1975年のF1世界選手権
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1975年のF1世界選手権は、FIAフォーミュラ1世界選手権の第26回大会である。1975年1月12日にアルゼンチンで開幕し、10月5日にアメリカ合衆国で開催される最終戦まで、全14戦で争われた。
目次 |
[編集] 概要
第4戦スペインGPはモンジュイックで行われたが、ヒルをドライブするロルフ・シュトメレンが大クラッシュ。カメラマン4人が死亡し、シュトメレン自身も重傷を負ってしまった。このレースは29周目で終了となり、ポイントは半分となった。このレースの勝者はヨッヘン・マス。彼にとって唯一の勝利であった。また、6位のレラ・ロンバルディはF1の歴史上で唯一のポイントを獲得した女性ドライバーである(2009年現在)。
1973年にマーチのシャーシを購入して参戦を開始したヘスケスが、第8戦オランダGPで初勝利をジェームス・ハントの手によってあげた。これはヘスケスにとって唯一の勝利でもある。
第12戦オーストリアGPでは、レース直前のウォームアップランでペンスキーのマーク・ダナヒューがクラッシュで頭部を強打して2日後に死亡してしまった。搬送時にヘリコプターを使用したことによる気圧の変化が脳溢血を招いたとも言われた。
このレースは雨で中断となったため、ハーフポイントとなった。このレースを制したのはマーチを駆るヴィットリオ・ブランビラだった。この勝利は彼にとって唯一のものだった。強面・荒々しい走りから、「モンツァゴリラ」の愛称で親しまれた。このレースでは、初優勝の喜びのあまり、ステアリングから両手を離してガッツポーズをしてしまい、ウイニングラン中にクラッシュをすると言う珍事も引き起こしている。また、当のブランビラはノーズを破損したにもかかわらず、再びコースに戻ってからもガッツポーズをやめる事は無かったそうである。
フェラーリのニキ・ラウダが自身初のワールドチャンピオンを獲得した。
[編集] 参戦チーム・ドライバー
| エントラント | コンストラクター | シャーシ | エンジン | タイヤ | ドライバー |
|---|---|---|---|---|---|
| マクラーレン | M23 | フォードDFV(V8) | G | 1. 2. |
|
| ティレル | 007 | フォードDFV(V8) | G | 3. 4. |
|
| ロータス | 72E,72F | フォードDFV(V8) | G | 5. 6. |
|
| ブラバム | BT44B | アルファ・ロメオ115-12(F12) | G | 7. 8. |
|
| マーチ | 741,751 | フォードDFV | G | 9. 10. (10.) 29. |
|
| フェラーリ | 312B3,312T | フェラーリTipo015(F12) | G | 11. 12. |
|
| BRM | P201 | BRM(V12) | G | 14. |
|
| シャドウ | DN3,DN5,DN7 | フォードDFV(V8) | G | 16. 17. |
|
| サーティース | TS16 | フォードDFV(V8) | G | 18. |
|
| エンサイン | N174,N175 | フォードDFV(V8) | G | 19. 31. (31.) (31.) 32. |
|
| ウィリアムズ | FW02,FW03,FW04 | フォードDFV(V8) | G | 20. (20.) (20.) (20.) (20.) (20.) (20.) (20.) 21. (21.) (21.) |
|
| ローラ | T370 | フォードDFV(V8) | G | 22. (22.) 23. |
|
| ヒル | GH1 | フォードDFV(V8) | G | 22. (22.) (22). (22.) 23. (23.) (23.) |
|
| ヘスケス | 308B,308C | フォードDFV(V8) | G | 24. |
|
| パーネリ | VPJ4 | フォードDFV(V8) | G | 27. |
|
| ペンスキー | PC1 | フォードDFV(V8) | G | 28. |
|
| コパスカー | FD01,FD02,FD03 | フォードDFV(V8) | G | 30. (30.) |
|
| マキ | F101 | フォードDFV(V8) | G | 35. (35.) |
[編集] エントラント名変更
[編集] ドライバー変更
- マーチのNo.10は、第10戦以降はスタックがドライブ。
- ウィリアムズのNo.20は、第7戦はマギーが、第8戦はシェクターが、第9戦はミゴールが、第10戦は欠場、第11戦はアシュレーが、第12戦はフォンランテンが、第13戦はゾルジが、第14戦はロンバルディがドライブ。
- ウィリアムズのNo.21は、第4戦はブライズが、第7戦はシェクターがドライブ。
- ヒルのNo.22は、第4,12,13戦はシュトメレンが、第6戦はミゴールが、第7戦はシュッパンが、第8-11戦はショーンズがドライブ。
- ヒルのNo.23は、第4戦はミゴールが、第5戦はヒルが、第6-14戦はブライズがドライブ。
- マキのNo.35は、第11戦以降はトリマーがドライブ。
[編集] エンジン変更
- なし
[編集] タイヤ変更
- なし
[編集] スポット参戦
- マーチのNo.10は、第4戦以降出走。
- エンサインのNo.19は、第11戦のみ出走。
- ローラのNo.22,23は第1-3戦のみ出走。
- ヒルのNo.22は、第4,6-13戦に出走。
- ヒルのNo.23は、第4-14戦に出走。
- エンサインのNo.32は、第13戦のみ出走。
- マキのNo.35は、第9,11-13戦に出走。
[編集] 開催地及び勝者
| 開催日 | GP名 | 開催サーキット | 勝者 | チーム | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1月12日 | ブエノスアイレス | エマーソン・フィッティパルディ | マクラーレン・フォード | 詳細 | |
| 2 | 1月26日 | インテルラゴス | カルロス・パーチェ | ブラバム・アルファロメオ | 詳細 | |
| 3 | 3月1日 | キャラミ | ジョディ・シェクター | ティレル・フォード | 詳細 | |
| 4 | 4月27日 | モンジュイック | ヨッヘン・マス | マクラーレン | 詳細 | |
| 5 | 5月11日 | モンテカルロ | ニキ・ラウダ | フェラーリ | 詳細 | |
| 6 | 5月25日 | ゾルダー | ニキ・ラウダ | フェラーリ | 詳細 | |
| 7 | 6月8日 | アンデルストープ | ニキ・ラウダ | フェラーリ | 詳細 | |
| 8 | 6月22日 | ザントフォールト | ジェームス・ハント | ヘスケス・フォード | 詳細 | |
| 9 | 7月6日 | ポール・リカール | ニキ・ラウダ | フェラーリ | 詳細 | |
| 10 | 7月19日 | シルバーストーン | エマーソン・フィッティパルディ | マクラーレン・フォード | 詳細 | |
| 11 | 8月3日 | ニュルブルクリンク | カルロス・ロイテマン | ブラバム・アルファロメオ | 詳細 | |
| 12 | 8月17日 | エステルライヒリンク | ヴィットリオ・ブランビラ | マーチ・フォード | 詳細 | |
| 13 | 9月7日 | モンツァ | クレイ・レガッツォーニ | フェラーリ | 詳細 | |
| 14 | 10月5日 | ワトキンス・グレン | ニキ・ラウダ | フェラーリ | 詳細 |
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月17日 (木) 02:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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