風と共に去りぬ (映画)
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| 風と共に去りぬ Gone with the Wind |
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|---|---|
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| 監督 | ヴィクター・フレミング |
| 製作 | デヴィッド・O・セルズニック |
| 脚本 | シドニー・ハワード |
| 出演者 | ヴィヴィアン・リー クラーク・ゲーブル |
| 音楽 | マックス・スタイナー |
| 撮影 | アーネスト・ホーラー レイ・レナハン |
| 編集 | ハル・C・カーン ジェームズ・E・ニューカム |
| 配給 | メトロ・ゴールドウィン・メイヤー |
| 公開 | |
| 上映時間 | 222分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 |
| 制作費 | $3,900,000 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『風と共に去りぬ』(かぜとともにさりぬ、原題:Gone with the Wind)とは、1939年に公開されたヴィクター・フレミング監督作のアメリカ映画である。マーガレット・ミッチェルによる同名の世界的ベストセラー小説『風と共に去りぬ』を映画化、全編で3時間42分という大長編であるにもかかわらず当時空前のヒットを記録した。
目次 |
[編集] 概要
メトロ・ゴールドウィン・メイヤーとセルズニック・プロダクションが製作したテクニカラー方式による叙事詩的大作ドラマであり、製作費や宣伝費に大金を注ぎ込む嚆矢となった作品でもある。
アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞(ヴィヴィアン・リー)、助演女優賞(ハティ・マクダニエル・黒人俳優初)、脚色賞ほか特別賞を含め9部門を受賞した。
この作品がアカデミー賞を受賞することが授賞式で発表される前に新聞社が発表してしまった事件が起こったため、従来、新聞社にはあらかじめ知らせてあったアカデミー賞の受賞結果は、授賞式でプレゼンターが名前を読み上げる時点まで厳重に管理するようになった。
[編集] キャスト
スカーレット役選びは映画制作前の一大キャンペーンとして、全米各地にてオーディションが行われた。映画の舞台であるアトランタで選ばれたイヴリン・キースは、スカーレットの妹スエレン役にキャスティングされた。また、スカーレット役の有力候補にはベティ・デイビス、ラナ・ターナー、フランシス・ディー、スーザン・ヘイワードなどがいた。カメラテストも行われ、ポーレット・ゴダードにほぼ内定していたが、チャーリー・チャップリンと未婚のまま同居していたこともあって白紙となった。
| 役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| ワーナー版 | PDDVD版 | 日本テレビ版 | 日本テレビ新録版 | テレビ東京版 | ||
| スカーレット・オハラ | ヴィヴィアン・リー | 日野由利加 | 栗原小巻 | 戸田恵子 | 田中美佐子 | |
| レット・バトラー | クラーク・ゲーブル | 大塚明夫 | 内田直哉 | 近藤洋介 | 江守徹 | 渡辺謙 |
| アシュレー・ウィルクス | レスリー・ハワード | 原康義 | 村治学 | 滝田裕介 | 荻島真一 | 井上倫宏 |
| メラニー・ハミルトン | オリヴィア・デ・ハヴィランド | 平淑恵 | 堀江真理子 | 谷育子 | 香野百合子 | 岡本茉莉 |
| ジェラルド・オハラ | トーマス・ミッチェル | 今西正男 | 島香裕 | 神田隆 | 織本順吉 | 山野史人 |
| エレン・オハラ | バーバラ・オニール | 谷育子 | 中西妙子 | 富田恵子 | 吉野佳子 | |
| マミー | ハティ・マクダニエル | 青木和代 | くじら | 中村たつ | 神保共子 | |
| スエレン・オハラ | イヴリン・キース | 田中敦子 | 勝生真沙子 | |||
| キャリーン・オハラ | アン・ラザフォード | 佐々木優子 | 岡本茉利 | |||
| ミード医師 | ハリー・ダベンボート | 大木民夫 | 横森久 | 久米明 | ||
| ピティパットおばさん | ローラ・ホープ・クルーズ | 斉藤昌 | 山本与志恵 | |||
| フランク・ケネディ | キャロル・ナイ | 福田信昭 | 小山力也 | |||
| ベル・ワトリング | オナ・マンスン | 高畑淳子 | ||||
- 日本語吹き替えのワーナー版は、ワーナー発売のVHSとDVD(1枚組)に収録。日本テレビ新録版は、ワーナー発売のスペシャル・エディション(4枚組)に収録。
[編集] スタッフ
- 監督:ヴィクター・フレミング
- 製作:デヴィッド・O・セルズニック
- 音楽:マックス・スタイナー
監督は当初ヒューマンドラマの名匠ジョージ・キューカーだったがセルズニック側の期待していたような迫力を出せず、フレミングに交代した。さらに、映画制作終盤で一時サム・ウッドが監督になった。過労のためぴりぴりしていたフレミングにセルズニックがあれこれ口を出したためと言われる。 なお、セルズニックは1944年に本作の一切の権利をMGMに売却した。現在は他のMGM作品(1985年以前)と同様タイム・ワーナーに版権がある。
また、スタイナーによるテーマ曲『タラのテーマ』は、格調高いナンバーとして映画音楽の古典となっている。アカデミー作曲賞の候補にもなったが受賞は逃した。スタイナーはアカデミー作曲賞に26回ノミネートされ3回獲得しているが、もっとも有名な『風と共に去りぬ』は受賞できなかった。
[編集] 受賞歴
- 1939年 第12回アカデミー賞
- 作品賞:風と共に去りぬ
- 監督賞:ヴィクター・フレミング
- 主演女優賞:ヴィヴィアン・リー
- 助演女優賞:ハティ・マクダニエル
- 脚色賞:シドニー・ハワード
- 撮影賞(カラー):アーネスト・ホーラー、レイ・レナハン
- 室内装置賞(美術賞):ライル・ウィーラー
- 編集賞:ハル・C・カーン、ジェームズ・E・ニューカム
- 特別賞:ウィリアム・キャメロン・メンジース(劇的な色彩の使用に対して)
- (主演男優賞、作曲賞、特殊効果賞(視覚効果賞)、音響賞 にもノミネート)
- 1939年 第5回ニューヨーク批評家協会賞
- 女優賞:ヴィヴィアン・リー
アカデミー賞作品賞のオスカー像はのちに競売に出されて、マイケル・ジャクソンが1999年6月に150万ドル(約1億5750万円)で落札した。ジャクソンによると「この映画のオスカー像を手に入れるのが長年の夢だった」。
[編集] アメリカ合衆国での公開
1939年12月15日にアトランタから公開開始。初公開時には、南北戦争の南軍兵士の生き残りが招待された(初公開を報じた当時のニュース映画にもその模様が映っている)。「二度と製作することができない豪華さ」と喧伝され、アメリカ映画協会が選出した「アメリカ映画ベスト100」では4位となったように映画史上屈指の名作の1つと評される。スカーレット役選びが難航したこと、プロデューサーのセルズニックが自らの意を通すために断行した度重なる脚本家や監督の交代劇など、その製作過程には数々の逸話が残されている。
アメリカ国内での興行収入は1億9867万6459米ドルであり、チケット価格のインフレ調整を行うと第1位になる[1]。
[編集] 日本での公開
日本での初公開は1952年9月10日。映画で描かれる南部の栄光と、南北戦争敗北による没落から見事経済的に成功するものの精神的な幸福感を得られないヒロイン・スカーレットの姿が、太平洋戦争の戦後復興の途上にありながらも大義や志を失った当時の日本の姿と一致したこともあって、高額な入場料であるにも拘らず大ヒットロングランとなった。高度経済成長以降でもたびたび各地の映画館で上映されている。
なお、太平洋戦争中、上海、シンガポール、マニラなどで軍隊関係の多くの日本人がこの作品を見て、「こんな映画を作る国と戦争しても勝てない」と衝撃を受けたという。小津安二郎や徳川夢声もシンガポールでこの映画を観ている。その評判が噂を呼んで、東京にフィルムを空輸して軍関係者のみの試写会が行われた[2]。東大でも上映会があり、学生時代の江崎玲於奈が見たという[3]。
日本では1966年に世界で初めて舞台化。さらに1975年10月8日と10月15日に日本テレビで前後編に分けて世界で初めてテレビで放映され、33.0%の視聴率を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)[4]。日本テレビは放送権を6億円で購入したとされる[4]。
[編集] エピソード
有名なヒロインの最後のセリフは「After all, tomorrow is another day.(結局、明日は別の日なのだから)」である。従来はこれを「明日は明日の風が吹く」と訳すことが多かったが、最近ではより原文に近い「明日という日がある」と訳されることが多い。しかし当のアメリカでより有名なセリフは、この直前にレットが去り際に吐く捨てゼリフである。スカーレットに「これから私はどうしたらいいの?」と聞かれたレットは、「Frankly, my dear, I don't give a damn.(知らないね、勝手にするがいい)」と振り向きざまに言う。字幕や吹き替えではそれほどきついセリフではないものの、英語の「damn」は実際は強い罵りの言葉で、製作当時は映画において使うべきではない言葉(いわゆる禁止用語)と考えられていた。しかし原作のセリフを一言も変えないというセルズニックの強い意向によってそのまま盛り込まれた(しかし原作のレットの言葉は「君を恨んではいない」という静かなもの)。2005年、アメリカ映画協会はこれを「最も記憶に残る映画のセリフ」に選んでいる。また、ザッツ・エンターテインメントpartIIの名画の名シーンセクションに、このセリフを言う場面が登場する。
[編集] 版権とDVD
本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロールなど)に著作権表記が無かったため公開当時の米国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、米国に於いてはパブリックドメインとなった(このため、コモンズに高解像度のスクリーンショット、ウィキクオートにセリフの抜粋が収録されている)。1989年にはアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。
ワーナー・ホーム・ビデオから発売されたVHS版は、日本でのリリースが米国に先行する形となり、日本語字幕版を逆輸入するケースが相次いだため、本国でのリリースが前倒しになった。また、この件の影響もあり、DVDは北米と日本でリージョンをわけられることになった。
日本においては著作権の保護期間が完全に終了したことから(公開後50年と監督没後38年の両方を満たす)、複数の会社から激安DVDが発売されている。DVDは通常版と限定版があり、レンタル店などに置かれている通常版は両面1層なので再生中に裏返す必要がある。セルのみの流通になっている限定版は4枚組の構成で、本編2枚と特典2枚。特典の内容は『風と共に去りぬ・幻のメイキング 史上最大の名画はこうして生まれた』と題されたメイキング映像である。
また1992年に新潮文庫から原作と同じ装丁で「写真集 風と共に去りぬ」が刊行されているが品切れである(ジュディ・キャメロン/ポール・J・クリストマン、高橋良平訳)。
[編集] 脚注
- ^ BOX OFFICE MOJO
- ^ 小林信彦『映画×東京とっておき雑学ノート』P.72
- ^ 小林信彦『映画×東京とっておき雑学ノート』P.97及び「日本経済新聞」2007.1.10号
- ^ い ろ 引田惣弥『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』講談社、2004年、130頁。ISBN 4062122227
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月16日 (月) 16:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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