麻生藩

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麻生藩(あそうはん)は、常陸国に存在した。藩庁は麻生陣屋茨城県行方市麻生)。

目次

[編集] 藩史

新庄直頼慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いのとき、西軍に属したため、戦後に摂津国高槻の領地を没収されていたが、後に許されて徳川家康に召し出され、常陸国麻生に3万石の所領を賜った。これが、麻生藩の立藩である。

第3代藩主・新庄直好は継嗣が無く、養子新庄直時を嗣子としていたが、万治3年(1660年)に62歳という高齢になってから実子の新庄直矩が生まれた。しかし直好は寛文2年(1662年)に死去してしまい、3歳の幼児に後を継がせるわけにもいかず、直時がそのまま後を嗣いだ。延宝2年(1674年)、直矩が15歳に成長すると、直時から直矩に家督が譲られた。このとき、隠居した直時に藩領から7000石が分与され、麻生藩は2万3000石となる。ところが2年後の延宝4年(1676年)、17歳のときに急死してしまったうえ、直矩には継嗣が無く、新庄一族は江戸幕府に無断で後継者を擁立しようとしたこともあって改易された。

しかし幕府は、7000石の旗本となっていた前藩主の直時に、その旗本領に3000石を加増して1万石の所領を与えて再勤を認め、麻生藩は再興することを許されたのである。

以後、新庄氏の支配で明治時代にまで至った。

[編集] 歴代藩主

[編集] 新庄(しんじょう)家

外様(3万石→2万3000石→1万石)

[編集] 関連項目

先代:
常陸国
行政区の変遷
1871年 - 1871年
次代:
新治県

最終更新 2009年6月22日 (月) 14:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【麻生藩】変更履歴

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