黒石陣屋

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黒石陣屋(くろいしじんや)は陸奥国津軽郡(現在の青森県黒石市内町)にあった弘前藩から分知した交代寄合旗本黒石津軽家(5千石)の陣屋である。城壁が黒かったことから、烏城(うじょう)の異名がある。

[編集] 概要

陣屋は明暦2年(1656年)交代寄合旗本であった津軽信英により築かれ、8代領主親足の代の文化6年(1809年)加増により1万石を領し、諸侯に列し、黒石藩として立藩した。十一代承叙の代に明治維新を迎えている。

南側には浅瀬石川が流れ、陣屋との間には宇和堰があり、地形的にも自然の要塞を呈していた。大手門近くには、町令所や太鼓櫓があった。さらに、中門、無常門、御制札場などが北側にあった。西側には馬場、南東には津軽信英を祀った御廟があり、南側には蝦夷館(えぞだて)と呼ばれる地が置かれている。御門内に入るためには、大手門か西門を通過しなければならないが、これらは典型的な枡形門となっていた。陣屋の東側には、空堀があったが、明治の初め埋め立てられている。陣屋内には、御殿、台所、御蔵、焔廠蔵が配されていた。浅瀬石川に臨む段丘は比高13mの高さがあり陣屋地では唯一の要害である。

陣屋跡は、市民文化会館や中央スポーツ館の敷地などとなり、馬場跡が黒石公園(後に御幸公園)となった。

最終更新 2009年7月30日 (木) 03:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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