顧問

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顧問(こもん、: adviser, counsel, of counsel)は、ある組織に関与し、意志決定を行う権限を持たないが、意見を述べる役職やその役職に就いている者のことである。オブザーバー参与カウンセルなどというときもある。相談役も同義の役職名称だが、やや栄誉職的なニュアンスが強い。

[編集] 分類

政党における顧問
政党において顧問・最高顧問を置く場合がある。その政党の長老政治家を任命する場合が多く、外部の人間を任命することはほとんどない。日本の自由民主党ではまず顧問制度が置かれたが、国会議員として25年在職の表彰を受けた議員が自動的に委嘱され、議員を辞めても退任しなかったため人数が膨大になり有名無実化した。1980年総裁副総裁・衆参両院議長の経験者を有資格者とする最高顧問が創設され、岸信介三木武夫福田赳夫二階堂進らが就任して1980年代の政界に一定の影響力をもったが、1990年代中期に廃止された。
政党内部の派閥・調査会・委員会、議員連盟などでも顧問を置く場合がある。中には現役の会長などを抑えて事実上の最高実力者となっている場合もある(自民党では清和会最高顧問としての森喜朗や党税制調査会最高顧問としての山中貞則など)。
この他、民主党に最高顧問がおり羽田孜渡部恒三らが就任し、国民新党にも最高顧問・綿貫民輔と顧問・亀井久興がいる。
かつては中国共産党中央顧問委員会が存在し、1980年代には「八老治国」といわれた長老支配を背景にトウ小平陳雲らの大物政治家が主任(委員長相当)を務めたが、後に廃止された。
企業その他の団体における顧問
企業その他の団体が行う業務について、高度な意見を聞くためにおかれる。内部の常勤ないし非常勤の顧問として、引退した役員のほか、元高級官僚などの例もある。外部の顧問としては、コンサルタント会計士弁護士などの専門家が顧問となることもある。
また、役員を前提に入社した者が、株主総会までの間、顧問としての肩書きで仕事に従事することもある。
大規模な法律事務所においては、引退したパートナー裁判官検察官若しくは行政官又は法学者,あるいはパートナーとアソシエイトの中間的な立場の弁護士などが顧問という地位を与えられることがある。この場合は、カウンセルオブ・カウンセルなどとも呼ばれる。

相談役」も参照

財務アドバイザー(financial advisor)
M&Aなどの案件において財務的な側面(例えばプライシング)について投資銀行等が助言を行うもの。ファイナンシャル・アドバイザー、FAなどとも。
法律顧問(legal counsel, legal advisor)
日常の法律問題について、あるいは、特定の案件に関する法的な側面について外部の弁護士が助言を行うもの。後者の意味については、法務アドバイザーとも。
ジェネラル・カウンセル(general counsel)
米国等の企業において、法務を統括する役職。日本の企業の法務部長に近い。
部活動サークル活動クラブ活動などにおける顧問
学校の部活動などでは教員が務めることが多い。コーチ監督などの指導員を兼ねることもあり、校外での活動に際し種々の作業(選手登録や引率、大会役員など)に追われる。休日練習や合宿、大会などで授業以外の時間を拘束されることも多く、また時間外手当も少ない。また、経験や指導力を持たない部の顧問を任されることがある一方で、「(専門の)部活動を教えるために教員を目指した」という教員も存在する。野球における一部のチームのように、教員の顧問は「部長」として裏方に専念し、技術指導は専門家を監督として招聘する例もある。
枢密顧問
大日本帝国憲法の第56条に定められた重要な国務に関して天皇に意見を述べる。「樞密顧問は樞密院官制の定むる所に依り天皇の諮詢に応え重要の国務を審議す」と規定され、元老(げんろう)と兼ねる者が多かった。枢密院の構成員であり、内閣帝国議会を牽制した。

詳細は「枢密院 (日本)」を参照

宮中顧問
大日本帝国時代の日本に存在した。職名としては宮中顧問官である。
投資顧問
投資に際して助言をする事業者のこと。

投資顧問」も参照

軍の顧問
発展途上国が軍の近代化や最新兵器の導入のためにアメリカやイギリスやフランスなどの先進国の軍人や技術者を雇うことがある。
これらを軍事顧問といい、帝国主義時代には軍事顧問を派遣することは被派遣国への影響力を増大するものとして派遣国の権益の一つともみられていた。冷戦時代には米ソ両国が影響下の国に軍事顧問を送っていたが、中には顧問と称して部隊そのものを派遣し直接戦闘活動を行わせるケースもあった。冷戦終了後は民間軍事会社が有償で軍事顧問業務を引き受けるケースが増加する。
音楽顧問
オーケストラ指揮者に音楽顧問の称号を授与・任命する場合がある。普通は名誉指揮者と同様の存在であるが、ヘルベルト・フォン・カラヤンパリ管弦楽団の音楽顧問に就任したときは、音楽監督不在ということもあり実質的な音楽監督であった(カラヤン自身がベルリン・フィルの終身常任指揮者との兼務になる関係で責任の軽い称号を望んだといわれる。歴代音楽監督の表にもカラヤンは掲載されている。)。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月7日 (土) 08:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【顧問】変更履歴

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