1990 FIFAワールドカップ
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| 1990 FIFA World Cup Coppa del mondo FIFA Italia '90 |
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|---|---|
| 大会概要 | |
| 開催国 | |
| 日程 | 1990年6月8日 - 7月8日 |
| チーム数 | 24 (5連盟) |
| 開催地数 | 12 (12都市) |
| 大会結果 | |
| 優勝 | |
| 準優勝 | |
| 3位 | |
| 4位 | |
| 大会統計 | |
| 試合数 | 52試合 |
| ゴール数 | 115点 (1試合平均 2.21点) |
| 総入場者数 | 2,517,348人 (1試合平均 48,411人) |
| 得点王 | |
| 最優秀選手 | |
| < 19861994 > |
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1990 FIFAワールドカップは、1990年6月8日から7月8日までイタリアで開催された第14回FIFAワールドカップである。
目次 |
[編集] 大会概要
大会は西ドイツが優勝し、この3度目のワールドカップでの優勝と3つの準優勝で、1994年にブラジルが4度めの優勝を達成するまで、ワールドカップ史上最高の経歴を誇ることになる。西ドイツの監督を務めたフランツ・ベッケンバウアーは、マリオ・ザガロに次ぎ、選手と監督の両方でワールドカップ優勝を成し遂げた人物となった。東西ドイツ統合直前の西ドイツは、第12、13回大会いずれも決勝戦で敗退した前の2大会とは違い、開幕前からイタリアなどと並ぶ優勝候補の筆頭と目され、その前評判に違わぬ強さを見せた。FWのユルゲン・クリンスマン、ルディ・フェラー、MFのローター・マテウス、アンドレアス・ブレーメ、ピエール・リトバルスキーらどこからでも点の取れる攻撃陣とクラウス・アウゲンターラー、ユルゲン・コーラー、ギド・ブッフバルトら大柄で屈強な選手を揃えた守備陣を誇る、攻守のバランスが取れた非常に完成度の高いチームで、一次リーグから決勝戦まで相手に一度もリードを許すことなく優勝した。
1986年のワールドカップと同じ競技方式で大会は行われた。24チームが参加し、4チームごとに6つのグループに分けられた。各グループの1位と2位の12チームと3位チームの中から成績が優秀な順に4チームの合計16チームが決勝トーナメントに進出した。
大会は番狂わせから始まった。大会の初戦で前回優勝国のアルゼンチンがカメルーンに0-1で敗れた。カメルーンは最終的にアフリカ勢として初めて準々決勝まで駒を進め、イングランドに途中まで2-1とリードしながら、延長戦の末2-3で逆転負けした。当時すでに38歳であり、ワールドカップに参加するために引退を撤回したカメルーン代表のロジェ・ミラは、この大会で世界のトップレベルの選手であることを示した。
初戦で敗れたアルゼンチンであったが、チームを建て直してグループ3位でトーナメントに進出し、決勝まで駒を進めた。トーナメントの初戦でブラジルを破り、準決勝で今大会で地元イタリアに対戦した国の中で唯一の得点を決めて1-1に持ち込み、延長戦の結果PK戦で勝利と粘りを見せたが、西ドイツとの決勝では主力メンバーを4人も累積警告で欠き、終盤にペナルティー・キックによる1点を決められて力尽きた。
オランダはEURO88に優勝したことで優勝候補の一角と目されていたが、代表監督を巡る内紛の影響による準備不足に加え、攻撃の主力として活躍が期待されていたルート・フリット、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールトのACミラントリオが奮わず、グループリーグを3戦3引き分け、同じく3分け、同じ総得点と総失点で並んだアイルランドとのグループリーグ2位をかけた抽選にも敗れてグループ3位での決勝トーナメント進出となった。決勝トーナメントでは1回戦で西ドイツとの対戦となり、1-2で敗れて1勝も挙げることなくベスト16で姿を消した。
ブラジルは1989年のコパ・アメリカで優勝したこともあって、オランダと並んで優勝候補の一角と目された。グループリーグを3連勝で突破すると決勝トーナメント1回戦では前回優勝国のアルゼンチンとの対戦となった。この試合でブラジルは終始ボールを支配して優勢に試合を進めながら得点出来ず。81分にマラドーナに引き付けられた一瞬の隙をゴール前にスルーパスが通ると、FWのカニーヒアの得点を許し0-1で敗退、1点に泣いて大会を去った。
イングランドはフーリガン対策のためにグループリーグでサルデーニャ島のカリャリ、シチリア島のパレルモへ”島流し”にされた。このグループFは4チームが2引き分けで並ぶ事態となったが、最終のエジプト戦を1-0で勝った事でグループを首位で突破。好調のエースゲーリー・リネカーとデビッド・プラットの活躍で1966年イングランド大会以来のベスト4進出を決めたが、西ドイツとのPK戦に敗れた。なお、イングランド代表はその後もワールドカップのPK戦とは相性が悪く、目下のところ全敗となっている。フーリガンのために、チーム全体にまで暴力的な悪印象が付きまとったイングランドだったが、大会中のクリーンなプレーぶりによりFIFAからフェアプレー賞を贈られた。
イタリア代表のサルヴァトーレ・スキラッチは、登場した6試合の毎試合で得点を決め、6得点でこの大会の得点王になった。大会のMVPに送られるアディダスゴールデンボール賞にもスキラッチが選ばれている。この大会以前は、スキラッチはイタリア代表として1度しか戦ったことはなく、またイタリア代表としてあげた7得点のうち、6得点をこの大会で決めている。地元のイタリア代表は1次リーグ3戦全勝、準々決勝まで無失点など大会を通して優勝した西ドイツ以上の戦いぶりを見せたが、準決勝でアルゼンチンにPK戦の末敗退した。PK戦での敗退は公式記録上引き分けに当たるので、イタリア代表は6勝1分の無敗(逆のケースがアイルランドで、グループリーグ3試合をいずれも引き分けて決勝トーナメントに進出し、その1回戦ではPK勝ちと、公式記録上1勝もせずにベスト8に進出)ながら頂点に立てなかった。準決勝で、エースジャンルカ・ヴィアリにこだわり、1人で局面を打開できる好調のロベルト・バッジョの起用方法を誤った代表監督アゼリオ・ビチーニの采配は非難の的となった。
その他、注目に値するミッドフィルダーが何人も出現した。コロンビアをスルーパス一本で決勝トーナメント進出に導いたカルロス・バルデラマ、ユーゴスラビアベスト8の立役者となったドラガン・ストイコビッチ、数々のアシストが光ったイングランドのポール・ガスコイン、東欧のマラドーナと呼ばれたルーマニアのゲオルゲ・ハジなどである。
[編集] 出場国
ヨーロッパ
イタリア(開催国・8大会連続12度目)
西ドイツ(前回準優勝国・10大会連続12度目、旧ドイツ時代を含む)
イングランド(3大会連続9度目)
スウェーデン(3大会ぶり8度目)
スペイン(4大会連続8度目)
チェコスロバキア(現チェコ)(2大会ぶり8度目)
ベルギー(3大会連続8度目)
ユーゴスラビア(2大会ぶり8度目)
オーストリア(5大会連続7度目)
スコットランド(5大会連続7度目)
ソビエト連邦(現ロシア)(3大会連続7度目)
オランダ(3大会ぶり5度目)
ルーマニア(5大会ぶり5度目)
アイルランド(初出場)
南米
北中米カリブ海
アフリカ
アジア
[編集] 会場一覧
[編集] 会場一覧
| 競技場 | 都市 | 収容人数 |
|---|---|---|
| スタディオ・オリンピコ | ローマ | 81,000人 |
| スタディオ・サン・パオロ | ナポリ | 74,000人 |
| スタディオ・デッレ・アルピ | トリノ | 68,000人 |
| スタディオ・サン・ニコラ | バーリ | 56,000人 |
| スタディオ・コムナーレ | フィレンツェ | 41,000人 |
| スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ | ミラノ | 75,000人 |
| スタディオ・ルイジ・フェッラーリス | ジェノヴァ | 35,000人 |
| スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ | ヴェローナ | 42,000人 |
| スタディオ・レナート・ダッラーラ | ボローニャ | 39,000人 |
| スタディオ・フリウリ | ウーディネ | 38,000人 |
| スタディオ・サンテーリア | カリャリ | 40,000人 |
| スタディオ・ラ・ファヴォリータ | パレルモ | 36,000人 |
[編集] 第1ラウンド
[編集] グループ A
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | +4 | 6 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 6 | 3 | +3 | 4 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 3 | -2 | 2 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 8 | -6 | 0 |
| 1990年6月9日 21:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,303人 主審: José Roberto Wright(ブラジル) |
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| スキラッチ |
| 1990年6月10日 17:00 |
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| 5 – 1 | スタディオ・コムナーレ フィレンツェ 観客数: 33,266人 主審: Kurt Röthlisberger(スイス) |
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| スクラビー ビレク ハシェック ルホビー |
カリギュウリ |
| 1990年6月14日 21:00 |
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| |
1 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,423人 主審: Edgardo Codesal(メキシコ) |
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| ジャンニーニ |
| 1990年6月15日 17:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・コムナーレ フィレンツェ 観客数: 38,962人 主審: George Smith(スコットランド) |
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| ビレク |
| 1990年6月19日 21:00 |
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| 2 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,303人 主審: Joël Quiniou(フランス) |
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| スキラッチ バッジョ |
| 1990年6月19日 21:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・コムナーレ フィレンツェ 観客数: 34,857人 主審: Jamal Al Sharif(シリア) |
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| オグリス ロダクス |
マーレイ |
[編集] グループ B
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 0 | 1 | 3 | 5 | -2 | 4 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | +1 | 3 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 3 | 2 | +1 | 3 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 4 | 0 | 2 |
| 1990年6月8日 18:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 73,780人 主審: Michel Vautrot(フランス) |
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| オマン=ビイク |
| 1990年6月9日 17:00 |
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| 2 – 0 | スタディオ・サン・ニコラ バーリ 観客数: 42,907人 主審: Juan Daniel Cardellino(ウルグアイ) |
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| ラカトゥシュ |
| 1990年6月13日 21:00 |
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| |
2 – 0 | スタディオ・サン・パオロ ナポリ 観客数: 55,759人 主審: Erik Fredriksson(スウェーデン) |
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| トログリオ ブルチャガ |
| 1990年6月14日 17:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・サン・ニコラ バーリ 観客数: 38,687人 主審: Hernán Silva(チリ) |
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| ミラ |
バリント |
| 1990年6月18日 21:00 |
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| 4 – 0 | スタディオ・サン・ニコラ バーリ 観客数: 37,307人 主審: José Roberto Wright(ブラジル) |
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| プロタソフ ジグマントビッチ ザバロフ ドブロヴォルスキー |
| 1990年6月18日 21:00 |
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| 1 – 1 | スタディオ・サン・パオロ ナポリ 観客数: 52,733人 主審: Carlos Silva Valente(ポルトガル) |
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| バリント |
モンソン |
[編集] グループ C
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 4 | 1 | +3 | 6 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 3 | 2 | +1 | 4 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 3 | -1 | 2 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 6 | -3 | 0 |
| 1990年6月10日 21:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・デッレ・アルピ トリノ 観客数: 62,628人 主審: Tullio Lanese(イタリア) |
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| カレカ |
ブロリン |
| 1990年6月11日 17:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・ルイジ・フェッラーリス ジェノヴァ 観客数: 30,867人 主審: Juan Carlos Loustau(アルゼンチン) |
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| カジャッソ |
| 1990年6月16日 17:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・デッレ・アルピ トリノ 観客数: 58,007人 主審: Naji Jouini(チュニジア) |
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| ミューレル |
| 1990年6月16日 21:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・ルイジ・フェッラーリス ジェノヴァ 観客数: 31,823人 主審: Carlos Maciel(パラグアイ) |
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| マッコール ジョンストン |
ストレンベリ |
| 1990年6月20日 21:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・ルイジ・フェッラーリス ジェノヴァ 観客数: 30,223人 主審: Zoran Petrović(ユーゴスラビア) |
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| フローレス メドフォード |
エクストレーム |
| 1990年6月20日 21:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・デッレ・アルピ トリノ 観客数: 62,502人 主審: Helmut Kohl(オーストリア) |
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| ミューレル |
[編集] グループ D
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 10 | 3 | +7 | 5 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 6 | 5 | +1 | 4 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 3 | 2 | +1 | 3 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 11 | -9 | 0 |
| 1990年6月9日 17:00 |
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| 2 – 0 | スタディオ・レナート・ダッラーラ ボローニャ 観客数: 30,791人 主審: George Courtney(イングランド) |
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| レディン バルデラマ |
| 1990年6月10日 21:00 |
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| 4 – 1 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 74,765人 主審: Peter Mikkelsen(デンマーク) |
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| マテウス クリンスマン フェラー |
ヨジッチ |
| 1990年6月14日 17:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・レナート・ダッラーラ ボローニャ 観客数: 32,257人 主審: Luigi Agnolin(イタリア) |
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| ヨジッチ |
| 1990年6月15日 21:00 |
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| 5 – 1 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 71,169人 主審: Alexey Spirin(ソビエト連邦) |
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| フェラー クリンスマン マテウス バイン |
イスマイル |
| 1990年6月19日 17:00 |
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| 1 – 1 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 72,510人 主審: Alan Snoddy(北アイルランド) |
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| リトバルスキー |
リンコン |
| 1990年6月19日 17:00 |
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| 4 – 1 | スタディオ・レナート・ダッラーラ ボローニャ 観客数: 27,833人 主審: 高田静夫 (日本) |
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| スシッチ パンチェフ プロシネチキ |
ターニ |
[編集] グループ E
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 2 | +3 | 5 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 6 | 3 | +3 | 4 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 3 | -1 | 3 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 6 | -5 | 0 |
| 1990年6月12日 17:00 |
|||
| 2 – 0 | スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ ヴェローナ 観客数: 32,790人 主審: Vincent Mauro(アメリカ合衆国) |
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| デグリース デ・ウォルフ |
| 1990年6月13日 17:00 |
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| 0 – 0 | スタディオ・フリウリ ウーディネ 観客数: 35,713人 主審: Helmut Kohl(オーストリア) |
||
| 1990年6月17日 21:00 |
|||
| 3 – 1 | スタディオ・フリウリ ウーディネ 観客数: 32,733人 主審: Elias Jácome(エクアドル) |
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| ミチェル |
皇甫官 |
| 1990年6月17日 21:00 |
|||
| 3 – 1 | スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ ヴェローナ 観客数: 33,759人 主審: Siegfried Kirschen(東ドイツ) |
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| クライスタース シーフォ クーレマンス |
ベンゴエチェア |
| 1990年6月21日 17:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ ヴェローナ 観客数: 35,950人 主審: Juan Carlos Loustau(アルゼンチン) |
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| ミチェル ゴリス |
ヴェルヴォールト |
| 1990年6月21日 17:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・フリウリ ウーディネ 観客数: 29,039人 主審: Tullio Lanese(イタリア) |
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| フォンセカ |
[編集] グループ F
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 1 | 2 | 0 | 2 | 1 | +1 | 4 | |
| 3 | 0 | 3 | 0 | 2 | 2 | 0 | 3 | |
| 3 | 0 | 3 | 0 | 2 | 2 | 0 | 3 | |
| 3 | 0 | 2 | 1 | 1 | 2 | -1 | 2 |
※くじ引きによりアイルランドがグループ2位、オランダがグループ3位となった。
| 1990年6月11日 21:00 |
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| 1 – 1 | スタディオ・サン・エリア カリャリ 観客数: 35,238人 主審: Aron Schmidhuber(西ドイツ) |
||
| シーディ |
リネカー |
| 1990年6月12日 21:00 |
|||
| 1 – 1 | スタディオ・ラ・ファヴォリータ パレルモ 観客数: 33,421人 主審: Emilio Soriano Aladren(スペイン) |
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| キーフト |
アブデルガニ |
| 1990年6月16日 21:00 |
|||
| 0 – 0 | スタディオ・サン・エリア カリャリ 観客数: 35,267人 主審: Zoran Petrović(ユーゴスラビア) |
||
| 1990年6月17日 17:00 |
|||
| 0 – 0 | スタディオ・ラ・ファヴォリータ パレルモ 観客数: 33,288人 主審: Marcel Van Langenhove(ベルギー) |
||
| 1990年6月21日 21:00 |
|||
| 1 – 0 | スタディオ・サン・エリア カリャリ 観客数: 34,959人 主審: Kurt Röthlisberger(スイス) |
||
| ライト |
| 1990年6月21日 21:00 |
|||
| 1 – 1 | スタディオ・ラ・ファヴォリータ パレルモ 観客数: 33,288人 主審: Michel Vautrot(フランス) |
||
| フリット |
クイン |
[編集] 決勝トーナメント
| ラウンド16 | 準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | |||||||||||
| 6月24日 - ミラノ | ||||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||
| 7月1日 - ミラノ | ||||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| 6月23日 - バーリ | ||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
| |
4 | |||||||||||||
| 7月4日 - トリノ | ||||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| |
1 (4) | |||||||||||||
| 6月26日 - ボローニャ | ||||||||||||||
| |
1 (3) | |||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| 7月1日 - ナポリ | ||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
| |
3 | |||||||||||||
| 6月23日 - ナポリ | ||||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||
| 7月8日 - ローマ | ||||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| 6月25日 - ローマ | ||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||
| 6月30日 - ローマ | ||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| 6月25日 - ジェノヴァ | ||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
| |
0 (5) | |||||||||||||
| 7月3日 - ナポリ | ||||||||||||||
| |
0 (4) | |||||||||||||
| |
1 (3) | |||||||||||||
| 6月26日 - ヴェローナ | ||||||||||||||
| |
1 (4) | 3位決定戦 | ||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||
| 6月30日 - フィレンツェ | 7月7日 - バーリ | |||||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| |
0 (2) | |
2 | |||||||||||
| 6月24日 - トリノ | ||||||||||||||
| |
0 (3) | |
1 | |||||||||||
| |
1 | |||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||
[編集] 1回戦
| 1990年6月23日 17:00 |
|||
| 2 – 1 (延長) |
スタディオ・サン・パオロ ナポリ 観客数: 50,026人 主審: Tullio Lanese(イタリア) |
||
| ミラ |
レディン |
| 1990年6月23日 21:00 |
|||
| 4 – 1 | スタディオ・サン・ニコラ バーリ 観客数: 47,673人 主審: Siegfried Kirschen(東ドイツ) |
||
| スクラビー クビク |
ゴンザレス |
| 1990年6月24日 17:00 |
|||
| 1 – 0 | スタディオ・デッレ・アルピ トリノ 観客数: 61,381人 主審: Joël Quiniou(フランス) |
||
| カニーヒア |
| 1990年6月24日 21:00 |
|||
| 2 – 1 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 74,559人 主審: Juan Carlos Loustau(アルゼンチン) |
||
| クリンスマン 51分 ブレーメ |
クーマン |
| 1990年6月25日 17:00 |
|||
| 0 – 0 5 PK戦 4 |
スタディオ・ルイジ・フェッラーリス ジェノヴァ 観客数: 31,818人 主審: José Roberto Wright(ブラジル) |
||
| PK戦 シーディ ホートン タウンゼント カスカリーノ オレアリー |
PK戦 |
| 1990年6月25日 21:00 |
|||
| 2 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,303人 主審: George Courtney(イングランド) |
||
| スキラッチ セレーナ |
| 1990年6月26日 17:00 |
|||
| 2 – 1 (延長) |
スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ ヴェローナ 観客数: 35,500人 主審: Aron Schmidhuber(西ドイツ) |
||
| ストイコビッチ |
サリナス |
| 1990年6月26日 21:00 |
|||
| 1 – 0 (延長) |
スタディオ・レナート・ダッラーラ ボローニャ 観客数: 34,520人 主審: Peter Mikkelsen(デンマーク) |
||
| プラット |
[編集] 準々決勝
| 1990年6月30日 17:00 |
|||
| 0 - 0 3 PK戦 2 |
スタディオ・コムナーレ フィレンツェ 観客数: 38,971人 主審: Kurt Röthlisberger(スイス) |
||
| PK戦 セリスエラ ブルチャガ マラドーナ トログリオ デソッティ |
PK戦 |
| 1990年6月30日 21:00 |
|||
| 1 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,303人 主審: Carlos Silva Valente(ポルトガル) |
||
| スキラッチ |
| 1990年7月1日 17:00 |
|||
| 1 – 0 | スタディオ・サン・シーロ ミラノ 観客数: 73,347人 主審: Helmut Kohl(オーストリア) |
||
| マテウス |
| 1990年7月1日 21:00 |
|||
| 3 – 2 (延長) |
スタディオ・サン・パオロ ナポリ 観客数: 55,205人 主審: Edgardo Codesal(メキシコ) |
||
| プラット リネカー |
クンデ エケケ |
[編集] 準決勝
| 1990年7月3日 20:00 |
|||
| 1 - 1 4 PK戦 3 |
スタディオ・サン・パオロ ナポリ 観客数: 59,978人 主審: Michel Vautrot(フランス) |
||
| カニーヒア PK戦 セリスエラ ブルチャガ オラルティコエチェア マラドーナ |
スキラッチ PK戦 |
| 1990年7月4日 20:00 |
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| 1 - 1 4 PK戦 3 |
スタディオ・デッレ・アルピ トリノ 観客数: 62,628人 主審: José Roberto Wright(ブラジル) |
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| ブレーメ PK戦 ブレーメ マテウス リードレ トーン |
リネカー PK戦 |
[編集] 3位決定戦
| 1990年7月7日 20:00 |
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| 2 – 1 | スタディオ・サン・ニコラ バーリ 観客数: 51,426人 主審: Joël Quiniou(フランス) |
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| バッジョ スキラッチ |
プラット |
[編集] 決勝戦
| 1990年7月8日 20:00 |
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| 1 – 0 | スタディオ・オリンピコ ローマ 観客数: 73,603人 主審: Edgardo Codesal(メキシコ) |
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| ブレーメ |
| 1990 FIFA ワールドカップ優勝国 |
|---|
西ドイツ 4大会ぶり3回目 |
[編集] 得点ランキング
| 順位 | 選手名 | 国 | 得点数 |
|---|---|---|---|
| 1 | サルヴァトーレ・スキラッチ | 6 | |
| 2 | トマーシュ・スクラビー | 5 | |
| 3 | ゲーリー・リネカー | 4 | |
| ローター・マテウス | 4 | ||
| ロジェ・ミラ | 4 | ||
| ミチェル | 4 | ||
| 7 | アンドレアス・ブレーメ | 3 | |
| ユルゲン・クリンスマン | 3 | ||
| ルディ・フェラー | 3 | ||
| デビッド・プラット | 3 |
[編集] 評価とその後への影響
カメルーンやコスタリカといった第3勢力の躍進があったとはいえ、組織プレー重視、そして反則も辞さない守備的な風潮が進んだ。1試合あたりの平均ゴール数2.21であり、退場者は前回の8人から16人と倍増した。
その兆候は、開幕戦と決勝戦を戦った3チームにみる事ができる。抜群の身体能力を駆使してアフリカ勢初のベスト8に進出し、大会を沸かせたカメルーンだったが、その陰では反則覚悟の強引な守備で開幕戦では2人の退場者を出し(それでもアルゼンチンに勝ったのは凄い事ではあるが)、準々決勝のイングランド戦でも累積警告で主力4人が出場停止となっていた。
そのカメルーンに敗れながら、チームを立て直して決勝まで進んだアルゼンチンも、前回優勝時と比べてマラドーナ以外のタレントが不足しており、マラドーナによりマークが集中してPK戦も辞さない守備重視の戦いの連続。大会途中から正GKに定着したゴイゴチェアの驚異的な活躍で準々決勝、準決勝のPK戦を乗り切ったがその代償も大きく、決勝では今大会唯一無二のマラドーナのパートナーだったカニーヒアをはじめ、主力4人が出場停止となり、決勝戦ではチーム力の限界を露呈した。
決勝戦は前回と同じカードとなったが、上記のようにゲームメイクからゴールまで、攻撃の全てをマラドーナに頼らざるを得ないアルゼンチンに対し、西ドイツはマテウスなど前回大会を経験した主力の大半が年齢的にピークを迎えており、戦力では優位な状況だった。しかし、アルゼンチンのシュートをマラドーナの外したFK1本に抑えながらも、得点は後半40分のPKの1点のみ。2人のアルゼンチン選手の退場者を誘発して数的優位に立ちながらも、したたかな西ドイツの戦いぶりと守備に忙殺されたアルゼンチンとの試合は、前回とは対照的な結果となった。
上記にもあるように、この大会は中盤の攻撃的なタレントの台頭が目立った大会であり、追いつ追われつだったイングランドとカメルーンの準々決勝の対決のような名勝負もあった。しかし、開幕戦と決勝戦が共に1-0の最少得点、2人の退場者を出す試合となったことに加え、ブラジル、オランダ、ソ連といった攻撃力の高いチームが早々と敗退したことで退屈な大会の印象を強くしてしまった。また、この大会のイングランドの選手たちの紳士的な姿勢はフェアープレー賞の受賞へとつながった一方で、イタリア人観客のマラドーナやアルゼンチンに対するブーイングは大会を殺伐とした雰囲気としたものとし、荒れた大会に拍車をかける結果となった。
尚、ゴール数の低下傾向は前回のメキシコ大会から続いており、前回はマラドーナ、プラティニ、ジーコといったスター選手の輝きでそれほど問題にはならなかったが、このイタリア大会では彼らに匹敵するスター選手の個人技よりも組織プレーが優先された事で、ゴール数の低下と反則も辞さない守備側のプレーへの懸念が一気に高まった。この大会の後になって、リーグ戦おいての勝ち点3制度への改正、オフサイドルールの緩和、GKへのバックパスの制限、そしてバックチャージなどに象徴されるような守備側の確信犯的な反則に対しては即退場処分とするなど、イタリア大会は結果的に、守備的な風潮を食い止める為の大掛かりなルール改正への分岐点となった。
また、この大会のカメルーンに象徴される圧倒的な身体能力から、「21世紀はアフリカの時代になる」と多くの評論家から予言されたブラックアフリカ勢も、W杯ベスト8の壁をいまだに突破できないままでいる。
カメルーンの躍進以外の数少ない明るい話題として、コロンビアのGKイギータの活躍があげられる。イギータは、積極的にペナルティエリア外に出てDFの裏に出たボールに絡んでカバーリングし、観客を沸かせた。GKの概念を変えた先駆者でもある。しかし決勝トーナメント1回戦では、ペナルティエリア外でボールコントロールミスによりロジェ・ミラにボールを掻っ攫われてしまい、決定的な失点を犯した。
[編集] その他
1986年のメキシコ大会で大活躍したディエゴ・マラドーナは、故障を抱えたまま出場したが、当時自分がセリエAのナポリに所属していた事もあってナポリ市民にイタリアではなく自分を応援するように仕向けたため、激しいブーイングを浴びる事になった。結局、アルゼンチンはマラドーナが決勝トーナメントのブラジル戦で見事なアシストを決めるなどの活躍で決勝にまで駒を進めたが、敗れたブラジルがマラドーナに渡されたコップの水に薬が入っていたと主張していた。そして実際に近年、マラドーナ自身が給水ボトルに睡眠薬を混ぜていたことをテレビで暴露し、物議を醸した。決勝戦では地元イタリアのファンを完全に敵に回し、スクリーンにマラドーナの姿が映し出されるたびに大きなブーイングが飛ぶ状態となった。 一方、イタリアの隣国であり、セリエAのクラブに多数の選手が所属する西ドイツは地元イタリア国民から大きな歓声で迎えられ、ホーム同然の雰囲気で戦うことが出来た。
[編集] FIFA選出ベストイレブン
| ポジション | 選手名 | 国 |
|---|---|---|
| GK | セルヒオ・ゴイコチェア | |
| DF | ジュゼッペ・ベルゴミ | |
| フランコ・バレージ | ||
| アンドレアス・ブレーメ | ||
| MF | ローター・マテウス | |
| ポール・ガスコイン | ||
| ディエゴ・マラドーナ | ||
| ドラガン・ストイコビッチ | ||
| FW | サルヴァトーレ・スキラッチ | |
| ロジェ・ミラ | ||
| ユルゲン・クリンスマン |
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最終更新 2009年9月14日 (月) 18:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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