魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)

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魔女の宅急便
監督 宮崎駿
製作 徳間康快
都築幹彦
高木盛久
脚本 宮崎駿
出演者 高山みなみ
佐久間レイ
戸田恵子
山口勝平
加藤治子
音楽 久石譲
撮影 杉村重郎
編集 瀬山武司
配給 東映
公開 1989年7月29日
上映時間 102分
製作国 日本
言語 日本語
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魔女の宅急便』(まじょのたっきゅうびん)とはスタジオジブリ制作の日本の長編アニメーション作品である。

アニメーション映画として1989年7月29日から東映系で公開された。

原作は角野栄子の児童書(児童文学)『魔女の宅急便(第1巻)』。監督は宮崎駿

目次

[編集] 概要

宮崎駿が監督を務めたスタジオジブリの長編映画としては史上初の他者原作作品であり、宮崎が次の他者原作作品である『ハウルの動く城』の監督に就くまで15年間に渡って唯一の作品であった(もともとは他の者が監督を務めるはずだった旨をインタビューで宮崎本人が語っている)。

これまでジブリを支えてきた徳間書店に加え日本テレビがスポンサーに付き、鈴木敏夫がジブリにプロデューサーとして移籍している。その上でテレビCMなど広告宣伝面にも力が入れられた結果、配給収入21.5億円と前作『となりのトトロ』の3倍以上を記録した。従来アニメ映画を見なかった若い女性、そして家族連れを中心に幅広い層に人気を集めた。ジブリブランドを経済面で確実な物とした作品とも言える。

主題歌には、荒井由実の楽曲を採用した。

また、1978年公開の『さらば宇宙戦艦ヤマト-愛の戦士たち』の記録を抜いて日本の劇場用アニメ映画の興行記録を更新した。英語版作品名は"Kiki's Delivery Service"。

ほかに、日本テレビで2年に1回ほどの割合で『金曜ロードショー』で放送されている。

[編集] あらすじ

魔女の娘は13歳になると家を出て、よその町で一年修行するという掟があった。13歳になった魔女の娘・キキは、掟にならい黒猫・ジジと共に港町・コリコに降り立った。パン屋の女主人に気に入られ、店先を借りて宅急便を開業することにしたキキ。そこには新しい生活と喜び、失敗と挫折、人力飛行機に熱中する少年トンボとの出会いが待っていた。

[編集] 主な登場人物

キキ
13歳になり魔女の掟である独り立ちの日を迎えた活発な女の子。飛ぶことだけが魔女としての唯一の取り柄。おソノの町で「魔女の宅急便」を開業し、様々な経験を通じて成長していく。
ジジ
キキの相棒の黒猫。ジジと言葉で意思疎通できるのはキキだけ。原作によると魔女の家に生まれた女の子が生まれた日と同じ月日に生まれた猫を探し、大切なパートナーとして共に育てるという風習がある。
おソノ
キキの居候先のパン屋のおかみさん。恰幅がよく親切。ふとした偶然からキキと出会い、彼女を気に入ってパン屋の屋根裏部屋に住まわせた。妊婦でありお腹が大きい。
トンボ
空に憧れ、飛行クラブに所属する丸メガネの少年。「トンボ」は愛称で、本名はコポリ。キキが空を飛んでいる場面を偶然見かけ、興味深げに声をかける。最初は煙たがられていたが、徐々に親しくなる。ちなみに彼の所属する飛行クラブは人力飛行機作りを研究しているが、原作では非科学的な手段で空を飛ぶ方法を研究している(空飛ぶ絨毯、空飛ぶほうきなど)。また原作は平仮名標記で「とんぼ」である。
おソノの夫
無口で寡黙なパン職人。パン作りを覗き込むジジにウィンクするなどお茶目な部分も持っている。原作ではフクオという名前がある。
ウルスラ
森の中の小屋で絵を描くことに没頭する画家の少女。彼女がキキと出会うエピソードは原作と同じだが、映画では落ち込んだキキを元気付けるなど役どころも増えている。またウルスラという名前は公式設定であるが、劇中では1度も名前で呼ばれていない。
コキリ
キキのお母さんで彼女もまた魔女。魔女としての力は優れているものの、「空を飛ぶ魔法」と「薬草から薬を作る魔法」しか使えない。時代とともに扱える魔法の数が減っているせいであり、キキの代になって更に1つ魔法が減ってしまうことを嘆いている。
オキノ
キキのお父さん。あっさりとした性格。原作では魔女や妖精の研究をする民俗学者。愛娘であるキキを優しく送り出す。

[編集] 制作の経緯

1985年12月、映画プロダクション風土舎は角野栄子の児童文学『魔女の宅急便』の長編アニメーション化の企画を立ち上げた。「宅急便」がヤマト運輸登録商標であったことから、真っ先に同社にスポンサーを要請した。当初ヤマト運輸は難色を示したが、同社のトレードマークが黒猫であり偶然にも物語にも黒猫が登場することから次第に前向きになりスポンサーになることを了承した。

1987年春ごろ、風土舎とヤマト運輸は電通を通じて徳間書店に協力を申し込み本作はスタジオジブリで制作されることとなった。

風土舎は、「監督またはプロデューサーに宮崎駿か高畑勲を」と意向を示した。『となりのトトロ』・『火垂るの墓』の制作を開始したばかりでもあり当初監督は有望な若手を起用することとし、宮崎はプロデューサーのみを請けることになった。しかし実際には宮崎が脚本と絵コンテも担当することになり、制作が進むうちに当初の70〜80分の構想が100分を越える本格的長編となってしまった。監督は既に某演出家(それが誰かは明らかにされていない)に依頼していたが、最早若手の監督の力量では御しえないとして結局宮崎自ら監督も担うこととなった[1]

長編アニメーション映画としては制作期間が短く、作画が困難な群集シーンも後半に多くスタッフは非常に苦慮した。音楽監督を高畑が受け持ったのも、宮崎にその余裕がなくなったためである。さらに作曲者である久石譲も自身のアルバム制作とスケジュールが重なり、作曲打ち合わせから演奏録音までが公開間際になるという状態だった。

原作をかなり自由に脚色し背景にはスタッフがロケハンしたスウェーデンストックホルム及びゴットランド島ヴィスビュー、宮崎自身が1988年5月に個人的に旅行したアイルランド、その他サンフランシスコリスボンパリナポリなどの風景を使っている[2]。白黒テレビが普及している一方でボンネットバスや大きな飛行船が使われているなど、現代ではなく過去の時代を舞台にしていると思われる(宮崎によれば「第二次世界大戦を経験しなかったヨーロッパ」という設定)。尚、ストックホルムとヴィスビューは宮崎がAプロダクション(シンエイ動画)時代の1971年に幻の映画企画『長くつ下のピッピ』のロケハンで訪れた場所でもある。

[編集] 角野との関係

原作者の角野は当初映画化に際し、唯一の注文として「キキが旅立つ時にキキの故郷の木に付けられていた鈴を鳴らすこと」を求めるのみであったところ、その後、内容が大きく変わることに否定的になったが宮崎が角野と数回対談して解決する[1]

[編集] 声の出演

キキとウルスラの主役級の2人を当時声優3年目の高山みなみが1人で担当している。高山は元々はウルスラ役のみ演じる予定だったがキキ役に適任者がいなかった為、オーディションを受けた上でキキ役に選ばれたが今度はウルスラ役に適任者がいなくなりキキとウルスラの一人二役を演じる事になった。

英語版は2種類存在する。日本盤DVDには日本語オリジナル音声とディズニー版音声が収録されている。

キャラクター 日本語版 英語版(ディズニー版) 英語版(ストリームライン版)
キキ 高山みなみ キルスティン・ダンスト リサ・マイケルソン
ウルスラ ジャニーン・ガラファロ ヨランダ・マテオス
ジジ 佐久間レイ フィル・ハートマン ケリガン・メイハン
おソノ 戸田恵子 トレス・マクニール アレクサンドラ・ケンウォーシー
トンボ 山口勝平 マシュー・ローレンス エディ・フライアーソン
コキリ 信沢三恵子 キャス・スーシー バーバラ・グッドソン
老婦人 加藤治子 デビー・レイノルズ メラニー・マックィーン
バーサ 関弘子 エディ・マックラーグ エディ・マーマン
オキノ 三浦浩一 ジェフ・ベネット ジョン・ダントナ
フクオ 山寺宏一 ? グレゴリー・スニーゴフ
マキ 井上喜久子 ?
ケット 渕崎ゆり子 パメラ・シーガル ララ・コーディー
ケットの母 土井美加 ジュリア・フレッチャー ダイアナ・ミッシェル
ケットの父 土師孝也 ?
ケットの祖母 浅井淑子 ジュリア・フレッチャー マイク・レイノルズ
ドーラ 斎藤昌 ? ダイアン・ミッチェル
時計塔の番人 西村知道 グレゴリー・スニーゴフ
先輩魔女 小林優子 デビ・デリベリー ウェンディー・リー
トラックの運転手 池水通洋 ?
ホテルのフロント係 辻親八 マット・K・ミラー ダグ・ストーン
飛行船船長 大塚明夫 ジョン・ホステッター デイヴ・マロウ
赤ん坊 坂本千夏 ?
警官 山寺宏一 マット・K・ミラー スティーブ・クレイマー
アナウンサー コーリー・バートン カール・メイセック
デッキブラシを持っていたおじさん 田口昂 ? スティーブ・クレイマー
パイを届けられる少女(老婦人の孫娘) 鍵本景子 ジュリー・リン ?
パイを届けられる少女の仲間 津賀有子
亀井芳子
?
キキが町に降りたったとき話すおばさん 丸山裕子
「ナンパかよ」の少年

[編集] スタッフ

[編集] 英語版スタッフ

[編集] 主題歌

主題歌にはユーミンこと荒井由実が歌う既存の楽曲「ルージュの伝言」(オープニング、アルバム「COBALT HOUR」に収録)と「やさしさに包まれたなら」(エンディング)が採用され、映画公開当時リバイバルヒットとなった。主題歌を決定する際、プロデューサーを務める鈴木が会議直前に行った松任谷由実のコンサートに触発を受け荒井の採用を監督の宮崎駿に提案した。もともと宮崎は若い頃に荒井の楽曲を聴いていたため、それがこの時の採用につながったと言われている。当初は同じ荒井でも「ルージュの伝言」の他に「中央フリーウェイ」も候補に挙がっていたが、東京都下の具体的な地名が歌詞に入っているために取りやめたという。

尚、「やさしさに包まれたなら」はシングルとアルバムでアレンジが異なり本作で使用されたバージョンは荒井のセカンドアルバムである「MISSLIM」、近年のバラードベストアルバム「sweet,bitter sweet〜YUMING BALLAD BEST」に収録されている。

英語版の主題歌は日本版と異なり、別の英語の歌が用いられている。

[編集] オープニングテーマ

[編集] エンディングテーマ

[編集] イメージソング

  • 「めぐる季節」 作詞:吉元由美、作曲・編曲:久石譲、歌:井上あずみ
  • 「わたしのこころ」 作詞:角野栄子、作曲・編曲:久石譲、歌:井上あずみ・MAI & YUMIKO-Chan
  • 「想い出がかけぬけてゆく」 作詞:風堂美紀、作曲・編曲:久石譲、歌:井上あずみ
  • 「あこがれのまち」 作詞:角野栄子、作曲・編曲:久石譲、歌:MAI & YUMIKO-Chan
  • 「鳥になった私」 作詞:麻生圭子、作曲・編曲:久石譲、歌:宝野ありか
  • 「好きなのに!」 作詞:麻生圭子、作曲・編曲:久石譲、歌:宝野ありか
  • 「黄昏の迷い子たち」 作詞:吉元由美、作曲・編曲:久石譲、歌:宝野ありか
  • 「何かをさがして」 作詞:風堂美紀、作曲・編曲:久石譲、歌:井上あずみ
  • 「魔法のぬくもり」 作詞:麻生圭子、作曲・編曲・コーラス:久石譲、歌:井上あずみ

[編集] 賞歴

  • 第13回日本アカデミー賞・話題賞
  • 第44回毎日映画コンクール・アニメーション映画賞
  • 第7回ゴールデングロス賞・マネーメイキング監督賞・予告編コンクール賞
  • エランドール賞特別賞
  • キネマ旬報・読者選出日本映画1位・読者選出日本映画監督賞
  • 全国映連賞・作品賞・日本映画監督賞
  • 文化庁優秀映画製作奨励金交付作品
  • 米国のENTERTAINMENT・WEEKLY誌の1998年度ベストビデオ部門第1位に選出。

[編集] 売上記録

(日本国内)

内容 記録 補足
興行収入 約43億円[3] 推測
配給収入 21.7億円[3]
動員 264万619人[3]
『イメージアルバム』 4万本出荷(1989年発売のCA)[4]
7.5万枚出荷(1989年発売のCD)[4]
1万枚出荷(1996年発売の再発CD)[4]
0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[4]
『サントラ音楽集』 0.5万枚出荷(1989年発売のLP)[4]
10万本出荷(1989年発売のCA)[4]
24万枚出荷(1989年発売のCD)[4]
6万枚出荷(1996年発売の再発CD)[4]
1万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[4]
『ドラマ編』 1.5万本出荷(1989年発売のCA)[4]
3万枚出荷(1989年発売のCD)[4]
0.5万枚(1996年発売の再発CD)[4]
『ヴォーカルアルバム』 2万本出荷(1989年発売のCA)[4]
6万枚出荷(1989年発売のCD)[4]
1万枚出荷(1996年発売の再発CD)[4]
0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[4]
『ハイテックシリーズ』 1.5万本出荷(1989年発売のCA)[4]
4万枚出荷(1989年発売のCD)[4]
0.5万枚出荷(1996年発売の再発CD)[4]
0.5万枚出荷(2004年発売の再々発CD)[4]
『ヴォーカル編&カラオケ』 0.5万本出荷(1990年発売のCA)[4]
1万枚出荷(1990年発売のCD)[4]
1万枚出荷(1996年発売の再発CD)[4]
イメージソング『めぐる季節』 1万本出荷(1990年発売のシングルCA)[4]
1.5万枚出荷(1990年発売のシングルCD)[4]
VHS・ベータ(徳間版) 15万本出荷[5] 1995年9月時点
VHS(ブエナビスタ版) 100万本出荷[5] 2003年6月現在
DVD(ブエナビスタ版、2枚組・特典付) 30万枚出荷[5] 2003年6月現在

[編集] 協賛

ヤマト運輸
1988年3月20日の「制作発表記者会見」では角野、宮崎らとともに徳間書店、ヤマト運輸の両社長も席を並べた。ヤマト運輸は全国の営業所・取扱店にチラシ・ポスター・割引鑑賞券をおきグッズプレゼントなどのPRを行い、1989年7 - 12月にはテレビCMや雑誌・新聞広告で大規模なキャンペーンを実施。また、キャラクターを印刷したダンボール箱やビニール袋を配布した[1]
同社のトレードマークのクロネコは子連れであるが、ジジもエンディングでは子連れ(黒猫)でほうきに乗っていた。
また『耳をすませば』にて、月島がコンクリートロードの歌詞カードを学校に忘れたのを気づき取りに戻るシーンで「宅急便」のトラックが走っている。

[編集] 補足

  • 映画公開時のキャッチコピーは「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(糸井重里
  • ウルスラの描く絵に、八戸市立湊中学校養護学級の共同作品「虹の上をとぶ船」が一部加筆の上で使われている。
  • キキの髪型については当初原作のイメージを重視しロングヘアーであったが作画が難しいという事で様々な髪型が試され、最終的にはショートヘアーとなった(初期イメージボード等では髪を2つに分けていたり、三つ編み等もあったほか金髪もあった)。
  • 映画のラストシーンでキキが両親に送った手紙が画面に現れるが、その中の「友達」の「達」の字の横棒が一本少ない。
  • おソノは映画の製作当時、スタッフの中で「歳の割にはしっかりしているから、昔は色々あったに違いない。もしかしたら暴走族だったのでは?」という話がありエンディングではバイクに乗せるという案もあった。この案は実現しなかったが、映画のパンフレット等のおソノの紹介欄に「青春時代、それなりにツッパった経験を持つ」などと書かれた物がある。
  • エンディング間近のシーンで人ごみの中に宮崎が登場している。これはパンフレットにも書かれている。
  • キキの実家の玄関横に打ち付けてある看板の文面、フクオが作った届け物受付の飾りの文面、キキが両親に宛てて送った手紙の文面は全て日本語で記載されているがこれは何と記載されているのかを視聴者に理解させる為に日本語で記載されているだけであり、作中においては舞台となる当該国語で記載されているという設定である。

以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。


[編集] 登録商標について

スタジオジブリが劇場映画をもとに『魔女の宅急便』の商標[6]を取得しているが、主にキャラクタービジネスを意図して刊行物や様々な商品につけられる商標である。これは完成した映画名がもとになって登録が認められたもので、日本では「映画の題名」自体には商標権を設定できない。ヤマト運輸の宅急便とは、指定商品又は指定役務(サービス)の範囲が異なる。

[編集] 関連出版物・CD

[編集] 出版物

  • 絵コンテ集(絶版したが、後に「スタジオジブリ絵コンテ全集」のうちの1冊として再度発行されている)
  • アニメージュ特別編集ガイドブック「魔女の宅急便」(絶版)
  • THE ART OF KIKI'S DELIVERY SERVICE(絶版)
  • フィルムコミック(1〜4巻)
  • 元気になれそう
映画の製作に当たり宮崎が音楽担当の久石に曲を作ってもらう為、それぞれの場面をイメージした詩のような物を書いて渡した。この詩を一部編集し、作画スタッフが描いたイメージボードを挿絵として加えた物。
  • スタジオジブリ作品関連資料集 型録III

[編集] CD

  • イメージアルバム
  • サントラ音楽集
  • ヴォーカルアルバム
  • めぐる季節(シングルCD)
  • ハイテックシリーズ
  • 元気になれそう(CD・非売品)
上記の「元気になれそう」をキキの声優である高山がキキの声で朗読した物。一般販売はされず、「アニメージュ」の全員プレゼント企画で頒布された。

[編集] 脚注

  1. ^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年
  2. ^ 叶精二『宮崎駿全書』137頁
  3. ^ 叶精二『宮崎駿全書』148頁。
  4. ^ 叶精二『宮崎駿全書』145頁。
  5. ^ 叶精二『宮崎駿全書』146頁。
  6. ^ 特許庁の検索により登録商標の登録状況がわかる。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月22日 (日) 05:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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