日食

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1851年7月28日に観測された皆既日食の写真
2006年3月のトルコでの皆既日食

日食(にっしょく、本来の用字は日蝕。solar eclipse)とは太陽によって覆われる現象である。の時に起こる。

目次

[編集] 種類

月の地球周回軌道および地球公転軌道は楕円であるため、地上から見た太陽と月の視直径は常に変化する。月の視直径が太陽より大きく、太陽の全体が隠される場合を皆既日食(total eclipse)という。逆の場合は月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見え、これを金環日食(または金環食。annular eclipse)と言う。

皆既日食と金環日食、および後述の金環皆既日食を中心食と称する。

中心食では本影と金環食影が地球上に落ちて西から東に移動しその範囲内で中心食が見られ、そこから外れた地域では半影に入り太陽が部分的に隠される部分日食(partial eclipse)が見られる。半影だけが地球にかかって、地上のどこからも部分食しか見られないこともある。

場合によっては月と太陽の視直径が食の経路の途中でまったく同じになるため、正午に中心食となる付近で皆既日食、経路の両端では金環日食になることがあり、これを金環皆既日食(hybrid eclipse)と呼ぶが、頻度は少ない。

また日の出の際に太陽が欠けた状態で上る場合を特に日出帯食、逆に欠けた状態で日の入りを迎える場合を日没帯食と呼ぶ。この場合、いずれも食の最大を迎える前と食の最大を過ぎた後に分類される。

[編集] 観測

ダイヤモンドリング
皆既日食を観察する人々(1912年)

皆既日食の際、普段は光球の輝きに妨げられて見ることができないコロナ紅炎の観測が可能になり太陽の構造・物理的性質を調べる絶好の機会となり、太陽のみならず恒星一般の研究にも大きな役割を果たす。

月の表面にある起伏の谷間から太陽の光が点々と見える状態になることがある。これを、原理を解明したフランシス・ベイリーの名を取ってベイリー・ビーズ(ベイリーの数珠)といい、古くから月に起伏がある証拠とされてきた。

また太陽がすべて隠れる直前と直後(より正確には直後のみ:直前はリングにあたるコロナが見えないので)には太陽の光が一ヵ所だけ漏れ出て輝く瞬間があり、これをダイヤモンドリングと言う。

皆既日食が起こると空がかなり暗くなり星の観測も可能な状態になる。そのわずかな時間を利用して1919年一般相対性理論の検証がアーサー・エディントンによって行なわれた。

皆既日食中に太陽周辺の星を観測すると、星からの光は太陽の重力場を通ってきて屈曲することになる。一般相対性理論で予想される方向と実際に観測された方向とを比較することで、一般相対性理論の確かさが確認された。

[編集] 観測の時の注意点

日光には、有害な紫外線などが含まれるため日光を直接観測すると網膜やけど後遺症、ひどい場合には失明を引き起こすことがある。すすのついたガラスや黒い下敷き、カラーネガフィルムによる遮光では不十分であり、専用の道具(日食グラスなど)で観測しなければならない。

[編集] 原因

皆既日食で月の影に入ったトルコキプロス2006年3月29日

太陽は黄道を1年で1周し、月は白道を約1か月で1周する。もし黄道と白道とが一致していれば(新月)には必ず日食が、(満月)には必ず月食が起こることになる。しかし実際には黄道と白道とは約5度の傾きでずれているため、日食や月食が起こるのは太陽・月が黄道・白道の交わる点(月の昇交点・降交点)付近にいる時に限られる。

太陽が交点付近にいる期間を食の季節と言い、食はこの期間以外には起こらない。

食の季節は通常は年2回だが、3回ある年もある。これは交点が太陽の動く方向と逆向きに動いているためであり、その周期は約19年である。食の季節には日食が少なくとも1回、多い時には2回起こる。よって日食は年に2 - 4回は起きることになり、まれには5回起こる(1935年)。逆に、食の季節であっても月食は起きないこともある。

しかし日食は月の影に入った地域でしか観測できないため、地球全体で見れば日食は頻繁に起きていてもある地域に限定すると日食が観測されるのは少ないことになる。月食は月食が発生している時に月が見えていれば必ず観測できるので、一般には月食の方が頻繁に起きていると認識されていることが多い。

ある日食から18年と10日(閏年の配置によっては11日)と8時間たつと、経度にして120度西の地点でよく似たタイプの日食が起こることが知られている。この周期は「サロス周期」と呼ばれ、紀元前から日食の予想に使われていたといわれている。

[編集] 日食の経過

[編集] 影の移動に基づく日食の経過

1999年8月11日の皆既日食の経過
日食の進行による地上の明るさ
日食が進めば進むほど暗くなることが分かる
  • 月の半影錐が地球を横切り始めると部分食が始まる。
  • 月の本影錐が地球を横切り始めると皆既食または金環食が始まる。本影によって起こるこの2つの食を合わせて中心食と呼ぶ。
  • 月の本影錐の軸が地球表面上を移動した軌跡を中心食線と呼び、この線上では太陽と月が同心円となる。
  • 地球表面上での本影の面積が最大になる時点を食の最大または食甚と呼ぶ。
  • 月の本影錐の軸が地球表面を横切り終わった所で中心食線は終わる。
  • 月の本影錐が地球を横切り終わると皆既食または金環食が終わる。
  • 月の半影錐が地球を横切り終わると部分食が終わる。

[編集] 月と太陽の位置関係に基づく日食の経過

  • 月が太陽を隠し始めた瞬間を第1接触と呼ぶ。
  • 月縁が太陽の輪郭の内部に完全に含まれた瞬間(金環食の場合)、または月によって太陽が完全に隠された瞬間(皆既食の場合)を第2接触と呼ぶ。
  • 月が太陽の輪郭の外に出始めた瞬間(金環食の場合)、または太陽が月の背後から再び現れた瞬間(皆既食の場合)を第3接触と呼ぶ。
  • 月縁が太陽から完全に離れた瞬間を第4接触と呼ぶ。
  • それぞれ第1接触を初虧(しょき)、第2接触を食既(しょっき)、食の最大(中心食)を食甚(しょくじん)、第3接触を生光(せいこう)、第4接触を復円(ふくえん)ともいう。

[編集] 日食の神話

近代天文学が確立する以前、多くの文明で日食や月食を説明する神話が長い間語り継がれてきた。これらの神話の多くでは、日月食は複数の神秘的な力の間の対立や争いによって起こるとされた。

[編集] インド

ヒンドゥー教の神話では食が起こる月の昇交点がラーフ(Rahu)、降交点がケートゥ(Ketu)という2人の魔神として擬人化されこの二神の働きによって食が起こると考えられた。この二神が象徴する二交点は後に古代中国で羅睺星・計斗星の名で七曜に付け加えられ、九曜の一員を成している。[1]

[編集] 中国

中国では、日食をの警告とみなしており、よって統治者は日食の観測に非常に関心を示し、そのため中国では整っていて豊富な記録が残された。日食は天狗が日を食べることと見なされ、銅鑼を叩いて天狗を追い払わなければいけなかった。「日蝕説」によれば「日者,太陽之精,人君之象。君道有虧,有陰所乘,故蝕。蝕者,陽不克也。」(仮訳:日は太陽の精気で、君主の象徴である。君主の道に欠ける所があれば、陰に乗じられることとなり、日食が起こる。日食とは陽が勝たないことである)という。 では、羲和が日食の観測を怠ったため、斬首されたという。[2]。ただしこれの出典の箇所は後代の偽作と言われている。最も早い日食の記録は「詩経·小雅·十月」の「十月之交,朔月辛卯,日有食之,亦孔之丑」である。統計によれば、甲骨文字の記録を除いて、春秋時代から同治十一年まで(紀元前770年1874年)で、記録された日食は985回(その内誤りが8回)で、日再旦(日の出の時間に日食が発生し、あたかも日の出が2回あるように見える)という現象の記録もある。《乙巳占》で、李淳風は日食は天子が徳を失ったことの表れとした。日食はたいてい天子の死や国の滅亡を予告しており、兵乱や天下の大乱や死亡や失地を引き起こすとした。発生する災害の種類は天象の具体的な表現から分かるとした。例えば日食が上部から始まれば天子の政に誤りがあり、横から始まれば内乱や大きな兵乱が起こり、新たに天子が立つ兆しとし、下から始まれば妃や大臣が自ら恣とするとした。 張衡は、「靈憲」のなかで日食と月食に対して合理的な科学解釈を提出し、原理を説明をした。 代の京房は水盆で日食を観測し、直接太陽を見ることによって目を傷つけるのを避けた。後代、水は油に代わった。代の天文学者郭守敬は、独自に開発した仰儀を用いて観測した。

また北京天文台には日食神話を描いた石の彫刻があり、以下のような説明が添えられている。

「この彫刻の絵は日食の原因を説明している。金烏(太陽の象徴)の中心がヒキガエル(月の象徴)によって隠されている。時代の人々はこの現象を太陽と月の良い組み合わせと呼んでいた。」

ここで金烏とは金色(太陽)の中にいるという三本足の八咫烏を参照のこと)であり、ヒキガエルは月のクレーターの形に由来するものである。この解説文からは、当時の文化において天文現象としての事実の認識と現象に対する愉快な見立てとが両立していたことが窺える。

[編集] 北欧

ヴァイキングたちの伝承を記した『スノッリのエッダ』ではスコルと呼ばれる狼が太陽を常に追いかけており、狼が太陽に追いつくと日食になるという記述がある。そして、世界の終わりの日に狼はついに太陽を完全に飲み込んでしまうという。

[編集] 新世界

他の文化圏では日月食は驚くべき、かつ恐ろしい現象とする場合も多かった。クリストファー・コロンブスが西インド諸島に航海した際、服従の意思を示さない原住民を罰するために日食を起こしてみせて(実際は日食の起こる日を知っていただけ)、パニックになった原住民が彼に服従したというエピソードは有名であるが、文献上の証拠は怪しい。

[編集] イスラーム

コーランの第81章「巻きつける」に、日食を思わせる表現がある。

[編集] 日本

天照大御神の天の岩戸の神話は日食を表しているとの見方がある。 現在のところ過去の特定の日食現象には同定されていない。計算上は、邪馬台国の時期に日本列島で日食が2回起きた可能性がある。卑弥呼が死んだとされる247年248年である。国立天文台の谷川清隆・相馬充らは、「特定された日食は『日本書紀推古天皇36年3月2日628年4月10日)が最古であり、それより以前は途中の文献がないため地球自転速度低下により特定できない」としている[3]

[編集] 今後見られる日食

2012年から 2100年までのものについて中心食の場合は経路を主に挙げ、部分食は見える範囲を示す。データは日食・月食・星食情報データベースを用いた。日付は日本時間で示す。なお、種類の「皆既」は太文字、日本の陸上(島嶼部を含む)で観測可能な中心食は日付を太文字にしてある。

日付 種類 食の経路等
2012年05月21日 金環 日本ではトカラ列島、屋久島、種子島、九州中部から南部、四国の大部分、近畿地方南部、中部地方南部、東海地方の大部分、関東地方の大部分、東北地方南部で中心食が見られる他、全国で深い部分食。東京では、7時32分頃、太陽高度35度で継続時間5分4秒の金環食となる(東京で金環食が観測出来るのは、江戸時代1839年以来173年ぶり)。詳細:2012年5月21日の日食
2012年11月14日 皆既 オーストラリア北部から南太平洋を通過し、チリの西方洋上で終わる。ニュージーランド北島で食分0.8前後。
2013年05月10日 金環 オーストラリア北西部で始まり太平洋を赤道付近にかけて通過。ニューギニア島、ソロモン諸島で観測できる。最大食分0.976。ハワイで食分0.472。
2013年11月3日 金環
皆既
北米大陸東沖からアフリカ大陸中部を通過。中部アフリカ(ガボン、コンゴ共和国など)、東アフリカ(ウガンダ、ケニア、エチオピアなど)で観測できる。
2014年04月29日 金環 南極大陸で金環食、オーストラリアで部分食が観測できる。最大食分0.991。金環食影の中心線が南極上空を通過する非中心食。
2014年10月23日 部分 シベリア東部から北米の広い範囲で観測可能。最大食分0.816
2015年3月20日 皆既 グリーンランド、アイスランドの南沖から北極を通過。ユーラシア北西部・北アフリカで部分食を観測できる。
2015年9月13日 部分 アフリカ大陸南端と南極大陸で見られる。
2016年3月9日 皆既 インドネシアを通過し北太平洋に至る。日本では全国で部分食が見られる。
2016年9月1日 金環 中部大西洋に始まりアフリカ大陸、マダガスカル島を横断、南インド洋に達する。
2017年2月26日 金環 南東太平洋に生起、南アメリカ南部からアフリカ南部に達する。
2017年8月21日 皆既 北太平洋中部に始まり北米大陸を横断、中部大西洋で終わる。
2018年2月15日 部分 南極大陸の大部分と南アメリカ大陸の南部で見られる。
2018年7月13日 部分 オーストラリアと南極間の海上で見られる。
2018年8月11日 部分 北極・ユーラシア大陸の大部分(ヨーロッパ、インドを除く)で見られる。
2019年01月6日 部分 日本を含むアジア東部と北太平洋で見られる。
2019年07月3日 皆既 南太平洋、南米のチリ、アルゼンチンで観測できる。
2019年12月26日 金環 アラビア半島、インド南端、インドネシアを経て北太平洋西部に至る。日本全国で部分食が見られる(東日本では日入帯食)。
2020年06月21日 金環 アフリカ中部、インド北端、中国南部を通過、北太平洋西部で終わる。日本全国で部分食が観測可能。
2020年12月14日 皆既 太平洋西部に始まり南米大陸南部を通過、アフリカ南西岸沖で終わる。
2021年06月10日 金環 北アメリカ、北極、シベリア東部を通る。
2021年12月4日 皆既 南極大陸の南米側で観測できる。
2022年04月30日 部分 南太平洋南東部と南米大陸南部で見られる。
2022年10月25日 部分 主にユーラシア大陸西部とアフリカ大陸北東岸で見られる。
2023年04月20日 金環
皆既
南インド洋からオーストラリア北西岸、インドネシアを経て中部太平洋。九州・四国・東海・関東の南岸でも僅かに欠ける。
2023年10月14日 金環 北米大陸西岸沖から北米西部、中米を通過してブラジル沖で終わる。
2024年04月8日 皆既 中部太平洋に発し北米大陸東部を北上、ヨーロッパ沖に至る。
2024年10月2日 金環 中部太平洋から南アメリカ南端を通過、南大西洋で終了。
2025年3月29日 部分 北米東端、ユーラシア北西部、グリーンランド等で見られる。
2025年9月21日 部分 ニュージーランド、南極の太平洋側で見られる。
2026年2月17日 金環 アフリカ大陸南東岸、インド洋、南極で観測できる。
2026年8月12日 皆既 北極、グリーンランドからイベリア半島に達する。
2027年2月6日 金環 南太平洋東部に生起し南米大陸南東部を通ってアフリカ西岸に達する。
2027年8月2日 皆既 北大西洋中部からアフリカ北岸、アラビア半島南岸を通過しインド洋に至る。
2028年1月26日 金環 太平洋の東端に生起、南アメリカ北部を通過しイベリア半島に達する。
2028年7月22日 皆既 インド洋に発しオーストラリア、ニュージーランドを横断する。
2029年01月14日 部分 アラスカを除く北米、中米で見られる。
2029年06月12日 部分 北極、アラスカ、グリーンランド、北欧、シベリア北岸で見られる
2029年07月11日 部分 南アメリカ大陸南部とその南の洋上で見られる。
2029年12月5日 部分 南極大陸およびその周辺海域。
2030年06月1日 金環 北アフリカに発し、地中海、ユーラシア中央部、北海道で中心食の他、日本全土で部分食。三陸はるか沖で終わり。2012年5月21日の金環食とは同じサロスに属する。
2030年11月25日 皆既 南アフリカ、南インド洋、オーストラリアを通る。
2031年05月21日 金環 アフリカ南部からインド南端を経てインドネシアに達する。鹿児島県南部以南でも部分食が見える。
2031年11月14日 金環
皆既
北西太平洋に始まり赤道付近を経過してパナマ付近に達する。
2032年05月9日 金環 南極大陸周辺海域を通過し、南米大陸南部とアフリカ大陸南部で部分食が見られる。
2032年11月3日 部分 ヨーロッパ・シベリア東部を除くユーラシアで見られる。日本は関東から北で日入帯食。
2033年3月30日 皆既 ベーリング海峡から北極にかけて起こり、北米大陸、シベリア東端とグリーンランドで部分食が見える。
2033年9月23日 部分 南極大陸の一部と南米大陸南部で見られる。
2034年3月20日 皆既 南米東沖からアフリカ中部、アラビア半島を通り中国奥地で終わる。
2034年9月12日 金環 太平洋東部に始まり、南米大陸を横断して南大西洋で終わる。
2035年3月9日 金環 オーストラリア南方洋上に生起しニュージーランドを通過、南米西沖で終わる。
2035年9月2日 皆既 中国奥地から日本を横断、太平洋東部で終わる。日本では能登半島と茨城県を結ぶ一帯で中心食が見られる他、全国で部分食。1970年頃までの古い書籍では東京を中心食が通るように書いてあるが、東京は食分0.992で部分食。
2036年2月27日 部分 主に南極大陸とニュージーランドで見られる。
2036年7月23日 部分 アフリカ大陸と南極大陸の間の海域。
2036年8月21日 部分 北アメリカ北部、グリーンランド、西ヨーロッパ等で見られる。
2037年1月16日 部分 ヨーロッパ、西アジア、北アフリカで見える。
2037年7月13日 皆既 南インド洋に始まり、オーストラリアを横断、ニュージーランド北部を通る。
2038年01月5日 金環 キューバ付近に始まり南米大陸北東沖を通過、アフリカに上陸してエジプト付近で終わる。
2038年07月2日 金環 南米大陸北端付近に生起し、大西洋を横断してアフリカ大陸北部を横断、アフリカ北東岸で終わる。
2038年12月26日 皆既 インド洋に発し、オーストラリア南部を横断、ニュージーランドを通って南太平洋で終わる。
2039年06月21日 金環 北太平洋からアラスカ、グリーンランド、スカンディナヴィアを通過し東ヨーロッパに達する。
2039年12月15日 皆既 南極大陸とロス海付近で観測できる。
2040年05月11日 部分 南極大陸の一部とオーストラリア大陸の東半分で見られる。
2040年11月4日 部分 北米・中米の大部分と南米の北端で見える。
2041年04月30日 皆既 南大西洋西部に起こり中部アフリカを横断、インド洋で終わる。
2041年10月25日 金環 モンゴル付近から始まり北陸地方から中部地方、東海地方、伊豆諸島を通過して太平洋西部で終わる。前記の所で中心食の他、全国で部分食。
2042年04月20日 皆既 インド洋から起こりインドネシア、フィリピンを通り日本の南東沖から北米西岸沖に達する。日本の陸地では伊豆鳥島で中心食の観測可能。全国で部分食となる。
2042年10月14日 金環 ベンガル湾に始まりマレー半島ボルネオ島、オーストラリア大陸、ニュージーランドを通って南太平洋で終わる。日本では屋久島・種子島以南で部分食。
2043年04月9日 皆既 本影中心線がカムチャツカ半島とシベリア東部上空を通る非中心食。北アメリカ北西部、グリーンランド等で部分食が見られる。
2043年10月3日 金環 食影の中心がアフリカ大陸と南極大陸の間の海上を通過する非中心食。南極大陸の大部分とオーストラリア等で部分食。
2044年2月28日 金環 南極大陸と南米大陸間の海域で中心食。両大陸の広範囲で部分食が見られる。
2044年8月22日 皆既 グリーンランドから北アメリカに中心食。シベリアでも部分食が見える。
2045年2月16日 金環 オーストラリア大陸南方海上からニュージーランドを通りメキシコ沖に達する。
2045年8月12日 皆既 北太平洋に始まりアメリカ合衆国を横断して南アメリカ大陸北東岸を通り大西洋に達する。
2046年2月6日 金環 ニューギニア付近に発し太平洋を横断して北アメリカ西岸に達する。日本では北海道北端を除き部分食となる(東北地方以南は日出帯食)。
2046年8月2日 皆既 ブラジル東端から起こり大西洋を横断してアフリカ大陸南部を斜走、南インド洋で終わる。
2047年01月26日 部分 日本を含むアジア東部、東南アジア、ベーリング海峡方面で見られる。
2047年06月23日 部分 北極、シベリア、北アメリカ北部で見られる。
2047年07月22日 部分 オーストラリア大陸南東端、ニュージーランドとその周辺海域。
2047年12月16日 部分 南米大陸南端と南極大陸及びその周辺海域。
2048年06月11日 金環 アメリカ合衆国中部から始まり、グリーンランド南端からアイスランドを通ってスカンディナヴィア、東ヨーロッパを経てパキスタン付近で終わる。
2048年12月5日 皆既 南太平洋から南アメリカ南部を通過し、南大西洋を横断してアフリカ大陸南部で終わり。
2049年05月31日 金環 ペルー沖で生起し南アメリカ大陸北部を横断し、西アフリカに上陸してギニア湾北岸を通り、アフリカ大陸中央で終了。
2049年11月25日 金環
皆既
紅海付近で始まり、北インド洋を横断、インドネシアを通過して西太平洋へ。日本全国で部分食が見える(東日本・北日本は日入帯食)。
2050年05月20日 金環
皆既
南極海から南太平洋を通り、チリ南岸沖で終わり。
2050年11月14日 部分 北アメリカ東部、北大西洋、ヨーロッパ、北アフリカで見られる。
2051年04月11日 部分 ヨーロッパを除くユーラシアのほぼ全域とアラスカ方面。日本でも本州太平洋岸、沖縄諸島を除いて見られる。
2051年10月4日 部分 南極大陸の太平洋側とオーストラリア大陸の東岸、ニュージーランドで見える。
2052年3月30日 皆既 中部太平洋に始まりメキシコからメキシコ湾岸を通過、北大西洋東部で終わる。
2052年9月22日 金環 インドネシアから始まってオーストラリア・ニューギニア間を通り、南西太平洋に達する。
2053年3月20日 金環 南アフリカ沖に始まりインド洋を横断、インドネシアからニューギニアに達する。
2053年9月12日 皆既 中部大西洋からアフリカ大陸北岸沿いにアラビア半島、アラビア海、インド半島沖、スマトラ島。
2054年3月9日 部分 南極大陸の大西洋側と南大西洋、アフリカ大陸南方洋上で見られる。
2054年8月3日 部分 南極半島の西側海域で見られる。
2054年9月1日 部分 ユーラシア北東部と北アメリカ北西部及び北太平洋北部。
2055年1月27日 部分 アラスカを除く北アメリカ及びメキシコで見える。
2055年7月24日 皆既 南大西洋で始まりアフリカ南端を通過して南インド洋、南氷洋。
2056年1月16日 金環 小笠原諸島南東洋上からハワイ諸島南方の太平洋を横断し北アメリカ大陸南部で終わる。日本では根室でかろうじて日出帯食。
2056年7月12日 金環 ソロモン諸島北東洋上に始まりハワイ諸島南方の太平洋を横断し、中米沖沿いに進んで南米アマゾン川上流域で終わる。
2057年01月5日 皆既 ブラジル沿岸沖で始まりアフリカ大陸南沖からインド洋に入ってインドネシア南沖で終わり。
2057年07月2日 金環 中国奥地に始まり西シベリア、北極海から北米大陸を斜走して北米東部に達する。日本全域で部分食。
2057年12月26日 皆既 南極大陸を通る。
2058年05月22日 部分 南極大陸と南アメリカ大陸間の海域で見える。
2058年06月20日 部分 グリーンランド、北極海、北ヨーロッパ等で見られる。
2058年11月16日 部分 東アジア、北西太平洋。日本では全国で見える。
2059年05月11日 皆既 南太平洋中部で始まりブラジル東部で終了する。
2059年11月5日 金環 ビスケー湾沖から地中海、紅海沿いにインド洋に出てスマトラ島付近で終了。
2060年04月30日 皆既 ブラジル東端から北西アフリカ、中央アジア、中国中部に達する。
2060年10月24日 金環 西アフリカ南部から南アフリカを斜走、南インド洋を通過してオーストラリア大陸南西沖で終わる。
2061年04月20日 皆既 黒海・カスピ海間で始まり欧州ロシアを北上して北極海に入る。
2061年10月13日 金環 南アメリカ大陸南端から南極半島を経て終了。
2062年3月11日 部分 南極大陸の太平洋側、インド洋側、オーストラリア大陸東側、ニュージーランド。
2062年9月3日 部分 アジア全域、北欧、北極地方。日本では一般に日入帯食。
2063年2月28日 金環 南大西洋からインド洋を通りインドネシア、フィリピンに達して終わる。西日本西部で日入帯食となる。
2063年8月24日 皆既 中国奥地で始まりモンゴル、北日本を通って太平洋南東部で終わる。津軽海峡を挟み青森県や渡島半島で中心食が観測でき、全国で部分食となる。
2064年2月17日 金環 アフリカ大陸西部で始まりインドを経て中国東北部で終わる。日本では日入帯食。
2064年8月12日 皆既 中部太平洋で始まり南米大陸南部を通過して南大西洋で終了する。
2065年02月5日 部分 北アフリカ、ヨーロッパ、北東大西洋等で見られる。
2065年07月3日 部分 北ヨーロッパ、シベリア北部。
2065年08月2日 部分 南極大陸のインド洋沿岸部、南インド洋の海域。
2065年12月27日 部分 南極大陸全域とオーストラリア大陸南部で見える。
2066年06月23日 金環 千島列島から始まってアラスカ、北米の北極海沿岸を通り北大西洋東部で終わる。北海道で南西部を除いて日出帯食。
2066年12月16日 皆既 インド洋東部に発しオーストラリア大陸南西端、ニュージーランド南端沖を通過し太平洋東部で終わる。
2067年06月11日 金環 ソロモン諸島北東洋上に始まりハワイ諸島南方の太平洋を横断し、中米沖沿いに進んで南米アマゾン川源流域で終わる。
2067年12月6日 金環
皆既
中米から南米北東岸を進み大西洋を通って北アフリカで終わる。
2068年05月31日 皆既 南インド洋で始まってオーストラリア大陸南部を通り、ニュージーランド南島付近で終了する。
2068年11月24日 部分 北太平洋と北アメリカ大陸(東部を除く)。
2069年04月21日 部分 北米北東部、グリーンランド、北極、ユーラシア(東部・南部を除く)。
2069年05月21日 部分 南極半島と南米大陸間の海域で見られる。
2069年10月15日 部分 南極半島付近を除く南極大陸で見られる。
2070年04月11日 皆既 インド南端付近に始まり東南アジア、南西諸島・日本の南海上を通って北東太平洋で終わる。日本全国で部分食となる。
2070年10月4日 金環 アフリカ西岸沖から始まり大陸を横断してインド洋を進み、オーストラリア南方洋上で終わり。
2071年3月31日 金環 南東太平洋上に起こり南アメリカ大陸、大西洋を横断してアフリカ西部で終わる。
2071年9月23日 皆既 北太平洋東部で始まり、メキシコ、メキシコ湾、南アメリカ大陸北東岸を通過して大西洋で終わる。
2072年3月19日 部分 南極大陸と南氷洋の太平洋側及び南米大陸南部。
2072年9月12日 皆既 北極からシベリア東部に進む。ユーラシアの大部分で部分食が見られる。西日本で日入帯食。
2073年2月7日 部分 日本全域、ユーラシア東部、北太平洋、アラスカの西部で見られる。
2073年8月3日 皆既 南太平洋に始まり南アメリカ大陸南端を通り、南極半島近海の南氷洋で終わる。
2074年1月27日 金環 北アフリカ中央で始まりアラビア海、スリランカ、ベンガル湾、インドシナ、中国南部、九州南端を通って紀伊半島沖で終わる。日本のほぼ全域で日入帯食。
2074年7月24日 金環 インド南沖に始まりマレー・インドシナ半島、フィリピンを通過し南太平洋中部で終わり。
2075年1月16日 皆既 南太平洋中部から南アメリカ大陸を横断し、ブラジル沖で終わる。
2075年7月14日 金環 地中海西端で始まりヨーロッパ、ロシア、樺太を通って北太平洋中部で終了する。日本全体で部分食。
2076年01月6日 皆既 南極大陸の太平洋側で観測可能。
2076年06月1日 部分 南アメリカ大陸の南部とその南方海上で見られる。
2076年07月1日 部分 アラスカを含む北米の北極海沿岸と北極等で見られる。
2076年11月26日 部分 ヨーロッパのほぼ全域と北アフリカ、西アジアで見られる。
2077年05月22日 皆既 南インド洋に始まりオーストラリア大陸を北東に斜走、中部太平洋に終わる。
2077年11月15日 金環 北アメリカ西岸に始まりメキシコ湾、カリブ海を南下、南アメリカ北部を通ってアフリカ西岸沖で終わる。
2078年05月11日 皆既 中部太平洋から始まりメキシコからアメリカ合衆国南東部、北大西洋を通り、北アフリカ近海で終了。
2078年11月4日 金環 太平洋東部に始まり南アメリカ南部を横断、南大西洋で終わる。
2079年05月1日 皆既 北アメリカ東岸から始まりグリーンランド、北極に至る。
2079年10月24日 金環 ニュージーランドで始まり南極大陸で終わる。
2080年3月21日 部分 アフリカ大陸南部、マダガスカル島、南極大陸のアフリカ・大西洋側で見られる。
2080年9月13日 部分 ヨーロッパ、アフリカ北西部、北極、グリーンランド、北米北岸。
2081年3月10日 金環 南アメリカ、アフリカでみられる。
2081年9月3日 皆既 北大西洋で始まりヨーロッパ、西アジア、アラビア海を通過してインドネシア付近に達する。日本では沖縄諸島で日入帯食。
2082年2月27日 金環 ペルー沖で始まり南アメリカ北部を横断、イベリア半島からヨーロッパ中部に達する。
2082年8月24日 皆既 スマトラ島付近からボルネオ島、パプアニューギニアを通過して南太平洋で終わり。日本では大阪府と島根県を結ぶ線以南が部分食となる。
2083年2月16日 部分 北アメリカ大陸のほぼ全域。
2083年7月15日 部分 グリーンランド南部で見られる。
2083年8月13日 部分 南アメリカ大陸の南側と南大西洋、南極大陸沿岸。
2084年01月7日 部分 南極大陸とその周辺海域。
2084年07月3日 金環 ロシア西部から始まり北極を通ってアラスカから北アメリカ西岸で終わる。北海道と青森県で部分食。
2084年12月27日 皆既 南アメリカ大陸南東の大西洋に起こり、アフリカ沖、インド洋を通過してインドネシア南沖で終わり。殆ど陸を通らない。
2085年06月22日 金環 アラビア海に始まってインド南部、ベンガル湾、東南アジアから中国南部を経て太平洋中部で終了する。中心食が久米島、沖縄本島、南大東島等を通る他、日本全国で部分食。
2085年12月17日 金環 フィリピン東方海上で始まり太平洋を横断してメキシコ西岸で終わり。殆ど海上を通過。東海地方東部、関東、東北地方の太平洋岸で日出帯食。
2086年06月11日 皆既 南大西洋西部で始まりアフリカ大陸南部を通って南インド洋で終了する。
2086年12月6日 金環 中心食がシベリアの上空を通過する非中心食。シベリア北部を除くアジアで広く見られる。日本でも全域で見えるが西日本西部を除いて日入帯食。
2087年05月2日 部分 北極、北欧、シベリア東部、北米大陸北部。
2087年06月1日 部分 オーストラリア大陸と南極大陸間の海域とニュージーランド南島で見える。
2087年10月26日 部分 南アメリカ大陸南部、南極大陸の大部分と周辺海域。
2088年04月21日 皆既 ブラジル北東沖で始まり北アフリカ西部、地中海、中央アジア、中国西部。
2088年10月14日 金環 東太平洋南部から南アメリカ南部を通ってアフリカ大陸南沖で終わる。
2089年04月10日 金環 オーストラリア南東部で始まり、太平洋を横断してガラパゴス諸島近海で終わる。
2089年10月4日 皆既 中国南部に起こり太平洋を南寄りに斜走、南西部で終わる。宮古島北部で中心食の他、日本全国で部分食が見られる。
2090年3月31日 部分 オーストラリア側の南極大陸とオーストラリア東部で見られる。
2090年9月23日 皆既 北極で始まりグリーンランド西岸から西ヨーロッパに達して終わる。
2091年2月18日 部分 ヨーロッパ、ロシア西部、北アフリカ等で見られる。
2091年8月14日 皆既 オーストラリア大陸と南極大陸間の海上で始まり、ロス海で終わる。
2092年2月7日 金環 東太平洋のメキシコ沖で始まり、南アメリカ北端を抜けて大西洋を横断、北アフリカで終わる。
2092年8月3日 金環 中部大西洋に発しアフリカ大陸を横断、インド洋東部で終了する。
2093年1月27日 皆既 マダガスカル島沖のインド洋で始まりオーストラリア南東部を通過して中部太平洋で終わる。
2093年7月23日 金環 北アメリカ大陸東部で始まり、北大西洋、イギリス、ヨーロッパ、西アジアを通ってパキスタン・インド国境付近で終了。
2094年01月16日 皆既 南氷洋と南極大陸で見られる。
2094年06月12日 部分 ニュージーランド南東沖の南太平洋西部と南氷洋で見られる。
2094年07月12日 部分 ロシア、アラスカ、カナダ、グリーンランド等で見える。
2094年12月7日 部分 北アメリカ、中央アメリカ北部で見える。
2095年06月2日 皆既 南大西洋に始まりアフリカ大陸南部を通過してインド洋で終わる。
2095年11月27日 金環 北京付近に始まり日本の中国地方、四国地方、紀伊半島南西部を通って東太平洋で終わる。前記で中心食の他、全国で部分食。
2096年05月22日 皆既 ボルネオ島南西沖から始まりインドネシアを通過、北太平洋を通って北米沖で終わる。日本では部分食が見られる。
2096年11月15日 金環 南シナ海で始まりインドネシア、ニューギニア、オーストラリア大陸北東沿岸、ニュージーランド北端を通って南太平洋東部で終わり。西日本、沖縄等で部分食が見られる。
2097年05月11日 皆既 北太平洋中部で始まりアラスカ、北極を通ってスカンディナヴィア北端に達する。
2097年11月4日 金環 南インド洋西部から始まって南極大陸を通り南極半島付近で終わり。
2098年04月1日 部分 南アメリカ大陸(北部を除く)南極大陸の太平洋側、南東太平洋で見られる。
2098年09月24日 部分 シベリア東部、北極、北東太平洋、北アメリカ大陸西部で見られる。
2098年10月24日 部分 南米大陸南西海上でわずかに欠ける。
2099年3月21日 金環 オーストラリアと南極の間の海上で始まり、南大西洋を進んで中米の西海上で終わる。ほとんど陸を通らない。
2099年9月14日 皆既 アラスカ南方洋上で生起し、北アメリカ大陸を横断して大西洋を南下し西アフリカ南沖で終了する。
2100年3月10日 金環 ヨーク岬半島付近で生起し、ハワイ諸島を通過、北アメリカの五大湖西方で終了する。南九州で日出帯食。
2100年9月4日 皆既 西アフリカ西岸付近で起こり、アフリカ大陸を南東に斜走、マダガスカル島を通ってインド洋に入り、オーストラリア南西洋上で終わる。
木洩れ日の影、日食で太陽が欠けていることがわかる、2009年7月22日、沖縄県八重山郡

[編集] 日本での記録

[編集] 現代以前の主な日食の記録

歴史始まって以来日本で見られた日食は数多いので、ここでは中心食が794年以降に京都を通過したもの及び1603年以降に江戸を通過したもののみを記載する。なお、1852年に皆既食が京都を通過して以降、2012年5月まで京都及び東京を通過した(する)中心食はない。(資料は、『中国・朝鮮・日本 日食月食宝典』 渡邊敏夫 雄山閣 1979年、『星の古記録』 斉藤国治 岩波新書 1982年、その他に依った)

959年12月3日天徳3年11月1日):皆既食
現在の兵庫県付近に始まり京都を通過して紀伊半島方面に抜けたが、当日は雨で不見。
975年8月10日天延3年7月1日):皆既食
日本紀略』に「天延三年七月一日辛未、(中略)、卯辰刻皆虧 如墨色無光 群鳥飛亂 衆星盡見 詔書大赦天下(以下略)」(天延三年七月一日辛未[975年8月10日]、卯辰の刻に皆虧[午前七時に皆既]、[太陽は]墨色の如くにて光無し。鳥の群れ乱れ飛び、多くの星すべて見えたり。天下に大赦を発布す)[4]と書かれており、他にもこの食を記録した文献は多い。日本の首都で見られた史上初の皆既日食で、大事件であり、朝廷は天下に大赦を発布して、通常は対象にならない死刑囚まで罪を減じられている。中心食は中国の重慶付近で始まり、中国地方から関東地方を通った。京都での食甚は午前7時48分(京都真太陽時)とされる。
1080年12月14日:金環食
正見。中国奥地に始まり九州、四国、本州南半分を覆ってアリューシャン列島付近に達する。
1107年12月16日:金環食
不見。京都で日入帯食。京都のわずか手前で中心食が終わったとする推算結果もある。
1210年12月17日:金環食
京都で中心食。山陰沖(島根県隠岐島)で始まり太平洋を横断して北アメリカ西岸沖で終わった。
1742年6月3日:皆既食
京都で中心食。「皆既如金環、少時衆星見」(皆既にして金環の如し。少しの間星々の見ゆ)とあり、内部コロナが黒い太陽を取り巻いて金環食のように見えたという事か。食はインドシナ半島付近で始まりアリューシャン列島を通過して北米中部に達した。
1839年9月7日:金環食
江戸で中心食。中部日本で始まり、ハワイのすぐ南を通り南太平洋の南米大陸沖で終わる。
1852年12月11日:皆既食
京都で中心食。中央アジアで始まり、北太平洋で終わる。

他に、1073年には金環食が、1336年には皆既食が京都をわずかに外れて通過し、1800年1849年に江戸をわずかに外れて金環食が通った。

[編集] 現代における日食の記録

1948年5月9日:金環皆既食
礼文島起登臼付近で日本の観測陣による観測が実施され、アメリカ人の見物客もあった。食分が1.0に近く、ベイリー・ビーズが黒い太陽の周囲に見える珍しい写真が撮影されている(通常の皆既食では片側のみ見える)。
1963年7月21日:皆既食
日本本土で見られた20世紀最後の皆既日食。早朝、北海道の北東部から知床半島にかけて観測された。網走では29秒間の皆既日食が見られた。
1987年9月23日:金環食
沖縄本島を中心食帯が通過。沖縄の本部町では中心食帯の中心線が通過したので、完全な同心円の金環が観測された。
1988年3月18日:皆既食
日本の陸地では見られなかったが、小笠原諸島の硫黄島東方沖海上で、数隻の大型船の甲板上で観測された。この年以降、海外への日食ツアーが認知され参加者も増えるようになった。
2009年7月22日:皆既食
インド、中華人民共和国南部、奄美列島、西太平洋にかけての地域で観測された。皆既継続時間は21世紀で最も長く、最大6分44秒あった(データにより異なる値もある)。詳細は2009年7月22日の日食を参照。

[編集] 伝記・資料によるその他の日食の記録

628年4月10日推古天皇36年3月2日):部分食
日本で記録に残っている最古の日食。『日本書紀』の推古36年3月の条に、「三月丁未朔、戊申日有蝕尽之」(三月の丁未の朔、戊申[5]に日、蝕え尽きたること有り)と記録されている(全文は近代デジタルライブラリー内『日本書紀巻二十ニ』(国史大系本第一巻)の205/300頁にあり[6])。「日、蝕え尽きたる」は、当時の都である飛鳥京で皆既食が見えたように思わせるが、実際は日本のすぐ南東沖を通過した皆既食で、当時の飛鳥京では食分0.93程度の部分食であった。推古天皇は5日後の3月7日(旧暦)に死去している。
1183年11月24日寿永2年閏10月1日):金環食
平家物語源平盛衰記に記されている水島の合戦のさなかに起こった日食。水島での食分は0.93とされる。天文寮を擁する朝廷側の平家はこの日、日食が起こることを知っていて、太陽が欠けていくことに恐れ混乱する木曽源氏に対して戦いを有利に進め平家が勝利した。以下は、源平盛衰記の記述。
「寿永二年閏十月一日(1183年11月24日)、水島にて源氏と平家と合戦を企つ。城の中より 勝ち鼓をうってののしりかかるほどに、天俄(にわか)に曇て、日の光もみえず、闇の夜のごとくなりたれば[7]、源氏の軍兵ども日食とは知らず、いとど東西を失いて、舟を退いていずちともなく風にしたがいてのがれゆく。平氏の兵(つわもの)どもはかねて知りにければ、いよいよ時(の声)をつくりて、重ねて攻め戦う。」

[編集] 日食予報

古代において、日食は重大な関心を持たれていた。中国においては1994年に存在が確認された「上博楚簡」と呼ばれる竹簡の中に『競建内之』と称される物があり、桓公が皆既日食を恐れて鮑叔の諫言を聞いたという故事が載せられている[8]。『史記』においては専横を敷いていた前漢の最高権力者呂后が日食を目の当たりにし「悪行を行ったせいだ」と恐れ、『晋書』天文志では太陽を君主の象徴として日食時に国家行事が行われれば君主の尊厳が傷つけられて、やがては臣下によって国が滅ぼされる前兆となると解説しており予め日食を予測してこれに備える必要性が説かれている。中国の日食予報は戦国時代から行われていたが、三国時代に編纂された景初暦において高度な予報が可能となった。

このため、日本朝廷でも持統天皇の時代以後に暦博士が日食の予定日を計算し天文博士がこれを観測して密奏を行う規則が成立した。養老律令の儀制令・延喜式陰陽寮式には暦博士が毎年1月1日に陰陽寮に今年の日食の予想日を報告し、陰陽寮は予想日の8日前までに中務省に報告して当日は国家行事や一般政務を中止したとされている。六国史には多くの日食記事が掲載されているが、実際には起こらなかった日食も多い。ただしこれは日食が国政に重大な影響を与えるとする当時の為政者の考えから予め多めに予想したものがそのまま記事化されたためと考えられ、実際に日本の畿内(現在の近畿地方)で観測可能な日食(食分0.1以上)については比較的正確な暦が使われていた奈良時代平安時代前期の日食予報とほぼ正確に合致している。

[編集] 脚注

  1. ^ ラーフは仏教釈迦の息子の名・ラーフラ(Rāhula。漢訳、羅睺羅、らごら)にも用いられたことで知られる。ただし、ラーフラについては別の説もある。古代のインド語では「ラーフ」はナーガ(竜)の頭、「ケートゥ」は尻尾をも意味した。そしてシャカの一族のトーテムは、他ならぬナーガであった。このことからラーフラとは古代インドの言い回しで「竜の頭」を意味したと考えられ、「ナーガの頭になる者」が生まれたことを歓喜した釈迦が名づけたという説である。根拠は古来インドでは一族の跡継ぎがなければ出家することはできず出家を願っていた釈迦には息子の誕生はまたとない吉報であること、また釈迦の父・浄飯王もこの命名を喜んでいることである。
  2. ^尚書·胤徵》
  3. ^ 中国・日本の古代日食から推測される地球慣性能率の変動
  4. ^ 古事類苑>天部一>日>日蝕【入】 第1巻41頁
  5. ^ 二日、即ち内務省地理局編『三正綜覽 : 付・陰陽暦対照表』藝林舍, 1997, p.173で計算するとグレゴリウス暦628年4月10日
  6. ^ http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991091/205
  7. ^ 「闇の夜のごとく」は皆既食のようであるが、実際は金環食であるので誇張表現。夕暮れ程度の明るさはあった。
  8. ^春秋左氏伝』に類似した内容の記事が昭公26年(516年)の条に載せられているが、桓公ではなく景公のこととされ、かつ公が恐れたのは彗星とされている。だが、魯国の記録とされている『春秋』経本文には、対応する彗星に関する記事は無いこと(短時間かつ地域が限定される日食と違い、彗星ならば数日間にわたって地球上の広範な地域で観測可能である)、そもそも「彗星」という呼称は戦国時代以後に発生したもので当該記事以外の『左氏伝』の記事では春秋時代当時の呼称である「星孛」で統一されていることから、『左氏伝』の記事は元は桓公と日食の話であったものが戦国時代以後に景公と彗星の話として誤って混入された可能性が高いとされる。また、小沢賢二は戦国時代に日食予報が行われるようになったことで日食に対する見方が変化したことも日食→彗星への変化の一因としている。(小沢賢二「春秋の暦法と戦国の暦法」(初出:『中国研究集刊』45号(大阪大学、2007年)/所収:小沢『中国天文学史研究』(汲古書院、2010年) ISBN 978-4-7629-2872-7 第4章))

[編集] 関連項目



[編集] 外部リンク

最終更新 2012年5月18日 (金) 02:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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