騎士鉄十字章
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騎士鉄十字章(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes)はナチス・ドイツにより制定された鉄十字章の一種である。実質的には一般のドイツ軍人が獲得し得る最高の戦功章だった。鉄十字章はナポレオン戦争、普仏戦争、第一次世界大戦に於ても制定されていたが、騎士鉄十字章の種別を設けたのは第二次世界大戦時のナチス・ドイツのみである。大鉄十字章と鉄十字章の間を埋める勲章という意味ではプロイセン王国が制定したプール・ル・メリット勲章等の将校用軍事功労賞に代わる勲章と言える。
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[編集] 騎士十字章の概要
1939年9月1日に制定された鉄十字章は上から大十字章、騎士十字章、鉄十字章に分類され、鉄十字章には一級鉄十字章、二級鉄十字章の二等級があった。騎士鉄十字章は第一級鉄十字章を受章した者が更に戦功を挙げた場合に授与された。(1941年にはドイツ十字章が第一級鉄十字章と騎士鉄十字章の間に位置付けられる戦功章として制定され、一級鉄十字章受章者の「更なる戦功」が騎士鉄十字章たる功績に及ばない場合はこれが授与された。[1])
その後、騎士鉄十字章にも等級が設けられ、1940年6月3日に柏葉付騎士鉄十字章、1941年7月15日に柏葉・剣付騎士鉄十字章、1942年7月15日に柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章、1944年12月29日に金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章が制定された。
騎士鉄十字章の叙勲は総統アドルフ・ヒトラーの電報による認承を経て直属の上官によってなされていた。受章者には予備勲記(VorläufigesBesitzzeugnis、叙勲を告げる簡易な印刷文書)が手渡された。
正式な勲記(Urkunde)は羊皮紙で作られており、総統直々の署名が入っていた。文字は赤い茶色で書かれ、受賞者と総統の署名の部分は金箔を使って書かれた。皮製のフォルダに入っており、フォルダの前面には金箔でできたナチス国章(鉤十字に乗った鷲)が入っていた。かなり凝った作りだったが、戦時下のドイツの情勢から正式な勲記を大量につくるような余裕はなく、正式な勲記を受けられた者はごく少数であった。
また、戦争後期には現物を本人に届ける余裕も無くなったため、騎士鉄十字章受章者の中には二級鉄十字章を騎士鉄十字章の代用として頸部に佩用する者もいた[2]。また、航海中に無線で叙勲決定を知らされたUボートの艦長等の場合、乗組員の機械工が作ったレプリカを帰港まで着用することもあった。
[編集] 騎士鉄十字章
中央の鉤十字はナチス・ドイツの紋章である。1939の数字は鉄十字章(騎士鉄十字章含む)が再制定された西暦の年を表している。下位の一級鉄十字章や第二級鉄十字章よりやや大型であった。また第二級鉄十字章を軍服の第二ボタンに留めるリボンが小型だったのに対し、騎士鉄十字章のリボンは首からさげて佩用するものであったため、大型である。一級鉄十字章の総受章者は約30万人いたのに対し、騎士鉄十字章は7.313名とかなり数が限られていたため、騎士鉄十字章を受章した者はドイツ社会から英雄視された。受章者の中には外国人も数十名含まれている。
[編集] 柏葉付騎士鉄十字章
騎士鉄十字章を叙勲した者でさらに戦功を立てた者は柏葉付騎士鉄十字章(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub)を叙勲した。柏葉章だけを手渡され、すでに叙勲した騎士鉄十字章の上部に柏葉章を加えて装着した。柏葉は1813年に最初に鉄十字章を導入したプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の妻ルイーゼ王妃を記念したものとされる。予備勲記および勲記については一般の騎士鉄十字章とほぼ同様である。
882名のドイツ軍人が受章している。また、外国人受章者としてベルギーのレオン・ドグレル、エストニアのアルフォンス・レバネ、ルーマニアのペトレ・ドゥミトレスクとミハイ・ラスカルとコルネリウ・テオドリニ、日本の古賀峯一と山本五十六、 スペインのアグスティン・ムニョス・グランデス、フィンランドのカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムの9名がいる。
この勲章まで受章したドイツ軍人として著名な者にはフリードリヒ・パウルス(陸軍元帥)、エルンスト・ブッシュ(陸軍元帥)、ヴィルヘルム・フォン・レープ(陸軍元帥)、フェードア・フォン・ボック(陸軍元帥)、ゲオルク・フォン・キュヒラー(陸軍元帥)、マクシミリアン・フォン・ヴァイクス(陸軍元帥)、ハインツ・グデーリアン(陸軍将軍)、ギュンター・フォン・クルーゲ(陸軍将軍)、アルフレート・ヨードル(陸軍将軍)、ヴァルター・フォン・ザイトリッツ=クルツバッハ(陸軍将軍)、ウェルナー・ケンプフ(陸軍将軍)、カール・デーニッツ(海軍総司令官)、ギュンター・プリーン(Uボート艦長)、ヴァルター・クルピンスキー(空軍エースパイロット)、テオドール・ワイセンベルガー(空軍エースパイロット)、テオドール・アイケ(武装親衛隊将軍)、アルフレート・ヴェンネンベルク(警察将軍)、マティアス・クラインハイスターカンプ(武装親衛隊将軍)、オットー・スコルツェニー(武装親衛隊将校)、ブルーノ・シュトレッケンバッハ(武装親衛隊将軍)、ヨハネス・ミューレンカンプ(武装親衛隊将校)などがいる。
[編集] 柏葉・剣付騎士鉄十字章
柏葉章叙勲者でさらに戦功をたてた者は剣付き柏葉・剣付騎士鉄十字章(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub und Schwertern)を受章した。交差した二本の剣が入った柏葉章である。剣付き柏葉章の受章者は柏葉だけの柏葉章と取り替えて騎士鉄十字章の上部に装着した。
剣付き柏葉章の勲記は内容はほぼ同じであるが、フォルダに金メッキの幾何学模様の縁飾りがついており、より豪華な雰囲気を漂わせていた。
剣付き柏葉章の叙勲者は159名のドイツ軍人と1名の日本軍人(山本五十六)の計160名である。
この勲章まで叙勲したドイツ軍人で著名な者には、ヘルマン・ホト(陸軍将軍)、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン(陸軍元帥)、エヴァルト・フォン・クライスト(陸軍元帥)、ゲオルク=ハンス・ラインハルト(陸軍将軍)、ヘルムート・ヴァイトリング(陸軍将軍)、ゲルト・フォン・ルントシュテット(陸軍元帥)、ゴットハルト・ハインリツィ(陸軍将軍)、ヨハネス・ブラスコヴィッツ(陸軍将軍)、オットー・クレッチマー(海軍Uボート艦長)、エーリヒ・トップ(海軍Uボート艦長)、ゲルハルト・バルクホルン(空軍エースパイロット)、リヒャルト・ハイドリヒ(空軍降下猟兵指揮官)、ルートヴィッヒ・ハイルマン(空軍降下猟兵指揮官)、ローベルト・フォン・グライム(空軍元帥)、ヴォルフラム・フォン・リヒトホーフェン(空軍元帥)、カール=ロタール・シュルツ(空軍降下猟兵指揮官)、エーリッヒ・ルドルファー(空軍エースパイロット)、エリッヒ・ヴァルター(空軍降下猟兵指揮官)、オイゲン・マインドル(空軍降下猟兵指揮官)、ヘルマン・フェーゲライン(武装親衛隊将軍)、フェリックス・シュタイナー(武装親衛隊将軍)、パウル・ハウサー(武装親衛隊将軍)、クルト・マイヤー(武装親衛隊将軍)、ヴァルター・クリューガー(武装親衛隊将軍)、ヨアヒム・パイパー(武装親衛隊将校)、ヴィルヘルム・ビトリッヒ(武装親衛隊将軍)、ミハエル・ヴィットマン(武装親衛隊戦車兵)などがいる。
[編集] 柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章
剣付き柏葉章受章者でさらに戦功を立てた者は柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章(Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub, Schwertern und Brillanten)を授与された。剣付柏葉にダイヤモンドがちりばめられており、背面から光が入ることでダイヤモンドの輝きが増すように、柏葉のダイヤモンドがはめ込まれた部分は穴が貫通していた。最初にメルダースとガーランドが授与された物は剣と柏葉が柏葉章や剣付章と同様に銀製だったが、以降はプラチナ製となり、銀製の剣付き柏葉に人造ダイヤモンドを埋め込んだ物が普段着用するために与えられた[3][4]
柏葉・剣・ダイヤモンド付き柏葉章の叙勲者は剣付き柏葉章叙勲者のドイツ軍人のうちから27名の者である。この等級から外国人叙勲者はいない。
柏葉・剣・ダイヤモンド付き柏葉章の勲記は内容はほぼ同じであるが、フォルダの皮の色が叙勲者の所属兵科に応じた色が使われており、国章の上にダイヤモンドがちりばめられていた。
この勲章まで受章したドイツ軍人で著名な者にエルヴィン・ロンメル(陸軍元帥1943年3月11日叙勲)、ヒアツィント・シュトラハヴィッツ・フォン・グロース-ザウチェ=カムネッツ(陸軍将軍1944年4月14日叙勲)、ハンス=ヴァレンティーン・フーベ(陸軍将軍1944年4月20日叙勲)、ヴァルター・モーデル(陸軍元帥1944年8月17日)、ハッソ・フォン・マントイフェル(陸軍将軍1945年2月18日叙勲)、ヴォルフガング・リュート(海軍Uボート艦長1943年8月9日叙勲)、ヴェルナー・メルダース(空軍エースパイロット1941年7月15日叙勲)、アドルフ・ガーランド(空軍エースパイロット1942年1月28日叙勲)、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ(空軍エースパイロット1942年9月3日叙勲)、ヴァルター・ノヴォトニー(空軍エースパイロット1943年10月19日叙勲)アルベルト・ケッセルリンク(空軍元帥1944年7月19日叙勲)、エーリヒ・ハルトマン(空軍エースパイロット1944年8月25日叙勲)、ヘルベルト・オットー・ギレ(武装親衛隊将軍1944年4月19日叙勲)、ヨゼフ・ディートリヒ(武装親衛隊将軍1944年8月6日叙勲)などがいる。
[編集] 金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章
全ドイツ軍でもっとも勇敢な軍人が円卓の騎士に因んで12名のみが授与されると定められていた勲章。柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章受章者のうちさらに戦功を立てた者が授与される。剣付き柏葉章が18金製で、50個ものダイヤモンドがちりばめられていた。制定が1944年12月と戦争末期であったこともあり、実際に受章したのは急降下爆撃機のパイロットハンス・ウルリッヒ・ルーデル空軍大佐一人であった。なお、一説にはヒトラーが、功績を挙げすぎたルーデルに相応しい勲章が存在しなかったがために作った物だとも言われている。なお前述の12という数字に関しても、彼のような英雄が再び現れる事を願ってのことであるとも言われている。騎士鉄十字章の最高勲章であり、1939年鉄十字章全体でも最高勲章大鉄十字章(受章者はヘルマン・ゲーリング一人であった)に次ぐ勲章である。勲記は柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章と同様であった。
[編集] 脚注
- ^ ゴードン・ウィリアムスン 『鉄十字の騎士 : 騎士十字章の栄誉を担った勇者たち』 向井祐子訳、大日本絵画、1995年7月、p31。ISBN 978-4-499-22652-3。
- ^ アルブレヒト・ヴァッカー著、中村康之訳 『最強の狙撃手』 原書房、2007年、ISBN 978-4-562-04070-4。
- ^ ゴードン・ウィリアムスン著、向井祐子訳 『鉄十字の騎士』 大日本絵画、2007年、27ページ。
- ^ Dietrich Maerz (2007). The Knights Cross of the Iron Cross. B&D Publishing. ISBN 978-0-9797969-0-6.
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月26日 (木) 20:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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