 2R 0:59 TKO(パンチ連打) K-1 WORLD MAX 2006 〜世界王者対抗戦〜 2006年9月4日
マイケル・ラーマ 2R 2:09 TKO(右眉上のカット) K-1 WORLD MAX 2004 〜世界王者対抗戦〜 2004年10月13日
× アルバート・クラウス 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2003 〜世界王者対抗戦〜 2003年11月18日
× 魔裟斗 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜
【1回戦】
2003年3月1日
金珍優(キム・ジンウ) 2R 0:16 KO(バックハンドブロー) K-1 WORLD MAX 2002 〜世界王者対抗戦〜 2002年10月11日
× 小比類巻貴之 3R 1:27 KO(右ローキック) K-1 WORLD MAX 〜日本代表決定トーナメント〜
【1回戦】
2002年2月11日

[編集] グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
宇野薫 5分2R終了 判定60-54 CONTENDERS 2000 2000年7月1日

[編集] タイトル

  • UFC-JAPAN王者。なお、このタイトルはUFCに正式に認められたものではなく、活動を停止しているUFC-JAPANのリングで制定されたベルトである。前王者の山本喧一が個人的に保持していたものを、2001年12月21日にリングスでタイトルマッチを行い奪取した。
  • HERO'S ミドル級世界最強王者決定トーナメント 準優勝(2005年)

[編集] 出演番組

その他多数

[編集] ドラマ

[編集] 映画

[編集] CM

[編集] 書籍

  • 幸福論(2005年10月、ネコ・パブリッシング)(文庫・2007年10月、ランダムハウス講談社)
  • 風の谷のあの人と結婚する方法(2006年7月、ベースボール・マガジン社)
  • 神はテーブルクロス(2007年4月、幻冬舎)
  • レボリューション(2007年9月、講談社)
  • バシャール スドウゲンキ(2007年11月、ヴォイス)
  • 無意識はいつも君に語りかける(2008年4月、マガジンハウス)
  • キャッチャー・イン・ザ・オクタゴン(2008年11月、幻冬舎)
  • 愛と革命のルネサンス(2009年5月、講談社)

[編集] CD

  • Love & Everything(2006年9月6日)東芝EMI
    1. Love&Everything(作詞:須藤元気、作曲: ACIDMAN
    2. Mr.Tambourine Man(作詞:ボブ・ディラン 大木伸夫 須藤元気、作曲:ボブ・ディラン)

[編集] DVD

  • 「GENKI SUDO」(ASIN: B000O58VDY) (2007年7月4日) TCエンタテインメント

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月9日 (月) 14:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【須藤元気】変更履歴

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