秋葉原

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中央通り交差点付近(2007年3月17日)
秋葉原の超高層ビル群
秋葉原駅電気街口南側の電気街(2004年3月20日)
万世橋上より電気街を望む(2006年8月)

秋葉原(あきはばら、あきばはら)は、東京秋葉原駅周辺、主として東京都千代田区外神田神田佐久間町神田花岡町および台東区秋葉原周辺を指す地域名である。

目次

[編集] 概要

戦後の日本で、高度経済成長とともに多様な電子関連の機器や部品(ハードウェア)およびソフトウェアを取り扱う商店が建ち並ぶ世界有数の電気街として発展した。世界的な観光地の顔も有する。秋葉(あきば)・アキバの略称で呼ばれる。

当初はジャンク部品の商店とそこから発展した家電販売店が中心の電気街であったが、戦後になると音楽ブームを背景としてレコードやCDを取り扱う専門店が軒を連ね、その後は電子ゲームブームの到来とともゲームショップが繁盛した。この電子ゲームブームが本格化すると仮想空間を嗜好する需要に着眼したホビーショップやアニメショップも建ち並ぶようになった。近年では規制緩和に伴って外資も参入し、再開発により駅を挟む形で多くの複合型ビルが建設され、訪れる年齢層も様々になっている。

[編集] 地理

地理概念的に言う秋葉原とは、東は昭和通り、西は昌平橋通り、南は神田川、北は蔵前橋通りに囲まれた区域、すなわち東京都千代田区外神田・台東区秋葉原を指す(一般に言われる秋葉原はほとんど千代田区にあるが、1969年10月1日秋葉原駅北端から北へ100メートル程の辺りの台東区側に「秋葉原」の町名が誕生した)。現在、一般的にアキバと言われる場合は秋葉原電気街を指す事が多いが、この場合は更に限局され、秋葉原駅を核として東限はJR線までの中央通り沿いを中心とした地域となる。

JR秋葉原駅には東西に総武本線、南北に東北本線山手線京浜東北線)が通る。秋葉原電気街は秋葉原駅から北西方向を中心としており、住所表示では電気街口前が外神田一丁目、その北の中央通り東側が四丁目、西側が三丁目。メイド喫茶集中地区は外神田三丁目となっている。

秋葉原電気街の外側は主に住宅地・商業地が混在して広がっている。従って電気街の外れの方に行くと、ごく普通に民家が立ち並んでいる。後述するように、様々な路線の駅に近いため交通の利便が非常に高い。従って地価・家賃ともに非常に高価である。

[編集] 地域

「世界有数の電気街」がある町として非常に有名。日本各地、世界各地から観光客が訪れ、まさに「世界有数」である。

だが「家電量販店がひしめき合っている」「家電品が安く買える」という意味での電気街は、秋葉原の競争力が低下したことが原因で1990年前後を境に徐々に衰退の方向にあり、扱われる機器類・ソフトウェア類にも時代の変遷が色濃く現れている。

一方で、一般向けの量販店が通常取り扱わない電子部品を扱う販売店(その殆どは敗戦直後に創業した、1区画あたり2畳程度の広さの店舗で個人が経営している)は現在でも秋葉原駅近くの総武線ガード下を中心として根強く生き残っており、「秋葉原電気街」の源流は今もなお命脈を保っている。これらの商店では他では得難い部品も多々流通している。冷戦時代には高度な品質の電子部品を買い付けに来る東側社会主義国の外交官の存在などが噂されたこともあるほどであった。

「アキバ」と略すのは、秋葉原駅ができる前「秋葉神社」があったため。「あきばっぱら」という呼び方もある。

電気系部品についての詳細は電子部品を参照。

また、他方で秋葉原は古くはハイファイオーディオアマチュア無線さらには音楽(特に海外輸入版ソフト)の愛好家、近年ではパソコンマニア(及びおたく)たちが集まるサブカルチャーマニアの街という側面が存在する。衰退しつつあった家電量販に変わって、1990年代には当時普及しつつあったパソコン関連の店が増加していった。1990年代後半には、これら理系・機械マニア向けの店だけでなく、アニメ・ゲームマニア向けのソフトウェアコンテンツ産業の商品を含む)を取り扱う店が増えてくる。最初のうちはアニメやゲームを好むオタクは奇異なものとされる傾向にあったが、次第にオタク向け文化が広く大衆化し、秋葉原での家電販売が90年代以降不振であったことと逆に、好調に推移するオタク向け産業の市場が注目されていった。秋葉原に集うこれらオタクの事を一般的には「アキバ系」と呼ばれている。

マスコミにオタクの存在が頻繁に取り上げられるようになってからは、秋葉原という街全体がコンテンツ産業の商品を幅広く扱うホビーショップの様相を呈するようになった。この頃より「秋葉原電気街」は「オタクの街・アキバ」として広く知られる様になる。独特な文化にや各種グッズを目当てに押し寄せる人が急激に増え、さながら観光地の様相も見せ始める。こと21世紀に入り日本のコンテンツ産業が世界進出に積極的になると、アニメや漫画に興味を持つ日本国外の観光客らもこれらホビーショップに訪れるまでになっている。

2005年つくばエクスプレス開業とヨドバシカメラマルチメディアAkibaの開店は秋葉原の大衆化に拍車を掛けることとなったが、その一方で古くより秋葉原に地盤をもっている家電量販店は販売不振から、店舗の統廃合や撤退が相次いだ。同年には電気街口北側の駐車場跡(かつての神田市場の跡地)に、産学連携プロジェクトやオフィス機能などを持つ施設、「秋葉原クロスフィールド」も誕生し、ヨドバシカメラと並び、それまでの秋葉原のイメージとは大きく異なる存在感を放っている。

2008年より東京都交通局が運行を開始した観光路線バス「東京→夢の下町」の経由地に秋葉原が含まれているなど、秋葉原は現在急速な観光地化が進んでいる。休日の秋葉原を歩いているといかにもオタクな男性だけでなく、女性だけの集団や、カップルで歩いている姿も珍しくなく、カメラを手にした外国人観光客もあちらこちらで見ることができる。ウケ狙いの店や、歩行者天国でのパフォーマンスなどが増え、それら事象がマスコミに取り上げられる一方、従来の、「マニア」「趣味人」が集う町という雰囲気が消えつつあり、近年の「秋葉原電気街」の変化は特に著しいものとなっている。

PC(パソコン)関連商品についての詳細は#パソコン(PC)関連、ホビー系グッズについての詳細は#アニメ・ゲーム・同人誌関連を参照。

電気街とは山手線を挟んで反対側に位置する昭和通り側は、住宅と大小さまざまな企業が密集しており、日夜多くのサラリーマンが歩いている。主な企業としては凸版印刷YKK、少し離れて岩本町方面へ行けば山崎製パン貝印などの企業がある。三井記念病院も秋葉原の昭和通り側から入ったところに位置している。

なお、用途地域は全域において商業地域である。

[編集] 歴史

1869年明治2年)12月の大火を受け、明治天皇の勅命で現在のJR秋葉原駅構内の地に勧請された「鎮火社」を、江戸時代に火防(ひぶせ)の神として広く信仰を集めていた神仏混淆秋葉大権現(あきはだいごんげん)が勧請されたものと誤解した人々が「秋葉様」「秋葉さん」と呼び、火災時には緩衝地帯となるよう空き地とされていた社域を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだことに由来する。

鎮火社は1870年に秋葉社となり、1888年(明治21年)日本鉄道が建設していた鉄道線(現在の東北本線)が上野から秋葉原まで延長されるのに伴って台東区松が谷3丁目に移転され、秋葉神社となった。

1964年10月1日、「松永町」・「練塀町」から「秋葉原」の住居表示が施行された。

[編集] 地名の読み方

かつては「あきばはら」「あきばっぱら」「あきばがはら」「あきばのはら(秋葉の原)」と呼ばれていたが、秋葉原駅(あきはばらえき)ができて以降「あきはばら」という読みが定着し、後に地名の読みも「あきはばら」が公式なものとされた。ちなみに、「あきはばら」の読みは、秋葉原駅の駅名をつける際、秋葉原の読み方を知らない鉄道官僚が勘違いして付けたことで生まれたものである(同様の例は、他には尾久駅高田馬場駅熊谷駅などがある)。

しかし、日常会話では「あきば」という略称が広く使われていることなどから、現在でも「あきばはら」などと読まれる場合がしばしばある。

なお、秋葉神社がある静岡県浜松市天竜区春野町では、秋葉を「あきは」と呼んでいる。

[編集] 沿革

  • 元々は材木商である「佐久間屋」に由来して「佐久間町」という地名であった。材木商は大火のたびに莫大な利益を上げており、火除けの町秋葉原らしい縁起である。現在でも秋葉原駅東側に「神田佐久間町」、「神田佐久間河岸」という地名が残っている。なお、台東区秋葉原は旗本士宅。
  • 後にこの地に勧請される「鎮火社」を人々が秋葉社と呼んだことから秋葉原(あきばはら、あきばっぱら)と呼ばれるようになる(上記参照)。
  • 1888年 : 秋葉社が松が谷に移転。
  • 1890年 : 日本鉄道の鉄道線(現在の東北本線)が上野から秋葉原まで延長。当初は旅客の扱いは無く、秋葉原貨物取扱所として駅の南を東西に流れる神田川から駅東側に割り堀を引いて水上貨物輸送への窓口となっていた。駅名をつける際に「あきはばら」と誤植されるが訂正されずに今に至る。
  • 明治中期から大正時代にかけ、秋葉原周辺は鉄道都電など交通の便が良く、そのため特に卸売業が発達し、秋葉原駅近辺に青果市場も開かれた。
  • 1912年4月1日甲武鉄道万世橋駅が開業。
  • 1925年 : 秋葉原駅 - 東京駅間の開業により東北本線が東京駅まで開通。
  • 1932年御茶ノ水駅 - 両国駅間が開業し、秋葉原は乗換駅になった。
  • 1935年 : 神田青果市場が設置される。
  • 1936年 : 鉄道博物館(のちの交通博物館)が東京駅から中央本線万世橋駅の駅構内に移転する。
  • 1943年11月1日 - 万世橋駅が休止(事実上の廃止)。
  • 戦前から戦後にかけて : 地下鉄銀座線)・都電・国電と付近で多くの鉄道・軌道路線が立体交差をしていたことから、鉄道・交通に関する子供向け絵本に、未来都市の象徴として秋葉原が描かれることがあった。
  • 1945年第二次世界大戦後 : 神田地区の闇市で当初電機学校(現在の東京電機大学)の学生のために販売していた真空管ラジオ部品など電子部品の店舗が総武本線ガード下に集まって、今日の電気街の基になった。
  • 秋葉原でこの頃に創業した「ムセン」・「無線」と名の付く店鋪は、当時ラジオ販売を主にしていた事からそのような語句を社名としたと言われる。ここでいう「無線」とは大抵ラジオを指し、無線機を扱わない店舗も多かった。無線機器やその部品を扱う商店はかつては巣鴨付近に多かった。その名残で秋葉原で無線機や電子パーツを扱う会社には、巣鴨発祥のものが現在も存在する。
  • 1948年11月万世橋警察署が設置される。
  • 1960年代 : 高度成長と連動する形で、テレビ洗濯機冷蔵庫など家電製品の販売店が多くなり、大阪日本橋でんでんタウンと並んで日本有数の電気街の地位を築く。
  • 1962年5月31日営団地下鉄日比谷線秋葉原駅が開業。
  • 1970年代 : 現在の中央通の街並みの原型がほぼ完成。マイコンジャンクを取り扱う店が登場。ステレオ音楽機器がブームとなり音楽レコード(特に海外輸入版)を取り扱う専門店が増加。このころに外国人観光客向けの免税店も登場した。
  • 1973年 : 休日の中央通りにおける歩行者天国が始まる。
  • 1979年 : 秋葉原電気街振興会が設立。
  • 1980年代ファミコンの普及に伴って、各種コンピューターゲームソフトを扱う店が増え始め、ゲーム関連の専門店も登場する。音楽CDを取り扱う店舗が林立する。
  • 1980年 : 「秋葉原電気まつり」が始まる。
  • 1989年 : 神田青果市場が大田区へ移転(大田市場)。跡地は駅前広場・駐車場となる。
  • 1990年代 : 郊外型やカメラ系の家電量販店の台頭で家電売り上げが減少。代わってパソコン及び関連商品を扱う店が増える。
  • 1990年4月 : 国内最大級のパソコン専門店、ラオックス ザ・コンピュータ館が開店。
  • 1993年6月ソフマップが中央通りに初出店。
  • 1994年頃 : パソコンパーツ(いわゆる「自作PC」の部品)を扱う店舗が増え始める。
  • 1990年代後半 : コンピューターゲームの中で、美少女やアニメを扱ったものに人気が特化していき、秋葉系オタクといわれる存在が注目されはじめる。
  • 1996年頃 : 秋葉原におけるパソコン関連の売り上げが、初めて家電の売り上げを上回る。前年のWindows95の発売もあり、本格的にマルチメディア最先端の街へと変化していく。
  • 1997年7月 : 秋葉原駅前広場を会場にコンピュータ関連展示会「インターネットショーin秋葉原」が開催される。以後2001年まで毎年開催され、1999年からは「AKIBAX」の愛称がつけられるなど、秋葉原の夏の一大イベントとなる。

[編集] 主に販売されている商品

前述した通り秋葉原は電器店街として国際的にも知られている街であるが、そこで扱われている商品は時代に合わせて激しく変遷しており、必ずしもエレクトロニクス関連の商品ばかりというわけではない。

[編集] 電子部品

電気街の元祖ともいうべき、戦後のラジオ部品販売(初期には日本軍や米軍からの真空管などの電子部品のみならず、戦車の転輪等の放出品があったという)に由来するもので、派手さこそないものの総武線ガード下を中心にICコンデンサ、電子小物などの販売店が営業中である。これら零細店舗も、事業の発展により部品卸業者として成長し本社機構は近隣のビルに構えてガード下店舗はパイロット店として営業を行っていることも珍しくない。

少々誇張気味ではあるが「ここで見つからない電子部品はもう世界のどこにもない」とまで言われる事もあり、各国の関係者が軍事・諜報活動用途に部品を購入しに訪れるという話や、冷戦時代には東西両陣営の軍事関係者が鉢合わせしたという都市伝説もある。また、部品が一つずつ購入できるので、大学などが実験などに使う部品を調達したり、製造業業者が開発中の商品用のちょっとした部品を秋葉原で調達することも多い。ただし、製造中止となった部品の中で需要の根強い部品(特定型番のゲルマニウムトランジスタなど)については一時期転売目的の業者や個人に買い漁られ、今では入手不可能となったものも存在している。

電子部品に限らず、工具や測定器から線材・ネジ・ケース類・結束用部材などの、電気工作や工事に必要と思われるものは、およそなんでも調達でき、電気・電子関係と目される機器製作においては、ほぼ秋葉原内の店舗を巡るだけで、必要な工具や資材が入手可能である。

[編集] 家電製品

テレビ冷蔵庫洗濯機ステレオなど1960年代 - 1980年代までの秋葉原を象徴する販売品目で、全盛期は南東北新潟県山梨県静岡県辺りまで商圏があったといわれていたが、大手カメラ店や郊外型大手家電量販店チェーンストアが成長した1990年代以降は縮小していった。とりわけ2005年にヨドバシカメラマルチメディアAkibaが秋葉原に開店して以降は、物量に勝るヨドバシカメラに押される形で、秋葉原の多くの総合家電量販店が閉鎖に追い込まれた。以下のように、近年の秋葉原地盤の家電量販店は厳しい状況にある。

しかし日本国外仕様の電気製品に関しては現在でも店舗数・品揃えで他地域の追随を許していない。

[編集] アマチュア無線機

ラジオ部品販売とも関連するもので、アマチュア無線映画(原田知世「私をスキーに連れてって」等)などで取り上げられて大きなブームとなった1980年代までは中央通り沿いなどを中心に多くの販売店があったが、アマチュア無線市場の縮小にともない2008年時点では4社に減少した。アマチュア無線の一分野であるパケット通信がPCの知識を必要とするなど、比較的ユーザ層が近いこともあり、当時のハムショップでPCパーツ系のショップに業態を変えているものも多い(例:九十九電機→Tsukumo、トヨムラ→T-ZONE)。

また、かつては無線のメッカといえば秋葉原ではなく巣鴨であった(日本アマチュア無線連盟本部がある事に由来する)。その事から、当初は巣鴨周辺に店舗を構えて無線機器や無線関係の電子パーツを扱っていた企業が、時代の変化と共に秋葉原に移転して、現在は電子部品などのショップとなっているという歴史的経緯を持つ店舗も存在する。このケースとして知られる現存するショップには千石電商があり、その本社は現在も巣鴨駅にほど近い文京区千石に所在している。

[編集] 鉄道模型

ガレージキットの店が秋葉原に進出し始めたのは1990年代後半だが、2006年まで交通博物館が近隣に存在していたこともあり、鉄道模型はそれ以前から扱う店があった。近年は新規メーカーの参入や車両形式ごとの作り分けにより製品のバリエーションが著しく増大しており、店舗数も家電量販店での取り扱い開始やホビーショップの新規出店のみならず、中古鉄道模型専門店やレンタルボックス、委託販売を利用した中古市場の成立により著しく増加しており、日本有数の激戦区となっている。因みに現存する日本最古の鉄道模型メーカーであるカワイモデルも、秋葉原(正確には神田須田町)に店舗を持つ。

[編集] パソコン(PC)関連

1976年NECTK-80の宣伝・普及のため、秋葉原ラジオ会館にショールームBit-INNを開設した事を機に、当時はマイコンと呼ばれたパソコン関連商品を扱う店が生まれたとされる。後に8ビットパソコンのようなホビーパソコンと呼ばれる趣味に供するためのコンピュータ市場が発生すると、メーカー直営から専門店まで、幅広い商店が軒を連ねた。この当時より無線機器を扱っていた商店が趣味の電子機器として個人向けコンピュータ製品を取り扱った。

1980年代以降にはビジネス関連で業務のOA化が進んだ事から、家電製品などとともにメーカー製PC・周辺機器の販売が次第に増え始めた。販売商品の主流は当時日本国内で大きなシェアを占めていたNECのPC-9800シリーズエプソンのNEC互換機で、ホビーユースでも8ビット御三家のように三強が覇権を争う市場が存在したが、この競争で主要シェアを獲得し損ねた他のアーキテクチャのみを専門に扱う店も普通に存在していたのが秋葉原らしかったと言えよう。マッキントッシュMSXなども専門店が長く残り、地方都市では入手困難な製品も扱われていた。

1990年代初頭からは、日本国内ではまだ主流ではなかったPC/AT互換機(当時はDOS/V機と呼ばれる事が多かった)が台頭し、ショップではハンドメイドで組み立てたPCやユーザー自身で組み立てる(自作)ためのパーツを扱う店が見られるようになる。当時主流であったNECのPC-9800シリーズよりも安価で、かつこのパーツの中にはメジャーメーカーではなかなかお目にかかれない特殊な仕様のカスタムパーツも多く、アングラを好む自作パソコンユーザがアキバに集結する源流を作り出し、それに伴って数多くのパーツショップが秋葉原に林立した。

爆発的な需要を生み出したオペレーティングシステムであるWindows95のリリース以降、家電製品にかわってパソコン関連製品が販売の主流を占め、一時期は秋葉原も「パソコン街」と呼ばれる事も多かったが、PCや主要パーツの価格下落による利幅の減少や、通販の一般化・家電量販店との競合などによる集客力の低下により、ここ数年は著名ショップの閉鎖・撤退が相次ぐなど衰退傾向を示している。しかし今もってなお、前述した自作PCユーザーが集う街としてのアキバは健在であり、自作PC用パーツを中心に、周辺機器類、中古・ジャンク商品等に関する限り、アキバは他地域の追随を全く許さない。またOSなどの基幹ソフトや自作パーツは世界で最初に発売される事も多い。更にショップや通販利用者も、秋葉原に店を構えることを一種のステータス(信用)と見なしているケースが多い。

以前はメーカーの決めた発売日前にフライング販売されることも珍しくなかったが、最近は特にCPUなどのメーカーが販売期日について厳しい規制を敷く事で減ってきた。ただ、メーカーが発表していないマイナーなモデル(特定メーカー向けの限定モデルなど)や、発表前の先行モデル(技術者向け評価版を含む)が出回ることは、今もたびたび起きる。いわゆるバルク品と呼ばれる、一般商店への流通を前提としないパッケージをしたパーツを主に扱う店も数多い。

元々自作用パーツを主にする比較的小規模なアキバ系ショップとメーカー製PCや周辺機器を主に扱う大型家電量販店は、ユーザー層の住み分けがなされていたが、近年は家電量販店でも自作用パーツが幅広く扱われるようになり、単なる価格競争以外の面で差異化を図っている。

[編集] ジャンク関連

もともと電気街の前身は、軍放出のジャンク品(がらくた)と呼ばれる無線機や部品の販売である。中古品販売業者も多い。店舗を構える業者もいるが、2000年代では土日祝には露天やガレージでジャンク品販売業者を見ることができる。これらジャンク専門店を片端からのぞいていく人も多く、どの店に何があるかや何が入荷しているかというのは、一種の運である(“欲しい物を探すな、何か面白い品はあるかと探すのが通だ”とよく云われる。)ジャンク品の購入は、目利きができる人にとっては、秋葉原ならではの楽しみといえる。

近年、日本各地に郊外型の大規模中古品店舗(ハードオフなど)が増え、ジャンク品も扱われるようになってきたが、秋葉原は質・量共に他の追随を許さない。特に保守・組み込み系のジャンク扱い品は、日本でも秋葉原でしか滅多に扱われないことが多く、わざわざジャンク品を目的に秋葉原に来る人もいる。またジャンク関連の店舗は地区のあちこちに存在するため、目的のものを見つけるのは容易なようで難しく、マニアともなると目的が無くてもリピーター的にジャンク屋に足を運ぶことも珍しくない。

扱われるジャンクは、無線機器からコンピュータ関連(新旧問わずパーソナルコンピュータからサーバー関連まで)、あるいは映像音響機器のほかコンシューマーゲームからアーケードゲームパチンコ台などの部品や各種業務用機器類まで多岐に渡り、その各々に専門店があるほか、素人には分類不能で分解して電子部品調達することを目的とした完全な「がらくた」を専門に扱う店もみられる。

またジャンク品と並んで、使途不明なオプション品(新品を含む)などが売られるケースがある。これらは何らかの本体が必要になるが、簡単な説明(あるいは憶測)が付いていれば良い方で、店側も正体が判らない場合が多い。中にはパッケージされた製品もあるが、基板が剥き出しの状態で売られ、取扱説明書もないため、端子や基板上のチップなどから用途を推定しなければならない。入荷も一時期に集中する事が多く、買い逃すともう二度と手に入らないといった事になる。

[編集] 音楽ソフト

昭和中後期、高度音楽機器の流行とともに、音楽を嗜好する需要に着目した音楽ソフトを販売する小売店が増加した。当時から販売店舗が少なかった海外輸入版ソフトを広く取り扱っていたため、音楽マニアが多く訪れた。CDの普及とともに国内・海外問わず種類・在庫量ともに豊富な品揃えで隆盛したが、ネットショップ(ダウンロードを含む)の普及や外資系CDショップの国内展開が進んで一時の隆盛は鎮まっているが、外資系ショップでは入手できないような稀少品が店頭に並んでおり比較的安価で容易に入手できることから、音楽マニアからの根強い定評がある。

[編集] アニメ・ゲーム・同人誌関連

ファミコンなどの家庭用テレビゲーム機が普及した1980年代後半からはゲーマーズなどゲームソフトを専門に扱う店も増加し、パソコンとインターネットの普及によりいわゆるエロゲ(アダルトタッチの美少女ゲームなど)も売り上げを伸ばしてゆく。1990年代以後もゲーム・アニメ・同人誌などの文化は成長し一般にも認知されてゆき、2000年代萌えブームに繋がっている。秋葉原ではそれらのカルチャーの発信地としてメイド喫茶コスプレショップ、まんだらけなどの同人誌販売店やアニメイトとらのあななどのアニメ・ゲームグッズショップ、フィギュアを販売・委託販売(→レンタルショーケース)したり、製作するためのパーツを売るボークスなどのショップが多く誕生し、2000年代初頭からも家電の販売不振を尻目に開店している。

[編集] 防犯カメラ・防犯グッズ

セキュリティー商品の一般住宅向け用に需要が増加してきたため、防犯カメラ防犯グッズを取り扱う店舗が増えてきた。国内外を問わずに取り扱っていて高性能の暗視カメラやデジタルレコーダーなどを取り扱っている。防犯グッズは、『スタンガン』・『特殊警棒』・『防犯スプレー』・『防犯ブザー』などを置いている。

[編集] 盗聴・盗撮機器

盗聴盗撮の機器が公然と販売されている店もある。これらはマスコミによく取り上げられている。こういった商品は用途別では分類されておらず、いわゆる「セキュリティ用品」としてや、特殊な撮影機材としてなどとして、そういった特殊機材を扱う専門店が散在する。また同じ店で無線盗聴に対抗する電子機器なども扱われている。

[編集] 飲食店

かつては市場の町であったため、そこに出入りする者を相手にした大衆食堂や東京ラーメンの店などがあったが、市場の閉鎖によりそれらの店舗は次々と消え、当時から残っているのはサンボ、かんだ食堂など少数である。その後電気街となってからはファーストフード店やカレー店などが若干開店し、休日の中央通りには屋台も数多く見られた時期もあった。しかし、自治体の方針により路上で営業する屋台は全て消えた。1990年代では従来の喫茶店や定食屋、駅ビル内の飲食店などのほか、新規の外食産業も徐々に進出していった。この頃すでにチチブデンキは店頭の自販機でおでん缶を販売していた。

再開発されサブカルチャーの街となって以降は観光客をターゲットに大手外食チェーンの開業も相次ぎ、繁華街として賑やかさが増している。また中東・トルコ系の羊肉料理であるドネルケバブの屋台も数店ある。2005年6月には秋葉原駅昭和通り口に飲食店ビルアトレヴィ秋葉原が、2006年3月には秋葉原UDXビル内に飲食街AKIBA_ICHIが開業し、さらに選択肢が広がった。

一方で、九州じゃんがら本店を始めとする老舗ラーメン店が多く出店している。2004年九十九電機がラーメンマップを配布したこともニュースサイトなどで報じられた[1][2]。さらにここ近年ではカレー専門店の出店も相次いでおり、以前からあったカレー専門店やチェーン店、インド料理店など、カレー店の激戦区と化していると報道された[3]

喫茶店も、前述のようにサブカルチャーの台頭に伴いメイド喫茶のメッカと化している他、ドトールプロントスターバックスなどの大手チェーンも出店しており、多様化している。また、秋葉原に拠点を構える企業は多数あるが、周辺にオフィス街もあり、秋葉原はターミナル駅でもあることから、仕事帰りに寄る人や遅い時間までいる人をターゲットに閉店時間の遅い店舗も増え、居酒屋の大手チェーン店も秋葉原に出店している。

[編集] その他

  • 電気街口にあったアキハバラデパート南側出口前では、昔から様々な種類の商品の実演販売が行われていた。ここで実演販売を行うのは超一流の腕前の人ばかりなので、口上を楽しめた。また、外国人旅行者の多さから、免税店が数多く存在しており、軒先には様々な外国語が並んでいる。日曜日・祝日の昼間は中央通りが歩行者天国となり賑わっていた。
  • 全国でも珍しいおでん缶自動販売機1990年代初頭から存在している。2000年代半ばごろからTVなどで報道されたことにより名物となり、自動販売機の設置されていた場所は一時は観光スポットにまでなった。現在は周辺のゲームソフト店やコンビニエンスストア、ドン・キホーテ秋葉原店でもおでん缶を販売している。冬季は保温販売を行っているが夏季は常温販売のみの店が多い。
  • 秋葉原にある多くの電機店・パソコンショップは開店時間が遅く、閉店時間が早い店が多い。朝は10時頃に行っても電機店は大型店以外大半が営業しておらず、店によっては昼近くになってから開き始める。逆に夜は、早い店だと18時台には閉店し始め、電子部品店は19時までに、他のほとんどの店も20時頃にはシャッターを下ろしている。それ以降営業しているのは大型店の一部のみ。また、週1回の定休日を持つ店も多く、中には最も賑わう日曜・祝日が定休という店もある。
  • 神田青果市場が去ってから数十年経過した今でも、当時から営業している青果店が一部残っている。

[編集] 問題点

[編集] 路上駐車・路上喫煙

駐車取締り
中央通りにて
(2006/9/4撮影)
  • 現在、秋葉原のほとんどは千代田区生活環境条例により、路上禁煙地区と環境美化・浄化推進モデル地区に指定されている。駐車問題に関しては2006年(平成18年)6月より改正・強化された道路交通法により改善された。
  • 駐車場の確保はこの地区が抱える問題として広く認知されており、休日等に発生する付近道路の駐車場入場待ちの渋滞対策として、長らく駅前広場(神田市場の跡地)に仮設駐車場が設けられていたが、駅前再開発事業の進捗に伴い2004年(平成16年)5月で廃止された。現在は再開発地区内にある秋葉原UDXビルの地下に外来用として収容台数800台規模の自走式駐車場(秋葉原UDXパーキング)が設置されている(高さ制限2.4m)。また、ヨドバシカメラマルチメディアAkibaの地下2階から地下6階には5層にも及ぶ自走式駐車場が設置されている(高さ制限2.1m)。前述の駐車場以外は機械式駐車場が多くなっている。

道路交通法の改正で駐車監視員の姿も見られるようになり、取締りが強化されている。

[編集] キャッチセールス・詐欺まがい行為

秋葉原に不慣れな人を狙ったキャッチセールス・各種詐欺行為が駅周辺に多い。

具体例( - 2006年)

絵画商法
2001年頃から秋葉原に進出してきた絵画商法のキャッチセールス。秋葉原駅電気街口を始め数カ所に出没し、法外な価格で絵画を販売する。キャッチセールスの女性が配布している絵はがきを受け取ると執拗な勧誘を受ける。
募金詐欺
20年以上の長きに渡って、現在も活動する古株集団。駅周辺やガード下で「災害義援金」などと称し、募金詐欺を行っていることがある。偽造/捏造した許可証や推薦状を持つ者もいるため、見分けがつかない。
手相鑑定
路上で、手相の勉強をしているので手相を見せてくれないかなどと声をかけ、通行人にあたかも手相鑑定のように見える行為を行う団体も活動している。その実態は宗教団体による活動で、相手にすると執拗に入信や物品の購入を迫られる。
プロバイダーによる勧誘
一部のインターネットサービスプロバイダーTEPCOひかりau one netなど)が、PCショップ店頭などで勧誘を行なっている。その場で強制的に加入させられることはないが、道路を塞ぐ様に広がってチラシなどを配り、それを受け取った通行人に執拗に勧誘するなど、目に余る行為が見られる。
カルト教団の経営する商店
かつてはオウム真理教系列のパソコンショップ、マハーポーシャ(現在は閉店)が呼び込みを行っていた。
事故品販売
家電製品などが輸送中に傷が付く・部分的に破損するなどして商品価値の無くなった物を売り付ける商法。秋葉原からやや外れたところに店があり、定価の3~4割引程度と動作保証の無い事故品の割にそれほど安くなく、加えて保証期間などは設定されないなどの傾向が見られる。

[編集] 非合法関連商品の販売

  • 秋葉原では非合法にコピーされたゲームソフト・ビジネスソフトなどが露店形式で公然と販売されている。また販売差止されている商品が公然と販売されている事も多い。また販売差止されていないものの中で、販売すること自体は非合法ではないが、目的外使用することで非合法になるもの(販売差止になっていないマジコン関連商品、CATVスクランブル解除装置、ピッキング工具など)なども販売されている。また白ロム携帯電話も売られていてそれ自体は非合法ではないが、即時解約目的をもって新規契約されたのち解約された(詐欺罪)ものもあり、経緯が非合法なものも売られている事がある。

[編集] アキバ狩り(おたく狩り)

  • 2006年に入り、秋葉原において買い物に来た中高生が恐喝にあうという事件が相次いで報道された。2006年9月28日警視庁少年事件課が秋葉原で恐喝をしていたとして少年グループを逮捕した。犯人の少年らはこれらの恐喝行為をアキバ狩り(以前から『おたく狩り』とも呼ばれていた)と呼び、アキバ系の中高生は、体力が弱い上、金があるというオタクに対するイメージにより犯行に至ったという。現在は、終息気味。

[編集] その他(路上パフォーマンス問題など)

  • 休祝日の歩行者天国では、インディーズ系バンドやいわゆるアキバ系アイドルのパフォーマンス、メイド喫茶などのビラ配りなどの光景が散見できたが、万世橋警察署は「歩行者天国での路上ライブ・物品販売等を禁止」とする立看板を設置しており、さらにはヨドバシAkiba前の交通広場(都営バスリムジンバス・タクシー乗り場)にも、2007年7月の連休から「ライブ行為禁止」の手書き看板が設置され、取締が強化された。また、道路の無許可使用で任意同行となるパフォーマーも出ており、この話題は「情報ライブ ミヤネ屋」をはじめ各情報番組でも伝えられ、ワイドショー番組でも卑猥なパフォーマンス内容が話題をさらった。歩行者天国は2008年6月に発生した秋葉原通り魔事件を受けて当面中止されることとなったが、再開を望む署名活動が行われたり、店舗跡地に誰でも使用できるフリースペースが設置されるなど、街は明るい顔を取り戻しつつある。

[編集] 公共交通機関

[編集] 鉄道

  • 秋葉原駅
  • 末広町駅
    • 東京地下鉄銀座線
      • 電気街の北端。中央通りと蔵前橋通りとの交差点(外神田5丁目交差点)直下に駅があり、上下線ホームの相互連絡通路は存在しない。上野広小路駅(銀座線)・湯島駅千代田線)まで当駅から徒歩5分程度であるので、これらの駅からも充分徒歩利用可能である。
      • 電気街の大半は当駅と秋葉原駅との間に位置するため、両駅を使って電気街を徒歩で縦断する客も多い。
      • とは言え、秋葉原駅に比べ利用者が極めて少ないため、電気街方面への出口は乗降がある時以外は閑散としている。
  • 神田駅
    • 東京地下鉄銀座線
      • 電気街よりも南、中央通り直下。6番出入口を利用。電気街でも南寄りの地域には末広町駅よりも近い。
  • 岩本町駅
  • 淡路町駅小川町駅新御茶ノ水駅
    • 東京地下鉄丸ノ内線(淡路町駅)
    • 都営地下鉄新宿線(小川町駅)
    • 東京地下鉄千代田線(新御茶ノ水駅)
      • 神田川の南側であるが、電気街南端には徒歩10分足らずの距離。都営新宿線であれば、岩本町駅よりも小川町駅のほうが電気街、特に西寄りの地域には近い。また、新御茶ノ水駅からは徒歩10分程度かかる。小川町駅 - 淡路町駅の地下通路よりは、御茶ノ水駅乗り換え口から出て聖橋経由が近い。

[編集] 路線バス

  • 都営バス
    • [秋26]秋葉原駅 - 清澄白河駅 - 境川 - 旧葛西橋 - 江戸川車庫 - 葛西駅
      • 運行頻度は毎時約2 - 3本。
      • 以前はJR電気街口サトームセン(現:LABI秋葉原パソコン館)前に停留所があったが、つくばエクスプレス開業に併せた駅周辺整備により、現在の交通広場に移転された。またそれに伴い、休日の歩行者天国実施時間帯の秋葉原駅付近における経路変更も終了となった。
    • [東42乙]秋葉原駅 - 蔵前駅 - 東武浅草駅 - 清川 - 南千住
      • 運行頻度は、平日、土曜日は、8時、9時台約30分間隔、14時10分発(平日のみ運行)及び17時16分発。休日は、11時~16時台の間約40分間隔。
      • 以前はJR昭和通口・昭和通り上発着だったが、こちらもつくばエクスプレス開業に併せた駅周辺整備により、現在の交通広場に移転された。
    • [茶51]駒込駅南口 - 向丘二丁目 - 東大正門 - 本郷三丁目駅 - 御茶ノ水駅 - 秋葉原駅
      • 運行頻度は毎時約2 - 4本。
      • 早朝・夜間は駒込駅方面からは御茶ノ水駅止まりであるが、外神田二丁目停留所から電気街へ徒歩3分ほどで行ける。ただし駒込駅方面への乗り通しは認められていない。秋葉原駅交通広場まで乗り入れている朝 - 日中は万世橋停留所で降りると電気街に近い。
      • 都電19系統(通り三丁目 : 王子駅)に由来を持ち、かつては東京駅王子駅を結んでいた系統である。交通事情の変化などによる区間の変更を経て、秋葉原駅には2007年に初乗り入れとなった。
  • 空港リムジンバス(京成バス千葉交通
    • 秋葉原駅 - 成田国際空港(廃止)
      • 1日3往復。交通広場から発着。(2008年3月に廃止された)
  • 空港リムジンバス(東京空港交通
    • 秋葉原駅 - 東京国際空港(羽田空港)
      • 秋葉原発は6本、羽田発は8本。交通広場から発着する。
  • 夜行高速バス(遠野・釜石号国際興業岩手県交通
  • 夜行高速バス(大阪 - 銚子線:千葉交通・南海バス
    • 銚子駅…(中略)…秋葉原駅 - 京都駅なんば高速バスターミナル
      • 1日1往復。交通広場から発着する。他社の東京駅など山手線主要駅から発着する京都・大阪方面の同等レベルの路線バスに比べ、運賃が安い。

[編集] 史跡

秋葉原駅の電気街口から出、神田明神通りにそって10分位歩くと神田明神湯島聖堂がある。普段はさほど人通りが多くないが、正月や神田祭の時期には大勢の人で賑わう。なお、秋葉原電気街を氏子にもつ神田明神では、「IT情報安全守護」という秋葉原にちなんだお守りが売られている。

[編集] 施設

なお、現在は国分寺市にある国鉄マルス指定券販売システム)はかつて、この秋葉原にホストコンピュータが置かれていた。システムを構成するハードウェアの補修部品を手に入れやすいというのがここに設置された理由のひとつである。当時のマルスセンターの建物は、現在ではJR東日本の秋葉原ビルとして現存する。

[編集] 秋葉原を題材・舞台とした作品

[編集] 小説

[編集] エッセイ

  • 『アキハバLOVE〜秋葉原と一緒に大人になった〜』桃井はるこ

[編集] 漫画

秋葉原が主たる舞台となった作品

秋葉原が舞台となったエピソードがある主な作品。

  • げんしけん木尾士目 : 本作を原作としたテレビアニメ作品あり。
  • こちら葛飾区亀有公園前派出所秋本治
    • 24巻「サムライ!の巻」
    • 100巻「両さんの秋葉原案内の巻」
    • 151巻「ようこそアキバへ御主人様の巻」など。
  • らき☆すた美水かがみ : 本作を原作としたテレビアニメ・ゲーム作品あり。主人公の泉こなたが度々訪れている。
  • 月下の棋士能條純一 : 作中に秋葉原の将棋クラブ(秋葉原駅昭和通り口近くに「秋葉原将棋センター」が実在する)での対局シーンが登場する。
  • ハチワンダイバー柴田ヨクサル : 同上。本作を原作としたテレビドラマ作品あり。
  • 『BOOM TOWN』内田美奈子 : TRIP.7.5(単行本2巻)「ネオアキハバラの大変」。作中年代(未来)の秋葉原である“ネオアキハバラ”が舞台。登場人物も「ネオ・アキバ」と呼んでいる。TRIP.3(1巻)TRIP.19(3巻)にも出てくる。

[編集] アニメーション

[編集] ゲーム

[編集] ドラマ

[編集] 映画・その他

[編集] 関連書籍

[編集] 書籍

  • 『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』森川嘉一郎
  • 『萌える聖地アキバ - 秋葉原マニアックス』藤山哲人
  • 『萌える聖地アキバ リターンズ - 秋葉原マニアックス2006』藤山哲人
  • 『秋葉原人』アキバゲンジン 小林たかや
  • 『秋葉原完全攻略マップ&ガイド』山と溪谷社

[編集] 雑誌記事

[編集] 秋葉原(地名)

秋葉原(あきはばら)は東京都台東区地名で、下谷地域内である。

郵便番号 110-0006

[編集] 地理

下谷地域の南部に位置し、千代田区神田練塀町神田松永町外神田)との区境にあたる。

[編集] 地域

企業

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月3日 (火) 12:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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