駅家町
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駅家町(えきやちょう)はかつて広島県芦品郡に存在した町である。
1975年2月1日に隣接する深安郡加茂町とともに福山市に編入されて消滅した。
目次 |
[編集] 町名の由来
奈良時代に町内を山陽道が通っていて、宿駅が設けられていたことに由来する。
[編集] 沿革
- 1889年4月1日 - 市町村制施行。駅家町域には当時いずれも品治郡に属する江良・倉光・戸田・中島・服部・坊寺・万能倉・宜山(むべやま)の各村と深安郡加法村が存在した。
- 1895年9月21日 - 品治郡戸田村が市町村制施行以前の近田村と戸手村に分かれる。
※戸手村はその後1955年2月1日に芦品郡新市町の一部になり、更に2003年2月3日福山市の一部になった。
- 1898年10月1日 - 芦田・品治両郡が統合して芦品郡が成立する。
- 1913年7月1日 - 芦品郡江良村・倉光村・中島村・坊寺村・万能倉村が対等合併して駅家村が成立する。
- 1947年11月3日 - 町制施行して駅家町(初代)になる。
- 1955年1月1日 - 芦品郡駅家町(初代)及び近田村・服部村・宜山村(むべやま)が対等合併して駅家町(2代)が成立する。
- 1956年9月30日 - 深安郡加法村のうち法成寺の大部分(法成寺字鳥越の一部区域のみ深安郡加茂町へ編入)を編入する。
- 1975年2月1日 - 深安郡加茂町とともに福山市へ編入される。
[編集] 自然
[編集] 河川
- 芦田川
- 吉野川…芦田川支流。
- 服部川…芦田川支流。
- 有地川…芦田川支流。
[編集] 山
- 蛇円山(標高545.8m)
- 高増山(標高399.2m)
- 石槌山(標高275m)
[編集] 名所・旧跡
- 服部大池
[編集] 産業
- 農業が主だが、紡績工場やタイル工場が立地している。
[編集] 大字(1975年1月31日当時のデータ)
- 雨木(あめぎ)
- 今岡(いまおか)
- 江良(えら)
- 大橋(おおはし)
- 上山守(かみやまもり)
- 倉光(くらみつ)
- 下山守(しもやまもり)
- 助元(すけもと)
- 近田(ちかた)
- 中島(なかしま)
- 新山(にいやま)
- 服部永谷(はっとりながたに)
- 服部本郷(はっとりほんごう)
- 法成寺(ほうじょうじ)
- 坊寺(ぼうじ)
- 万能倉(まなぐら)
- 向永谷(むかいながたに)
[編集] 交通(1975年1月31日当時のデータ)
[編集] 鉄道
[編集] 国鉄福塩線
[編集] 道路
[編集] 国道
[編集] 主要地方道
- 広島県道24号福山庄原線…1982年12月6日広島県告示第1,278号により廃止。現:国道486号及び広島県道395号川南近田線。
[編集] 一般県道
[編集] 教育(1975年1月31日当時のデータ)
[編集] 小学校
- 駅家町立駅家小学校
- 駅家町立服部小学校
- 駅家町立宜山小学校
[編集] 中学校
- 駅家町立駅家中学校
[編集] 備考
駅家町が福山市に編入された1975年2月1日には同じ芦品郡に属していた協和村が府中市に編入されており、それ以後芦品郡は1郡1町状態が続くことになった(~2003年2月2日)。
[編集] 関連項目
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