黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会

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黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会(くろわしきぜんにほんだんじょせんばつバレーボールたいかい)は毎年5月初めに大阪府大阪市大阪府立体育会館で行われる日本のバレーボール大会である。主催は日本バレーボール協会毎日新聞社。大会名の通り「黒鷲旗」と呼ばれる優勝旗を懸けて争う。

目次

[編集] 歴史

  • 1952年 - 毎日新聞創刊70周年記念事業として『全日本都市対抗バレーボール優勝大会』の名称で第1回大会が開催される。東京で人気を博していた都市対抗野球に対抗して作られたものである。多くの観客が収容できる体育館は当時はなく、大阪プールのプールの水を抜き、底をコートとして使用した。出場チームは男女各16チーム。
  • 1953年 - 会場を大阪府立体育会館に移す。
  • 1957年 - 男子優勝チームの八幡製鉄が台湾に派遣される。
  • 1962年 - 6人制大会に移行。
  • 1968年 - 韓国から男女1チーム、台湾から男子1チームが参加。
  • 1976年 - 若鷲賞が創設される。
  • 1980年 - 女子はアメリカ・コロラドスプリング市が優勝、初の日本国外のチームが優勝する。
  • 1981年 - 大会名を『全日本都市対抗バレーボール選手権大会』に改称する。
  • 1984年 - 大会名を『黒鷲旗全日本バレーボール男子・女子選手権大会』に改称する。大学生チームが初参加。参加チームは男女各32チームとなる。
  • 1985年 - 大阪府立体育会館の改築で、会場が大阪市中央体育館に移る。
  • 1986年 - 大阪城ホールで開催される。
  • 1987年 - 会場が新築された大阪府立体育会館に戻る。
  • 1988年 - 高校生チームが初参加。
  • 1996年 - Vリーグで授与していた天皇杯・皇后杯を優勝チームに授与することとなり、大会名を『天皇杯・皇后杯黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会』に改称する。
  • 2007年 - 新大会『天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会』の新設に伴い、『黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会』にリニューアルされた。『天皇杯』は各都道府県大会・ブロック予選を経てベスト4のみ翌年1月に首都圏の体育館で準決勝・決勝戦を行う。『全日本選手権』としては大阪での決勝は2006年の第55回記念大会が最後となる。『黒鷲旗』は参加チームを男女16チームとする。

[編集] 競技方式

[編集] 出場枠

本大会に出場できるのは男女各16チームで、以下のカテゴリーから出場する(2007年現在)。

[編集] 試合形式

以前は完全なトーナメントだったが、2003年から一部方式を変えた。前半2日間はグループリーグ(4チーム×8組)を行う。但しVリーグ・V1リーグ所属のチームとそれ以外のチームとで2チームずつ入るようにし、同じカテゴリーのチームとの直接対決をしない対抗戦方式で2試合を行い、各組第2位までの16チームが後半4日間の決勝トーナメントにコマを進める。 2007年から出場チーム数削減に伴い前半3日間はグループリーグ(4チーム×4組)を行い各組1位が2日間の決勝トーナメントにコマを進める。

コートはグループリーグは4面コート、準決勝と3位決定戦決勝戦はセンターコートバージョンで実施する。

[編集] 表彰項目

  • 黒鷲賞(最高殊勲選手賞) - 1981年創設
  • 敢闘賞 - 1981年創設
  • 若鷲賞(新人賞) - 1976年創設
  • ベストリベロ賞 - 1999年創設
  • クロッキー賞 - 人気投票を行い選出される。2005年創設
  • ベスト6 - 1985年創設

[編集] 歴代優勝チーム

年度 男子 女子
1 1952年 八幡製鉄 倉紡万寿
2 1953年 八幡製鉄 日紡足利
3 1954年 日本鋼管 鐘紡四日市
4 1955年 日本鋼管 倉紡倉敷
5 1956年 住金小倉 日紡貝塚
6 1957年 八幡製鉄 日紡貝塚
7 1958年 住金小倉 日紡貝塚
8 1959年 日本鋼管 日紡貝塚
9 1960年 八幡製鉄 倉紡倉敷
10 1961年 東レ九鱗会 日紡貝塚
11 1962年 日本鋼管 日紡貝塚
12 1963年 東レ九鱗会 日紡貝塚
13 1964年 松下電器 日紡貝塚
14 1965年 日本鋼管 日紡貝塚
15 1966年 松下電器 日紡貝塚
16 1967年 八幡製鉄 日紡貝塚
17 1968年 松下電器 日立武蔵
18 1969年 松下電器 日紡貝塚
19 1970年 日本鋼管 ヤシカ
20 1971年 日本鋼管 ユニチカ貝塚
21 1972年 住友軽金属 日立武蔵
22 1973年 松下電器 日立武蔵
23 1974年 新日鉄堺 日立武蔵
24 1975年 新日鉄堺 日立
25 1976年 新日鉄堺 日立
26 1977年 新日鉄堺 日立
27 1978年 富士フイルム 日立
28 1979年 サントリー 日立
29 1980年 新日鉄 米国・コロラドスプリング市
30 1981年 松下電器 ユニチカ
31 1982年 日本鋼管 日立
32 1983年 富士フイルム 日立
33 1984年 新日鉄 日立
34 1985年 サントリー 日立
35 1986年 富士フイルム ダイエー
36 1987年 富士フイルム 日立
37 1988年 新日鉄 日立
38 1989年 新日鉄 ユニチカ
39 1990年 新日鉄 イトーヨーカドー
40 1991年 サントリー ユニチカ
41 1992年 日本電気 ダイエー
42 1993年 日本電気 日立
43 1994年 NECブルーロケッツ 日立ベルフィーユ
44 1995年 サントリーサンバーズ ユニチカ・フェニックス
45 1996年 NECブルーロケッツ ダイエー
46 1997年 NECブルーロケッツ NECレッドロケッツ
47 1998年 松下電器 ダイエー
48 1999年 NECブルーロケッツ オレンジアタッカーズ
49 2000年 サントリーサンバーズ ユニチカ・フェニックス
50 2001年 JTサンダーズ NECレッドロケッツ
51 2002年 東レアローズ 東レアローズ
52 2003年 NECブルーロケッツ パイオニアレッドウィングス
53 2004年 JTサンダーズ 東レ・アローズ
54 2005年 東レアローズ パイオニアレッドウィングス
55 2006年 東レ・アローズ 久光製薬スプリングス
56 2007年 NECブルーロケッツ 久光製薬スプリングス
57 2008年 パナソニック・パンサーズ デンソーエアリービーズ
58 2009年 パナソニック・パンサーズ 東レアローズ

[編集] 放送について

実況はMBS森本栄浩馬野雅行が担当、かつては水谷勝海金指誠も担当していた。リポーターは、かつて男子の試合を益子直美が担当していたが、現在は試合後のインタビュアーとして2009年に中京テレビから移籍してきた金山泉が準決勝を担当(中継スタッフのテロップにはリポーターと明記)決勝は森本と馬野が担当した。

  • 2001年までは製作局であるMBSの社旗とともにキー局であるTBSの社旗も体育館内に掲げられていたが現在はMBSの社旗のみが掲げられている。

[編集] 大会マスコット

  • カラスをモチーフにした「クロッキー君」をマスコットとしている。

[編集] エピソード

  • 2005年の第54回大会において、予選ラウンドの久光製薬 vs 東北福祉大学戦では第2セットで25-0で東北福祉大が1点も取れなかった珍事が起こった。このセットでは25本のサーブをすべて久光の先野久美子が打っていた。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月14日 (土) 01:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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