鶴賀 (長野市)
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鶴賀(つるが)は長野県長野市の市街地東部にある地域(大字)。
以下の町が属しているが、長野市街地内の町(通称名)については住所表示の際に「大字鶴賀」を省くことが多く、郵便番号もそれぞれ単独で与えられている[1]。また、町名(通称名)のほか「苗間平」「森下」といった小字があるが、これらは原則用いない(省略する)ことが慣例となっている[2]。つまり、長野市役所を例にとると以下の3通りの表し方がある。
- 長野市大字鶴賀緑町1613
- - 慣例による(大字を省略しない)表記
- 長野市緑町1613
- - 慣例による(大字を省略した)表記
- 長野市大字鶴賀字苗間平1613番地
- - 登記などに用いる表記
なお本項では、大字鶴賀から分かれた居町・早苗町・東鶴賀町についても扱う。権堂町については権堂町 (長野市)を参照。
目次 |
[編集] 概要
鶴賀は、長野市街地を形成する3大字の一つである。
地域の中央部を信越本線が貫き、国道19号(昭和通り)が東西に横切る。北端を国道406号(柳町通り)が東西に通過する。
北は大字三輪、北東は柳町、西は北条町・大字高田、南東は大字稲葉、南は大字栗田、西は大字南長野、北西は大字長野と接する。
古くは北国街道(善光寺表参道)沿いに発展してきたが、1888年(明治21年)に信越本線、さらに1926年(大正15年)に長野電気鉄道線(現 長野電鉄長野線)と2本の鉄道が地区内を通るようになってからは、各駅周辺も発展を見せた。特に七瀬地区は、鉄道の町として栄えた。
江戸期に町場であったのは北国街道(善光寺表参道)沿いの問御所町や権堂町に留まり、以降も長野電鉄線の線路に阻まれて、それより東への長野市街地の広がりは鈍かった(東鶴賀町にあった遊郭「鶴賀新地」などは除く)。しかし1965年(昭和40年)に長野市役所が緑町に移転し、1981年(昭和56年)に長野電鉄が地下化されると、長野大通り沿いや昭和通り沿いに発展を見せ、現在では信越本線あたりが市街地の外縁となっている。
[編集] 沿革
大字鶴賀の範囲は、概ね旧上水内郡鶴賀町の範囲に相当する。
- 旧・鶴賀町の歴史
- 江戸時代 - 問御所村は松代藩領・幕府領・高田藩領などを経て寛政4年から椎谷藩領、権堂村は幕府領、七瀬村(七瀬川原村とも)は善光寺領であった
- 1876年(明治9年)5月30日 - 水内郡問御所村・同郡権堂村・同郡七瀬村が合併、水内郡鶴賀村となる
- 1878年(明治11年) - 村内(東鶴賀町)に遊郭「鶴賀新地」ができる。梅毒病院も併せて設置される
- 1885年(明治18年)2月19日 - 上水内郡鶴賀町となる
- 1889年(明治22年)4月1日 - 上水内郡長野町に編入。旧七瀬村域と旧権堂村居町は、芹田村へ編入
- 1897年(明治30年)4月1日 - 長野町が市制施行。長野市となる。旧鶴賀町域は大字鶴賀となる。
- 長野市鶴賀の歴史
- 1904年(明治37年)4月 - 大字鶴賀上千歳町に鍋屋田尋常高等小学校(現 長野市立鍋屋田小学校)が開校
- 1923年(大正12年)7月1日 - 旧七瀬村域と居町区を含む上水内郡芹田村が、長野市に編入。大字鶴賀の一部となる
- 1935年(昭和10年)5月16日 - 長野警察署が権堂町に移転
- 1937年(昭和12年)5月24日 - 町名整理
- 大字鶴賀東鶴賀町・大字鶴賀西鶴賀町の各一部を分け、東鶴賀町が発足
- 大字鶴賀居町・大字高田の一部を分け、居町が発足
- 大字鶴賀緑町・大字鶴賀東鶴賀町・大字鶴賀西鶴賀町の各一部を分け、早苗町が発足
- 大字鶴賀・大字三輪の一部を分け、柳町が発足。三輪 (長野市)#沿革を参照
- 1947年(昭和22年) - 長野市立南部中学校(現 長野市立櫻ヶ岡中学校の前身)が大字鶴賀七瀬南部に開校(のち、1968年(昭和43年)に川端中学校と統合して櫻ヶ岡中学校となり、高田川端へ移転)
- 1965年(昭和40年)9月 - 大字鶴賀緑町に長野市役所を新築、大字長野若松町から移転
- 1971年(昭和46年)4月1日 - 南部中学校跡地(大字鶴賀七瀬南部)に長野市立南部小学校が新設開校
- 1989年(平成元年)11月17日 - 町名整理。大字鶴賀南千歳町・大字鶴賀緑町と大字南長野末広町の各一部を分け、南千歳一・二丁目が発足(住居表示ではない)
- 権堂町の沿革は、権堂町 (長野市)#沿革も参照。
[編集] 居町
居町(いまち)は、消防局前交差点(昭和通り・東通り)を中心に広がる町。単独の町名としての居町と、大字鶴賀居町がある。郵便番号はともに380-0901。
町の中央部を国道19号(昭和通り)が東西に横切る。北西縁を信越本線が通り、長野市街地と隔てられている。
北は信越本線を隔てて柳町、東は北条町・大字高田、南は七瀬中町、西は信越本線を隔てて緑町・早苗町、北西は信越本線を隔てて東鶴賀町と接する。
閑静な住宅街で、社宅などが多い。
地区内の人口は、657世帯 1,381人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 交通
[編集] 路線バス
消防局前交差点に川中島バスの長野鶴賀停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
[編集] 周辺
[編集] 上千歳町
上千歳町(かみちとせまち)は、長野市立鍋屋田小学校を中心に広がる町。郵便番号は380-0821。
町の中央部に昭和通りが東西に横切り、東縁を長野大通りが南北に通過する。
昭和通り以北の上千歳町通り周辺は権堂町から連続して飲食店・風俗店が多い。以南の千歳町通り沿いは南千歳町から連続してブティックなどが多くなってくる。
地区内の人口は、211世帯 413人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 御祭礼屋台
弥栄神社(上西之門町)御祭礼で屋台巡行をする御祭礼町20町の一つである。昭和初期に御祭礼町に加わった。
昭和初期に町内の職人の手で3年がかりで制作された踊り屋台を有している。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
長野大通りの地下に長野電鉄長野線の市役所前駅(北口)がある。
[編集] 路線バス
市役所前駅交差点付近の昭和通り上に川中島バスの千歳町停留所、長野大通り上に長電バス・ぐるりん号の市役所入口停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
- 川中島バス(千歳町)
- 長電バス(市役所入口)
- 1 長野駅 - 東長野病院
- 2 長野駅 - 三才駅 - 柳原
- 3 長野駅 - 浅川西条
- 7 長野駅 - 運動公園東
- 9 長野駅 - 平林 - 柳原
- 15 アークス中央 - 長野駅東口 - 浅川西条
- ぐるりん号(市役所入口)
- C 市街地循環ぐるりん号
[編集] 周辺
[編集] 権堂町
権堂町(ごんどうちょう)については、権堂町 (長野市)を参照。
[編集] 田町
田町(たまち)は、田町西交差点(長野大通り・柳町通り)を中心に広がる町。郵便番号は380-0815。
町の中央部を長野大通りが南北に貫き、柳町通り(国道406号)が東西に横切る。町域は柳町通りに沿って東西方向に長く広がり、長野大通りが貫く部分でくびれている。
北は三輪田町、東は柳町、南は西鶴賀町・権堂町、西は東町と接する。
長野大通りを境に西側は、権堂町から連続して飲食店・風俗店・ラブホテルが多い。東側は柳町通りに沿って個人商店が多くなってくる。
地区内の人口は、327世帯 649人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 御祭礼屋台
弥栄神社(上西之門町)御祭礼で屋台巡行をする御祭礼町20町の一つであるが、近年は参加していない。
[編集] 交通
[編集] 路線バス
柳町通り上に長電バスの田町停留所・柳町中学停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
- 長電バス
- 7 長野駅 - 運動公園東
- 9 長野駅 - 平林 - 柳原
[編集] 周辺
- スポルトピカデリーボウル
[編集] 早苗町
早苗町(さなえちょう)は、長野市役所の北に広がる町。独立した町名の早苗町と、大字鶴賀早苗町がある。郵便番号はともに380-0812。
町の中央部を早苗町通り(北長野通り)が斜めに貫き、南縁を昭和通りが東西に通る。東縁には信越本線が通る。
北は東鶴賀町、南東は居町、南西は緑町、北西は西鶴賀町と接する。
中小の商店・工場や、住宅が多い。
[編集] 交通
町内に公共交通機関は走っていないが、昭和通りを走る路線バスが利用できる。
[編集] 周辺
[編集] 問御所町
問御所町(といごしょまち)は、TOiGOを中心に広がる町。郵便番号は380-0834。
町の中央部を昭和通りが東西に横切り、西縁を中央通りが南北に通る。
北は権堂町、東は上千歳町、南は南千歳町、西は新田町・西後町と接する。
周辺一体は長野銀座と呼ばれ、昭和30年代頃はながの丸善(現ながの東急百貨店)・長野丸光(後の長野そごう)の2つの百貨店と、隣接する新田町にはダイエー長野店(現もんぜんぷら座)が立地し大い賑わった。しかし1966年(昭和41年)にながの丸善が長野駅前(南千歳一丁目)に移転し、徐々に衰退。2000年(平成12年)夏には長野そごうが破産・閉店、同年末にダイエー長野店が移転・閉店するに至った。
その後2006年(平成18年)に両百貨店の跡地に再開発ビル「TOiGO」が完成。ダイエー長野店跡も2003年(平成15年)にもんぜんぷら座となり、人の流れが戻りつつある。
町名は、鎌倉時代に町内にあった信濃国国衙(後庁)の守護所「豊御所(とよごしょ)」に由来し、古くは豊御所と表記した。この豊御所の名は、1197年(建久2年)に源頼朝が善光寺参詣の際、この御所で休んだことに起因するという。同様の由来を持つ町に中御所がある。
地区内の人口は、63世帯 129人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 御祭礼屋台
弥栄神社(上西之門町)御祭礼で屋台巡行をする御祭礼町20町の一つであるが、1979年(昭和54年)を最後に参加していない。
1872年(明治5年)制作の総漆塗り屋台を有しており、解体保存されている。
[編集] 交通
[編集] 路線バス
昭和通り上に川中島バス・長電バスの昭和通り停留所のりば1・のりば2、中央通り上に川中島バス・ぐるりん号のセントラルスクゥエア停留所がある。詳細は昭和通り (長野市)#路線バスを参照。
[編集] 周辺
- 三井住友銀行長野支店
- TOiGO
- TOiGO SBC(信越放送本社)
- TOiGO WEST
- TOiGOパーキング
- セントラルスクゥエア - 長野五輪表彰式場
- みずほ銀行長野支店
- ホテルJALシティ長野
[編集] 七瀬
七瀬(ななせ)は、地域南東に広がる町。七瀬・七瀬中町・七瀬南部に分けられる。郵便番号は七瀬が380-0906、七瀬中町が380-0904、七瀬南部が380-0905。また七瀬地区のみ一部の小字にも郵便番号が振られており、峰村が380-0903、中堰が380-0902である。
地区の中央部を東通りが南北に貫き、七瀬通りが斜めに横切る。南縁を東口通りが通る。西端には信越本線が通る。
北は居町、東は大字高田、南東は大字稲葉、南は栗田北中、西は信越本線を隔てて南千歳一丁目・南千歳二丁目、北西は信越本線を隔てて緑町と接する。
西縁を通る信越本線により長野市街地と隔てられており、住宅や中小の商店・事業所が多い。
地名は、地区内を裾花川支流の小川が多く流れることに由来し、古くは七瀬川原村とも呼ばれていた。
地区内の人口は、七瀬が365世帯 764人・七瀬中町が721世帯 1,560人・七瀬南部が463世帯 873人で、合計1,549世帯 3,197人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 交通
[編集] 路線バス
東通り上に川中島バスの七瀬中町停留所・商工会議所前停留所、東口通り上に川中島バスの七瀬停留所、長野県道58号長野須坂インター線上に長電バスの鶴賀七瀬停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
[編集] 周辺
[編集] 七瀬
[編集] 七瀬中町
[編集] 七瀬南部
- 長野市立南部小学校
- 長野市教育委員会長野市教育センター
- 長野市視聴覚教育センター
- 長野市少年育成センター
- 長野市教育委員会長野市教育センター
- 長野市立芹田体育館
- 長野ビジネス専門学校
[編集] 西鶴賀町
西鶴賀町(にしつるがまち)は、地域中央部に広がる町。郵便番号は380-0814。
北は田町、北東は柳町、東は東鶴賀町、南東は早苗町、南は緑町、西は権堂町と接する。
県内最大の繁華街である権堂町と、現在の東鶴賀町に置かれていた遊郭・鶴賀新地を結ぶ町であり、風俗店・ラブホテルが多く、市内唯一の成人映画館もある。
地区内の人口は、211世帯 413人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 交通
町内に公共交通機関は走っていないが、長野電鉄長野線の権堂駅や、長野大通り・昭和通り・柳町通りを走る路線バスが利用できる。
またタクシー会社の本社や乗り場がある。
[編集] 周辺
- 長野医療生活協同組合長野中央病院
- 勤労者女性会館しなのき
- 商工組合中央金庫長野支店
- ニュー商工 - 成人映画館
[編集] 東鶴賀町
東鶴賀町(ひがしつるがまち)は、地域中央部に広がる町。独立した町名の東鶴賀町と、大字鶴賀東鶴賀町がある。郵便番号はともに380-0811。
町の中央部を早苗町通り(北長野通り)が斜めに通り、東縁を信越本線が通る。
北は柳町、南東は信越本線を隔てて居町、南は早苗町、西は西鶴賀町と接する。
1871年(明治11年)に公娼制度によって、権堂町にあった遊郭が移された、鶴賀新地の跡である。1万坪を板塀で囲った鶴賀新地には、1899年(明治32年)の時点で43件ほどの妓楼があり、芸妓・娼妓は445名いたという。娼妓の8割は新潟県の貧農出身であった。売春禁止法により1958年(昭和33年)に廃され、現在は碁盤目状の道路や普済寺にある娼妓死亡者供養塔に当時の記憶を留める。
地区内の人口は、486世帯 858人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 交通
町内に公共交通機関は走っていないが、長野電鉄長野線の権堂駅や、長野大通り・昭和通り・柳町通りを走る路線バスが利用できる。
[編集] 周辺
- 長野県信用組合東支店
- 長野県営住宅鶴賀ビル団地
[編集] 緑町
緑町(みどりちょう)は、長野市役所を中心に広がる町。郵便番号は380-0813。
町の中央部を昭和通りが東西に横切り、西縁を長野大通り(長野電鉄長野線)が南北に通る。南縁には信越本線が通過する。
北は西鶴賀町、北東は早苗町、東は信越本線を隔てて居町、南東は信越本線を隔てて七瀬中町、南西は南千歳二丁目、西は南千歳町・上千歳町、北西は権堂町と接する。
昭和通り沿いはビジネス街となっている。昭和通り以北の権堂駅に近い一角は飲食店が多い。信越本線沿いには長野都市ガスのガスタンクがそびえる。
地区内の人口は、300世帯 621人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 御祭礼屋台
弥栄神社(上西之門町)御祭礼で屋台巡行をする御祭礼町20町の一つである。1954年(昭和29年)に加わった、最も新しい御祭礼町である。
御祭礼町参加にあたり鬼無里村(現長野市鬼無里)から購入した、江戸期制作の本屋台を有している。
[編集] 交通
[編集] 路線バス
昭和通り上に川中島バスの市役所前停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
[編集] 周辺
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長野市役所第一庁舎(右)・第二庁舎(左) |
[編集] 南千歳町
南千歳町(みなみちとせまち)は、長野駅の北に広がる町。南千歳一丁目・二丁目(住居表示未施行)と、大字鶴賀南千歳町がある。郵便番号はともに380-0822。
町の中央部を長野大通りが南北に貫き、北部を錦町通りが東西に横切る。
北は問御所町・上千歳町、北東は緑町、南東は信越本線を隔てて七瀬、南は信越本線を隔てて栗田北中、南西は末広町、西は北石堂町と接する。
南千歳一丁目は長野駅善光寺口ロータリーに接しており、ながの東急百貨店を始めとして商業施設が多く立地する。ながの東急北側には、南千歳公園を中心に中小の商店(主に衣料)が集まっている。長野大通りと信越本線との間の区画(南千歳一丁目12~22番)は、一番街と呼ばれ、飲食店が軒を連ねる。
南千歳二丁目は、錦町通り沿いに中小の商店(主に衣料)が集まる。南千歳町交差点(長野大通り・錦町通り)北東の区画(南千歳二丁目12~22番)には、飲食店が多い。
1888年(明治21年)の長野駅開業に伴い、末広町などとともに新たに開かれた町である。
地区内の人口は、南千歳町が110世帯 209人・南千歳一丁目が38世帯 72人・南千歳二丁目が106世帯 189人で、合計254世帯 470人(平成21年1月1日現在)[3]。
[編集] 御祭礼屋台
弥栄神社(上西之門町)御祭礼で屋台巡行をする御祭礼町20町の一つである。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
また長野電鉄長野線市役所前駅の南口(南口駅)が南千歳二丁目にあり、平日の7:00~10:00のみ利用できる。
[編集] 路線バス
長野駅善光寺口ロータリーから市内を走るほとんどのバス路線が利用できる。詳細は長野駅#バスを参照。
このほか、長野大通り上にぐるりん号の東急シェルシェ前停留所(南千歳一丁目)、ぐるりん号・長電バスの南千歳町(鶴賀南千歳町)停留所があり、以下の路線系統が利用できる。
[編集] 周辺
- ながの東急百貨店(南千歳一丁目)
- シェルシェ
- C-one(南千歳町)
- MIDORI(南千歳一丁目) - 長野駅ビル
- ivy SQUARE(南千歳町)
- FM長野IVY Studio
- 守谷商会本社(南千歳町)
- 東京法令出版長野本社(南千歳町)
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ながの東急百貨店本館 |
MIDORI長野店 |
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
最終更新 2009年10月2日 (金) 04:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【鶴賀 (長野市)】変更履歴











