高代延博

高代延博の最新ニュースをまとめて検索!

高代 延博
基本情報
国籍 日本
出身地 奈良県吉野郡下市町
生年月日 1954年5月27日(55歳)
身長
体重
170cm
73kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 遊撃手
プロ入り 1978年 ドラフト1位
初出場 1979年4月7日
最終出場 1989年10月16日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴

高代 延博(たかしろ のぶひろ、1954年5月27日 - )は、奈良県下市町出身の元プロ野球選手内野手)。1985年から1988年の登録名は「高代 慎也」(たかしろ しんや)。

2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表内野守備走塁コーチ。

目次

[編集] 経歴

智辯学園高校から法政大学へ進学。東京六大学リーグでは3年生の時から出場。3年生秋に首位打者になる。リーグ通算50試合出場、190打数55安打、打率.289、1本塁打、17打点。ベストナイン3回。

東芝を経て、1979年ドラフト1位で日本ハムファイターズに入団、1年目から遊撃手のレギュラーに定着し、ゴールデングラブ賞を受賞。翌1980年にはベストナインにも選ばれた。1981年のリーグ優勝にも貢献する。

170cmに満たない体格であったが、その熱血漢ぶりには定評があり、菅野光夫古屋英夫らと共にチームの主力として活躍した。1988年オフ戦力外通告を受け、新監督に就任した法大野球部の大先輩である山本浩二に請われ、広島東洋カープに移籍し、1989年限りで現役引退

引退後は、1990年1998年広島二軍・一軍守備走塁コーチ、1999年2001年中日一軍守備走塁コーチ、2002年日本ハム、2003年ロッテ一軍ヘッド兼守備走塁コーチ、2004年2008年中日一軍野手総合チーフコーチを歴任。

2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の内野守備走塁コーチに就任した。3塁ベースコーチを担当しWBC日本代表の連覇に貢献した。また、議論の的になった亀井義行の代表入りを推薦した。WBC終了後、株式会社スーパーエージェントとマネジメント契約し東京中日スポーツの評論家を務めている。

2009年10月、韓国プロ野球のハンファ・イーグルスの臨時インストラクターに就任。

[編集] エピソード

  • 1985年の年間犠打数41は、2007年に田中賢介に破られるまで日本ハムの球団記録であった。
  • 高代がコーチをしていた広島が三村敏之監督であった時に、再三中日の星野仙一監督から高代をコーチとして譲って欲しいと打診があった。しかし、三村は「私がいるうちは高代だけは出せない」と拒否した。
  • 広島退団後、中日へ入団した1999年、ノックを浴びせていた福留孝介立浪和義のあまりの守備の緩慢さに大激怒し、「お前ら! PLに返すぞ!」と怒鳴りし散らした。
  • 三塁ベースコーチとしての打球への判断がよく、セ・リーグのペナントを制した2006年は本塁での憤死をリーグ最小の1にとどめた。
  • 金本知憲が2006年に連続フルイニング出場の世界記録を更新した際の会見で、「広島時代に自分に大きな影響を与えてくれた3人」の名を挙げたが、「守備・走塁を根気よく教えてくれた」として高代の名前を挙げている。
  • 2009WBC日本代表の試合前の練習でノックを打つ姿を見たアメリカの関係者からノックが上手いと絶賛された。
  • テレビ番組の企画で、ノックでフライを打ち、レフトのポールに直撃させる技を披露。更にはシュート回転を掛けて三塁側ファウルゾーン方向からポールに、カーブ回転をかけてレフトインフィールド方向からポールに直撃させると言う離れ技を示した。
  • 野村克也が、高代を「日本一の三塁ベースコーチ」と語っている。
  • 新人の年に近鉄鈴木啓示からサヨナラ本塁打を放つシーン(現実の映像)が、西部警察の第1話において使用されている。ちなみに犯人グループは近鉄を勝利させることを要求しており、この一発の後にテロ行為を開始した。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績
































O
P
S
1979 日本ハム 123 432 397 48 99 19 1 7 141 47 14 5 11 6 16 0 2 39 8 .249 .278 .355 .633
1980 119 438 383 55 103 14 0 5 132 35 11 6 13 4 33 0 5 39 8 .269 .332 .345 .677
1981 86 352 325 50 87 14 1 7 124 40 2 3 6 2 17 0 2 23 7 .268 .306 .382 .688
1982 116 442 385 37 101 18 1 3 130 33 3 2 22 1 32 0 2 22 10 .262 .321 .338 .659
1983 124 551 466 69 128 25 0 9 180 55 12 3 27 4 44 0 10 31 7 .275 .347 .386 .733
1984 33 122 107 12 28 4 0 5 47 18 0 0 5 1 8 0 1 12 2 .262 .316 .439 .755
1985 111 492 402 61 109 18 2 11 164 58 5 2 41 3 40 1 5 43 9 .271 .341 .408 .749
1986 113 422 355 54 80 15 2 8 123 39 4 2 20 4 40 1 3 48 9 .225 .308 .346 .654
1987 58 180 147 17 29 2 0 2 37 17 2 5 5 3 25 2 0 27 3 .197 .309 .252 .561
1988 10 16 12 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 3 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1989 広島 24 35 32 2 8 1 0 0 9 4 1 1 0 1 2 0 0 6 1 .250 .286 .281 .567
通算:11年 917 3482 3011 406 772 130 7 57 1087 346 54 29 151 29 260 4 30 291 64 .256 .319 .361 .680

[編集] 個人記録

[編集] 表彰

[編集] 背番号

  • 2(1979年 - 1988年)
  • 5(1989年)
  • 70(1990年 - 1995年)
  • 81(1996年 - 1998年、2004年 - 2008年)
  • 86(1999年 - 2001年)
  • 87(2002年 - 2003年)
  • 63(2009年 (WBC))

[編集] 著書

  • 「WBCに愛があった。」(ゴマブックス)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月19日 (木) 02:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【高代延博】変更履歴

ご利用上の注意