高等商船学校

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高等商船学校(こうとうしょうせんがっこう、Nautical Collage)は、官立の東京高等商船学校神戸高等商船学校の2校をいう。後に清水高等商船学校が加わり3校となる。戦前期の海外貿易を支える上級船員養成の旧制実業専門学校のことで、航海科と機関科から成る。高等商船学校は現在の単科大学に相当し、船舶業界では「本校」と呼ばれ、商船学校(中等学校相当)は「地方」と呼ばれた。修業年限は5年半で全寮制であった。

海軍兵学校と並んで当事の若者たちの憧れの的になった学校で、一高、海兵と並ぶ難関校であった。また、制服は冬服はネイビーブルーの詰襟、夏服は純白の詰襟。袖にはオリオン座をあしらった三つ釦が着き、当時は珍しく、外国語(英語のほか、航海科はフランス語、機関科がドイツ語)に堪能であったため、巷の女学生にも人気があった。

カリキュラムは、3年間の席上課程に加えて1年間の海軍による軍事実習課程、1年~1年半程度の遠洋航海課程ならなり、教育・生活全般が海軍式であった。学業成績の席次は海軍同様ハンモックナンバーと称された。生徒は入校から卒業まで例外なく寮生活を送り、生徒隊を組織して分隊編成による集団生活を送った。

戦前、官立高等商船学校は、文部省の管轄であったが、海軍予備士官の教育機関としての機能も果たしていた。高等商船学校に入学するとその日より全員が海軍予備生徒に任命され、生徒は海軍省人事局が管理する兵籍に編入せられ、予備士官としての基礎教育を受ける。卒業後、海軍予備少尉もしくは海軍予備機関少尉に任官し、有事の際は、召集され軍務に就くことが義務付けられていた。そのため、高等商船学校は、生徒から学費を徴収せず、すべて官費で賄われた。戦前日本の海外貿易を支えたばかりでなく、第二次大戦では、民間から船ごと徴用され、軍務についた例や、海軍艦艇の士官要員として動員され、海軍兵学校出身者に劣らぬ活躍をした。

終戦直前、東京・神戸・清水の3つの高等商船学校が統合により「高等商船学校」となり、戦後東京商船大学に引き継がれた。その後、1952年に神戸商船大学が開校した。

目次

[編集] 東京高等商船学校(略称:東高船、TNC)

  • 1875年 - 私立三菱商船学校設立。
  • 1882年 - 官立に移管され、官立東京商船学校と改称。
  • 1886年 - 官立商船学校と改称(1890年まで)。
  • 1890年 - 函館の官立商船学校(逓信省所管)を函館分校とする(現在の函館水産高の源流)。
  • 1896年 - 再度、官立商船学校と改称(1925年まで)。
  • 1901年 - 函館分校を北海道庁へ移管。
  • 1925年 - 文部省所管とされ、官立東京高等商船学校と改称。
  • 1945年 - 東京、神戸、清水の三高等商船学校が統合。
  • 1957年 - 国立商船大学は東京商船学校の旧校地に移転、国立東京商船大学と改称。
  • 2003年(平成15年)10月 - 東京水産大学と統合し東京海洋大学海洋工学部となる。

[編集] 神戸高等商船学校(略称:神高船、KNC)

  • 1917年 - 私立川崎商船学校設立。
  • 1920年 - 官立に移管され、官立神戸商船学校と改称。
  • 1925年 - 文部省所管とされ、官立神戸高等商船学校と改称。
  • 1945年4月 - 官立高等商船学校に統合され、高等商船学校神戸分校と改称。
  • 1946年3月 - 高等商船学校神戸分校廃止、全施設及び教職員が海技学院に継承される。
  • 1952年 - 国立神戸商船大学設置、海技学院に継承されていた高等商船学校神戸分校の施設がこの大学へ移管される。
  • 1955年 - 海技学院が芦屋に移転。
  • 1961年 - 海技学院が海技大学校と改称。
  • 2003年10月 - 神戸商船大学が神戸大学と統合し、神戸大学海事科学部となる。

[編集] 清水高等商船学校(略称:清水高船、SNC)

  • 1943年 - 官立清水高等商船学校開校。
  • 1945年 - 官立高等商船学校に統合。
  • 1949年 - 新制大学に移行し、国立商船大学は清水で開学。
  • 1957年 - 東京へ移転、国立東京商船大学と改称。

[編集] 主な卒業生

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  • 社団法人 海洋会 - 東京商船大学(現・東京海洋大学海洋工学部)、神戸商船大学(現・神戸大学海事科学部)、海技大学校本科、及びこれらの前身校の出身者を対象とした組織。

最終更新 2009年11月21日 (土) 14:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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