駒崎幸一
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | 埼玉県川口市 |
| 生年月日 | 1959年8月30日(50歳) |
| 身長 体重 |
180cm 84kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 1980年 ドラフト外 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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駒崎 幸一(こまざき ゆきいち、1959年8月30日 - )は、プロ野球選手。現役時代は西武ライオンズ、横浜大洋ホエールズに在籍した。ポジションは外野手である。
[編集] 来歴・人物
高校時代から強打の選手として注目されており、1977年の第59回全国高等学校野球選手権大会に川口工業を大会初出場に導く原動力となった。その年のドラフト候補としても注目されていたが、指名はなく社会人の日本通運へ進んだ。高校卒業でプロ入りしなかった理由としては、甲子園の初戦でチームが大敗し自分も活躍できなかったことから、プロ入りに対する自信がなくなったことが一因だった。
社会人時代全日本の4番を務め、強打の外野手として入団した。入団1年目からファームではレギュラーとなり、1985年には23本の本塁打を打った。しかし、アマチュア時代から守りに不安があたことが、1軍昇格の障害となった。1984年には60試合出場しプロ初本塁打を打つなどの活躍を見せたが、守備力が劣ることから一軍定着できず、結局これ以降、この年を超える成績はあげられないまま終わってしまった。
1984年8月12日のロッテ戦で1イニング3失策の外野手としてのワースト記録を作った。その内の一つは、当時札幌円山球場のグランドは、凸凹が多く本人の前で突然はねたようである。
1990年開幕直前、村岡耕一、河野誉彦両選手との交換トレードで秋元宏作、青山道雄両選手とともに大洋に移籍した。1991年限りで引退。
1984年5月29日の対南海戦で、立石充男三塁手の隠し球に引っかかってアウトになった場面は、プロ野球珍プレー・好プレー大賞で繰り返し流された。
[編集] 通算成績
- 174試合 打率.213(238打数58安打)3本塁打 19打点 2盗塁
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月31日 (月) 12:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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