1996年のインディカー・シリーズ
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1996年のインディカー・シリーズは、インディカー・シリーズの最初のシーズンとなる。インディアナポリス・モーター・スピードウェイのオーナーだったトニー・ジョージがCARTとの対立により、インディ500を中心とした独自のシリーズを立ち上げた。しかし、A.J.フォイトのチームなど一部のチームを除きほとんどがCARTに残留したほか、CART側はミシガンでインディ500と予選・決勝全くの同日程で「U.S.500」を開催(翌年以降は通常の3日間スケジュールとなる)するなど対抗した。
そのような中で行われたこの年のインディ500、前年に続き(ちなみにこの1995年はジャック・ヴィルヌーヴが優勝したレース)2年連続でポールポジションを獲得したスコット・ブライトンだったが、決勝日の間に行われた練習走行中に大クラッシュに巻き込まれ、事故死してしまうという悲しい事故が起こった。翌年以降、インディ500のレース中で最も光る走りを見せた選手に贈られる「スコット・ブライトン・アワード」は、このブライトンを記念して作られたものである。
IRLの立ち上げ当初はインディ500を最終戦とし、翌シーズン以降は年をまたいでシーズンを開催することとなっていたため、1996年シーズンはわずか3戦の開催となった。また、IRLの専用シャシーおよびエンジンは1997年から使用開始となっていたため、翌シーズンの1996年中のレースも含め、1995年に使用したCARTのシャシー・エンジンを使用してレースが開催された。
[編集] 開催地及び勝者
| 開催日 | 開催コース | コース種別 | 勝者 | チーム | シャシー/エンジン | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1月27日 | オーバル | バズ・カルキンズ | ブラッドレー | レイナード/フォード-コスワース | |
| 2 | 3月24日 | オーバル | アリー・ルイエンダイク | トレッドウェイ | レイナード/フォード-コスワース | |
| 3 | 5月26日 | (インディ500) |
オーバル | バディ・ラジアー | ヘメルガン | レイナード/フォード-コスワース |
[編集] ポイントランキング(トップ10および日本人)
優勝が35ポイント、2位が33ポイント、それ以下は1ポイントずつ減少し、参戦レース数をかけたものが総合ポイントとなる。ポールポジション・最多リードラップなどのボーナスポイントはなかった。
| 順位 | 名前(勝利数) | 参戦 | ポイント | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | スコット・シャープ | 3 | 246 | - |
| 1 | バズ・カルキンズ(1) | 3 | 246 | - |
| 3 | ロビー・ビュール | 3 | 240 | 6 |
| 4 | リッチー・ハーン | 3 | 237 | 9 |
| 4 | ロベルト・ゲレーロ | 3 | 237 | 9 |
| 6 | マイク・グロフ | 3 | 228 | 18 |
| 7 | アリー・ルイエンダイク(1) | 3 | 225 | 21 |
| 8 | トニー・スチュワート | 3 | 204 | 42 |
| 9 | デイヴィー・ハミルトン | 3 | 192 | 54 |
| 9 | ジョニー・オコネル | 3 | 192 | 54 |
| 30 | 松田秀士 | 1 | 27 | 219 |
シャープとカルキンズは同ポイントであるが、最高順位などの比較はせず、二人が初代チャンピオンとなった。また、この年までにもインディ500にスポット参戦していた松田がこの年のインディ500に参戦し自己ベストの8位フィニッシュを果たす。このレースが、結果的に日本人最初のIRL参戦ということとなった。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月25日 (日) 02:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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