1984年の政治
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1984年の政治では、1984年(昭和59年)の政治分野に関する出来事について記述する。
目次 |
[編集] できごと
[編集] 1月
[編集] 2月
- 2月9日 - レバノンで内閣総辞職、内戦激化。
- 2月9日 - ユーリ・アンドロポフソ連共産党書記長死去。
- 2月11日 - イラン軍、バスラなどイラクの四都市を攻撃。
- 2月13日 - ソ連共産党中央委員会緊急総会で書記長にコンスタンチン・チェルネンコ政治局員・書記を選出。
- 2月14日 - モスクワ赤の広場でアンドロポフ書記長の国葬。
- 2月17日 - 米軍、ベイルートから撤退。
- 2月27日
- 2月28日 - 米大統領選挙の最初の予備選挙がニューハンプシャー州で実施。ゲイリー・ハート上院議員が躍進(ハート旋風)。
[編集] 3月
- 3月2日
- 3月8日 - 宮沢喜一がホテルニューオータニで暴漢に襲われる。
- 3月9日 - ソ連、インドに対してミグ27など包括的軍事援助を供与することに合意。
- 3月12日 - 高松地方裁判所、財田川事件に無罪判決。
- 3月13日 - イラン軍事情報部、イラク軍が化学兵器を使用したことを発表。
- 3月16日 - 南アフリカとモザンビーク、不可侵条約を締結。
- 3月19日 - ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントスアンゴラ大統領、キューバを訪問。キューバのアンゴラ駐留軍撤退条件を再確認。
- 3月20日
- 3月21日 - 米韓合同軍事演習「チーム・スピリット84」に参加していた米空母キティホークとソ連の原子力潜水艦ヴィクターI級が日本海で衝突。
- 3月23日
- 中曽根首相、訪中。
- フランソワ・ミッテラン仏大統領、訪米。
- 3月30日 - レバノン国際監視軍が事実上、消滅。
[編集] 4月
- 4月3日 - ギニアで無血クーデター。
- 4月6日 - ポーランド政府とカトリック教会、公立学校と公共施設に掲揚する十字架問題で妥協。
- 4月7日
- 4月10日 - 米上院、ニカラグア機雷敷設に関与しない決議を可決。
- 4月11日
- 4月17日 - ロンドンのリビア人民代表部(大使館)から反カダフィ派リビア人のデモに対して銃撃。婦人警官1名が死亡、デモ参加者11名が重軽傷を負う。
- 4月20日 - ジェフリー・ハウ英外相、香港を訪問し1997年に香港の主権、統治権を中国に一括返還することを表明。
- 4月22日 - イギリスがリビアと国交を断絶。
- 4月26日 - レーガン米大統領、訪中。
- 4月29日 - スーダンのヌメイリ大統領、全土に非常事態を宣言。
[編集] 5月
- 5月4日
- 5月8日
- ソ連、ロサンゼルス五輪に不参加表明。
- リビア国営通信、テロリスト集団がカダフィ大佐の宿舎を襲撃したと発表。
- 5月11日 - ザンビアの首都ルサカでナミビア独立に関する全当事者会議。13日に不調のまま閉幕。
- 5月14日 - フィリピン国会選挙。
- 5月23日 - 金日成、ソ連を公式訪問。
- 5月28日 - インド、マハラシュトラ州でイスラム教徒とヒンズー教徒が衝突し228名が死亡。
[編集] 6月
- 6月1日 - ジョージ・シュルツ米国務長官、ニカラグアを訪問。
- 6月5日 - サウジアラビア国防省、イラン空軍機2機撃墜を発表。
- 6月6日 - インド政府軍がシク教徒の聖地「黄金寺院」を襲撃、制圧。
- 6月7日 - 第10回先進国首脳会議(ロンドン・サミット)開催。
- 6月10日 - 米陸軍、大陸間弾道弾撃墜実験に成功したことを発表。
- 6月14日
- 6月16日 - カナダ自由党党大会、新党首にジョン・ターナーを選出。
- 6月21日 - ミッテラン仏大統領、ソ連を訪問。チェルネンコ書記長と仏ソ首脳会談。
- 6月25日 - 欧州共同体(EC)首脳会議閉幕。
- 6月30日 - ボリビアのエルナン・シレス・スアソ大統領が誘拐される。10時間後、解放される。
[編集] 7月
[編集] 8月
[編集] 9月
[編集] 10月
- 10月31日 - インディラ・ガンディーインド首相が暗殺される。
[編集] 11月
- 11月1日 - 第2次中曽根内閣第1次改造内閣発足。
- 11月11日 - アメリカ大統領選挙。ロナルド・レーガンが再選。
[編集] 12月
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最終更新 2009年12月1日 (火) 13:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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