高千穂大学
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| 高千穂大学 | |
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セントラルスクエア
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| 大学設置 | 1950年 |
| 創立 | 1903年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人高千穂学園 |
| 本部所在地 | 東京都杉並区大宮2-19-1 |
| キャンパス | 東京都杉並区 |
| 学部 | 商学部 経営学部 人間科学部 |
| 研究科 | 経営学研究科 |
| ウェブサイト | 高千穂大学公式サイト |
高千穂大学(たかちほだいがく、英語: Takachiho University)は、東京都杉並区大宮2-19-1に本部を置く日本の私立大学である。1950年に設置された。大学の略称は高千穂大。
目次 |
[編集] 沿革
- 1903年 川田鐡彌が豊多摩郡大久保村字高馬(現在の東京都新宿区新宿七丁目)に高千穂学校を創立。高千穂尋常高等小学校を開校。
- 1907年 高千穂幼稚園を開園。
- 1914年 高千穂中学校(旧制)を開校。高千穂高等商業学校(旧制)を豊多摩郡和田堀内村字大宮に開校。(国内初の私立の高等商業学校)
- 1944年 高千穂高等商業学校を高千穂経済専門学校(旧制)に改称。
- 1945年 東京大空襲により校舎焼失。
- 1946年 杉並区大宮町(現在地)に校舎を移転。
- 1950年 新学制に移行し、高千穂商科大学へ昇格。
- 1952年 高千穂学校創立五十周年。
- 1959年 創設者川田鐡彌逝去。
- 1961年 校地一部売却(現・佼成グラウンド部分)
- 1963年 高千穂小学校が休校。(旧制より55期)
- 1966年 高千穂学校から高千穂学園に法人名改称
- 1968年 高千穂中学校が休校。(新制より20期)
- 1973年 高千穂高等学校が休校。(新制より25期)
- 1986年 高千穂商科大学総合研究所 設置。
- 1996年 大学院経営学研究科(修士課程)設置。
- 1998年 大学院経営学研究科(博士後期課程)設置。
- 2000年 高千穂大学に校名を改称。経営学部を設置。
- 2003年 高千穂学園創立百周年。
- 2007年 人間科学部を設置。
[編集] 建学の精神
[編集] 学風の指針
- 「常に半歩先立つ進歩性」
[編集] 学風の目標
- 心の交流を大切にする「偏らない自由人」
- スケールの大きな「気概ある常識人」
- グローバルな視野を持つ「平和的国際人」
[編集] 教育及び研究
[編集] 学部
[編集] 学科
- 商学科(マーケティングコース、金融コース、会計コース、消費者科学コース)
- 経営学科(経営管理コース、ビジネスコミュニケーションコース、起業・事業経営コース、経営環境コース)
- 人間科学科(人間科学専攻、児童教育専攻)
[編集] 大学院
- 経営学研究科
[編集] 附属機関
- 図書館
- 旧制高千穂高等商業学校の伝統を受け継ぎ、図書館には経済学・商学関連の稀覯書や社史など多くの書籍を所蔵している。
[編集] 施設
[編集] キャンパス
善福寺川、杉並大宮八幡宮に隣接。自然と文化の調和のとれた閑静な住宅街に立地した、緑の多いキャンパスである。大正2年築の高千穂学園武道場は区内最古の木造学校建築として、杉並区有形文化財に指定されている。
[編集] 対外関係
[編集] 大学間交流
- 首都圏西部大学単位互換協定会協定校。
[編集] 国際・学術交流協定校
[編集] 系列校と歴史
[編集] 旧制時代
明治〜大正時代、高級住宅街として知られた豊多摩郡大久保町(現在は新宿区新宿七丁目)に開校。明治36年 小学校の設立から12年で幼稚園・小学校・中学校・高等商業学校を擁する一貫教育を実現した。創設者川田鐡彌の教育理念により、創設時より少人数教育で家族的な一貫教育を目指し、新宿、大久保、四谷界隈の資産家や実業家の子弟が学ぶ名門校であった。教授陣は充実し、当時の評議員や式典来賓には、渋沢栄一、男爵団琢磨、公爵山県有朋など実業界の第一人者、政府高官、貴族の名が連なっており、旧制高千穂高等商業学校は官立の東京高等商業学校や有名私塾と肩を並べると評されていた。
[編集] 新制以降
昭和20年5月までに空襲で大久保の校舎が全焼し、高商のある杉並区大宮に全てが移転した。戦後の学制改革で幼稚園・小学校・中学校・高等学校へ改組、高商は商科大学へ昇格、再び一貫教育の体制が整い、昭和20年代の中学校、高等学校は、商大の他、有名校に多くの進学者を輩出していた。
しかし、戦後の再建期の中、創設者が病臥、逝去。その後、後継者問題がおこり、その間、校地売却(大久保校舎跡と現在の佼成グラウンド部分)、教育/運営体制の劣化など学校経営に多大な混乱が生じた。さらに、ベービーブーム世代への対応や、学制改革による小中学校の義務教育化という時代背景が追い打ちをかけた。少年非行が社会問題化した時期で、近隣校とのトラブルなど高校の荒廃は新聞にも度々取り上げらる事となり、名声が瞬く間に地に落ちた。このような状況が影響し、遂には小学校、中学校、高等学校は生徒確保が困難な状況に陥り、相次ぐ休校の処置となっていった。
この学校の存続すら危ぶまれる事態に憂慮し、商大卒業生有志が中心となって学校経営体制の刷新に立ち上がった。 昭和40年代は、校舎、グラウンドをはじめとした設備面の拡充、教職員の向上、経営体制の整備を着々と推し進め、商大を中心とした学園再建の動きに向かった。幾多の困難の末に混乱は収束し、社会問題であった学生運動、学園紛争の盛んな時期でも、商大では目立った事件・事故は無かった。
[編集] 現在
現在では文系3学部、大学院、付属研究機関を擁する。企業出身者による実学の充実、国内外協定校との連携、創設以来の方針である少人数制を活かした教育を目指している。高千穂幼稚園は100年以上の歴史をもつ我が国有数の幼稚園として知られる。
[編集] 参考文献
- 高千穂学園八十年編集委員会編『高千穂学園八十年史』(学校法人高千穂学園、1983年)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月11日 (水) 10:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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