龍生派
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龍生派(りゅうせいは)は華道(いけばな)の流派のひとつ。現家元は、三代目となる吉村華泉(よしむらかせん)。
明治19年(1886)に、初代家元吉村華芸(かうん)が創流した。2006年で創流120周年を迎えている。
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[編集] 創流の由来
その流派の名前は、初代家元の華芸の出身地が愛知県岡崎城で、その岡崎城の別名が「龍ケ城」だったことにちなむ。岡崎にて池坊を学んだ吉村華芸は東京に出て頭角を現すが、当時の池坊のいけばなを出生重視すぎると否定し、池坊を離れ、自己の流派を創流した。当時は「池坊龍生派」を名乗る。
[編集] 変遷
流祖・吉村華芸は立華・生花のみを流派の花として活動したが、二代目吉村華丘(かきゅう)の代に瓶花挿花として自由花を取り入れ、表現のジャンルを拡げた。
[編集] 活動しているジャンル
伝統に基づく「型」の中で表現する「古典華」(立華(りっか)・生花(せいか))と、作者の思いを「型」を離れて表現することのできる「自由花」の両方のジャンルにて活動していることがひとつの特徴と言える。「自由花」も、いわゆるテーブルサイズのいけばなだけでなく、建築物とのコラボレーションなど、インスタレーション的な展開も行っている。
[編集] その方法論
現家元・吉村華泉は、「ひと枝、ひと茎の植物が持っている個性を捉えて活かしていく」という考えを「植物の貌(かお)」と名付けて積極的に提唱し、龍生派のいけばなの根底を成すものとしている。
[編集] 次代へ
1996年、創流110周年を迎えた折に、次代を担う役割として副家元職に吉村華洲(かしゅう)が就任。吉村華洲は、2004年には「縄文コンテンポラリーアート展」(船橋市飛ノ台史跡公園博物館)に出品、同年仙台メディアテークにて大規模な個展『リンゴの唄』を開催。2006年に越後妻有で開催された大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレの小白倉いけばな美術館に出品し、古民家へのインスタレーションを行った。建築家から転身した出自を感じさせる空間把握と、流派の方法論「植物の貌」に基づく植物の微細な表情を捉えての表現で、小品から大作まで幅広い創作を展開している。ジャズバンド渋さ知らズや舞踏集団大豆鼓ファーム、演劇団体風練ダンスなどとのコラボレーションでの舞台美術を手がけるなどの活動もある。
[編集] 外部リンク
龍生派公式ウェブサイト http://www.ryuseiha.net
同 英語版 http://www.ryuseiha.net/english/
同 モバイル版 http://www.ryuseiha.net/i/

