1989年のF1世界選手権
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1989年のF1世界選手権は、FIAフォーミュラ1世界選手権の第40回大会である。1989年3月26日にブラジルで開幕し、11月5日にオーストラリアで開催される最終戦まで、全16戦で争われた。
目次 |
[編集] 概要
[編集] ターボ禁止
レギュレーションによりターボエンジンが完全に禁止され、全車が3,500cc以下の自然吸気エンジンを使用することとなった。ホンダとルノーはV型10気筒、フェラーリはV型12気筒を採用した。コスワースはDFRの市販を開始するとともに、第7戦フランスGPでベネトンが新車B189を投入したことに併せ、新しいV型8気筒エンジンのHBを投入した。
[編集] ピレリタイヤ
ピレリタイヤが3年ぶりにF1復帰。これにより、グッドイヤーとのタイヤ戦争が再発した。
[編集] 39台参戦
オニクスが新たに参戦した他、昨年1台参戦であったスクーデリア・イタリアやオゼッラ、リアルなどが2台体制に変更したことから、近年にない39台が参戦した。
[編集] 予備予選
新規参戦チームや下位チームが本予選へ出場する権利を争うべく、1988年は金曜日の第一フリー走行と兼ねる形で行われていた予備予選だが、1989年は39台もの参戦台数となり、専用セッションが設けられた。
初日の最初のフリー走行の前に行われ、基本的に午前8時から9時の1時間とされた。予選への出走台数は合計30台とされ、予備予選を免除されるのは26台とされていたため、予備予選には13台が出走し、上位4台のみが本予選に進出することとなった。シーズン前半の成績により、後半の対象チームは入れ替わる方式だった。
[編集] 参戦チーム・ドライバー
| エントラント | コンストラクター | シャーシ | エンジン | タイヤ | ドライバー |
|---|---|---|---|---|---|
| マクラーレン | MP4/5 | ホンダRA109E(V10) | G | 1. 2. |
|
| ティレル | 017B,018 | フォードDFR(V8) | G | 3. 4. (4.) (4.) |
|
| ウィリアムズ | FW12C,FW13 | ルノーRS1(V10) | G | 5. 6. |
|
| ブラバム | BT58 | ジャッドCV(V8) | P | 7. 8. |
|
| アロウズ | A10C,A11 | フォードDFR(V8) | G | 9. (9.) 10. |
|
| ロータス | 101 | ジャッドCV(V8) | G | 11. 12. |
|
| マーチ | CG891 | ジャッドEV(V8) | G | 15. 16. |
|
| オゼッラ | FA1M89 | フォードDFR(V8) | P | 17. 18. |
|
| ベネトン | B188,B189 | フォードDFR(V8)HB1,2(V8) | G | 19. 20. (20.) |
|
| ダラーラ | BMS189 | フォードDFR(V8) | P | 21. 22. |
|
| ミナルディ | M188B,M189 | フォードDFR(V8) | P | 23. (23.) 24. |
|
| リジェ | JS33 | フォードDFR(V8) | G | 25. 26. |
|
| フェラーリ | 640 | フェラーリTipo035(V12) | G | 27. 28. |
|
| ローラ | LC88B,LC89 | ランボルギーニ3512(V12) | G | 29. (29.) (29.) 30. |
|
| コローニ | FC188B,C3 | フォードDFR(V8) | P | 31. 32. (32.) |
|
| ユーロブルン | ER188B,ER189 | ジャッドCV(V8) | P | 33. (33.) |
|
| ザクスピード | 891 | ヤマハOX88(V8) | P | 34. 35. |
|
| オニクス | ORE1 | フォードDFR(V8) | G | 36. 37. (37.) |
|
| リアル | ARC02 | フォードDFR(V8) | G | 38. (38.) (38.) 39. (39.) |
|
| AGS | JH23B,JH24 | フォードDFR(V8) | G | 40. 41. (41.) |
[編集] ドライバー変更
- ティレルは第7戦よりアルボレートに代わりアレジを起用。アレジの国際F3000のレースに伴い第11戦と第13戦の2レースでハーバートを起用。
- ベネトンは第7戦よりハーバートに代わりエマニュエル・ピロを起用
- アロウズはカートの事故で怪我をしたワーウィックに代わり第7戦のみドネリーを起用
- オニクスは第13戦よりガショーに代わりレートを起用
- ミナルディは日本GPのみマルティニに代わりバリッラを起用
- リアルは第14戦のみダナーに代わりフォイテクを起用。残り2戦でガショーを起用。第11戦よりバイドラーに代わりラファネルを起用
- ラルースは第7戦のみダルマスに代わり第7戦のみベルナールを起用。第8戦以降アルボレートを起用。
- AGSは第8戦よりビンケルホックに代わりダルマスを起用。
- ユーロブルンは第12戦よりフォイテクに代わりララウリを起用。
[編集] 開催地及び勝者
| 開催日 | GP名 | 開催サーキット | 勝者 | チーム | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3月26日 | ジャカレパグア | ナイジェル・マンセル | フェラーリ | 詳細 | |
| 2 | 4月23日 | イモラ | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 3 | 5月7日 | モンテカルロ | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 4 | 5月28日 | メキシコシティ | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 5 | 6月4日 | フェニックス | アラン・プロスト | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 6 | 6月18日 | モントリオール | ティエリー・ブーツェン | ウィリアムズ・ルノー | 詳細 | |
| 7 | 7月9日 | ポール・リカール | アラン・プロスト | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 8 | 7月16日 | シルバーストン | アラン・プロスト | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 9 | 7月30日 | ホッケンハイム | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 10 | 8月13日 | ハンガロリンク | ナイジェル・マンセル | フェラーリ | 詳細 | |
| 11 | 8月27日 | スパ・フランコルシャン | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 12 | 9月10日 | モンツァ | アラン・プロスト | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 13 | 9月24日 | エストリル | ゲルハルト・ベルガー | フェラーリ | 詳細 | |
| 14 | 10月1日 | ヘレス | アイルトン・セナ | マクラーレン・ホンダ | 詳細 | |
| 15 | 10月22日 | 鈴鹿 | アレッサンドロ・ナニーニ | ベネトン・フォード | 詳細 | |
| 16 | 11月5日 | アデレード | ティエリー・ブーツェン | ウィリアムズ・ルノー | 詳細 |
[編集] シーズン
[編集] 概略
1989年のチャンピオンシップは、アラン・プロストとアイルトン・セナのマクラーレン・ホンダ勢同士で争われ、最終的にはプロストが3度目のチャンピオンを獲得した。ただし両者の確執が露呈した結果、決定劇は鈴鹿における両者の接触という後味の悪いものだった。
勝利数ではプロストの4勝に対しセナは6勝と上回り、また双方が完走したレースにおいてセナがプロストの後塵を拝したのは、開幕戦ブラジルGPのみだった。しかし、6勝以外の入賞が2位1回のみだったセナに対し、プロストは2位6回などシーズンを通して安定、これが両者の明暗を分ける結果となった。
コンストラクターズ争いでは、プロストとセナで計10勝、4度の1-2フィニッシュを記録したマクラーレン・ホンダが圧倒。2位にはマクラーレンに2倍近い差を付けられたものの、リカルド・パトレーゼがランク3位、ティエリー・ブーツェンがランク5位となったウィリアムズ・ルノーが入った。3位はフェラーリ、4位はベネトン・フォードであり、1980年代末から1990年代前半を象徴するとされる4チームが揃って四強入りした。
往年の名ドライバー・ルネ・アルヌー、アメリカ人最多F1出走記録保持者のエディ・チーバー、「フライング・ドクター」ことジョナサン・パーマーなどが、この年をもってF1を去る。逆に後に優勝も経験するジョニー・ハーバート、ジャン・アレジらがこの年のデビューを果たした。
[編集] シーズン詳細
- 開幕戦ブラジルGP
詳細は「1989年ブラジルグランプリ」を参照
- 第2戦サンマリノGP
詳細は「1989年サンマリノグランプリ」を参照
- 第3戦モナコGP
- 第3戦モナコGPもマクラーレン勢が強く、予選では2戦連続でフロントローを独占、決勝もスタートからセナがトップを走り、すぐ後ろにプロストがつける展開でレースが進む。しかし中盤、周回遅れのリジェのアルヌーが2人に遭遇、レースに大きな影響を及ぼすこととなる。アルヌーはセナをあっさり前に出した後、かつてのチームメイト・ライバルであり不仲とされるプロストに対して執拗なブロックを繰り返し、この間にセナは独走体制となってしまう。結局レースはセナが優勝、アルヌーの行為は物議を醸した。
- マクラーレン勢以下は、予備予選組から予選8位となり、決勝でもストリートコースでの強さを見せたブラバムのステファノ・モデナが、3位で初表彰台を獲得。4位にスクーデリア・イタリアの新人アレックス・カフィ、5位にティレルのベテラン・ミケーレ・アルボレート、6位にモデナの僚友であるブラバムのマーティン・ブランドルという入賞者だった。
- 第4戦メキシコGP
- 第4戦メキシコGPでもセナは好調であり、独走で3戦連続のポールトゥーウィンを達成。これまで好走も見せていたものの、結果に繋がらなかったパトレーゼが、シーズン初入賞で2位に入った。また、アルボレートが3位に入り、結果的にこれがF1最後の表彰台となる。4位はナニーニ、プロストはタイヤ選択に失敗し5位に終わった。6位には、弱小チームであるAGSのガブリエル・タルキーニが食い込み、F1唯一のポイントを獲得。この時点で、セナがプロストに7ポイント差のランキング単独首位となった。
- 第5戦アメリカGP
- 第5戦アメリカGPでは、予選でセナがジム・クラークを上回る34回目のPPを獲得。予選2位にはプロストがつけ、マクラーレン勢がフロントローを独占し続けていた。決勝でもセナが逃げプロストが追う展開となるが、サーキット付近から出ていた電波によって、セナは電気系トラブルに見舞われリタイヤ。以後はプロストが終始トップを守りシーズン初優勝、その後方ではパトレーゼがアロウズのチーバーに競り勝ち、2戦連続となる2位でフィニッシュした。
- 表彰台以下は、予備予選組であるリアルのクリスチャン・ダナーが4位の快挙。5位には開幕戦ブラジルGP以来の入賞となるハーバート、6位にはブーツェンという入賞者だった。また、カフィが一時2位を走行したが、チームメイトのアンドレア・デ・チェザリスに、周回遅れにする際追突されリタイヤとなった。
- 第6戦カナダGP
詳細は「1989年カナダグランプリ」を参照
- 第7戦フランスGP
詳細は「1989年フランスグランプリ」を参照
- 第8戦イギリスGP
- 第8戦イギリスGPは予選でセナが3戦ぶりのPPに返り咲き、スタートからプロストを抑えてトップを走るが、12周目にスピンを喫しリタイヤ。その後は、プロストが独走しそのまま優勝した。2位に地元のマンセル、3位にはナニーニ、4位にピケが入った。ミナルディは5位にピエルルイジ・マルティニ、6位にルイス・ペレス=サラが入り、土壇場で予備予選組への転落を回避した。
- この4戦でプロストは3勝を記録し、対するセナは全てノーポイント。そのポイント差は20まで広がっていた。
- 第9戦西ドイツGP
- 第9戦西ドイツGPはセナがPP、プロストが2番グリッドからのスタートとなり、またもフロントロー独占となる。決勝ではベルガーが好スタートで1コーナーを奪うも、すぐにセナが抜き返し、そのままオープニングラップを獲った。その後、タイヤ交換に手間取りプロストに先行される場面もあったが、シフトミスの間に追い抜き、5戦ぶりの勝利を手にした。3位マンセル、4位パトレーゼ、5位ピケ、6位ワーウィックだった。
- 第10戦ハンガリーGP
- 第10戦ハンガリーGPでは、予選でパトレーゼがセナを抑え、1983年イタリアGP以来6年ぶりとなるPPを獲得。マクラーレン勢のPP獲得は17戦、フロントロー独占は8戦連続でストップした。また、予選3位にはカフィがつけ、こちらも注目を集めた。決勝でもパトレーゼはトップを守り続けたが、53周目にトラブルによりリタイヤ。セナがトップとなるが、周回遅れに接近しすぎたところを、12番手スタートから追い上げたマンセルが追い抜き、シーズン2勝目を挙げた。以下の入賞者は3位ブーツェン、4位プロスト、5位チーバー、6位ピケ。
- 第11戦ベルギーGP
- 第11戦ベルギーGPは豪雨のレースとなり、濡れた路面を得意とするセナが独走でポールトゥーウィン。シーズン5勝目を記録し、またホンダに通産50勝目をもたらした。プロストは苦手なコンディションの中でも2位につけ、堅実にポイントをキープ。マクラーレンの1-2フィニッシュはこれがシーズン6度目となった。以下は3位マンセル、4位ブーツェン、5位ナニーニ、6位ワーウィック。
- この3戦でセナは2勝・2位1回。しかしプロストも未勝利ながら2位2回・4位1回を記録しており、ポイント差は11であった。
- 第12戦イタリアGP
- 第12戦イタリアGPでもセナはPPからスタート、終盤までトップを独走していた。しかし、残り9周でエンジントラブルが起こりリタイヤ、3年連続モンツァで目前の勝利を逃すこととなった。セナのリタイヤ後、このGPでフェラーリへの移籍発表を行ったプロストがトップに立ち、そのままティフォシの前で優勝を飾った。2位は前年の覇者ベルガーとなり、ようやくの今期初完走を果たした。
- 3位・4位にはプーツェン、パトレーゼのウィリアムズコンビ、5位にはデビュー戦以来2度目の入賞となるアレジ。6位には、モナコ以来の入賞となるブランドルというトップ6だった。
- 第13戦ポルトガルGP
- 第13戦ポルトガルGPもPPはセナとなったが、決勝では2番グリッドのベルガーが好スタートを決め、首位を奪取。またマンセルもその後セナを抜き、フェラーリがマクラーレン勢を突き放し、1-2体制を築いた。中盤にはマンセルがベルガーを抜きトップに立つが、39周目にピットインした際、メカニックの待機場所を少し通り過ぎてしまった。
- その際にリバースギアを使用しフェラーリのピットへ戻ったが、ピットでの後退はメカニックが手動で行うようレギュレーションでは定められていた。マンセルは失格となり黒旗が提示されたが、旗に気づかないまま3周を走った挙句、ピットアウト後に前にいたセナと接触してしまう。両者はサウンドトラップに突っ込みストップ、セナは失格車との接触という形で痛いノーポイントとなった。その後はベルガーが独走で優勝し、2番手にプロスト。新鋭チームであり、また弱小チーム・オニクスを駆るヨハンソンが、3位表彰台の快挙を達成。4位ナニーニ、5位マルティニ、6位パーマーという結果となった。
- この2戦でプロストとセナのポイント差は24となり、ほぼプロストがチャンプを手中に収めた形となった。セナに追突したマンセルは、1戦の出場停止処分となった。
[編集] トピック
- 新規チームのオニクスが、ポルトガルGPで3位に入賞する快挙を見せた(ステファン・ヨハンソン)。新規チームの表彰台獲得はこの年、オニクスのみだった。
- ロータス・ジャッドの中嶋悟が、オーストラリアGPで自身唯一のファステストラップを記録し、4位に入賞した。
- この年からフル参戦したザクスピード・ヤマハの鈴木亜久里は全戦予備予選落ちした。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年7月26日 (日) 02:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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