鳥越信

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鳥越 信(とりごえ しん、1929年12月4日 - )は、日本の、児童文学研究者、児童文学者。兵庫県神戸市生まれ。

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[編集] 経歴

旧制姫路高等学校から1950年早大に編入、1953年早稲田大学国文科卒業。岩波書店編集部に勤務しながら児童文学の研究に努め、1957年退社後、東京学芸大学非常勤講師、1960年早稲田大学教育学部講師、1966年助教授、のち教授。この間、1976年、『日本児童文学史研究』で日本児童文学学会賞、日本児童文学者協会賞受賞、1982年赤い鳥文学賞特別賞、日本児童文学学会賞受賞。1978年早大を退職後、「鳥越コレクション」と呼ばれた約12万冊の児童書・研究書を大阪府に寄贈した。これらをもとに、大阪国際児童文学館が開館し、鳥越はその総括専門員となった。その後、聖和大学大学院教授を務めた。聖和大学を定年退職後、現在は中京女子大学子ども文化研究所客員教授。1993年国際グリム賞受賞。

古今東西の児童文学に通じ、書誌的研究や児童文学史に業績がある。初期には自ら創作もした。

1960-70年代、翻訳児童文学のリライト、ダイジェストを非難し、完訳主義を提唱し、そのため岩崎書店などの抄訳ものが衰退し、岩波書店、福音館書店の完訳ものが生き残った(宮田昇『戦後翻訳風雲録』)。「シナの五人きょうだい」を「中国への蔑視に満ちている」と批判[要出典]、また永井豪『ハレンチ学園』などのマンガと、これを擁護する阿部進を批判(『子どもと文化・子どもと文学』)、また小川未明濱田広介らの童話を、未来への展望がないとして批判し、古田足日とともに「少年文学宣言」を起草した。ここから、読書感想文指定図書による共産党の児童文学支配の時代が開けたが[要出典]、近年、宮崎芳彦は『ネバーランド』(てらいんく)で、鳥越を共産党員と断定し、批判を展開していた。

2009年には大阪府が大阪国際児童文学館を経費節減のため中央図書館に移転させる決定を行ったことにおいて、橋下徹知事と寄贈図書返却と文学館長としての収入の確保についての争議を起こし、同年3月、一部の寄贈図書の返還を求め、提訴すると表明。数日後の2月26日、これに応じて知事は全資料の返還に応じる発言をすると、鳥越は会見を開き「単に戻せというのではない。予算は凍結し、資料が生かされる道を原点にもどって考えようと言いたい」と述べた。[1]

[編集] 著書

  • ケンタッキーの勇者 金の星社 1959(西部小説選集)
  • 豪勇保安官 金の星社 1962(西部小説選集)
  • 児童文学入門 世界名作の子どもたち 国土社 1962
  • 児童文学概論 福田清人、滑川道夫共編 牧書店 1963
  • 日本児童文学案内 理論社 1963
  • 児童文学への招待 くろしお出版 1964
  • 児童文学と文学教育 牧書店 1965
  • 3歳から6歳までの絵本と童話 森久保仙太郎共著 誠文堂新光社 1967
  • 日本児童文学史研究 風濤社 1971
  • 子どもの本の選び方・与え方 三省堂 1973
  • 児童文学の世界 鳩の森書房 1973
  • 子どもと文化・子どもと文学 風濤社 1973
  • 日本児童文学史年表 1 明治書院、1975
  • 日本児童文学史研究 2 風濤社 1976
  • 戦後児童文学への証言 理論社 1978
  • 四季の童話 新日本出版社 1983
  • 桃太郎の運命 日本放送出版協会 1983(NHKブックス)
  • 世界名作の子ども像 大日本図書 1984
  • 子どもが選んだ子どもの本 篇- 創元社 1990年9月
  • 子どものとき、この本と出会った 編 童心社 1992年12月
  • 絵本の歴史をつくった20人 編 創元社 1993
  • 近代日本児童文学史研究 おうふう 1994
  • 児童文学の大人たち 物語の中の名脇役 文渓堂 1995
  • 日本児童文学 建帛社 1995
  • 子どもの本のカレンダー ゆまに書房 1996
  • 子どもの替え歌傑作集 平凡社 1998
  • 子どもの本との出会い ミネルヴァ書房 1999

[編集] 翻訳

  • 牝牛のキピー エステル・グレトール 麦書房 1958
  • ごめんなさいフォリオさん ジョー・ファルタード ブックローン出版 1989

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月3日 (土) 02:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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