龍皇昇

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龍皇 昇
四股名 龍皇
本名 Erhemochir Sanchirbold
生年月日 1983年3月11日(26歳)
出身 モンゴルウランバートル
身長 177cm
体重 152kg
所属部屋 宮城野部屋
成績
現在の番付 幕下4枚目
最高位 西前頭8枚目
生涯戦歴 255勝227敗11休(54場所)
幕内戦歴 23勝37敗(4場所)
データ
初土俵 2000年3月場所
入幕 2007年5月場所
備考
2009年1月24日現在
  

龍皇 昇(りゅうおう のぼる、1983年3月11日 - )は、モンゴルウランバートル市出身で宮城野部屋所属の現役大相撲力士。本名はエレヘムーオチル・サンチルボルド(Erhemochir Sanchirbold)。身長177cm、体重152kg、血液型AB型、得意手は突き、押し。最高位は西前頭8枚目(2007年7月場所)、愛称は「サンチル」、趣味は読書。

目次

[編集] 略歴

姉が日本に留学しており旭鷲山を知っていた事から、1999年10月に来日し、2000年3月場所に宮城野部屋に入門し初土俵、順調に出世し2002年11月場所に幕下昇進を果たした。幕下昇進後は大勝ち続きで一気に幕下上位まで出世したが、2003年11月場所の場所前の稽古で拳を負傷してしまい、その場所を全休し一気に幕下下位に陥落した。その後は幕下上位まで戻ったものの一身一退が続き、1年入門が遅い白鵬に大きく水を開けられてしまった。なお白鵬とは同部屋であり十両昇進前までは付き人を務めていた。

しかし、2006年3月場所に自己最高位の幕下3枚目で4勝3敗と勝ち越し、夏場所の十両昇進の可能性もあったが見送られ、翌5月場所は最高位の西幕下筆頭で4勝3敗と勝ち越し、5月24日の番付編成会議で翌7月場所の十両昇進が決定した。モンゴル出身では10人目、外国人では16人目の関取である。その場所は西十両14枚目で9勝6敗だった。また、2007年3月場所では、東十両3枚目で9勝6敗と勝ち越し、新入幕を決めた。

新入幕を果たした5月場所は序盤から連勝を重ね、11日目で勝ち越す好調さを見せた。その後14日目には10勝目を挙げ敢闘賞受賞は確実かと思われたが、この場所は平幕で12勝をあげた力士が二人いたこともあって千秋楽に勝てばという条件が付き、結局千秋楽の取り組みでは敗れた為受賞はならなかった。翌7月場所は5勝10敗、さらに9月場所も3勝12敗と大負けし、十両陥落が決定した、しかし2008年1月場所、西十両2枚目で8勝7敗と勝ち越して翌3月場所は3場所ぶりに再入幕を果たしたが、5勝10敗と大きく負け越しとなってしまった、幕内ではなかなか自分の相撲が通じず苦戦し、ついには十両でも負け越しを重ねてしまい、2009年1月場所ではついに関取の座を失い幕下に陥落してしまった。

多彩な技で勝負するモンゴル出身力士が多い中では珍しく、龍皇は突き・押しを得意とし、立合いの諸手突きからの重い突っ張りを武器としている。新入幕を果たした2007年5月場所の大相撲中継の新入幕インタビューでも、「モンゴル出身ですが、押し相撲です」と自己紹介した。

白鵬と同じ宮城野部屋ということで、白鵬の横綱土俵入りでは露払いを務めている。2007年6月1日、明治神宮で行われた白鵬の新横綱奉納土俵入りでも露払いを務めた。

  • 2000年3月場所 - 初土俵
  • 2006年7月場所 - 新十両
  • 2007年5月場所 - 新入幕

[編集] 幕内での場所別成績

龍皇昇 [1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2007年
(平成19年)
x x 東 前頭 #14
10–5
 
西 前頭 #8
5–10
 
東 前頭 #13
3–12
 
(十両)
2008年
(平成20年)
(十両) 西 前頭 #16
5–10
 
(十両) (十両) (十両) (十両)
2009年
(平成21年)
(幕下) (幕下) (幕下) x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 主な成績

2009年1月場所終了現在

  • 通算成績:252勝227敗11休(54場所)
  • 幕内成績:23勝37敗(4場所)
  • 十両成績:81勝84敗(11場所)

[編集] 人物像

同部屋の弟弟子白鵬が順調に番付を上げて行く一方自らは低迷していた時は、どうして同じ物を食べているのに…と思っていた。稽古場でも白鵬に歯が立たなくなり悔しさのあまり稽古場の羽目板を強打し負傷したりしている。

また、2006年5月場所、幕下西筆頭で勝ち越したが、15枚目格幕下付出で全勝した下田が上がる可能性もあったため、発表の前日は眠れなかった。

[編集] 改名歴

  • 龍皇 昇(りゅうおう のぼる)2000年3月場所 -

部屋の岩崎マネージャー(元幕下の岩海)が、港龍にちなんだ皇龍を考えた後で語呂が良い「龍皇」にし、下の名は昇龍のようにと「昇」と名付けた。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ "Rikishi in Juryo and Makunouchi" (English). szumo.hu. 2007-06-07 閲覧。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年5月22日 (金) 01:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【龍皇昇】変更履歴

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