鹿島丈博

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獲得メダル
男子 体操競技
オリンピック
2004 団体総合
2004 あん馬
2008 団体総合

鹿島 丈博(かしま たけひろ、1980年7月16日 - )は、日本の元男子体操競技選手。

目次

[編集] 人物

大阪府大阪市生まれ。3歳から体操を始める。

マック体操クラブ-清風高校-順天堂大学-順天堂大学院。セントラルスポーツ所属。

得意種目はあん馬。身長169cm、体重61kg。日本が誇るあん馬の申し子と呼ばれる。

つま先まで伸びた体の線の美しさと、体操選手としては比較的長身である169cmの身長を生かしたダイナミックで雄大な演技が特徴。足の長さは股下86cm、手の長さも64cmあり、その恵まれた体で日本のあん馬の歴史を塗り替えてきた。中学3年生のとき、特別推薦で全日本選手権に出場し、同大会のあん馬を男子史上最年少の15歳で制し、2003年世界選手権では日本体操史上初めてあん馬で優勝した。

アテネオリンピックでは団体で優勝、種目別でもあん馬で3位に輝いた。

アテネオリンピック後、怪我に悩ませられる。2006年1月に慢性的な痛みを抱えていた左肩の手術に踏み切り、同年のオーフス世界選手権を断念。手術は成功し、リハビリを経て、2006年ワールドカップ決勝大会で復帰戦を飾る。 しかし、2007年9月のシュツットガルト世界選手権の代表に選ばれたものの、ドイツの直前合宿で、あん馬の練習中にMGR(あん馬の技の一つ)から、次の技に移行しようとして左手を器具の金属部分に強打。左手の甲を骨折して、代表チームから、緊急帰国し、手術となった。このシュッツガルト世界選手権では補欠だった水鳥寿思が出場し、4個のメダルをとった。

この怪我のため、07年10月の北京オリンピック1次選考会の出場はできなかったが、これまでの実績が考慮され、2次選考会に出場。 2次選考会とその後のNHK杯において、あん馬は他を寄せつけぬ強さをみせ、北京オリンピック代表に選出される。

北京オリンピックでは、あん馬での金メダルが期待されたが、種目別予選も兼ねた団体予選でのあん馬において、MGRの演技中にまさかの落下。あん馬での決勝進出を逃す。

団体決勝のあん馬においては、MGRを封印。技の難度をおとし、無難にまとめ、鹿島にしては低いものの15.575の高得点をマークし、金メダルは逃したが、団体での銀メダルを獲得した。

2008年10月末に引退を表明した。同学年で同じ所属の冨田洋之も同じ時期に引退を表明している。

[編集] その他

  • 愛称はタケ、タケちゃん、カッシー。
  • マック体操クラブではマスコット的存在だったらしい。(城間晃コーチ談)
  • 体操を始めた頃は、練習に行くたびに泣いていて、やめたいと洩らしたこともあったが、小5の頃に「オリンピックに

でるまで止めない」と決めた。

  • 高校生のころ、背が伸びはじめ、筋肉の成長が追いつかず、伸び悩んだ。
  • 筋肉がつきにくいタイプであり、力技である吊り輪は苦手である。
  • 06年5月に一つ年下の女性と結婚した。
  • 07年の左手甲骨折の手術のさい、左手の薬指にもメスをいれており、当初の結婚指輪ははめられなくなっている。
  • 冨田洋之選手とはJr時代から現在まで高校を除いて所属が同じである。
  • 引退後大東大の専任講師となった。

[編集] 経歴

[編集] 関連項目

最終更新 2009年8月31日 (月) 04:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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