黒海太

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黒海太
四股名 黒海
本名 レヴァン・ツァグリア
ლევან ცაგურია
生年月日 1981年3月10日(28歳)
出身 グルジアトビリシ
身長 189cm
体重 146kg
所属部屋 追手風部屋
成績
現在の番付 西前頭10枚目
最高位 西小結
生涯戦歴 302勝255敗(44場所)
幕内戦歴 205勝215敗(28場所)
優勝 十両優勝1回
幕下優勝:1回
三段目優勝1回
序二段優勝1回
敢闘賞2回
データ
初土俵 2001年5月場所
入幕 2004年1月場所
備考
金星2個(朝青龍2個)
2008年8月1日現在
  

黒海 太(こっかい ふとし、1981年3月10日 -)はグルジアスフミ出身(呼び出しではトビリシ出身)、追手風部屋所属の現役大相撲力士。本名はレヴァン・ツァグリア(ლევან ცაგურია)。身長189cm、体重146kg。得意技は突き・押し、左四つ。最高位は西小結2006年9月・11月場所)、趣味は音楽鑑賞、愛称は「コッカイ」、血液型はA型、運命数は5、星座は魚座。

目次

[編集] 来歴

レスリングチャンピオンの長男としてスフミで生まれる。12歳のときにアブハジア紛争で自宅が破壊され、首都のトビリシに一家で逃れる。四股名は故郷が接する黒海に因んでつけられた。

日本相撲協会公式ページなどではツァグリア・メラブ・レヴァンと表記されているが、これは父親の名前をミドルネームに組み込むロシア式の表記であり(人名スラブ系の名前参照)、グルジアがソ連から独立して久しい現在ではあまり一般的とは言えない表記である。

2001年5月場所に初土俵2003年5月場所に新十両昇進、翌年1月場所に新入幕。ちなみに、史上初のヨーロッパ出身の関取である。幕内上位に定着して三役を目指していたが、前頭2枚目と前頭6枚目を往復する場所が数場所続き、なかなか三役に辿り着けないでいた。しかし2006年1月場所に西前頭2枚目で8勝7敗と勝ち越し、2006年3月場所は最高位タイの西前頭筆頭に番付を上げ、再び三役を目指した。だが場所直前に父の訃報が届き、弟の司海とともにグルジアへ緊急帰国。そのため、稽古不足で負け越し、更に千秋楽春日王戦に内掛けで敗れた際に足を負傷し、5勝10敗という惨めな成績に終わった。西前頭6枚目に番付を下げた迎えた翌5月場所は、足の怪我が完治しておらず、前半は3勝5敗と黒星先行で苦しい場所だったが後半巻き返し、14日目に勝ち越しを決め、8勝7敗で場所を終えた。

2006年7月場所では前頭5枚目で10勝5敗、やや引き技が目立ったが2桁の白星を収めた。その実績が評価され翌9月場所にやっとの思いで新三役(新小結)に昇進することになった。9月場所では新小結で8勝7敗であったが、魁皇千代大海の2大関を破るなど存在感を示した。翌11月場所は怪我のため引き技が多く9日目までの9連敗などで3勝12敗と無残な成績に終わり、再び前頭に降格した。

2007年3月場所ではそれまでの引く癖が改善された上に、四つ相撲にも進境が見られ、10勝5敗と大勝ちしたが、その後は前頭の中位から下位を行き来している。2008年3月場所では西前頭5枚目で12勝3敗の好成績を挙げ、13場所ぶりとなる敢闘賞を受賞し三役復帰の可能性もあったが不運にも昇進を見送られた。久々の上位進出となった5月場所では3勝12敗と大敗を喫した。

尚、弟の司海も来日して力士となっていたが、家業を継ぐため2006年9月場所を最後に引退している。

[編集] 取り口

力士としては珍しく立合いから両手突きで攻めるタイプで(立合いのみ両手突きを用いる力士は多くいる)、荒々しい突き押しと張り手を武器とする。解説からは「馬力の黒海」とも表現されるが、そのボクシングのようなあまりの激しさによって、北の富士からは「相撲じゃない」と言われたことがある。故に脇が甘く、四つ相撲の力士や突きを掻い潜ってくる技能派の力士とは分が悪い。

すり足に難があり足が揃いやすいため、引きや叩きに屈する事も多い。

次第に四つ相撲にも対応している。2009年は全勝利39勝のうち半数以上を寄り切り上手投げで収めている。

[編集] 幕内での場所別成績

  • 通算成績(平成20年9月場所終了現在)
213勝222敗(29場所)
敢闘賞2回、金星2個[1]
黒海太
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2004年
(平成16年)
西 前頭 #10
8–7
 
西 前頭 #9
8–7
 
東 前頭 #7
10–5
 
東 前頭 #2
8–7
 
西 前頭 #1
7–8
 
西 前頭 #2
7–8
 
2005年
(平成17年)
西 前頭 #3
7–8
 
東 前頭 #4
9–6
 
東 前頭 #2
5–10
 
東 前頭 #6
9–6
西 前頭 #2
5–10
 
西 前頭 #6
9–6
 
2006年
(平成18年)
西 前頭 #2
8–7
西 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #6
8–7
 
西 前頭 #7
10–5
 
西 小結
8–7
 
西 小結
3–12
 
2007年
(平成19年)
西 前頭 #5
7–8
 
東 前頭 #7
10–5
 
東 前頭 #2
3–12
 
西 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #12
7–8
 
東 前頭 #13
9–6
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #5
12–3
東 前頭 #1
3–12
 
西 前頭 #10
5–10
 
東 前頭 #16
8–7
 
東 前頭 #11
9–6
 
2009年
(平成21年)
西 前頭 #4
5–10
 
西 前頭 #8
5–10
 
東 前頭 #14
8–7
 
東 前頭 #8
5–10
 
東 前頭 #14
8–7
 
西 前頭 #10
8–7
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)


[編集] 主な成績

2008年7月場所終了現在

  • 通算成績:302勝255敗(44場所)
  • 幕内成績:205勝215敗
  • 幕内在位:28場所
  • 三役在位:2場所(小結2場所)
  • 幕内連続在位場所:27場所(2004年1月場所-)

[編集] 各段優勝

  • 十両優勝:1回(2003年11月場所)
  • 幕下優勝:1回(2003年1月場所)
  • 三段目優勝:1回(2002年1月場所)
  • 序二段優勝:1回(2001年11月場所)

[編集] 三賞・金星

  • 三賞:1回
    • 敢闘賞:2回(2005年7月場所、2008年3月場所)
  • 金星:2個(朝青龍2個)

[編集] 人物・その他

  • 以前は髭を生やして相撲をとっていたが、対戦相手から「ちくちくして痛い」と言われたり、観客から「見ていて不愉快だ」との声が出たために髭を剃った。2007年5月場所の大相撲中継では北の富士に「むさくるしい」とまで言われた。本人曰く、髯は勝っている時に縁起を担いで伸ばしていたそうだが、初日中日に剃るのが習慣になっているらしい。近頃は髯もトレードマーク化し、週末になるとコントの泥棒役のようになる髯はファンに愛されてもいたが、2007年9月場所では髯は伸ばさなかった。代わりにもみあげをプレスリー風に長くして尖らせるなど、独特な風貌が少し話題となった。
  • 食文化の違いに悩む外国人力士が多い中、早くから日本食に馴染み、好き嫌いもあまりないらしい。
  • 2008年8月13日、南オセチア紛争でのロシア軍事介入に対し母国からデモへの参加要請があり、親方の許可を得て在日グルジア人や栃ノ心と共にロシア大使館への抗議行動を行なった。その当時開催期間中であった夏巡業には「不整脈治療のため」として参加していなかったものの、相撲協会は当初デモ活動については不問としていた。[2] しかし報道された後の8月22日には厳重注意処分を下している。

[編集] 脚注

  1. ^朝青龍2個
  2. ^ 黒海、都内でデモ参加も協会は不問にスポーツ報知 2008年8月21日閲覧

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月1日 (火) 17:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【黒海太】変更履歴

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