鰹節
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鰹節(かつおぶし)は、カツオの肉を原料とする日本やモルディブの保存食品。
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[編集] 概要
基本的には魚体から頭、鰭、腹皮と呼ばれる腹部の脂肪の多い部分を切り落とし、三枚以上におろし、「節」(ふし)と呼ばれる舟方に整形してから加工された物を指して鰹節と言う。
加工工程の差異によって、鰹を茹で干したのみのもの(なまり節)、それを燻製にした荒節(あらぶし)、さらにカビを付けることにより水分を抜きながら熟成させた枯節(かれぶし)がある。通常よく知られている鰹節はカビまで生やしたものであるが、いずれも広くは鰹節と呼ぶ。「鰹節」の称は燻製法ができる江戸時代以前から既に用いられている。
食べる際には、かんなに似た歯を持つ削り器で削るのが伝統的な方法で、削りたては風味が高いが、手間が掛かるため、現在では工場で削って、窒素封入によって酸化を防いだ包装の削り節(けずりぶし)や花鰹(はなかつお)として購入することが日本では主流となっている。
うま味成分のイノシン酸を多量に含有し、調味料として好んで用いられる。ビタミンB群など栄養分を豊富に含む。カビを生やした枯節には、うま味成分やビタミン類が他の鰹節より多く含まれ、高級品として扱われている。
鰹節が広く伝統的な食習として定着している国は、日本以外ではモルディブのみである。モルディブにおける鰹節は、日本の鰹節においてみられるカビ付けの工程はないものの、それ以外は一致している。さらに、モルディブは日本よりも鰹節の歴史が古い。これは、交易によりモルディブから東南アジアを経由して日本に鰹節の製法がもたらされ、その後日本においてカビ付けの工法が考案されたことを示している。これにより、沖縄が日本における鰹節の最古と言われている[1]。この他、20世紀に日本が統治をしていた歴史がある台湾では、日本食品として鰹節の利用も根付いており、台東市で製造されており、麺線などの台湾料理のスープを取るのにも用いられる。
[編集] 歴史
[編集] 燻乾法以前
カツオ自体は古くから日本人の食用となっており、縄文時代にはすでに食べられていた形跡がある(青森県の八戸遺跡など)。5世紀頃には干しカツオが作られていたとみられるが、これらは現在の鰹節とはかなり異なったものであったようだ(記録によるといくつかの製法があったようだが、干物に近いものであったと思われる)。
宮下章氏が、『鰹節考』の中で「カツオほど古代人が貴重視したものはない。( 略)米食中心の食事が形成されて以来、カツオの煎汁だけが特に選ばれ、大豆製の発酵調味料と肩を並べていた」と述べているように、カツオが古代人にとっては最高の調味料だったといえる。
飛鳥時代(6世紀末-710年)の701年には大宝律令・賦役令により、この干しカツオなど(製法が異なる「堅魚」「煮堅魚」「堅魚煎汁」に分類されている)が献納品として指定される。うち「堅魚」は、伊豆・駿河・志摩・相模・安房・紀伊・阿波・土佐・豊後・日向から献納されることとなった。
現在の鰹節に比較的近いものが出現するのは室町時代(1338年-1573年)である。1489年のものとされる「四条流包丁書」の中に「花鰹」の文字があり、これはカツオ産品を削ったものと考えられることから、単なる干物ではない、かなりの硬さのものとなっていたことが想像できる。
[編集] 燻乾法の確立
江戸時代に、紀州印南浦(現和歌山県日高郡印南町)の甚太郎という人物が燻製で魚肉中の水分を除去する燻乾法(焙乾法とも)を考案し、現在の荒節に近いものが作られるようになった。焙乾法で作られた鰹節は熊野節として人気を呼び、土佐藩は藩を挙げて熊野節の製法を導入したという。
大坂・江戸などの鰹節の消費地から遠い土佐ではカビの発生に悩まされたが、逆にカビを利用して乾燥させる方法が考案された。この改良土佐節は大坂や江戸までの長期輸送はもちろん、消費地での長期保存にも耐えることができたばかりか味もよいと評判を呼び、土佐節の全盛期を迎える。改良土佐節は燻乾法を土佐に伝えた甚太郎の故郷に教えた以外は土佐藩の秘伝とされたが、印南浦の土佐与一(とさのよいち)という人物が安永10年(1781年)に安房へ、 享和元年(1801年)に伊豆へ製法を広めてしまったほか、別の人物が薩摩にも伝えてしまい、のちに土佐節・薩摩節・伊豆節が三大名産品と呼ばれるようになる。カビを用いて乾燥させた節を枯節と呼び、カビは当初自然発生させていたが、昭和以降は純粋培養したカツオブシカビ(コウジカビの一種)を噴霧することで完成までの日数短縮と、好ましくないカビが発生する問題の回避を行なうのが主流になっている。
以後、薩摩や土佐、阿波、紀伊、伊豆など太平洋沿岸のカツオ主産地で多く生産された。江戸期には国内での海運が盛んになり、九州や四国などの鰹節も江戸に運ばれるようになり、遠州(静岡)の「清水節」、薩摩の「屋久島節」などを大関とする鰹節の番付表が作成された。
- 参考・文政五年(1822年)の諸国鰹節番付
- 大関 - 清水節(東方・遠州)、役島節(西方・薩摩)
- 関脇 - 宇佐節(東方・遠州)、御前節(西方・土佐)
- 小結 - 福島節(東方・遠州)、須崎節(西方・土佐)
- 以下、行司、前頭、世話方、勧進元が続く。
- なお、土佐節、薩摩節などは土佐、薩摩などで作られた節の総称である。
1883年(明治16年)に東京の上野公園で「第一回水産博覧会」で、1908年(明治41年)に「大日本水産会第一回鰹節即売品評会」が開催されるなど、各地で鰹節の品評が行なわれ、東の焼津節・西の土佐節の品質が高く評価された。明治以降、尖閣諸島の魚釣島や日本が国際連盟の委任統治領としていた南洋諸島(南太平洋の島々)でも製造されるようになった。特に南洋ものは安価であったことから大いに市場を拡大したが、南洋諸島が第二次世界大戦後に日本の統治を離れたことで、この地域での鰹節産業は終焉を迎えた。
[編集] 削り節の改良
水分を十分除去した鰹節は長期保存での腐敗は防止できたものの、カツオブシムシなどの害虫の発生と、有害なカビの発生に悩まされ続けた。大正時代に広島県福山市の富士ワ安部商が紙袋で包装して出荷する削り節を考案した。削らなくてもよいので労力が省ける反面、劣化により風味が失われる問題が残された。
風味を保つことのできる削り節の研究が続けられ、1969年(昭和44年)ににんべんが発売したのが「フレッシュパック」である。包装に3層構造の合成樹脂フイルムを使用するとともに酸素除去のために不活性ガスを充填することで長期間風味を保つことに成功したこの商品は大ヒットとなり、他社から同様の製品が発売され、日本の家庭から鰹節削り器を駆逐していった。様々な需要に応えるため、量などを違えた様々な削り節が市販されている。
[編集] 用途
日本食の調味料の基礎と位置づけられており、出汁の素材として昆布などと共に欠かせないものである。料理の仕上げとして最後に振りかける天盛りとしても使われる。
鰹を三枚におろしたものを亀節、三枚から背と腹におろしたものを本節、本節の中でも背側を使ったものを雄節(または背節)、腹側を使ったものを雌節という。
昔は、各家庭に「鰹節削り器」があり、使用する直前に鰹節を削っていた。この鰹節削り器は、大工道具のカンナを刃を上向きにして小箱に据え付けたもので、小箱には引き出しがついており、削った鰹節が取り出せるようになっている。この器械は正式名称を小倉式鰹節削り器という。小さくなった鰹節を削ろうとして手を負傷する場合もままあるため、使用には十分な注意が必要である。
現在では節の状態で売られることは少なく、薄いスライス状に削られたものに窒素を入れ気密パックの状態で小分けした削り節が主流であるが、高級和食の料理人は風味を重視して使う直前に削ることが多いという。
一般的な料理では「花かつお」(はなかつお)とも呼ばれる「荒節」を削ったものを出汁によく使うが、高級料亭などは「枯節」を使うところが多いという。
ちなみに「荒節」は一括表示では「かつお・ふし(原産国)」と称され「かつお削りぶし」の原料となる。対する「枯節」は「かつお・かれぶし」で、「かつおぶし削りぶし」の原料。
削り方にもいろいろな種類があり、一般的に見られるのは「糸削り」(主にトッピング用)や「厚削り」(主にだし取り用)、「薄削り」(両用)などがある。
また、削節を佃煮にしたものや醤油であえたものはおかかと呼ばれ、握飯の具として人気がある。
その他の用途として、粉状にしたものをたこ焼きやお好み焼きに振り掛けてコクを出す。出荷用の鰹節を直接粉状にすることは稀で、製作工程上で出た屑節や廃棄用の物を粉状にして販売することで有効利用していることが多い。
[編集] 伝統的製法の例
- カツオを解体する。頭部、内臓を取り除き、三枚におろして形を整える。
- これを籠に入れて、釜で100分前後煮る。慎重な温度管理を要する。
- 取り出したカツオのうろこをはぎ、脂肪や骨の除去を行う。この段階ではまだ柔らかく、生利節(生節とも)としてそのまま食材に使うことができる。
- 燻蒸して乾燥させる。ナラやシイなどの木を用いる。必要に応じて幾度か繰り返す。この行程を終えた物が「荒節」で、いわゆる「花かつお」の原料となる。
- 表面を削って汚れを除いて(裸節)から、水分を落とし、天日干しで乾燥させる。その後純粋培養したカツオブシカビを噴霧し、閉め切った室に入れ、カビを繁殖させる。
- カビが繁殖したらこれを削り落とし、5の行程を繰り返す。
- 行程5→6の繰り返しで、最終的に水分が失われて木材のように硬くなり、カビも付かなくなる。重量は加工前のカツオの20%以下となり、「枯節」の完成となる。良質の枯節どうしをぶつけると、「カンカン」と硬い木材同士を叩いたような乾いた音を発し、割れると一見ルビーに似た透明感のある、濃い赤色の断面が現れる。
[編集] 他の魚を用いたもの
同様の製法(荒節までの場合が多い)でカツオ以外の魚を用いたものに
などがある。 最近では豊漁感のある秋刀魚や鰊で造る試みも行われている。 また、北海道や東北では、川に遡上して産卵を終え死んだサケを、そのままでは味が落ち食用に向かないため、「鮭節」に加工する試みを行っている。
[編集] その他
鰹節についての古くからの常識が忘れられた時代となり、カビの生えた節が高級品であることを知らない者が世間の多数となった。実際に香りにこだわる場合は、削った物よりも節を購入するのだが、近年では既に削られた密封パック製品が増え、そもそも固形状態の鰹節を見たことが無い者も多い。
贈答品として枯節(黴節)を贈られた者が、カビの生えた鰹節の価値を知らず、悪くなったものと勘違いして捨ててしまう事態もしばしば生じている。このため、鰹節メーカーでは注意書きを添付するようになったが、それでも黴節が捨てられてしまうケースは後を絶たないという(そもそも鰹節を削る道具が家庭から消えてしまっているのである)。
なお、インド洋の島国・モルディブでは「モルディブ・フィッシュ」という鰹節とよく似た乾燥食品を生産している。スリランカ等を含む周辺地域で料理の味つけに用いる。
ジョン・レノンは1975年、ビートルズ脱退後のソロ曲を集めたベストアルバム『ジョン・レノンの軌跡 シェイヴド・フィッシュ』(Shaved Fish)を出しているが、ここでの「シェイヴド・フィッシュ」とは鰹節のことだ、と言われる。鰹節のように多目的、との意味が込められているのである。
また、鰹節は「世界で最も硬い食品」とされており[2]、かつては硬いものの代名詞であった。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 宮下章著『鰹節』法政大学出版局
- ^ 鰹節のお話~世界一硬い食品のお話 (フジテレビ商品研究所)



