黒人差別をなくす会
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黒人差別をなくす会(こくじんさべつをなくすかい)とは、日本の大阪府堺市在住の有田利二の息子、有田太ありたはじめ(当時小学校4年生)の発案により日本における黒人差別撤廃を目的として有田利二の妻有田喜美子を会長に1988年8月11日に発足した団体である。構成員は当初親子3人のみであった。
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[編集] 発足の経緯
1988年7月にワシントン・ポストに掲載された日本製の黒人をモチーフとしたキャラクター人形(サンリオのサンボ・アンド・ハンナ。なお当該キャラクターグッズは記事が掲載された即日にサンリオが自主的に発売中止・回収措置を取った)やマネキン(ヤマトマネキン製)に対する批判記事を有田利二が読み、当時9歳の長男と会長である妻が当該キャラクターは差別的な表現に当たるのではないかと思ったことがきっかけで、一家で店頭に並ぶ黒人キャラクター商品を買い集め、キャラクターグッズなどにおける黒人の表現を調べ始めたことから発足した。[1]
[編集] 活動
活動内容は「なくす会」が黒人差別表現をしていると思った(場合によっては人種差別全般も)キャラクター、漫画、アニメーション、出版社、企業などに対して抗議文を送りつけるというもの。同会の活動により、以下の結果につながっている。
- 1988年12月、絵本『ちびくろサンボ』に抗議、一時絶版。[1]
- ワシントンポスト紙を通じ1989年8月アメリカ黒人団体の招待で親子二人渡米。元大統領候補ジェシー・ジャクソン、ロサンゼルス市長を務めていたトム・ブラッドリーと会見「差別をなくすチャンピオン」と称され、この時の報告記を『部落解放』1989年11月号に掲載される。
- 有田太書記長(当時12歳)がカルピス食品の黒人を模したシンボルマークを「典型的差別」と指摘し1990年1月からのシンボルマーク使用中止を勝ち取る。[1]
- タカラが用いていたダッコちゃんマークに抗議し、使用中止させる。
- 「黒人」が登場する作品を総点検。1990年下旬、各出版社に期限付きの手紙を送り善処を求める。その中に「ジャングル大帝」などがあり、手塚プロは「手塚治虫漫画全集」(当時全300巻)を始めとする、1コマでも黒人が描かれている作品を収録した300数十冊の出版を一時停止。[2]
- 手塚治虫漫画全集には、こうした抗議を反映して、巻末に編集者の断り文が掲載されている。
- 1990年7月、黒人をイメージさせるオバケを登場させた『オバケのQ太郎』の「国際オバケ連合」に抗議し、一部回収・絶版させる(『ジャングル黒べえ』も同時期に回収・絶版となったが、これに対し直接に会が抗議したかどうかは不明[3])。
- 手塚治虫展での展示品の差し替え。
- 1990年8月、鳥山明『Dr.スランプ』、秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、ゆでたまご『SCRAP三太夫』、佐藤正『燃える!お兄さん』、えんどコイチ『ついでにとんちんかん』に抗議、表現を修正させる。
- 1992年、パルコの情報誌『GOMES』に抗議し、回収させる。
- 1995年12月、竹本泉『あんみつ姫』に抗議し、回収させる。
- 1998年9月、沖縄県の観光土産の黒人を扱ったキャラクター人形の発売停止。札幌市の児童公園「くろんぼ公園」に抗議し、「おひさま公園」に変更させる。
- 1999年6月、手塚治虫『手塚治虫の動物王国』に抗議し、出荷停止させる(後に断り書きをつけて再出荷)。
- 2000年、岩波文庫に収録されているアルベルト・シュバイツァーの『水と原生林のはざまで』に「土人」という人種差別的な表現があるとして一時出荷停止に追い込む。
当時これらの活動はアメリカでも報道され、黒人差別撤廃論者から称賛されたが、後述通り当該作品のファンや表現の自由を主張する立場の論者などからは非難された。
2002年にはふたたび岩波書店に対して、『ドリトル先生』作中にニガー川などの差別的表現があるとして抗議した。
[編集] 評価
「黒人差別をなくす会」の活動は、漫画・挿絵などに登場する黒人差別的発想からくる黒人系キャラクターのデフォルメ描写を是正したと評価される一方で、こうした活動によって漫画などにおける「顔が真っ黒で唇が分厚い」という黒人表現がタブー化され、抗議を恐れる出版社・創作者の自主規制が行き過ぎて作品に黒人そのものを登場させることができないようになり、結果的に「黒人差別をなくす会」の行動によって、商業的表現活動の場において、黒人の存在そのものの自主規制を誘発すること[1]になっている。また、直接抗議もしくは自主規制により黒人が登場する過去の作品が封印される結果につながっているため、当該作品のファンからは批判的意見が出ている[1]。 有田利二は『部落解放』1989年4月号において「絵本は黒人差別商品の一つに過ぎず、文学性や一般的認知を理由にしても黒人を深く傷つけている事実への贖罪符にはならない」と述べている。
また、同会に批判された出版社がオープンに議論を行おうとしてもそれに応じることは無く、出版社や作家に対してただ抗議文を送り続けるだけという手法に対しては「卑怯だ」との批判もある。
[編集] 主なメンバー
- 会長:有田喜美子
- 副会長:有田利二(発足当時、堺市教育委員会職員、及び解放会館舳松歴史資料館勤務)
- 書記兼会計:有田太(発足当時、小学校4年生)
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 関連書籍
- 徹底追及「言葉狩り」と差別 週刊文春編 平成6年出版
最終更新 2009年10月14日 (水) 21:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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